第35話 フィレオノーラ殿下、襲来
「──それで? キミの言う作戦だが……俺は何を協力すれば良いんだ?」
「あ、はい。先ず確認しておきたいのが、フィレオノーラ殿下の厨二病の原因なんですけど……」
「……チューニ病? 殿下が病に罹ってるって話は聞かないが……」
「あー……えっと、厨二病っていうのは病気と言うより──」
「……なるほど、思春期特有のアレの事か。キミの世界ではチューニ病と呼ぶんだな」
「はい。それで、殿下がああなった原因に心当たりって無いですかね? 『厨二病を量産するような創作物』でも良いんですけど……」
厨二病の中には、何かの作品に影響を受けて発症するタイプも多い。
こちらの世界にもそういう影響力の高い作品があれば、参考になると思ったのだ。
「む、むぅ……俺の場合、そういう作品にあまり縁がなくてな……」
「そうなんですか?」
「第一に、本を読む機会が庶民には無いんだ。紙は高級品で、それ故にそもそも貴族向けの店にしか娯楽作品が売っていないんだよ」
「な、なるほど……」
言われてみれば、当然の話だ。
俺もこの世界に来てから色々と買い物をする機会はあったが、確かに娯楽作品どころか本すら売ってはいなかった。
コレでは情報の手掛かりが……と、そこまで考えた時だった。
「──あっ! そういえば……!」
一人だけ、居た。
俺がこの世界で出会った中で、間違いなく多くの本を持っている人物。
そして、偶然か必然か、俺はその人物にだけはいつでも連絡を取れる手段があった。
「ロードリックさん! ちょっと、書いて欲しい文章があるんですけど──!」
──数分後、俺の手元には数枚の小さな紙切れが届いていた。
『その王女が実際に読んだ保証はないが、自分の事を“ドラグノーラ”なんて呼んだって辺りから察するに“黒竜姫 ドラスティア”の影響を受けている可能性はある』
『作品名は史実を元に作られたという“ディーランド冒険譚”。黒竜姫にはその異名の通り、黒竜の卵を孵したという伝承がある。彼女の右腕には、黒竜が孵った際に吐き出した炎によって、竜が巻き付いたような形の黒い火傷跡が残ったらしい』
『面白い情報の礼だ』
「──なるほど……“ディーランド冒険譚”の黒竜姫……」
「な、なぁ、本当に良かったのか……? 第一王女の醜聞を、その……スラムのあの男に教えてしまって……」
今回のやり取りは、スラムのボスに貰った『転送筒』を通して行った。
当然フィレオノーラ殿下の厨二病の事も、彼に伝わってしまったが……
「あの情報で何か出来るとは思えませんし、大丈夫だと思います。それより、この“黒い火傷跡”の逸話は使えそうですね……」
流石は情報の扱いに長けたボスだ。俺が欲しい情報を、ピンポイントで教えてくれる。
コレで具体的なイメージが出来た。後は──俺の【創造】次第だ。
「──嫌な予感がするな……」
ロードリックさんの小さな呟きが、客室の静寂に溶けて消えた。
──翌日の夕方。部屋の外が俄かに騒がしくなったかと思えば、客室の扉がノックされた。
「はい?」
「──ドラグノーラですわ。先日の密約に従い、邂逅を果たしに参りました」
「! ど、どうぞお入りください!」
(ついに来た!)
待ちに待ったフィレオノーラ殿下の声に、つい動揺が声に現れてしまったが、王女の急な来訪とあっては動揺がない方がおかしい。
恐らく、不審には思われなかった筈だ。
俺はそのまま慌てて扉を開き、フィレオノーラ殿下を出迎えると、彼女のそばに居た侍女らしき女性と、護衛らしき騎士の男性から厳しい視線が向けられた。
……もしかして、早速何かマナーを間違えてしまったのだろうか。
「二人とも、控えなさい。今回は私が無理を言って頼み込む立場である為に、自ら足を運んだのですから」
と、フィレオノーラ殿下が一声掛けると、二人は小さく一礼した後、殿下の半歩後ろへと身を引いた。
「で、では、どうぞ……」
また何かしらマナーを間違えないかと言う不安で口数少なめになりながら、俺はフィレオノーラ殿下とその付き人二人を部屋へと招き入れた。
「フィレオノーラ殿下、この度は──」
「──ドラグノーラ、とお呼びくださいな」
「え、えぇっと……」
本人がこう言ってはいるものの、相手は王族だ。
チラリと侍女らしき女性に視線を向けると、不本意そうながら小さく頷きを返された。
……心中、お察しします。
「ど、ドラグノーラ殿下、この度は如何なるご用件で……?」
正直、先日の反応から凡その見当はついているものの、勝手に決めつけるのも無礼に当たるかもしれない。
地雷の埋められた原っぱを木の棒で突きながら歩くような、そんな緊張感に身を包みながら尋ねると……彼女は俺の想像した通りの話題を切り出した。
「──単刀直入に申します。貴方の身に付けているその手袋、私に譲っていただけないかしら?」
(やっぱりか……)
フィレオノーラ殿下の背後で、侍女の女性が眉間を押さえる。
……分かるよ。こんなクソダサいグローブを愛用されたら、万が一外交の場に顔を出す時困るもんな。
だが、その点に関しては安心して欲しい。
「……申し訳ございませんが、コレをお譲りする事は出来ません」
「──理由をお伺いしても?」
「実はコレは魔道具なのです。──このように、財布の機能があって、この中には私の全財産が入っています。だからお譲りする事は出来ません」
実際に拳を握り、財布から一ゼル銀貨を取り出して見せる。
……一リル銅貨でないのは、俺の精一杯の見栄だ。
「──なるほど。では、その全財産ごと買い取らせていただく事は……」
(どんだけ欲しいんだよ!?)
絶対に声に出せないツッコミを胸に秘めながら、俺は尚も首を振る。
残念そうに眉を下げるフィレオノーラ殿下とは対照的に、殿下の背後では侍女の女性がホッと胸を撫で下ろしていた。
「──ですが、わざわざこの様な旅人の客室まで御足労いただいたのです。何もおもてなししないと言うのは、私としても心苦しく……よろしければ、こちらなどは如何でしょうか?」
「……こちらは? 包帯、のように見えますが……」
俺が取り出した物をマジマジと見つめる殿下の判断は正しい。
彼女の言う通り、コレは包帯だ。ただし──
「……実はコレは私が創った魔道具でして、ちょっとした機能がございます。まずはこうして腕に巻き──」
説明しながら、俺は自分の腕──主に右手首から肘までの間に包帯を巻き付ける。
そして、左手で包帯を巻いた右腕を掴み──
「──くっ、鎮まれ……っ!」
と、そう口にした瞬間──
「っ!?」
包帯の下から這い出したように、黒い竜の紋様が右腕に巻き付きながら駆け上がり……肩の辺りに頭が届いたところで、その形が定着した。
現代であれば刺青に見えるだろうその紋様だが、この異世界であれば──いや、フィレオノーラ殿下であれば、違う物に見える筈だ。
「こ、黒竜の火傷跡……っ!!」
口元を隠すように広げられた扇子が震え、声が弾む。
やはり彼女の厨二病を発症させたのは、ボスの教えてくれた通り『黒竜姫 ドラスティア』だったらしい。
──そして、彼女とその付き人達が唖然と見つめるその最中、浮かび上がった黒竜の紋様はふっと溶けるように滲んで消えてしまった。
コレがこの魔道具『黒竜姫の包帯』の効果だ。一時的に黒竜の紋様を浮かび上がらせるだけ。他に効果があるわけでもないが、だからこそこの魔道具は【創造】する事が出来た。
『肌に模様を浮かび上がらせるだけの能力』なんて、創作物に登場するわけもないからな。
──だが、そんなオモチャのような能力は、フィレオノーラ殿下の心をしっかりと捉えたようだ。
「そっ、それは! 今のそれは、私にも出来ますの!?」
「殿下!? お気を確かに!」
「無論、出来ます……! 折角御足労いただいたのです。コレを貴女にプレゼント致します」
「おい、冒険者!? 貴様何を勝手な……!」
フィレオノーラ殿下の付き人二人が焦っているが、知った事か。俺だってアルシエル殿下からの無茶振りに応える為、必死なのだ。
例えフィレオノーラ殿下の厨二病が、コレで不治のものになったところで構わない。今は何としても作り出す。そう──
(厨二魔道具目当てに、フィレオノーラ殿下がこの客室に入り浸る状況を!)
そんな状況が他の王族に知れ渡れば、気にならない筈がない。
『魔道具を作れる冒険者』『頼めば魔道具を作ってもらえるかもしれない』……そんな噂が他の王族にも広まれば、折を見てこの客室に足を運んでくれるかもしれない。
そうなれば、アルシエル殿下の狙いもきっと達成される筈だ。
──その後、念の為に鑑定魔法で妙な呪いが込められていない事を侍女が確認し(彼女にしてみれば、妙な呪いがかかっていた方が断り易くて良かったかもしれないが)、ついにフィレオノーラ殿下がその腕に『黒竜姫の包帯』を巻いた。
「──くっ……鎮まれ! ……きゃーっ!♡」
腕を駆け上がる黒竜の紋様に、年相応の喜びを表現する殿下の姿は愛らしく、反面コレで厨二病の完治が絶望的となった付き人たちの表情は痛々しい。
セリフにするならば『なんてこった』と言ったところだろうか。
「──なんと言う事だ……」
あ、ホントに言った。
「放浪せし宿命の運び手よ! 此度の土産、実に大義であった! ……ま、また来ても宜しいでしょうか?」
「はい、いつでも」
「そ、そうか! ではまた再び見えよう! 運び手よ!」
──と、右腕に包帯を巻いたフィレオノーラ殿下は、上機嫌のまま客室を後にした。
付き人の二人には、去り際にめっちゃ睨まれた。
そしてその後、殿下がいる間は一言も発する事なく気配を消していたロードリックさんが、ポツリと尋ねる。
「……なんで紋様を出す為の合言葉なのに『鎮まれ』なんだ?」
「それは、まぁ……ロマン?」
元凶となったあのキャラクターが存在しない異世界でも、こう言うお約束は通じる物なんだなぁ……と、俺は殿下の喜びようをマジマジと思い返していた。
「フィーーーッシュ!」(不敬)




