第38話 いざ王女の私室へ
──『三日後、また同じ時刻にいらしてください。その時に詳しい話を致します』
あの後、セルティス殿下はそれだけ告げて、サロンの奥にある彼女の自室へと去っていった。
事前にどういった魔道具が欲しいのか分かれば、予めアイデアを固められたのだが……まぁ、気分を害して折角出来た繋がりを断たれては元も子もない。
その日はフィレオノーラ殿下と会話に花を咲かせ、解散となったのだが……その際彼女は兄弟姉妹である王族の事情を会話にそれとなく織り込み、俺に情報をいくつかくれた。
『セルティス殿下は弟であるミローネ殿下を溺愛しており、定期的に自室に招く事』。そして、次に彼女がミローネ殿下を招くのも、恐らく三日後になるだろうと言う事……
(つまり、彼女が作って欲しい魔道具は、ミローネ殿下に関わる物である可能性が高い……)
溺愛する弟王子……今の城内の騒動を考えれば、彼女が最も望みそうなのは、『ミローネ殿下をEDソードから守る魔道具』だろうか。
(──いや、以前『キュバス・パニッシャー』で性欲のチェックをした際、ミローネ殿下はダメージを受けていなかった……)
もちろん、年齢的にそもそも性欲が芽生える前である可能性も高いが、その辺りの事情をセルティス殿下が把握していない場合、『ミローネ殿下は既にEDソードの被害に遭っている』と決めつけていてもおかしくない。
(なら、やはり性欲を復活させる類の魔道具か? 或いは──)
今の時点であれこれ考えるのは不毛なのは分かっているが、それでも考えずにはいられなかった。
常に自分に考えられる最善を尽くすしか、俺には出来ないのだから。
──あれから早三日。
結局具体的な案を持たぬまま、今日という日が来てしまった。
俺はセルティス殿下の待つサロンに向かう間も、何かしらの参考にならないかと様々な魔道具の案を考えていたのだが……
「──ケンジ、今は前を見て歩いた方が良いぞ」
「え? ……!」
思考に耽りながら廊下を歩いていたその時、ロードリックさんが小声で忠告をくれた。
何事かと視線を正面に向けた俺は、彼の意図を即座に理解する事になった。
(──ザインドル第四王子……!)
廊下の向こうから、彼とリッシ伯が連れ立って歩いてくるのが見えたのだ。
──『万が一にも彼と接する時は、特に口に気をつけよ』
シーゼル侯に言われた事を思い出し、即座に俺は彼に道を譲るように廊下の端へ寄り、頭を下げてやり過ごす姿勢をとった。……のだが──
「──うん? 貴様は確か……」
(マジかよ……)
あろう事かザインドル殿下は俺の前で足を止め、自己紹介を求めてきたのだ。
ここで応じなければ、それこそ無礼に当たる。やむなく頭を更に一段と深く下げ、身分を名乗る。
「冒険者のケンジと申します。この度はザインドル殿下に──」
「あぁ、良い良い……貴族式の長い挨拶など、庶民には慣れておらんだろう。面をあげよ」
「は……」
なんと言うか……言葉の端々から、既に相手を見下している気配を漂わせた人だ。
いや、まあ実際身分は低いのだが……
「! 貴様は……そうか、貴様だったか。確かあの無礼な魔道具を持ち込んだ冒険者だったな」
「……殿下の記憶に、私のような者を留めていただき、光栄でございます」
これは……不味いか。
あの一件、表向きは魔道具を使用する事を決めたのは、第一王子であるアルシエル殿下ということになってはいるが……それを持ち込んだ男という理由で、彼が俺に個人的な恨みを抱いている場合──
「はっはっは! そう萎縮するな! 我は貴様を高く評価しているのだ!」
「……? と、言いますと……」
「確かにあの時は、貴様やアルシエルに恨みを抱きもしたが……結果的には、この我こそが最も王位に相応しい事を証明する出来事となった! 貴様は既に、我に多大な貢献をしたと言って良い! 今後の人生、その事を誇って生きるが良い! はーっはっはっはっは!」
ザインドル殿下は一方的に語るだけ語ると、上機嫌な高笑いを残して去って行った。
そんな後ろ姿を見て、俺は思う。
(──明らかに増長している……! この数日で、一体何が……)
確かに俺は宮廷のしきたりや、マナーに詳しい訳ではないが……それでも先ほどの彼の発言には、看過できない部分がある事はよく分かる。
(本来、王位継承権が最も高いアルシエル第一王子を呼び捨て……! あれ程、継承権に拘っていたザインドル殿下が……!)
「──俺も、あまりこういう事を口に出来る身分ではないが……彼は王になれる器ではない。あれでは、周囲の貴族の傀儡になるのが目に見えている……!」
ロードリックさんが緊張を滲ませた声で呟く。
……俺も同じ事を感じていた。それを強く意識させたのは、ザインドル殿下の態度よりも寧ろ、隣に立っていたリッシ伯の目だ。
高笑いするザインドル殿下の発言を注意するどころか、満足気に見下ろすあの目……仮にザインドル殿下が王座に就いた場合、彼を裏で操るのは恐らく──
「──まったく……哀れなものですわね。だから、王に相応しくないと、常日頃から教えて差し上げておりますのに……」
「! セルティス王女殿下……! サロンでお待ちいただいているものとばかり……!」
背後から聞こえた声に、慌てて振り返り姿勢を正す。
いつの間にやらそこに立っていたセルティス殿下は、しかし小さく肩をすくめると首を振る。
「お気になさらず。──不愉快な高笑いが聞こえたものですから、様子を伺いに来ただけですの。……そうですわね。サロンも直ぐそこですし、折角ですから共に参りましょう」
そう言って、返事も聞かずに先導するセルティス殿下に連れられて、俺は三度、女性だらけのサロンに足を踏み入れた。
しかし、今回の目的地はこの更に先……セルティス殿下の部屋だ。
彼女はサロンの奥に見える通路へと俺達を案内する、その寸前で一度立ち止まると、こちらに振り向いた。
「──ここからは、私達王族の私室となります。如何に護衛といえど、この先はご遠慮願いますわ」
……どうやら、彼女は本当に俺だけを部屋に招くつもりらしい。
王女である彼女に『ここで待て』と言われれば、ロードリックさんも従わざるを得ない。
「承っております。どうぞ、ごゆるりとお過ごしください」
そう言って深く一礼したロードリックさんに見送られながら、俺はセルティス殿下の後に続く形で通路の奥へと進み……いくつか並んだ扉の一つに通された。
殿下の私室に入ると、先ず気付いたのは部屋全体に漂う仄かな香水の香りだ。
普段から殿下が愛用している物だろう。ここに来るまでの間にも、感じた香りだった。
そして、次に目に入ったのは、化粧品らしき鞄が並ぶドレッサーと──
「──えっ!? お、お姉様!? その方は……!?」
そこに座る、初めて見る少女の姿だった。




