第33話 地獄絵図
活動報告にも書きましたが、パソコンを修理に出した影響で今後3〜4週間ほどの更新頻度が落ちます。
ご了承ください。
取り払われた布の下から姿を現したのは、一つの水晶玉だった。
ほんの僅かに桃色を帯びた球体は、『球座』と呼ばれる小さいクッションの上に置かれていたのだが……
「こ……これは……っ!」
「お、おぉ……!?」
それを見た一部の騎士や、護衛に雇われた冒険者が目を見開き、水晶を食い入るように見つめ始める。
そんな中、ザインドル殿下が水晶玉を指差し、顔を赤らめて叫んだ。
「──な……っ、なんだコレは! この神聖な場にこのような物を……──グゥァアアアアアッ!!」
怒りとも焦燥ともとれる彼の剣幕は、長くは続かなかった。
次の瞬間、ザインドル殿下は唐突に絶叫を上げると──股間を押さえながら頽れた。
「──っ!? ヌゥ、ッグアアアアッ!!」
「ぎっ、ああぁぁぁっ!!」
(始まったか……)
変化が起きたのは彼だけではない。
水晶を見つめていた多くの者が、王族も貴族も、男女すらも問わず同様に膝を折って倒れていく。
その様子を見ていたゼグシオン殿下が、動揺を隠さず周囲へと視線を走らせた。
「な……なんだ!? 皆、どうした!?」
「あの水晶が関係しているみたいだけど……兄上、それは一体どのような……?」
彼と同じく平然としていたルミナン殿下が、水晶を見るように告げたアルシエル殿下に尋ねるが……
「──説明は後だ。今はこの水晶を見て、影響があった者の顔を覚えよ」
そう言って、倒れ込んだ面々に視線を走らせるアルシエル殿下。
とは言っても、この場にいる殆どが膝を着いている以上、立っている者の顔を覚えた方が早いだろうな。
「え……!? えっ!?」
「ルミナン兄上……? 兄上は大丈夫ですよね……?」
慌てた様子で周囲を見回すミローネ殿下と、ティモ殿下。二人は動揺こそあれ、ダメージは無さそうだ。
……まぁ、彼等の場合はまだ幼いからな。想定通りではあった。
「ぐ……っ! ぅううう……! い、今の奔流は一体……!?」
扇子で口元を隠しているが、ドラグ……フィレオノーラ殿下もダメージは受けていたらしい。辛うじて立ってはいるものの脚は震えており、顔には隠しきれない苦悶の表情と脂汗が滲んでいた。
恐らく、自分のイメージを損なわないよう、気合と根性で持ち堪えているのだろう。
(……結局、ダメージが無かったのは俺とアルシエル殿下、ゼグシオン殿下にルミナン殿下、ミローネ殿下とティモ殿下……くらいか)
貴族や騎士、冒険者は全員ダメージを受けている。
(……これで、王族にEDソードが振るわれた理由はほぼ確定と言っても良さそうだな……)
……因みにシーゼル侯はちゃっかり視線を水晶から外し、被害を避けていた。
だが、彼の場合は昨夜既に食らっているからな……アルシエル殿下もそれを咎めたりはしないだろう。
「……──よし、そろそろ良いだろう。ケンジ、説明を」
「は、はい……」
確認が済んだのだろう。頃合いを見計らって水晶玉に再び黒い布を被せたアルシエル殿下は、こちらへと視線を向けて俺の名を呼んだ。
それを受けて、俺は彼の直ぐ後ろまで歩み出ると、その場の全員に今の出来事と『それが示す意味』を説明するべく声を張る。
「ただいま殿下が使用された魔道具は、『キュバス・パニッシャー』と言います。私がこの国に持ち込んだ物で──『見る者の性欲を刺激する光景を映し、それによって反応した者の股間に静電気を流す魔道具』です!」
「な……っ!?」
そう。つまり今この謁見の間で股間を押さえて蹲っている彼等は、EDソードの被害に遭っていない、性欲がある者達というわけだ。……なんだ、この地獄絵図。
そんな俺の説明を聞き終えた者達から、案の定非難の声が上がる。
「あ、アルシエル殿下! これはどういう事か!?」
「我等貴族ばかりか、王族に対しても屈辱的なこの仕打ち……! 理由をお聞かせ願いたい!」
いまだに激痛が走るのか、股間を押さえながらヨロヨロと立ち上がった貴族達の、鋭い叱責がアルシエル殿下に向けられる。
しかし、厳しい視線を向ける彼らに対して、アルシエル殿下は動じることもなく、淡々と目的を話し始めた。
「水晶の効果は聞いた通りだ。私やそこのケンジのように、水晶を見てもダメージが無かった者は、既に性欲そのものが失われているという事を表している」
「──!」
一部の貴族が、平然と立っている第三王子ルミナン殿下に視線を向けた。
彼の性欲が殺されている事実は、まだあまり知られていないと昨夜アルシエル殿下は言っていた。
恐らく彼らは、今まさにその事実を知ったのだろう。気不味そうに頬を掻くルミナン殿下の姿に、驚きを隠せない様子だ。
「貴君らも、私の身体に起きた異変は知っていよう。私が子を成せぬ身体になった呪いのことだ。今しがた行ったのは、この状況を招いた者を探る為の篩いだ」
「な……っ!?」
アルシエル殿下の言葉を聞いた貴族達の目が驚愕に見開かれ、周囲の貴族達の間を行き来する。
「で、殿下は今回の一件が、人為的な物だとお考えか!?」
「そのお考えとこの魔道具、如何なる関係があると申されるのか!?」
「私に始まり、異母兄弟である第二、第三王子と続いた異変だ。自然な物と考える方が難しい。恐らく、自らが担いだ王子を玉座に就かせたい者の謀だろう」
「──ッ! な、ならば疑わしいのは……!」
家族の一人の声に釣られるように、その場の全員の視線が一人の王族に集中する。
「……!? な、なんだお前達……! この私を疑うのか!? 私が兄上達を襲うなどあり得ぬ!」
真っ先に目が向いたのは、やはり第四王子ザインドル殿下だった。
先ほどの水晶を見て、唯一ダメージを受けた王子。
彼以外の王子全員が不妊となれば、男系の王政であるこの国の王位を継ぐ第一候補は彼となる。
疑われるのには十分な理由が、彼にはあるのだ。
「い……いえ、ザインドル殿下を疑うなど、滅相もない! ですが、殿下にその意思がなくとも、貴方様の派閥の中にはそのような暴挙に出る者が居るのではと……」
身の潔白を訴えるザインドル殿下へと向けられた視線は、その威光を畏れるかのように、傍らの貴族へとスライドしていく。
「──儂がやったとでも言う気か……!?」
ヴィンセント・クレシール・フォン・リッシ伯……ザインドル殿下を担ぐ派閥のトップにして、この国の財務大臣。
昨夜の執務室でも有力候補として話題に上った彼に今、多くの疑いの目が向けられていた。




