第32話 王族、集結す
「──皆、お待たせ……って、あれ? 僕達が最後じゃない感じかな?」
そんな陽気な声と共に謁見の間に現れたのは、明るい茶髪の男性だった。
彼は左手を腰に添え、右手を大きく振りながら軽い歩調でずかずかと歩いて来る。
纏う軽薄な雰囲気から、一見して王族には見えない彼だったが──
「……ルミナン。今日は公式な場でないとはいえ、その態度はどうにかならんのか?」
「これはゼグシオン兄上、本日はお日柄も良く……──みたいな堅苦しい挨拶、僕には似合わないでしょ。ま、大事な式典とかじゃそれなりに猫被ってんだから、非公式の場くらいは気楽にいかせてよ」
(……やっぱりあの人が第三王子『ルミナン』殿下だったか)
──『第三王子であるルミナン殿下は、文武共にアルシエル殿下に次ぐ高い才覚は持ち合わせておられるのだが……それを普段は隠される方だ。王位継承に配慮しておられるのか、それとも別の思惑か……儂にもあの方の器は測れぬがな』
シーゼル侯は彼の事を高く買っていたようだが……正直、一見した限りでは本当にただ不真面目なだけに見える。
派閥の貴族もどことなく諦めているような、そんな雰囲気だ。……シーゼル侯の評価が正しければ、それもきっと彼の想定通りなのかも知れないな。
そんな彼の振る舞いを見かねたゼグシオン殿下が、アルシエル殿下に訴える。
「兄上からも何か言ってやってください」
「……ルミナンのアレは一種の処世術だ。アイツの言うように、非公式な場で指摘するものでもない」
「しかし……」
「──だが、今回は城の外からの客人も来ている。最低限の面子は保て」
「はいはい……承りましたよ」
アルシエル殿下に睨まれたルミナン殿下が肩を竦め、取り繕ったようにわざとらしく背筋を伸ばすと──その背後から小柄な影が顔を出した。
「あ、あの! アルシエル兄上! ルミナン兄上は──」
「おっとっと、大丈夫だよ。ティモ。僕は別にいじめられてる訳じゃないからね~」
──『第六王子「ティモ」殿下は、アルシエル殿下が頭角を現した頃に生まれた末弟だ。それ故、早々に王族としての教育は見切りを付けられた、良くも悪くも純粋な方だ。最近はルミナン殿下が時間の空いた時に面倒を見ておられる為か、良く懐いておられるご様子だな』
シーゼル侯の評価通り、彼は他の王族同様に仕立ての良い服に身を包んではいるが、纏う雰囲気は年相応の子供とそこまでの差は感じられない。
ただ、だからこそだろうか。ルミナン殿下と話す彼は、他の王族兄弟よりも兄弟らしい距離感にあるように見えた。
「ティモも一緒に来ていたのか。ならばこれで残るは二人だが……──ん?」
と、そんな時だった。
謁見の間の扉越しに、男女が言い争うような声が近付いて来るのが耳に届く。
つい扉に視線を向けると、その声がだんだんハッキリと聞こえるようになって来た。
「──そんなんだから、貴方はいつまで経っても成長できないのですわ!」
「貴様、兄である僕に向かってその言い草は何だ!? 継承権だって僕の方が上なんだぞ!?」
「はっ! 二言目には継承権、継承権! そもそも貴方の継承権四位なんて、実質無いも同然ですわ! 本当にちっぽけなプライドですこと!」
「何だとォ!?」
その内容に、ゼグシオン殿下が頭を抱え、ルミナン殿下が笑みを深める。
「──はぁ……あの二人は、またか……」
「どうやら、これで全員揃ったみたいだね」
そして、声の主が謁見の間の直ぐ目の前に到着したと思った途端、扉が『バン!』と勢い良く開け放たれた。
「お待たせ致しましたわ! セルティス・ベルガルド、ただいま参りました!」
「──あっ、貴様! く……っ、ザインドル・ベルガルド、同じく!」
──『第二王女「セルティス」殿下は、王女ながら勝気で物怖じされない方だ。好悪をハッキリ態度で示される為外交には向かないが、頭の回転は速く、内政で力を発揮される才覚をお持ちだ。弟のミローネ殿下を寵愛しておられ、反面兄であるザインドル殿下とは反りが合わないご様子……我々としては、近い才を持つ二人が協力して頂ければと日々思うばかりだ』
──『第四王子「ザインドル」殿下は……やや野心深き方だ。第四王子という微妙な立ち位置として育てられ、またアルシエル殿下の頭角がハッキリ現れて以降は教育の質が目に見えて落ちた事にも気付いておられたのだろう。それ故か、少々拗らせてしまわれてな……機会は無いと思うが、万が一にも彼と接する時は、特に口に気をつけよ』
話には聞いていたが……本当に犬猿の仲といった雰囲気だな。
一応謁見の間に足を踏み入れてからは口喧嘩もパッタリと止めたようだが、未だに視線でバチバチと火花を散らしている。
やがてフイと視線を外したセルティス殿下は、視線の先にミローネ殿下の姿を見つけ、パタパタと駆けだした。
「ミローネ、先に来ていたのね! 一緒に向かおうかと探していたのよ!」
「す、すみません。姉上。兄上達を待たせてはいけないと思って……」
「良いのよ、ミローネ。私も先に誘っておくべきだったわ。帰りは一緒に行きましょう?」
「は、はい……! 是非!」
……ミローネ殿下と話した途端、一瞬で上機嫌になったな。本当に裏表が無い方のようだ。
ミローネ殿下も彼女の好意は嬉しいようで、表情がパッと華やいでいるのが遠目からも分かる。
──その一方、ザインドル殿下の方だが……
「ザインドル殿下、怒りをお沈め下さい。貴方様には、このリッシが付いております……」
「フン、分かってるさ。──見てろよ……いつか分からせてやる。どっちがこの国で偉いのかをな……!」
「えぇ、えぇ、勿論でございます。きっと近い内、貴方にこそ栄光は舞い込みましょう……」
小声でのやり取りでハッキリと聞き取れた訳ではないが、穏やかでない気配は伝わって来た。
……ザインドル殿下に囁いている貴族の顔は、以前見た事がある。
『ディープ・カレント』の会場で、彼は数百ガルもの大金を叩き、多くの精力剤を手に入れていた。
(『ヴィンセント・クレシール・フォン・リッシ』伯爵──この国の、財務大臣か……)
その肩書きや立ち居振る舞いにきな臭い物を感じるが、如何せん決定的な証拠はない。
彼がEDソードを持っている可能性がいくら高くとも、伯爵を疑うにはもっと明確な根拠が必要になるだろうな……
チラリと視線を向けると、どうやらアルシエル殿下もリッシの動きには注目していたようだ。
しかし、やはりこの場で断定できる事ではないと判断したのだろう。一度小さく息を吐くと、気を取り直したように集まった皆に声をかけた。
「……まぁ良い、これで全員揃った。──時間も惜しい、早速本題に移ろう」
その一言で謁見の間の声はピタリと静まりかえり、アルシエル殿下に視線が集中する。
疑問、興味、不安──様々な感情が渦巻く目に晒されながら、堂々と一歩踏み出したアルシエル殿下は魔道具の置かれた台座の元まで歩み寄ると、一言告げた。
「皆の物、台座の物を見よ。これは、ベルガルド王国の未来に関わる有事である!」
「……!」
彼の言葉に、集まった全員の表情が切り替わる。
この場に居る殆どの人間は、今王族に……アルシエル殿下の身に何が起きているか知っているのだろう。
自然とその視線がアルシエル殿下の前にある、黒い布が被せられた魔道具へと集まった。
そして、その瞬間──魔道具を覆う漆黒のベールが、アルシエル殿下の手によって取り払われた。




