第31話 第五王子と第一王女
──カチャリ
第二王子が謁見の間に現れてから少し経ち、扉が遠慮がちに開かれた。
扉を潜って表れた小柄な人物は先ず周囲を見渡し、数人の護衛を連れながら第一王子の元へと挨拶へ向かう。
小さく一礼すると、その滑らかな髪がサラリと揺れた。
「兄上、お召しにより参上いたしました。ぇと……始めて見かける方もいらっしゃるようですが、彼等は一体……?」
恐らく俺達冒険者の事だろう。こちらに一瞬視線が向いた後、アルシエル殿下の顔色を窺うように尋ねる声が微かに俺の耳に届いた。
(格好からして、王子……で、良いんだよな……?)
整った幼い顔立ちと、年齢相応の高い声に一瞬判断に迷う。
クリーム色の髪も肩口まで伸ばしており、その大人しい物腰も相俟って中性的な印象を受ける王族だった。
「彼等は私の客人だ。──あぁ、挨拶をする必要は無い。もうじき他の王族も全員ここに来るだろうからな」
「は、はい……!」
「ミローネ殿下、こちらに……」
(ミローネ……って事は、彼が第五王子か。確かに争いを好まなそうな人だな……)
──『第五王子「ミローネ」殿下は、非常に優しい方だ。誰に対しても丁寧に接する人柄は使用人には好かれるが、一方で貴族からは侮られやすく、派閥も少ない。残念ながら、君主の器ではないな。本人もそれを自覚しておられるようで、野心もない穏やかな方ではあるが、決して無礼な口は利くなよ』
アルシエル殿下とのやり取りの後、ミローネ殿下は護衛らしき騎士の案内で、第二王子と少し距離を取ったところで待つ事にしたようだ。
その後はちらちらと扉の方を気にしており、誰かを待っているような雰囲気があった。
(ゼグシオン殿下の後だからか、余計に女性的に見えるな……──ん? あの『紋章』は……)
ミローネ殿下の様子をそれとなく窺っていた俺の眼は、彼の護衛を務めている騎士の甲冑に着いた紋章に引きつけられた。
その『盾とナイフ』の紋章に見覚えがあったからだ。
(アレは、グランゼリアの街の門でも見た紋章……という事は、あの騎士達はグランゼリア伯の……?)
見たところ、どうやら伯爵本人は来ていないようだが、ミローネ殿下の派閥にはグランゼリア伯が居るという事だろうか。
──いかん。昨夜、執務室での話題に上がった名前だからか、妙に意識してしまうな。
「……?」
「!」
俺の視線に気づいたのだろうか、ミローネ殿下の眼がこちらに向けられ、バッチリ視線が合う。
慌てて視線を逸らしたが……無礼だったよなぁ……
──ジロリ!
「ぅ……! す、すみません。シーゼル侯……」
「……儂に睨まれるだけで済んだのは、相手がミローネ殿下だったからだ。今後は気をつけよ……!」
「はい……」
小声で短く説教を受け、姿勢を正す。
シーゼル侯の言う通り、確かにミローネ殿下が穏やかな性格でなければ、直接糾弾されていたかもしれないのだ。
(余計な事は考えるな、俺! 今は目立たない事だけ考えろ!)
もう何があろうと態度に出すもんか。そう心に誓った俺は──
「──空が、嘆いているわ」
「……は?」
謁見の間に凛と響いた女性の声に、耳を疑った。
咄嗟に扉の方に目を向けると、いつの間に来ていたのだろう。気品溢れるドレスを身に纏い、口元を扇子で隠した少女が、夕日差し込む窓の外を眺めて黄昏ていた。
「これ……ッ! 先程注意したばかりではないか……!」
「す、すみません。つい……!」
再び小声でシーゼル侯に叱られ、姿勢を正す。
少女は目を閉じ、フッと口元に笑みを浮かべると、上品な所作で歩いてきた。
(な、なんかこの芝居がかった感じ……妙に心当たりがあるような……!)
嫌な予感を抱きつつ、少女の同行を遠目に見守っていると……第一王子の正面に立った彼女は、扇子を持っていない左手でスカートを摘まみ、カーテシーで挨拶をした。
「──兄上、私には分かっておりますわ。今日、これより始まる宴こそ、この国の……いいえ、世界の未来を別つ“運命の分水嶺”であると……!」
(ちゅ、中二病だこの人……!)
第一声からなんとなく察しは付いていたが、案の定。
思春期に突如として罹り、その後一生に渡る後遺症を心に刻む事もある重篤な病……
(な、なんて残念な美少女なんだ……!)
黙っていればそれだけで絵になる美少女が、一瞬で痛い人になってしまう事からもこの病の恐ろしさが分かるだろう。
「フィレオノーラ、要件は──」
「──ドラグノーラ、ですわ。兄上」
「……もう一度だけ言うぞ、フィレオノーラ。要件は後だ。今は静かにしていろ」
「……仕方ありませんわね。かしこまりました」
アルシエル殿下の有無を言わさぬ声色に、大人しく一礼して下がるドラグ……フィレオノーラ殿下。
──『第一王女「フィレオノーラ」殿下は……非常に、聡明な方だ。高度な算術から、魔導まで多くに秀でており、どこに出しても恥ずかしく……──恥ずかしくない、立派な王女である。最近はやや調子を崩されておられるが、無礼な態度は許さぬぞ』
シーゼル侯が言葉に詰まる訳だ。
きっと彼女が王族故に周囲の貴族の誰も強く言えないまま、彼女の世界観は雄大に花開いてしまったのだろう。
中世の王女と言えば、基本的に他国の王子に嫁いだりと外交のカードに使われるという話は小説で読んだ事はあるが……こんな状態の王女に務まるのか不安になって来るな。
(──っていうか、こういう世界でも中二病になる物なのか……)
なんて恐ろしい事実なのだろう。……いや、もしかしたら魔法があるこの世界の方が、逆に深刻な沼り方をしてしまうのかも知れないな。
(下手に絡むと俺も嫌な記憶を思い出しそうだし……関わらんとこ……)
意識を切り替える為に深呼吸を一つし、目を開くと──
「……」
──フィレオノーラ殿下が俺の方をじっと見ていた。
(……なんで!?)
最初は気のせいかと思ったが、間違いない。彼女の視線は真っ直ぐ俺の方に……いや──俺の手元に注がれていた。
(なんだ? 何を見て……ハッ──!)
そこで唐突に思い出した。俺の手に嵌まっている指抜きグローブの存在を。
(しまった……! デザインが厨二心に刺さったか──!)
もうヤダ、この手袋。便利なのは間違いないけど、それ以上に余計な厄介ごとばっかり引き寄せる。……このデザインで創ったの俺だけど。
と、内心でもう何度目になるとも知れない後悔をしていると……フィレオノーラ殿下が動いた。
「──もし、そこの貴方……」
「!?」
なんと、彼女は明らかに俺の方へと一歩踏み出したのだ。
(嘘だろ!? ここで声をかけて来る気か!?)
『シーゼル侯、この人本当に聡明な王女様なんですか!?』そう叫びたいのを抑えつつ、身構えていると──
「ど、ドラグノーラ殿下、今日は殿下もおっしゃった“運命の分水嶺”。ここはお納めください……!」
「……そうですわね。また日を改めましょう」
どうやら彼女の派閥貴族なのだろう。四十代になろうかという男性が、何とかフィレオノーラ殿下を説得してくれたおかげで、なんとかこの場は乗り切ることが出来た。
派閥貴族の男性はこちらを見て……いや、シーゼル侯の方を見て一度頭を下げると、フィレオノーラ殿下の後に続く形で離れて行った。
……大変なんだな。派閥ってのも。
(にしても、日を改めるって言ってなかったか? 今……)
……今更かもしれないけど、今日の一件が終わったら、シーゼル侯に最低限のマナーを教われないか相談しよう。
まさかこんな形でお姫様に興味を持たれるなんて、転生した当初は思わなかったなぁ……




