第29話 疑わしきは?
手元から溢れた輝きが忽ち輪郭を形成し、質量を伴う物質となって顕現する。
今まさにこの世界に生まれ落ちたそれの『柄』を右手で握り、左手でヘッドを支えるように持つと、ずっしりとした重量感が左手にのしかかった。
「──ほう……」
「それは……スレッジハンマーか。それは一体どういう能力を秘めた物なのだ?」
【創造】の瞬間を興味深げに眺める王子を、さり気なくその身で庇いながらシーゼル侯が尋ねる。
彼の言ったように、俺が今【創造】したのは大型のハンマーだ。
持ち手がゴム製のグリップで覆われている以外全てが奇妙な金属製の、見るからに破壊力に特化した造形。
……まぁ、突然こんな武器を生み出せば、シーゼル侯が警戒を露わにするのは当然だろう。俺は生み出したハンマーをその場に置き、一歩下がりながら説明する。
「そのハンマーの名は『カースブレイカー』と言い、『呪具を破壊することで、その呪具によってふりまかれた呪いをリセットするハンマー』です。EDソードの影響を解消するアプローチとして考えていた内の、一つとなります」
「解呪用のハンマーと言う訳か。……シーゼル、鑑定を」
「はっ、直ちに」
床に置かれたハンマーを拾い上げたシーゼル侯が、以前『黄金運河』でサイフ手袋にしたように鑑定の魔法を使う。
そして様々な角度からカースブレイカーの機能を調べあげ……そして、納得したように頷いた。
「確かにこのハンマー──カースブレイカーには、彼の言う能力があるようです。この一件が解決した後も、我が国にとって非常に有用な物となるでしょう」
「ふむ……──ケンジと言ったな」
「! はい……!」
カースブレイカーを見つめていたアルシエル殿下の眼が、スッとこちらに向けられる。
「お前に一つ問う。この場で私の身の異変を取り除くアイテムを創らなかった理由を述べよ」
そう問いかけるアルシエル殿下だが……彼の目には、ある種の確信があるように思えた。
恐らく彼は、この問いの答え自体には既に当たりが付いている。だからきっと、彼がこの問いで確認したいのは、俺が彼の言うアイテムを創らなかった理由ではなく──
「……私の【創造】は、二つと同じ物を創ることが出来ません。それは『同じ機能を持った、別の道具も作れない』という事です。万が一、アルシエル殿下の身体を治した後にそのアイテムが奪われ、再びEDソードが殿下に使われた場合、確実に治療できる方法が無くなってしまう可能性があります。ですから、今回はその類のアイテムを創りませんでした」
「……ふむ──能力の欠点を正しく理解しているようだ。良いだろう、お前の価値を認めよう。そしてこの一件が解決した後は、その命を私の名の下に保証しようではないか」
「! ありがとうございます……!」
アルシエル殿下の言葉に、深々と頭を下げて謝意を示す。
予想通り、彼が確かめたかったのは『俺が【創造】の短所を認識しているか』、そして『再び同じ過ちを繰り返さないかどうか』だ。
軽率な発想を毎回【創造】してしまうような素振りを見せれば、俺の有用性は危険性にあっさり塗りつぶされてしまう。
それこそ、いつ爆発するか分からない爆弾だ。能力があっても、そんな物を王城で抱え込むわけにはいかない。
(……一先ず、最初のテストは乗り切ったと考えて良いのかな……)
内心でホッと息を吐いたところで、カースブレイカーを手に持ったシーゼル侯が俺に尋ねて来た。
「ケンジよ。それではつまり、このカースブレイカーではEDソードの影響は取り除けないと言う事か?」
「いえ、そうとは限らないのですが──」
「EDソードの影響が、呪いと言うカテゴリーに入るのかが問題なのだ。……そうだろう?」
「あ、はい。その通りです……」
流石はアルシエル殿下だ。俺の懸念点に早くも気付いてしまった。
そう、EDソードを【創造】する際に思い描いた能力は『EDにする』ではなく、『斬った相手の性欲を殺す』だった。
それを引き起こしているのが『起たない呪い』という現象なのか、『性欲が殺された結果』なのかが分からない……カースブレイカーは、EDソードの破壊の為に創ったアイテムであると同時に、EDソードの影響の形を確認する為の物でもあるのだ。
「ともかく、これで今後の方針は定まった。先ずは、この城内に居るだろうEDソードの持ち主を見つけるぞ。そしてEDソードを押収し、このカースブレイカーで破壊する」
「それで殿下達の異変が解呪されれば良し、そうでなければ……」
「はい。その時は改めて、確実にEDソードの影響を打ち消すアイテムを【創造】します」
「うむ。お前の働きと、その能力にも期待しているぞ」
深夜の執務室。俺達は互いに心強い協力者を得た。
こうして俺が生み出してしまった魔剣、EDソードを巡る騒動は解決に向かってようやく本格的に動き始めたのだった。
「……因みに、現在殿下が最も怪しいとお考えになっているのは、やはり第四王子でしょうか?」
「ザインドルか……確かに現状の第一候補はアイツの周りだが、絞り込むのはまだ尚早だろう。アイツが怪しいのも、現状異変が出ていない王族の中で最も継承権が高いと言うだけの理由だからな」
「ですな……リッシ伯の動きが怪しいのも事実ですが、全くの別件と言う可能性もございます。この資料によれば、税収の報告が怪しくなり始めたのは数年前……殿下の身に起きた異変とは、時期が合いませぬ」
なるほど……異変が起きていない王族は全て疑ってみるべきという事か。
「そうなると……候補はどのくらいになりますか?」
「第四王子『ザインドル』を除けば……第五王子『ミローネ』と第六王子『ティモ』、そして第一王女『フィレオノーラ』と第二王女『セルティス』。その派閥に属する貴族の誰かだろうと踏んでいる」
「──王女殿下方までも、ですか!?」
アルシエル殿下の推論を聞いたシーゼル侯が、思わずといった様子で問いかけた。
「当然だ。もしもこのまま異変が広がり続け、王子全てが不妊となれば、基本的に継承権が存在しない王女にもそれが発生し得る。継承権を目的とした凶行を疑うのであれば、王女だろうと例外は無い」
「む、むぅ……確かに、殿下の仰る通りです。私が浅薄でした。……しかし、そうなると候補が広すぎますな。調査にかけられる時間にも限りがございますが──」
「国王陛下の病状か……確かに、生前戴冠の日程も考えるならば、手段は選べぬな……」
確かに、シーゼル侯の言うように候補が多すぎる。
王族だけでなく、派閥の貴族まで疑うとなれば、大きく動かざるを得ない。
しかしそうなれば動きに気付いた黒幕がEDソードを隠してしまったり、正体がバレる前に遠くに捨ててしまうと言う事もあり得る。
ならば──
「あの……私に一つ、【創造】をさせて欲しいアイテムがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「ふむ。『隠し事を見抜く』類の魔道具でも創るのか?」
「いえ、その類のアイテムは既に存在する為、【創造】で創る事は出来ません。しかし、候補を絞る為のアイテムならやりようはあるかと……」
「ほう? どのような物だ?」
「えっと、先ず──」
俺は考えていた魔道具の姿と、その能力を説明する。
これはいつかEDソードを盗んだ盗賊に対して使おうと思って温めていたアイデアなのだが、今回の状況にも応用できるのではと思ったのだ。
「なるほど……確かにそれなら、王族全体の現状も把握できるか。……緊急事態だ、やむを得まい」
「お、お待ちいただきたい、殿下! そのような魔道具を創る事を許せば、例え第一王子であろうと非難の声は避けられませぬ!」
「ならば創らせたのではない事にすれば良い。ケンジよ、その魔道具はお前が盗賊を捕える為に、既に創っていた物だ。──良いな?」
「わ、分かりました。では──」
事実上の許可を得たところで、俺は早速【創造】の力を働かせる。
そして──
「ぬ゛わ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁぁぁぁーーッ!!」
深夜の執務室に、シーゼル侯の悲鳴が上がった。




