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第28話 第一王子『アルシエル・ベルガルド』

「……先に言っておく。──殿下の御前では、儂が許すまで一言も発すな。よいな?」


 ドアの前に立ったシーゼル侯が、有無を言わさぬ口調で釘を刺してきた。

 元よりそんなつもりは無かった俺だが、その迫力に思わずゴクリと喉が鳴る。

 それでも、辛うじてこくりと首肯を返すと、シーゼル侯は改めてドアに向き直り──上品な所作でドアを三回、コン、コン、コン、と叩いた。


「──殿下。シーゼルです。先に書簡にてお伝えした『例の冒険者』を伴い、ただいま到着いたしました」


 静かな、それでいて良く通る声で扉越しに来訪を伝えるシーゼル侯。

 ……やがて、数秒程の沈黙の後、第一王子のものと思しき声が返って来た。


「入れ」


 許可が出た瞬間、シーゼル侯は迷いのない手つきでドアを開け、俺を促すように先に執務室へと足を踏み入れる。

 彼に続いて俺も扉を潜ると、無数の書類が積み上がったデスクの後ろで、第一王子『アルシエル・ベルガルド』がこちらの出方をじっと値踏みするように待ち受けていた。


(この人が、第一王子……!)


 見たところ二十歳になるかそこらだろう端正な顔立ちには、およそ感情らしい感情が浮かんでおらず、その整ったパーツが故に、仮面でもつけているのかとすら感じられる恐ろしさがある。

 そして何より、こちらに向けられた切れ長の瞳から感じる迫力は、魔物やスラムのゴロツキ等とは比べ物にならない『圧力』を感じた。


「……っ」


 思わず息が詰まる。

 魔物の視線は『どこに牙を突き立てればコイツは死ぬか』と探って来た。

 ゴロツキの視線には『何をしてくるか分からない』という恐怖があった。

 ……だけど、この第一王子の視線はそのどちらともまるで違う。


(──測(・)ら(・)れ(・)て(・)い(・)る(・)……っ! 『信用できるか』、『何が出来るか』、『どの程度使えるか』……俺の僅かな動作から、俺の全てを見抜こうとしている……!)


 『見られる』だけでここまでのプレッシャーを感じたのは、生まれて初めての経験だった。

 どこまでも不気味で、どこまでも恐ろしい……心の奥底まで見られているような錯覚すら抱いてしまう程だ。

 そんな視線に、ジワリと手に汗が滲むのを感じていると──おもむろに俺の背がバンと叩かれた。


「──っ!? え、何……」

「“名前”だ……っ! 殿下の問いに答えぬか……っ!」


 視線を向けると、俺の背を叩いたシーゼル侯が額に汗を浮かべながら、小声でそう急かす。

 ……どうやら、俺が呆然としている間にいつの間にか質問をされていたらしい。

 まるで気付けなかった。それほどまでに、王族の気迫に圧倒されていた。


「も、申し訳ありません! お、私の名は『ケンジ』と申します! 三等新芽級の──」

「良い。そ(・)れ(・)は要らぬ情報だ」


 俺の名を聞いたアルシエル殿下は、続く自己紹介をバッサリと斬り捨てると、手元に置かれていた手紙のような物に目を落とす。

 その僅かな所作で、彼の金糸のような髪がサラリと揺れ、蝋燭の灯りに妖しく輝く。


「お前には『この世に無い物を虚空より生み出せる能力』があるそうだな。そして、私の身に起こった異(・)変(・)にも、その力が関わっている。そう報告が来ているが──真か?」

「……っ! は、はい。その通り、です……」


 怒りも焦りも無く、淡々と事実を確認するだけのその問いが、俺には却って不気味だった。

 だって、そうだろう。こう言うのは正直憚られるが、王子としてある意味『最も重要な能力』を奪った元凶が俺なのだ。

 それをまるで他人事のように……俺自身もEDソードによって立たなくなっている分、彼の言動から感じる無機質さに、俺は慣れる気がしなかった。


「そうか、では──先ずはその能力を行使してみせよ」

「えっ……!?」

「何でも良い。今この世界に存在せぬ何かを、この場で生み出せ」

「で、殿下! それは流石に危険が過ぎますぞ!」


 アルシエル殿下の要求に割り込む形で、シーゼル侯が口を挟む。

 本来不敬な行為だが、俺の能力の危険性を理解しているシーゼル侯としては、当然の反応だろう。

 しかし、アルシエル殿下は構わぬとばかりに続けた。


「知らねば使えぬ。その能力をその者が行使できる……それを正しく理解せねば、何も始まらぬ」

「しかし……!」

「侯よ、貴方の齎してくれた情報が事実であれば、今回の一件は私達の想像以上に複雑だ。一日でも早く動かなければ、手遅れになるやもしれぬ」


 そう言って、アルシエル殿下がシーゼル侯に差し出したのは、数枚の書類だった。

 『読め』と促す視線に疑問符を浮かべながらも、その書類を受けとり目を通すシーゼル侯。


「これは……『グランゼリアの税収報告書』ですな。今年の物だけでなく、ここ数年の……──む……?」


 途中で何かに気付いたのか、シーゼル侯の言葉が止まると、書類を忙しなく見比べ始めた。


「こ、これは……! まさか──」

「そうだ。報告に上がった税収が、安(・)定(・)し(・)過(・)ぎ(・)て(・)い(・)る(・)。それもここ数年間で、突然にだ」

「『ヴェリタス・コレクターズ・サミット』を毎年開催しているグランゼリアの税収が、ここまで安定する事は考えられない……そのご意見は理解できます! しかし……あのグランゼリア伯が、税収を誤魔化すなど……!」


 ……どうしよう。二人が何に焦っているのか分からない。

 さっきまで『能力を使え』と要求されていたのに、あっという間に蚊帳の外にされてしまった俺は、とりあえず彼等の会話に耳をそばだてる事にした。


「いや、誤魔化したのはグランゼリア伯ではない。その報告書をまとめた財務大臣、リッシ伯だろう。リッシ伯にこの程度の誤魔化しが効くとは到底思えんからな」

「! まさか、財務大臣の権利を使って、リッシ伯がグランゼリアに重税を……?」

「恐らくな。……私腹を肥やすだけならかわいい物だが、しかし、も(・)う(・)一(・)つ(・)の(・)情(・)報(・)が奴を放置できぬ事情に繋がるのだ」

「もう一つの情報……」

「──奴は、第四王子である『ザインドル』派閥のトップだ。そして身体の異変は、私(・)を(・)含(・)め(・)た(・)第(・)三(・)王(・)子(・)ま(・)で(・)し(・)か(・)確(・)認(・)さ(・)れ(・)て(・)お(・)ら(・)ぬ(・)」

「な……! そ、その情報は確かなのですか!? 『ゼグシオン』様に続いて『ルミナン』様まで……!?」

「貴方が知らぬのも無理はない。私の身の異変が確認されてから、情報の統制は更に徹底されているからな。ゼグシオンはともかく、ルミナンの事は我々王族を除いては犯人しか知らぬ事だろう」


 アルシエル殿下の口ぶりから察するに、『ゼグシオン』が第二王子で、『ルミナン』が第三王子だろうか。

 王族にとって子孫を残す能力が特に重要である事は、今更言うまでも無いが……それを失わせる異変が第四王子には起こっていない事実が明るみに出れば、ここに来て第四王子の発言力と存在感は急速に高まる事になる。


(連鎖的に王族の不妊が発覚している現状から、EDソードが使われていると考えるべきだ。そして、必然的に最も怪しいのは『第四王子派閥』……!)


 本来王位継承権が高いとは言えない第四王子を担ぐ派閥が、ここにきて一気に重要ポストを占める可能性が浮上した訳だ。

 宮廷の混乱はそれはもう大変な物になるだろう。俺達はEDソードの存在を知っているから、人為的な動きだと分かるが、それを知らない臣民相手であれば第四王子を『天が選んだ後継者だ』と担ぐ事すら不可能ではない。

 もしかすると、リッシ伯の狙いは──


「つまり、近い内にリッシ伯がクーデターを起こす疑いがあると……!?」

「……まだ疑いの段階だがな。しかし、実行されてからでは遅いのだ。それまでに首謀者の計画に『楔』を打つ。私の身から異変が取り除かれれば、首謀者は計画を中断せざるを得ない筈だ」


 ……なんか、一気にとんでもない話になったな。

 リッシ伯か……クーデターを起こすって、とんでもない大悪党じゃないか。

 拳を握る手に、思わず力が籠る。その力(・)み(・)を見逃さなかったアルシエル殿下の眼が、スッと俺へと向けられた。


「──そう言う訳だ。もはや残された時間がどれほどか、私にも読めぬ。お前の力を、この場で見せて欲しい」

「……分かりました。【創造】の力をお見せいたします」


 念の為にチラリと目配せをすると、額に汗を浮かべたシーゼル侯と視線が合った。

 『妙な物は創るなよ』。そう言いたげな目に、小さく頷く。

 俺としても第二のEDソードなんて創りたくないからな……ここは、以前考えておいたア(・)レ(・)を創るとしよう。


「──では、行きます!」


 殿下達から更に一歩分の距離を開け、目の前に手を翳す。

 そして俺の内側に宿る【創造】の力を意識すると、俺の手元が眩い光を放ち始めた──。

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