第27話 いざ、城内へ
──ゴゴォン……
俺達の乗る馬車がレグザリア城の巨大な鉄の門をくぐった直後、背後で重厚な音と共に城門が閉じられた。
窓の外を見ると、ここは中庭のような場所らしく、伝令を聞いたのだろう大勢の兵士が俺達の馬車を警戒するように見つめている。
しかし、馬車はスピードを落とすことなく道を進み、さらに内側にある第二、第三の門を抜け……──やがて、いかにも王族が住んでいそうな『本城』の目の前へと滑り込んだ。
「──着いたぞ。降りろ」
騎士達の指示で完全に馬車が停止し、促されるまま俺達は外に出る。
見れば、既にここまで案内してくれた騎士達は下馬しており、奥の方では城の前で待機していたらしき別の騎士達が、シーゼル侯へと挨拶をしているところだった。
「お疲れ様です、侯爵閣下。殿下よりお話は伺っております。……して、その者が?」
値踏みするような騎士の冷徹な視線が、侯爵の後ろから恐る恐る覗き込んでいた俺へと突き刺さる。
「うむ。丁重な出迎え、大義である。近衛どの。……彼が例の殿下の客人だ。既に聞いていると思うが、急用の為、確認は最低限で済ませよ」
「承知しました」
そんなやり取りの後、騎士達が手早く俺の手荷物を改め始めた。
その甲冑の胸元には、『六芒星を背負う黄金の獅子(に似た獣)』の紋章が輝いている。
(さっきシーゼル侯が『近衛』って言ってたよな……って事は、第一王子直属の近衛騎士か……!)
本格的に王族に近い役職の登場に、思わず全身に緊張が走る。
騎士達は両手を挙げた俺の服の上から、怪しいものを身に着けていないかを確認し、首のギルドタグも念入りに確認した。
「──『三等新芽級』……?」
冒険者としての階級を確認した近衛騎士の目が、訝しむように俺に向けられたが、直ぐに意識を切り替えてチェックを再開し始めた。
──そして数秒後。
俺の検査を終えた近衛騎士達はシーゼル侯へと敬礼し、城内へと俺達を招き入れた。
当然ながら俺やロードリックさんの武器は没収されており、更に周囲を包囲されたままの案内だ。
(……これじゃあ案内って言うより、連行だよな)
等と内心でぼやきながら、見るからに高そうな絵画や壺といった調度品の並ぶ廊下をしばらく歩く。
やがて立ち止まった近衛騎士が傍らの扉を開けると、シーゼル侯が率先して部屋へと入っていく。
俺達も後に続いたが──
(うおぉ……これはまた、なんとも豪勢な……)
そこに広がる光景は、それまで見て来た城内と比べても明らかに別格の空間だった。
壁には近衛騎士達の甲冑にもあしらわれている、『六芒星を背負った獅子』の紋章が金糸で刺繍された巨大なタペストリーが掲げられ、足元には毛足の長い上質な絨毯が敷き詰められている。
部屋の奥の大きな暖炉の中では、燃え尽きかけた薪が赤黒い『熾火』となって静かに燻っており、そのおかげか、この部屋は廊下と比べて大分過ごしやすい室温を保っているようだ。
そして部屋の中央には、重厚な木製のローテーブルを挟んで、いかにも高価そうな革張りのソファが二つ、向かい合うようにして置かれている。
(──見るからに『応接室』って雰囲気だよな……ここで待っていれば良いのか?)
チラリとソファを見ながら『こういう時、上座ってどこだっけ……』等と考えていると、その傍に佇んでいた身なりの良い老紳士と目が合った。
老紳士はしなやかな足取りで俺たちの前まで歩み寄り、シーゼル侯に向けて優雅に頭を下げると、互いに挨拶を交わす。
「お待ちしておりました、シーゼル侯爵閣下。こんな夜更けに、よくぞお越しくださいました」
「急な面会を受け入れてくれたこと、感謝する。侍従長どの」
シーゼル侯もまた、旅の疲れを感じさせない完璧な貴族の笑みを浮かべて応じる。だが、二人の目は全く笑っていなかった。
侍従長と呼ばれた老紳士は、シーゼル侯の後ろに立つ俺を一瞥すると、念を押すように確認する。
「……して、そちらの御仁が、『例の件』について殿下に奏上があるという者ですかな?」
「うむ。儂の名誉にかけて、この者の能力は保証しよう。──アルシエル殿下は奥におられるな?」
「はい。殿下は奥の執務室で、貴方様方の到着を今か今かとお待ちです」
そう言って一礼した侍従長は、奥の部屋へと続く扉の前に立つと、静かに扉を開いた。
「──さぁ、どうぞ。お進みください」
「うむ。ケンジよ、ついてこい」
「えっ……あ、はい……!」
てっきりこの部屋で待つものとばかり考えていた俺は、シーゼル侯の声に僅かに遅れて後を追い始める。
いよいよ第一王子と会うのだ……その事実に、興奮と緊張が入り混じる。
しかし、侍従長の前を通りがかった一瞬……
「──殿下にもし、これ以上の事が起これば……分かっておりますね?」
「──っ!?」
耳元で囁くように放たれた警告に、全身の毛穴から汗が噴き出した。
恐る恐る視線を向けると、そこには穏やかに微笑む老紳士の顔。とても今の警告を発したとは思えない表情だが……あの声と殺気は間違いなく、彼から放たれたものだった。
「……殿下がお待ちです。どうぞ」
「は、はい……失礼します……」
にこやかに、しかし有無を言わさぬ気迫で急かす彼の言葉に思わず一礼した俺は、直ぐに先を急ぐべく踵を返すと、足早にシーゼル侯の後を追うのだった。
「──何か、言われたか?」
シーゼル侯に追い付くと、彼が小声で尋ねて来た。
「え、えっと……はい。『殿下に何かあれば、分かってるな』……と」
「ふっ……相変わらずだな、あの男は……」
質問に答えながら、部屋の様子を確認する。
壁沿いに並ぶいくつかの棚と、天蓋付きのベッド、そしてその脇にかけられた『六芒星を背負う獅子』のタペストリー……どうやらここは、第一王子の寝室らしい。
こんな所で会うのだろうか……内心に疑問が浮かぶ。
「まぁ、あまり気にせぬ事だ。貴様は既に、命を懸けてこの場に居るのだ。何を言われようと、今更の話よ」
「は……はぁ……」
……これは、励まされているのだろうか。それとも、追い詰められているのだろうか。
正直判断に困るところだが、しかし彼の言う事も間違ってはいない。EDソードの影響を王族たちから取り除けなければ、俺は多分処刑されるだろう。
最初から命懸け……それを思えば、確かに今更なのかもしれないな。
「さて、行くぞ。ついてこい」
「えっ……あの、どこに行くんです……?」
「……侍従長どのが話していただろう。アルシエル殿下の執務室だ」
呆れたようにそう告げるシーゼル侯が、ベッドの脇のタペストリーを捲る。
すると、その背後から人一人がギリギリ通れる程度の、小さな扉が姿を現したのだった。




