第26話 旅の終着点
窓の外から月の光が差し込む薄暗い執務室に、カリカリとペンの走る音が静かに響く。
「……」
部屋の主である第一王子『アルシエル・ベルガルド』は、病に臥せった父王の代わりに、自らの執務室にて政務を執り行っていた。
王位につく前の、それも十八歳の王子が国政に本格的に参加する事に難色を示す貴族は多かったが、彼はそれらの声を実力で黙らせており、今となってはその才覚を疑う者は一人として居なかった。
「……──?」
そんな彼の筆が、とある書類を前にピタリと止まる。
彼は直ぐに傍らに積まれた『サイン済み』の書類の山から、数枚の報告書を抜き出すと、その数字を比較する。
そして、別の紙にペンで素早く数式を走らせ、計算結果を書類と照らし合わせると……
「……これは──」
その眼がスッと鋭く細められた。その時──
「む……?」
執務用のデスクに置かれた円筒状の魔道具から、丸められた紙がにゅっと顔を出した。
(手紙……? ──シーゼルから……という事は、もう王都についたのか)
窓の外を一瞥し、手紙に視線を戻す。
(想定よりも大分早いな。それだけの確信があるのか……)
いくらグランゼリアから王都までの道が整備されており、馬車が速度を出しやすかったとしても、ここまで到着が早まるのは珍しい事だとアルシエルは判断する。
事前に送られて来た手紙でおおよその事情を把握していたアルシエルは、直ぐにデスクから立ち上がると部屋の扉を開け、扉の直ぐ傍で警備をしていた近衛騎士の一人に簡略な命令を伝えた。そして──
「さて……」
直ぐにデスクに戻った彼は、先程サインを止めた書類を険しい眼で読み込むのだった。
◇
「──まだ、かかりそうですかね……?」
「こんな時間だからな。仕方あるまい」
ロードリックさんが俺を起こしてから、数時間後。
俺達の馬車は現在、閉じられた王都の門を前に立ち往生していた。
「現在照会中だ。もうしばし待て」
「はい……」
馬車を取り囲む兵士の言葉に肩を落としながら、目の前に聳える門を見仰ぐ。
王都を守る外壁と門は、以外なことにグランゼリアほどの豪華さは感じなかった。
いや、勿論外壁や門を飾る彫刻は十二分に手の込んだ造りではあるのだが、グランゼリアのような派手さと言うよりは格式高い感じと言うか、石膏像のような美しさと言うか……
しかし、いずれにせよ夜間は街の門が開かれないというのがこの世界の常識らしく、それはポルタムでもグランゼリアでも同じだった。
だからこそ俺は、馬車の到着は早くとも明日の早朝になると踏んでいたのだが……
(まさか、月も沈まない内に着くとはなぁ……)
「侯爵閣下の話では、事前に来訪の報せは入れてあるらしい。恐らく、もう直ぐだとは思うが……」
ロードリックさんがそう呟いた、まさにその時だった。
『ガコン』と、何か大きな物が動いたような音が大門の奥から響き……門がゆっくりと開かれた。
その奥に待っていたのは──
「──夜間の警備、ご苦労。ここからは我々が担当する。各自、持ち場に戻れ」
華々しくも物々しい甲冑に身を包み、立派な軍馬に跨った、十数名の騎士達だった。
彼等は馬車を停めていた兵士達を下がらせると、俺達を包囲するように陣を組む。そして、シーゼル侯と何やら話した後……馬車は、彼らの案内に付き従うようにゆっくりと進み始めた。
「おぉ……ここが、王都……」
ガタゴトと音を立てながら、馬車が夜の静けさに包まれた王都を往く。
昼間は大勢の人で賑わっていそうな大通りも、やはり夜ともなれば静まり返っている。
行き交う人影の殆どは警邏中の兵士であり、ポツリポツリと点在する街灯の光をスポットライトの様に浴びては、彼等の甲冑が鈍い輝きを放っているのが見えた。
「この中央街道は、そのまま王城へ真っ直ぐ続いている。きっとここからでも、城の姿は確認できる筈だ」
「……」
ロードリックさんの説明を聞いた俺は、馬車の窓を開けるとそこから顔を出した。
「む……!? おい、貴様。怪しい動きは──」
「すみません、ちょっと見るだけです!」
直ぐ傍を並行する騎士に咎められるが、謝りつつも俺は進行方向へと目を向ける。
何せこの先、俺はこれから行く城の姿を外から見る事も出来なくなる……今の内にせめて、一目だけでも見ておきたかったのだ。
「……アレが──」
「ああ。この王都の……ひいては国の中心──『レグザリア城』だ」
王都を縦断する街道の遥か先、要塞化された高台の上。
月を貫くかのように鋭く聳える無数の尖塔を戴いた壮麗な王城が、月光によってその威容を闇夜に浮かび上がらせていた。
「凄いな……」
初めて見た西洋の城の姿に、我ながら陳腐な感想しか出てこない。
美しさに感動したのか、その大きさに圧倒されたのか、この状況に興奮したのか、堅牢さに絶望したのか……それすらも分からないまま、ただ言葉だけが口から漏れだしていたのだ。
だが、一つだけ確信できた事がある。
(あぁ──本当に終わるんだな。俺の旅は……)
あれ程の城だ。一度入ればもう、生きている内は出られまい。
一目でそれがハッキリと分かったのだ。
「……ほら、もう満足しただろう。頭を引っ込めろ」
「あ、はい。すみませんでした……」
思わず零れた俺の感想にまんざらでもなかったのか、少し得意げな騎士が穏やかに注意を促してくれた。
俺はそんな彼に一度頭を下げ、素直にソファーに座り直すと、ロードリックさんに向き直る。
「凄いですね。俺、これからあんな凄い城に行くんだ……」
「! ケンジ……」
何かを言いかけたロードリックさんが、その言葉を飲み込んだのが分かった。
……彼はもしかしたら、こうなった原因の一端は、彼自身にあると思っているのかもしれない。
しかし、そうじゃない。原因はやっぱり、俺なのだ。EDソードを生み出してしまった責任が俺にある以上、俺がこの一件を解決しなければならない。
それを胸に刻み、深呼吸をすると、胸の内からスッと重苦しい何かが抜けていくような感覚がした。
「──大丈夫です。おかげで、今度こそ本当に覚悟が決まりました。きっと、全部解決して見せますよ」
「……ああ、きっと君にしか出来ない事だ。その間、せめて君の安全は俺が守ろう」




