第25話 【創造】の秘密
──翌日。
俺の目覚めは、早朝の静けさを切り裂く怒号と共にあった。
「おい! 起きろ、平民! 貴様如きが侯爵閣下を待たせる事など、あってはならんぞ!!」
「……ぅ……もう、朝か──」
寝ぼけ眼を擦りながら体を起こすと、視界に入って来たのはシーゼル侯の財務官の神経質そうな顔だった。
彼は俺が起きた事を確認すると、「さっさと準備して降りて来い!」と一方的に告げて早々に部屋を出て行ってしまった。
俺はベッドの傍で夜間の警護をしてくれていた、シーゼル侯の騎士達へと尋ねる。
「──すみません、今ってそんなにギリギリなんですか……?」
「そうですね……まだ最初の早朝の鐘が鳴ったばかりですが、開門の鐘と同時に発つと言う事でしたので、そろそろ準備はした方が良いでしょう」
「……わかりました。ありがとうございます……」
もぞもぞとベッドから降りて、レザー製の装備を身に着ける。
正直あまり眠れていないせいで、頭が働かない。
深夜にスラムのボスに会いに行ったせいで寝るのが遅くなったのもあるが、警護の騎士達の存在もあってなかなか寝付けなかったのだ。
(近くに完全武装した騎士が何人も居たら、緊張して寝られないだろ……貴族はそう言うの気にならないのか……?)
こんな所でも価値観のギャップを感じつつ、騎士達と共に一階のエントランスへと降りると、フロントで受付と話すシーゼル侯の隣にいたロードリックさんが声をかけてくれた。
「おはよう、ケンジ。昨夜は……あまり眠れなかったようだな」
「えぇ……ちょっと緊張してしまって……──侯爵閣下は今、何の話を……?」
「ああ、この後直ぐに馬車に乗るから、朝食を包んで貰うんだ」
「なるほど……」
ロードリックさんの説明に納得した丁度その時、建物の外から『カーン、カーン』という鐘の音が耳に届く。
そして、フロントから手渡された朝食の包みを侍従に持たせたシーゼル侯が振り向いた。
「……良し、皆揃っているな。開門の鐘も鳴った事だし、早速行くぞ。──王都、『レグザリア』へ!」
こうして、俺達はグランゼリアの街を発ったのだった。
「──ごちそうさまでした。……っ、くぁ……!」
王都『レグザリア』へ向かう馬車の中、『黄金運河』で包んでもらった朝食のミートパイを食べ終えたところで、堪えていた欠伸が漏れた。
「……酷いクマだな。寝付けなかったという話は、今朝も聞いたが……」
向かい合う様に設置されたソファの対面で、同じくミートパイを食べていたロードリックさんが尋ねて来た。
「え、えぇ……すみません。騎士達に囲まれて寝ると言う体験は初めてでしたので……」
「あぁ……それなら、今の内にこの馬車で寝ておくと良い。このくらいの振動であれば、眠るのには問題無いだろう」
そう言うロードリックさんだったが、確かに今俺達が乗っている馬車の揺れは、最初に乗った乗合馬車と比べればかなり快適だった。
俺達が乗っている客室は、程よく伸縮する革紐で吊り下げられており、それが馬車の振動を殆ど吸収してくれているらしいのだ。
加えてグランゼリアと王都を結ぶこの街道は、他と比べても特に整備を徹底しているらしく、小石などによって車体が弾む事も無い。
ゆりかごのような揺れに加えて、食事をとった直後特有の満腹感。ふかふかのソファの座り心地も相俟って、一気に眠気がぶり返してきた俺は、彼の提案に甘える事にした。
「それじゃあ、少し寝させて貰いますね」
「ああ。何かあったら起こすから、安心して寝ていてくれ」
「ありがとうございます。失礼します……」
そう言ってソファに体を横たえた途端、俺の意識は急速に沈んで行き……
──そして、唐突に目が覚めた。
「っ!? ここ、は……?」
いや、『目が覚めた』という表現は適切ではなかったかもしれない。
何故なら俺が目を覚ましたのは、馬車の中ではなく……
「なんか、見覚えがあるような……──っ、そうだ! ここは、転生の時にも一度来た……」
「──はい。おっしゃる通り、ここは貴方達人間が『天界』と呼ぶ世界ですわ」
周囲を見れば、そこにあるのは空を映し出す水面が作り出す水平線の世界。俺は再び、水底の見えない深い水面の上に立っていた。
背後から聞こえたお嬢様言葉に振り返ると、そこには水面に設置された白いラウンドテーブルを挟むように置かれた椅子の一つに腰掛ける、全体的に白い印象を受ける女神が俺の方へと視線を向けていた。
「あ、貴女は……」
「どうぞ、こちらへおかけくださいませ。今回は貴方に伝えたい事があり、こうして意識だけをお招きしましたの」
「……」
女神から直々に呼び出された……そんな事実に、俺はかつてない程の緊張感を抱きながら、彼女の薦めるままに対面の席へと腰掛けた。
「転生してからの貴方の歩み、失礼と知りながら見守らせていただきました。……大変な事になってしまいましたね」
「え、えぇ……まぁ……」
まさか女神様も、自分が与えた【創造】の能力で『EDソード』なんて魔剣を創るとは思いもよらなかったのだろう。
ましてそれが王族の血を絶やしかねない大騒動に繋がるなんて、想像もしなかったに違いない。
「……あっ! もしかして、事態の解決に協力してくれるんですか!?」
呼び出された理由にもしやと思い、期待を胸に尋ねてみたのだが……女神様は残念そうに首を振る。
「私達が直接下界に干渉する事は、固く禁じられておりますの。ですから、貴方の現状を解決する事も出来ません」
「そうですか……」
流石に、そんな旨い話は無いよなぁ……結局の原因は【創造】の能力ではなく、俺の不注意な訳だし。
「貴方に伝えたい事というのは、【創造】の能力についてですわ」
「【創造】の……? ──っ、もしかして、まだ【創造】には隠された能力が!?」
「いえ、そのようなものはございません。貴方が【創造】で生み出した、説明書に書かれていた内容で全てですわ」
「は、はぁ……」
一瞬見えた希望が一瞬で霧散し、がっくりと肩を落とす。
もし『【創造】した物を消せる』みたいな能力があれば、EDソードの問題は半分以上解決したのに……
「──実は、貴方に【創造】の能力を授けたのには、私の事情もあるのです。それに関して一つ、貴方にお願いがありますの」
「お願いですか?」
(何だろう。……まさか、『【創造】の能力をあまり使わないでくれ』みたいな頼みじゃないだろうな……?)
もしもそうだとしたら、この先かなり困る事になるのだが……
そう身構えていた俺だったが……女神様の提案は、むしろ俺の懸念の真逆だった。
「【創造】の能力を、なるべく多く使って欲しいのです」
「え……えぇ……?」
俺からすれば奇妙な頼みだ。
EDソードなんて恐ろしい魔剣を生み出したこの能力を忌避し、制限をかけるならまだ分かる。女神様も自分の世界に、これ以上混乱のタネを増やして欲しくはないだろうからだ。
「先ほどもお話ししました通り、このお願いには私の事情も深く関わっております。聞いてくださいませ」
そんな動揺を声に漏らしてしまった俺に、女神様は胸に手を当て──まるで懺悔でもするかのように事情を話し始めた。
「──世界の寿命を延ばす……」
「はい。貴方が【創造】の能力を行使する度、貴方を通して世界にエネルギーが注がれているのです」
それは、直接下界に干渉できない規則に縛られた女神様たちが、それでも世界の寿命を延ばしたい時に使う裏ワザなのだと言う。
なるべく強力な異能を与える必要があるが、しかし、その異能によって世界のバランスが乱れる事は避けたい。
そこで乱用できない制限を設ける……その結果生まれたのが、【創造】というハチャメチャに使いにくいチート能力だったと言う訳だ。
「……そう言う事だったんですね」
「申し訳ございません。当事者となる貴方に、事情を説明する事も無く……」
事情を説明し終えた女神様は、ぺこりと頭を下げる。
知らぬ内に世界の延命なんて大役を背負わされていた事には、当然驚いたが……
(──まぁ、却って納得したな。無条件で『貴方に第二の人生を』なんて言われるより、よっぽど理解できる)
無条件で施されること程、怖い物は無い。
むしろ、ちゃんと使命があった事に安心すらできた。
「──でも、多く使って欲しい割には、やっぱり使いにくいですよ。この能力……」
「……そうですわね。正直、制限を付け過ぎたかもしれませんわ」
「…………因みに、能力の調整とかは……」
「不可能ですわ。もう貴方は下界の住人ですので」
「あっ、はい……」
……まぁ、仕方がない。
確かに今から俺の能力に手を加えると言う事は、下界に直接干渉する事と同義だ。
俺はこれからも、この使い勝手の悪い能力と付き合っていくしか無いのだろう。
「……あら? どうやら、貴方の連れの方が何やら焦っているようですわね」
「え?」
俺達が挟んで座るテーブルの中央に彫られた水盤に、女神様が視線を落とす。
すると、その水面が一瞬揺らぎ、俺が先程まで乗っていた馬車の内部の光景が浮かび上がった。そこには──
『──ケンジ!? おい、起きろ、ケンジ!』
……死んだように眠る俺の身体を、焦ったように揺するロードリックさんの姿があった。
「えっ、あの、俺ってまた死んだんですか!?」
「いえ。これは私が貴方の意識をここに呼んだせいですわね。直ぐに下界に送り出しますので、落ち着いて下さいまし」
「は、はい!」
水盤に映る光景から察するに、どうやら下界では既に日が暮れ始めているらしい。
恐らくこっちとは時間の流れが違うのだろう。ロードリックさんも、その所為でかなり焦らせてしまった。
「最後に一つ、ここでの事は下界の方々には話さないでくださいな。流石に『世界の寿命が近い』と言う話が事実として広まれば、混乱ではすみませんもの」
「はい! 解りましたから、早く送ってください!」
──その瞬間、俺の意識は急速に遠のいていった……




