第24話 別れを済ませて
「──フン……なるほど。結局坊主の探し物は、見つからず仕舞いって訳だ」
「はい……残念ながら」
「……──やはりか……」
「? と、言うと──」
俺の報告を聞き終えたスラムのボスは、何かに納得したように短い返事をこぼす。
その反応に、何か知っているのかと尋ねようとしたところで、ロードリックさんから質問が飛んだ。
「……済まない。失礼を承知で聞くが、会場に居たあの男──貴方の差し金ではないだろうな?」
「え……それって……!?」
スラムのボスへと訝し気な視線を向けるロードリックさんだったが、一方で疑いを向けられたボスは、まるで気にもしていないように小さく笑う。
「クックック……残念なことに、お前が追跡を断念する程の部下は居ねぇよ。お前達が見たそいつは恐らく──グランゼリア伯の手下だろうぜ」
「ッ!」
彼の言葉に、ロードリックさんの表情が険しさを増す。
「……貴族を疑う以上、相応の根拠があると見て良いんだろうな?」
「当然だ。お前達もおかしいと思ったんじゃねぇか? 今回のオークション、そもそも出品物に奇妙な偏りがある事を……」
確かにカタログに掲載されていたラインナップには、妙に精力剤が多かった。
しかし、それがグランゼリア伯とどう繋がるのだろう。彼の言葉を待つ。
「──俺の部下に、落札金の受け渡しを監視・調査させていた。その報告が来たのはさっきの事だが……大量の落札金を手にした連中が、纏まってグランゼリアの屋敷へ向かう馬車に乗り込んでいたらしい」
「! しかし……それだけでは、彼が例の商品の出品者とまでは特定できない筈だ!」
「確かにな。だが、そいつらは全員、フードで顔を隠していたという話だ。お前達の見た男とも、特徴は一致してるんじゃねぇか?」
「くっ……! どういう事だ……まさか、本当に……?」
「ロードリックさん……?」
「! いや、なんでもない……」
妙に大きく動揺するロードリックさんの様子が気になり、視線を向けるが──彼はそう言って返答を誤魔化してしまった。
そう言えば、彼は貴族からの依頼を請ける機会も多いというダント級の冒険者だ。もしかしたら、グランゼリア伯とも知らない仲ではないのかもしれない。
そう内心で納得しようとしたその時、スラムのボスが彼の名に反応を示した。
「──ロードリック? ……ほう、そうか。お前が“赤鉄”のロードリックか」
「“赤鉄”?」
「確かに懇意にしている貴族達から、その名で呼ばれる事もある。……それが何か?」
「くくっ……いや? 随分前になるが、『“赤鉄”の実力を最初に見出したのは、十年前のグランゼリア伯だった』という噂話を聞いた事があってな……妙に庇うと思ったが、なるほど。奴への恩があったからか……“赤鉄”も人の子だったという訳だ」
「……」
話を聞く限り、どうやら“赤鉄”とはロードリックさんの二つ名のようなものらしい。
そして彼がそう呼ばれるだけの成果を上げた陰には、グランゼリア伯の影響があった……そんなところか。
頭の中で情報の整理をするので一杯の俺を余所に、スラムのボスが鋭い眼でロードリックさんを見据える。
「本当は、お前も分かってたんじゃねぇか? そもそも『ディープ・カレント』に出品された筈の坊主の剣がどこかに消えた時点で、真っ先に疑うべきは奴の筈だろう。感情で目を曇らせるなんざ──ジョンモ級に最も近いと噂される、“赤鉄”のする事じゃねぇぜ」
「──くっ……!」
ロードリックさんがダント級の冒険者だと知ったのも最近だったけど、まさか冒険者としての最高峰であるジョンモ級に迫る程の人物だったとは……そんなに凄い人だったのか。
これでシーゼル侯の態度も納得がいった。ジョンモ級ともなれば、王族から直接の依頼を請ける立場になる。
依頼の内容によっては、一時的に伯爵以上の権限を与えられる事もありそうだ。シーゼル侯にとっても、彼は雑に扱えないのだ。
(……思えば“赤鉄”という二つ名然り、グランゼリア伯との関係然り、俺ってロードリックさんの事何も知らないんだな……)
「──さて、小僧。俺の所に来た目的……まさか、今の報告の為だけじゃねぇだろう? 話してみな」
「あっ、そうでした。実は、今回は追加で情報を貰うついでに、お礼を言いに来たんです。『ディープ・カレント』の事とか、あの盗人の情報の事とか……」
「あぁ? その程度の用事の為に、わざわざこんな遅い時間に足を運んだってぇのか? そんなの日を改めりゃ……──いや、何があった?」
言葉の途中で、彼の目がスゥっと鋭くなる。
……流石、情報の扱いに長けた人だ。
どうやら俺が『日を改めて訪れることが出来ない』事に、説明するまでもなく気付いてしまったらしい。
勿論、俺が【創造】という能力を持っている事は話せないが……それ以外の事について、俺は大人しく打ち明ける事にした。
「──という訳で、俺は明日、王城へ発ちます。多分……もうこのグランゼリアには、戻って来ません」
「……そうか」
改めて言葉にすると、自分でも意外な事に、この街に僅かに未練がある事を実感する。
それは活気あるこの街に早くも愛着が湧いていたのか、それとも、この自由が失われる事への抵抗感なのか。
自分でも判然としない感情に目を伏せていると、ボスは低い声でそう呟き、同じく何か考え込むように目を瞑った。
そして一秒にも満たない逡巡の後──彼は傍らに積まれた本の陰から小さな筒状の何かを取り出すと、それを俺の方へ軽く放り投げて寄越した。
「──っと……これは……?」
「餞別だ。持って行け」
説明もなく投げ渡されたソレを、改めて確認する。
……どうやら材質は、何かしらの金属製らしい。色は鉄にも似た鈍色の円筒で、太さは剣のグリップより少し太く、全体的な大きさは手のひらサイズ。
片方だけ出入り口のような物がある形状は、小さめのペン立てのようにも見える。
正体も分からずにそれを見つめていると、反応したのはロードリックさんだった。
「それは……! 『転送筒』!?」
「え、何ですか? それ……」
「対となる筒同士の間で、物品のやり取りが可能な魔道具だ! 主に貴族が、重要な書簡のやり取りを行う際に使う物だが……何故、貴方がこれを……?」
「昔の話だ。……小僧、その筒は俺の持つ筒に繋がっている。何かあれば紙に書いて送って来い。相談くらいには乗ってやる」
転送筒と言い、相談に乗ってくれることと言い、彼の申し出は非常に頼もしい。
しかし、どうにも分からない事がある。
「あの……何で俺に、ここまでしてくれるんですか……? 俺と貴方はついこの間、知り合ったばかりなのに……」
「そいつを聞くには……いや、“赤鉄”がいる以上、下手な事は言うまい。俺にも俺の考えあっての事だ、気にすんな」
「……──分かりました。ありがたく、受け取ります」
「最初に会った時にも言っただろう。ここじゃあ感謝なんて、無意味な礼節だ。──そろそろ帰りな。明日の朝早くにこの街を出るんだろう?」
「はい。えっと……お世話になりました!」
「ったく、聞いちゃいねぇな……」
そんな悪態を背に、スラムから黄金運河へと向かう帰り道。
ロードリックさんが、ふと俺に問いかけて来た。
「……ケンジ。君は本当に、あの男の事を信じるのか?」
「どうなんでしょう……信じて良いのかは、正直に言って分かりません。ただ、あの人がコレを手渡してくれたのは、純粋に俺を案じてくれた……そんな気がするんです」
「むぅ…………──分かった。俺も、君を守ると誓った身だ。この事は、俺の胸に秘めておこう……」
やはりロードリックさんには、まだ彼の事を信じるのは難しいようだが……とりあえず俺が転送筒を持ち歩く事等には、一先ず納得を示してくれた。
しかし──
「だが、ケンジ。城の中ではその筒は隠し通す事だ。……一応、いざという時は私も庇うつもりだが、城の警備兵に見つかれば、最悪、諜報員と思われて捕えられてしまうかも知れないからな」
「えっ」
こうして俺は、また一つ誰にも明かせない秘密を抱えてしまったのだった。




