第23話 グランゼリアでの最後の夜に
「──あっ、そうだ! 侯爵閣下、一つ質問があるのですが……」
「ん? 急ぎかね?」
「はい。ちょっと、今の内に出かけたいところがあるんです」
シーゼル侯と明日の予定について打ち合わせをした後、俺は彼にそう打ち明けた。
彼は客室の窓から外を一瞥すると、訝し気が視線を向けて来る。
「……こんな時間にか?」
「はい。ちょっと今日中に用事があって……でも、直ぐに戻る予定です」
「ふむ……」
俺達は、明日一番にこのグランゼリアを発つ。
このタイミングでしか出来ない事なのだと伝えると、シーゼル侯は顎をさすりながら考え込み……傍らのロードリックさんへ声をかけた。
「ロードリック、彼の用が済むまで護衛についてやれ」
「はい、わかりました」
「え!? いや、良いですって! ロードリックさんは俺と違って、侯爵閣下の護衛依頼中ですよね!?」
唐突な話に慌てて割り込むが、ロードリックさんは平然とした様子で答える。
「不特定多数が参加するオークション会場と違って、ここは警備もしっかりした高級宿だ。それに、侯爵閣下には俺以外にも多くの護衛がついている。少しくらいは大丈夫さ」
「そ、そうは言いますけど……」
シーゼル侯の提案に、どう答えた物かと逡巡する。
というのも、俺の用事と言うのが『スラムのボスに会う』と言う物だからだ。
ディープ・カレントの情報を貰ったお礼もあるが、彼なら例の男についても何か知っているかも知れない。……城へ行く前に、出来るだけの事はしておきたかったのだ。
(俺一人ならともかく、ロードリックさんみたいな実力者を連れて行くのは、やっぱり不味いよなぁ……)
そう思ったのだが──
「まさか……ケンジ。何故、侯爵閣下が君の為にこの高級宿の部屋を取ってくれたのか、理解していないのか?」
「えっ」
「……今の君は、微妙な立場に立っているんだ。最悪の場合──暗殺される可能性すらある」
「……えぇっ!?」
聞けば、例のオークション会場で見た人物が、目撃者を減らす為に俺を襲う可能性があると言うのだ。
そんなバカなと思ったが、思い返してみればこの世界に於いて庶民の命は軽い。警察だってどこまでまともに機能しているか分からない以上、向こうからすれば『殺し得』という事もある。
(嘘だろ……? その為の高級宿だったのか……!?)
「済まないが、そう言う訳だから俺もついて行くぞ。君の身に何かあれば、今後の動きにも響くからな」
「わ、わかりました」
そう言う事であれば、流石に拒否も出来ない。同行をお願いし、俺達は二人で宿の外へ出た。
月も沈み、街灯だけが照らす深夜のグランゼリアはポルタムの街と比べて明るかったが、不気味なほど静まり返っていた。
護衛の為に実用性重視の金属鎧に着替えたロードリックさんと、俺の足音だけが響く道中、ふとロードリックさんが口を開く。
「ケンジ……君に一つ謝らせてくれ。……済まない」
「え……」
その謝罪の言葉に振り向くと、彼の悲し気な表情が目に入る。
……確かに今回の事は急だったが、どうして彼がそこまで責任を感じているのだろうと不思議に思っていると、彼はさらに言葉を続けた。
「状況が状況とは言え、俺の判断は君を王城へ縛り付け──旅人である君の旅を……君の自由を、ここで死なせる事になってしまった」
「あ、あぁ……その事ですか……」
そう言えば、俺は彼に自分の事を旅人だと名乗っていたんだっけ。
……もしかしたら、俺が何か大きな目的を持って旅していたのだと勘違いさせてしまったのだろうか。
(まぁ、【創造】の力を女神から受け取った物だと明かしたしなぁ……その辺も誤解を与えてしまったのかも知れない。実際は、特に目的も何も無いんだけど……)
かと言って、それを素直に明かせる空気でもないからなぁ……
少し考えた俺は、とりあえず今の偽らざる本音をなるべく明るく打ち明ける事にした。
「全然気にしなくて大丈夫ですよ。元はと言えば、俺の軽率な行動の結果ですし。それに……軟禁とは言え、貴族でもない俺が悠々と城生活を満喫できるのなら、それも悪くない。そう思いませんか?」
確かに旅の楽しみは無くなってしまったが、元々そこまで冒険自体を楽しみにしていた訳でもないし……それに、この先は上手くすれば贅沢三昧のニート生活だ。
勿論その為に乗り越えなきゃならないハードルは多いだろうが、命の危険がありふれたこの世界で、そんなゴールに辿り着けるのなら悪くない話なのではないか。
……と、そんな本心だったのだが──何を思ったのか、彼は表情を更に険しくすると、深々と頭を下げた。そして……
「──感謝する。お詫びと言っては何だが……この一件が解決するまで、君の身の安全は、俺のダント級冒険者としての威信を懸けて守ろう」
と、そんな誓いまで立ててくれた。
ここまで大袈裟に誓われると、正直逆にプレッシャーだ。もしかして、先程の俺の言葉を強がりと受け取ってしまったのだろうか。
(なんと言うか、真面目過ぎるのも考え物だな……)
そんな感想を胸に、時々警備の兵士に身分を確認されながらも歩き続ける事、数分。
ここ最近すっかりお馴染みとなった路地裏の入口へと到着したところで、暗がりから一人の男がぬっと姿を現した。
「おー、やっと来たか。待ってたぜ、って……そいつは誰だ?」
俺の元へと駆け寄って来たスラムの男は、隣に立つロードリックさんの姿に警戒を露わにする。
「えっと……今晩限りの俺の護衛だ。少し、命を狙われていてな……同行させても良いか?」
正直、狙われている実感は無いのだが、そう言う事らしいので素直に伝える。
すると男はごくりと息を飲み、周囲に素早く視線を走らせた。そして──
「……わかった。素早く追っ手を撒くから、俺についてこい」
そう言うと、彼はいつもとは違うルートで路地裏を進み始めた。
俺達も急いで彼の後を追う。
(やけに慎重だけど……もしかして、本当に俺はつけられていたのか……?)
正直ゾッとしない話だ。全く気付けなかった。
そう考えるとさっきのロードリックさんの大仰な誓いも、自身がダント級である事を追っ手に示し、牽制していたのだろうか……
(……うん。やっぱり王城に軟禁された方が、長生きできる気がする!)
正直、こんな事が立て続けに起こると、元々そこまで高くなかった冒険欲は完全に消滅してしまった。
気付かない内に命まで狙われるとか冗談じゃない。新芽級の頃からこんなんじゃ、感知できるだけの実力をつけるまでに殺されてしまうに決まってる。
王城に軟禁されたら、ありがたく引き籠らせて貰おう。いや、マジで。
……そんな後ろ向きな決意を固めていると、ロードリックさんが小声で質問をして来た。
「ケンジ……こんな所に、一体何の用事があるんだ?」
「実は……ここに、ディープ・カレントの事を教えてくれた人がいるんです。最後に感謝くらいしておこうと思いまして」
「そうか……。義理堅いのは美徳だが、油断はしないようにな」
そうこうしている間に、俺達はボスの元へ到着する。
周囲を再び確認するスラムの男に、ロードリックさんが頷いて何かしらの合図を送ったのが見えた。
……やっぱり追っ手はいたらしい。本当に油断が命取りな世界なんだなと、しみじみ痛感させられる。
そのまま男に促されるままテントに入ると──
「──ッ!」
「!」
早速中に居たボスとロードリックさんの視線がかち合ったかと思うと、互いに弾かれたように得物へと手を添え、警戒態勢に入ってしまった。
「二人とも落ち着いて下さい! 敵じゃないので!」
慌てて間に入ってとりなすと、二人の間に張り詰めていた剣呑な雰囲気が少し収まる。
って言うか、今のボス、本の山の中から剣を引き抜いてたな。
まさかそんなところに武器を隠していたとは……
「……貴方にこちらと敵対する意思が無いのであれば、矛を下ろして貰おう。少なくとも、俺には事を荒立てるつもりは無い」
「フン……先に構えたのはお前だろうよ。──まぁ良い。俺も無駄に血を流す趣味はねぇ……」
「その点に関しては申し訳なかった。……俺もまさか、こんな所にこれ程の手練れが潜んでいたとは思ってもみなかったのでな。つい過剰に反応してしまった……」
そんなやり取りの後、ボスとロードリックさんは互いに得物に添えていた手を離す。
そして、二人ともその場にゆっくりと腰を下ろしたのだった。
(お……おっかねぇ……! 今のが殺気って奴なのか……?)
漫画とかで表現は良く見たが、実際に間に挟まれると本気で生きた心地がしなかった。
と、二人を仲裁したままの姿勢で固まっていると、スラムのボスが徐に問いを投げかけて来た。
「それで……どうだった、小僧。ディープ・カレントの様子は?」
「──えっ、あ……! はい、実はディープ・カレントの会場でですね……」
硬直から立ち直った俺は早速その場に腰を下ろすと、ディープ・カレント会場の様子や、遭遇した謎の人物について報告を始めたのだった。




