第21話 噂と真実
「──さて、ここならば他の貴族の目も耳も無い。本題に入ろうか」
『ディープ・カレント』が閉幕した後、俺達はシーゼル侯の案内で彼の借りている『黄金運河』の客室にやって来ていた。
貴族が泊まる高級宿という事もあり、客室の壁は厚く、防音性も庶民が泊まる宿とは段違い。内密の話をするには、まさにうってつけの場所と言えた。
そして、シーゼル侯が早速本題に入ろうとしたのだが……その前に、シーゼル侯が周囲を警護する部下達に声をかけた。
「その前に、お前達には部屋の外で待機して貰おうか」
「し、しかし、冒険者と旦那様だけを残すと言うのは……」
「儂の命が聞けぬか?」
「い、いえ……かしこまりました……」
神経質そうな男が最後まで食い下がっていたが、しかしシーゼル侯に逆らう訳にもいかず、すごすごと部屋の外へと出て行った。
……最後にキッと俺の方を睨んで。
(……なんか、嫌われるようなことしたかな……)
「気にするな。彼はシーゼル侯爵閣下の財務官でな。それ故にプライドが高く、我々冒険者が侯爵閣下と話す時は、大体あんな感じだ」
「あ、そうなんですね……」
まぁ……明確に階級差がある世界だしな。
ダント級であるロードリックさんならばまだしも、新芽級冒険者の俺がシーゼル侯と直接話すと言うのは、どうにも気に入らないのだろう。
そう思いながら、彼の出て行った扉に視線を向けていると、シーゼル侯が『ウオッホン』と咳払いをする。……どうやらいよいよ、本題に入るらしい。
俺が改めて姿勢を正すと、彼は重々しい声で事情を話し始めた。
「──混乱を避けるため、この情報を知る者は貴族の中でもごく少数なのだが……実は、最近になって第一王子の不妊が発覚した」
「……はい、街の噂で耳にしました」
「……どうやら、本当に噂になっているらしいな……王城では既に緘口令が布かれたというのに。……今、どこの口から漏れたのか、儂の部下が調べておる。事情を知る他の貴族も動いておる事だろう」
深いため息を吐くシーゼル侯は、使命感に燃える目で俺に訴える。
「良いか。噂は噂のままで留めねばならん。事実として広まれば民心が揺らぎ、国は荒れる。その前に何とかするべく、儂らが今こうして解決策を求めて動いておるのだ」
そう言って、彼は先程の『ディープ・カレント』で競り落とした、精力剤のビンを示した。
ビンは丁度目薬と同じくらいの大きさで、中には黄色く透き通った液体が入っている。
『アルラウネの誘引蜜』……気化させた成分を摂取しただけで、軽い魅了の効果を発揮するという劇薬だ。当然、経口摂取した際の興奮作用は凄まじいものになるという。
……しかし、王子達の不妊の原因がEDソードであった場合、この秘薬であっても効果は示さないだろう。そもそも王子の王子が立たないのだから。
「──さて、これがロードリックに伝えた話の内容だ。次はロードリックよ、お前の意図を申せ」
秘薬の小瓶を傍らのテーブルに置き、シーゼル侯はロードリックさんに発言を促す。
彼の要求に恭しく一礼したロードリックさんは……次の瞬間、耳を疑うような発言をした。
「はい。……ケンジ、例の剣の事を話せ」
「……えっ!? で、でも──」
俺がEDソードを持っていた事実を、よりにもよって大貴族の彼に伝えれば、俺は処刑ルート待ったなしなんじゃないか。
そう視線で訴えるが……ロードリックさんは、俺の無言の問いかけに首を振った。
「事が起こってしまった以上、あの事件の話はどのみち遠くない内にどこかの貴族に知られてしまうだろう。その前に君自身の口から説明し、誠意を見せておいた方が後々の為にも良い」
その言葉に、俺はハッと思い出す。
(そうだ……EDソードの存在を知っているのは俺だけじゃない。あの馬車にいた乗客には何人も、俺があの剣を使う姿を見た者がいるんだ……)
しかも酌されて調子に乗った俺は、EDソードの能力を周囲に自慢すらしていた。
……俺がここで黙っていたとしても、隠し通せるような事ではないのも確かなのだ。
俺は覚悟を決め、喉の渇きを自覚しながらおずおずと語り始めた。
「……分かりました。シーゼル侯爵閣下、実は──」
「──なんと……そのような魔剣が……!?」
伝えられた真相に驚愕し、険しい表情で何やら考え込むシーゼル侯。
そんな彼に、ロードリックさんが補足する。
「シーゼル侯爵閣下。彼は盗まれたEDソードの行方を追ってこの街に来ました。……彼自身に、反逆の意図はありません」
そう。俺がEDソードを創ったのは、あくまでもゴブリンの無力化の為だ。
盗んだアイツがどういうつもりだったのかは知らないが、少なくとも俺はアレを人に向けて振るうつもりは無かった。
しかし……
「……それが何になる? 危険物を持ち込んだ事、それをみすみす盗まれた事……そして、王子達にそれが使われてしまったという事実。……この国の法では、それだけが全てだ。儂には事実を報告する義務はあるが、その冒険者を庇う義務は無い」
(終わった……)
その理屈は、現代日本での考え方だ。
王政によって成り立っているだろうこの国では、王の血が続くのが最重要。それを脅かしたとなれば、情状酌量の余地は無い。
……正直、頭の片隅では既に至っていた結論だが、直接それを告げられたショックは大きかった。
「一つ問いたい、ロードリックよ。……何故、この若者を儂に会わせた? 国外に逃がしていれば、こやつが生きる事は出来た筈だが……責任を取らせる為か?」
「え……!?」
バッ、とロードリックさんを振り返る。
彼は元々俺をシーゼル侯に突き出す為に、ここまで連れて来たのか。
そんな可能性に、一瞬視界が暗くなる。だが、彼は毅然と首を振り、こう告げた。
「いえ、私はこう考えています。……彼なら『この状況を覆せる』と」
「ほう……?」
「既に知っての通り、今回の騒動の裏にはEDソードと、それを使う何者かの謀略があります。しかし、そこに光明を見出すとすれば──」
「──王子達の不妊は、体質によるものではない。という点だな? だが、それだけではその若者が逆転の鍵になる事にはならん。お前はその若者に何が出来ると言うのだ?」
「それは……これから確かめます」
「え……!?」
話についていけてないまま、俺は肩を掴まれ、間の抜けた声を漏らす。
眼前には、真剣な表情で俺に向き合う、ロードリックさんの顔が見えた。
「ケンジ、正直に話して欲しい。君はまだ何か、大きな隠し事をしているだろう? ……いや、もっと具体的に言おう。──EDソードの影響を取り除く術を、君は何か持っているんじゃないか?」
「なっ……何で……?」
確信を突くその問いかけに、思わず聞き返してしまう。
俺は彼に対して【創造】の能力の事はおろか、EDソードを俺が創ったという事実も伝えていない。
なのに何故、彼はその可能性に至れたのだろうかと。
そんな問いかけに、彼は過去を振り返るように答えた。
「『“性欲を殺す能力”が存在するのなら、逆の能力──“性欲を蘇らせる能力”もきっとこの世界の何処かにはある筈だ』……以前、俺が君にそう告げた時、君はその顔に希望の表情を浮かべた。その時から思っていたんだ。あの魔剣を持っていた君は、あの呪いの解き方にも心当たりがあるんじゃないかと」
「! あるのか、解呪の方法が……!」
ここまでの話を聞いていた、シーゼル侯の表情が変わる。
事ここに至っても、国にとっての最重要事項はあくまで王の血が続く事……それならば、俺が生き残る可能性はここにしかない。
(そうだ。今更何を迷う事がある! 話さなければどっちみち死ぬ以上、明かすしかないじゃないか!)
逡巡の末、覚悟を決めた俺は、シーゼル侯に向かって明確な答えを返した。
「……──あります」
「! やはり……!」
「ただ……それは俺にしか出来ない方法です。だから……無礼を承知で、『取引』させてください! 王子達の呪いを解く事が出来たら、俺の身の安全は保障すると……!」
ロードリックさんの手を振り払い、土下座して頼み込む。
一秒、二秒……どのくらい経っただろうか。異様に長く感じる沈黙の末、シーゼル侯の静かな声が頭上から降って来た。
「……新芽級冒険者が、この儂に『取引』か。この場に財務官がいれば、奴は今頃お前を死刑にせよと叫んだだろうな」
「っ……」
「──申してみよ。その方法を。それが虚言でなければ、取引の事も考えてやろう」
「! ……はい。実は──」
……俺は、全てを打ち明ける事にした。




