第20話 不安
「な、なんでロードリックさんがここに!? それに、その甲冑は……!?」
久しぶりに会った彼が身に着けていた甲冑は、以前見た実用的な物とはまるでかけ離れた物だった。
白を基調としたフルプレートアーマーは、パーツの一つ一つが黄金色の金属によって縁取られ、胸元にはこれまた黄金で『剣を咥えた猛禽』のような紋章が装飾されている。
無駄に煌びやかなその甲冑は、実用的というよりは儀礼的な印象で、俺の知る彼のイメージとは合ってないように感じられた。
その事を指摘すると、彼は指先で頬を掻きながら、気まずそうな表情を浮かべる。
「この鎧は……まぁ、ちょっとした依頼でな。そうだな……歩きながら説明しよう。ついて来てくれるか?」
「え……でも、さっきの奴が──」
「……言っただろう。アレは罠だ。深追いすれば、死ぬかもしれん」
「そ、そんなにヤバい奴なんですか……!?」
真剣な表情で告げられた言葉に、思わずごくりと喉が鳴る。
ベテラン冒険者である彼がこうまで言うという事は、さっきの奴は相当な実力者という事になる。
(なんでそんな奴がサクラの真似事なんかしてるんだよ……!?)
背筋に冷たいものを感じていると、ロードリックさんはそんな俺に向けて改めて提案した。
「それに、君の本命は例の剣だろう。……その事に関係する話もある。俺の後について来てくれ」
「EDソードの……? ……分かりました」
もしかしたら、彼の方でも情報を集めてくれていたのかもしれない。
そう考えた俺はロードリックさんの提案を受け入れ、先導する彼の背を追ってオークションに盛り上がる会場を移動する。
「……ちなみに、その甲冑は結局何なんです?」
「ああ……実は俺は今、さるお方の護衛依頼を請けていてな。その人物から『サミットに参加するなら最低限のドレスコードは必要だ』と言われてな……半ば強制的に着させられたんだ」
「な、なるほど……」
(オークションにドレスコードなんてあったんだ……)
なんか、そう考えると今の俺の格好が途端に恥ずかしくなってくるな……
「まぁ、貴族の護衛をしている内はこれもマナーという奴だな。だから、君がその恰好を気にする事は無いぞ」
「は、はぁ……それなら良いんですけど……」
やっぱり貴族がこういう催しに関して、相当見映えを気にするらしい。
雇った冒険者にまでこんな格好を強いるとは……
(……──ん? あれ、待てよ? じゃあ今俺が案内されてる先ってもしかして!?)
「あ、あの──」
「──おお。戻ったか、ロードリック。その男が、先程の声の主か……!」
慌てて確認しようと声をかけようとしたその時、丁度ロードリックさんが足を止め、その先から尊大な性格を感じさせる声が俺の耳にまで届いた。
彼がロードリックさんの雇い主である貴族だろうか、と咄嗟に言葉を飲み込み、成り行きを見守っていると……ロードリックさんは彼に頭を下げ、謝罪した。
それによって、先に居た人物が俺の目にも入って来たのだが……
「いえ、声の主は取り逃してしまいました。お許しください」
「な……っ! 侯爵閣下の命令は、声の主の捕獲だ! 捕えずに帰って来るなど──」
途端に怒りを露わにする、見るからに神経質そうな壮年の男性。
タキシード風の服に身を包む彼の言葉を遮ったのは、その直ぐ傍らの席に座っていた人物の、重々しい声だった。
「──良い。……場所も場所だ、取り逃がしてしまうのも仕方なかろう。顔は見たかね?」
「残念ながら、顔はフードで隠しており、確認も出来ませんでした」
「ふむ……」
「なんと言う事だ……! だから私は、身分の定まらぬ冒険者など当てにするべきではないと……!」
「落ち着きたまえ。彼は他の貴族も信用を置く、ダント級の冒険者だ。……それ以上の発言は、君の立場では失礼に当たるぞ」
「……ぐ……っ!」
彼の声、そして姿には覚えがあった。
先程『マンドラゴラの蘇精薬』に最初に入札した貴族だ。確か名前は……『シーゼル侯爵閣下』と呼ばれていたっけ。
(彼がロードリックさんの雇い主……近くで見ると、とんでもない風格だ。──というか、ロードリックさんって、ダント級の冒険者だったんだ……)
確か冒険者の階級で言うと、最上級のジョンモ級の一つ下がダント級だった筈。
どうやらそこまで上り詰めると、貴族の部下程度では大きな態度をとれないくらいの格が手に入るらしいな……。
と、そんな事を考えていたその時、ふいにシーゼル侯と目が合った。
(──!)
もしかして、じろじろと見てしまっていたのだろうか。
そう思い、慌てて居住まいを正すと、彼の視線は直ぐにロードリックさんへと向けられる。
「──部下が失礼したな。さて、それでは君が連れて来たその男について聞かせて貰おうか。……何か意図があっての事なのだろう?」
「お心遣い、痛み入ります。実は……彼にも、例の件について話してやって欲しいと思い、連れて来たのです」
「! ……──その頼みが何を意味するか、分からぬお前ではあるまいな?」
「はい」
「……事と次第によっては、貴様の首が飛ぶぞ」
「ちょ……っ!? 首って……ロードリックさん、一体何の話を……!?」
穏やかではない言葉に、思わず口を挟むが……直ぐにロードリックさんの手が俺の眼前に翳され、その先の言葉を飲み込む。
彼はそのまま俺の問いには答えず、シーゼル侯へ向けて頭を深く下げた。
「勿論、承知しております」
「……何の為だ?」
「この国の未来の為です」
「……」
「……」
二人の間に重苦しい沈黙が訪れる。
周囲では今もディープ・カレントに熱狂する声が響いている筈なのに、それすらも遠く聞こえてしまう程だ。
……やがて、折れたのはシーゼル侯だった。
「……──分かった。ただし、この『サミット』の後でだ。私も献上品の一つくらいは確保しなければ、沽券にかかわるのでな」
「だ、旦那様!? しかし……!」
「『黄金運河』の私の部屋で事情を聞こう。それまでは引き続き、護衛として働いてくれたまえ」
「ありがとうございます……!」
なんか……どんどんと俺を置いてけぼりにしたまま、話が進んでしまった感がある。
それも、かなり重大な事に関わってしまったような……
「あの……ロードリックさん……?」
「詳しい事情を説明できないまま、話を進めてしまった事には謝る。だが、これは君にも関わる話なのだ。今はその事だけ、理解して欲しい」
「は、はぁ……」
確かに先程のやり取りに於いても、具体的な事情については徹底的にぼかされていた。
それ程の大事に関わる話となれば……正直、ある程度の予想はつくな……
(やっぱり、噂は本当だったって事なんだろうな……)
街で聞いたように、第一王子が不妊となり……そして、おそらく第二王子も。
彼は侯爵だ。俺達は勿論の事、その辺の貴族よりもずっと王族に近い。城の事情にも詳しいだろう。
派閥の事もあるのだろうが、それ以上にこの国の危機をなんとかするべく動いているのかもしれない。
(……ヤバい。胃が痛くなって来た……)
何がヤバいって、現在国家存続の危機となっている原因を持ち込んだ犯人が俺という事実だ。
万が一にもこの事がバレれば、最悪俺は処刑されるかもしれない。
当然それは、ロードリックさんも分かっている筈なのだが……
(信じて良いんだよな……? ロードリックさん……)
真剣な表情でシーゼル侯の護衛を務める彼に、そっと視線を向ける。
まるで逃げ道が全て塞がれてしまったかのような、そんな不安が俺の胸中を占めていた。




