第19話 濁流の中での再会
マンドラゴラの蘇精薬を巡る競り合いは、それまでのオークションとは別物の盛り上がりを見せた。
『例の噂が真実であれば、これを献上する事で第一王子からの覚えも良くなるかもしれない』。そんな一世一代のチャンスに貴族達は一斉に食いつき、たった一つの精力剤は高騰を続け……やがて、『ユーク侯』と呼ばれていた貴族が競り落とした。
その金額は──
「ごっ……五十二ガル……!?」
「し、正気ではない……!」
貴族達が声を震わせる。
五十二ガルという値段は、貴族といえど下級貴族に属する彼等には軽々しく払える金額ではない。
上位貴族の──侯爵クラスの資産があって、初めて競り合いになる狂気の世界なのだ。
しかし、この狂気こそが何よりも雄弁に語っていた。
「やはり、それ程の事態が今王宮で起こっているのか……!」
「噂は本当だった……これは、大変なことになるぞ……!」
貴族達は確信する。このオークションで真に狙うべき『宝物』が何なのかを。
そして……更なる濁流の呼び水となる疑問が、誰かの口からポツリと落ちた。
「しかし──『ユーク侯爵閣下』は第二王子の派閥だった筈……何故、第一王子が求める筈の秘薬にあれ程の金を……?」
「──っ!?」
ざわりと会場が波打つ。
それは、まさに禁断の問いだった。
考えられる答えは大きく三つ。『優秀と名高い第一王子の齎す盤石な王政の為』か『第一王子の治療を妨げ、第二王子を王位に据える為』、或いは……
「ま、まさか……──第二王子も……!?」
あり得ない話ではない。例の噂の原因が遺伝であるならば、直系の王子全員がそうなってもおかしくないのだ。
──不安は、忽ち会場中へと伝播する。
ここでどう立ち回るかで、自分達の家の未来が、子孫の立ち位置が全く変わってしまう。
貴族たちは示し合わせた訳でもなく、カタログを開き始め、ラインナップを確認する。
「まだだ……まだあの類の秘薬は出品されている……!」
「チャンスはある……ある、が……」
「多い……いや、多過ぎないか……!? なんで今年のサミットに限って、こんな……!?」
彼等はそこで漸く気付く。今年の『ヴェリタス・コレクターズ・サミット』に於ける、最大の違和感。
すなわち──妙に精力剤のラインナップが豊富な事に。
◇
(周囲の雰囲気が変わった……)
先程の競り合い、そして何者かの呟きがそれを決定付けた。
もはやディープ・カレント開始時に見られたような、お祭り騒ぎにも似た興奮はそこに無く……ただ、獲物を狙う狩人のような、ピリピリと肌を刺す静かな緊張感が会場を包んでいる。
チラリと視線を向ければ……彼等の仮面から覗く血走った目は、次に競りにかけられる商品にのみ向けられていた。
(参ったなぁ……やっぱり、そう言う事なんだろうな。これは……)
冷静さを失ってしまった貴族達は、まだ気付いていないのかもしれないが……俺にはどう考えても、誰かが仕組んでいるとしか思えない。
最初に『第一王子の噂』を呟いた声と、『第二王子も同じ状況かもしれない』と考える切っ掛けとなった問い。……その声が、妙に似ていたのだ。
そして、極めつけが──
(カタログに並ぶこのラインナップ……)
最初に俺が見た時はEDソードばかりを探していた為、疑問にも思えなかったが……今見返してみると、確かに妙に多いのだ。精力剤らしき秘薬の名前が。
しかし、これは本来おかしい事だ。
第一王子の噂が広まり始めたのは、今からおよそ二日前。
仮にその噂を聞いた豪商が焦って仕入れたのだとしても、これだけの数の精力剤が出品されるのは明らかに早過ぎる。
(ほぼ間違いなく、第一王子にEDソードが使われてるよなぁ……)
そいつは国を混乱に陥れるばかりか、この機会に大儲けを画策している。
ただEDソードを出品するよりも、遥かに大きな金が動く計画だ。間違いなく、さっきの声の主もグルだろう。
最悪な現実に、頭が痛くなって来た。
もしもEDソードの存在が明るみに出れば……そして、あの剣を創ったのが俺だとバレれば、俺はテロリストとして公開処刑されてもおかしくない。それだけの事が、既に起こってしまっている。
(あぁーーー…………逃げてぇー……!)
一刻も早くこの会場から飛び出して、EDソードの存在がバレる前に隣国に逃げたい。
しかし、現実的に考えてそれは難しい。俺にはこの世界の地理に関する知識も無いし、馬車で移動しようにもここは王都に隣接したグランゼリアだ。国外までの乗車賃なんて、流石に持っていない。
そして、何よりも……
(許せねぇよな……俺の剣を勝手に悪用しやがって……! ふざけんな、くそったれ……!)
俺の自信作が悪事の片棒を担がされているこの状況に、例えようの無い怒りが胸に渦巻くのを感じるのだ。
『そんな奴の計画を成就させるな。ぶっ潰せ』と、俺のなけなしのプライドが叫んでいる。
(さっきの声の主は……──あそこか!)
俺は新たな精力剤の競り合いに加熱する会場の中を、貴族の間を縫うように移動し始めた。
(──アイツか……?)
そいつは会場の最後列で、オークションの様子を満足気に眺めていた。
フード付きのローブで全身を覆い、顔は周囲の貴族たち同様に目元を覆う仮面で隠されている為、素性は分からない。
俺がそいつを怪しく思ったのは、熱狂渦巻くこの会場にあって一歩引いたようなその態度が浮いて見えたからだ。
勿論、まだなんの確証も無い。だけど、声を聞けばきっとハッキリする筈だ。
(もう一度さっきのように貴族達を煽るような発言をすれば、もっと確実なんだが……)
物陰に潜み、その時を待つ。
相手が貴族だった場合、下手な行動は命取りだ。俺なりに冷静に見極めようとしていた──その時だった。
(──なっ!?)
そいつは、俺の方をチラリと一瞥すると、直ぐ傍にあった出口から会場の外へと逃げるように立ち去ったのだ。
「待──っ!」
もはや疑いの余地はない。
奴が先程の声の主だと確信し、急いで後を追おうとしたその瞬間……──俺の肩が、背後から伸びた手にガッと掴まれ、物凄い力で引き戻されてしまった。
「な……っ、離せ……ッ!」
「落ち着け! 奴は今、君を誘い出そうとしたのが、分からないのか!?」
羽交い絞めにされたまま藻掻いていると、そんな声が俺を戒めた。
……その聞き覚えのある声にハッとし、冷静になった俺は、ゆっくりと背後の人物を振り返る。そこに居たのは──
「久しぶりに見かけたかと思えば……まったく、相変わらず危なっかしいな。君は……」
「ろ……ロードリックさん……!?」
ポルタムの街へ向かう馬車で出会った赤毛の冒険者が、彼らしくない妙に華やかな甲冑に身を包み、困ったような笑みを浮かべていた。




