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第18話 ディープ・カレント

 ディープ・カレント当日の深夜。

 日中の賑わいも寝静まったこの時刻……健二は、とある施設の前にやって来ていた。


「──まさか、ここが会場なんてな。事前に知ってなきゃ、絶対に分からないだろうな……」


 独り言をつぶやきながら、目の前の建物を見上げる。

 月も沈んだ暗い夜空に、尖塔のように鋭く伸びた屋根の輪郭が、星明りに照らされて薄ぼんやりと浮かび上がっていた。

 グランゼリアの中でも一際荘厳で、そして神聖な雰囲気を纏う佇まい。

 ……その建物は、この世界を創った女神を奉る教会だった。


 ──コン、ココ、コン。


 健二がカタログに記載されていたリズムで教会の門をノックすると、少しして『キィ……』という小さな音と共に、教会の門が薄く開けられる。


「……」


 その奥から覗く修道女の無言の瞳に、健二は懐から取り出したカタログ見せた後……門の隙間からそれを差し込み、手渡した。


「……──確かに、拝見いたしました。どうぞ、中へ……」

「どうも」


 教会の門が人一人分の隙間を開け、そのまま健二を招き入れた。

 昼間は多くの信者が悩みを打ち明け、懺悔したこの場所で……今宵、欲望の濁流渦巻く祭典が開かれるのだ。




◇


(──これが……ディープ・カレント……!)


 修道女の案内に従って辿り着いた先は、教会の地下にある書庫だった。

 そこに隠された通路から更に奥へと案内され……俺はコンサートホールのような構造をした、石造りの広大な地下空間と──そこに集う、無数の貴族達の姿を目の当たりにした。

 彼ら、彼女らは皆パーティーに出席するような華々しい服装に身を包み、そして目元だけを覆う仮面を着けたまま、各々自由に歓談しているのが分かる。

 片手にはワインを思わせる飲み物が注がれたグラスを持っており、怪しい雰囲気と、葡萄にも似た芳醇な香りが、喧騒と共に地下空間に漂っていた。

 こっそりと聞き耳を立てると、どうやらその内容は領地の運営に関する事から、怪しげな取引、またはコネ作りだったりと様々だ。


(なるほど……オークション以外にも、こういう交流の場としての目的もあるって事か……)


 会場には彼等のような貴族ばかりでなく、商人や俺のような冒険者もちらほら見かけるが、平然と話しているところを見るに聞かれても問題ないと判断しているのだろう。

 ……現に専門的な用語が多過ぎて、彼等が何を言ってるのかチンプンカンプンだしな。俺が気にするだけ無駄だろう。


(ただ……一部の貴族が妙にピリピリしてるのは気になるな……)


 彼等は歓談に参加しようとせず、会場の奥にある舞台をしきりに気にしている様子だ。

 推察するに、オークションが始まれば、あの舞台に進行役と商品が現れるのだと思われるが……余程気になる商品が、カタログに載っていたのだろうか。

 何の気なしに彼等の様子を窺っていると……徐に彼等の表情が変わる。それと同時に、会場中に響いていた声が一斉に静まり返った。

 思わず視線を舞台に向けると──そこには、いつの間にか仮面を着けた男性が一人立っていた。

 彼は恭しく一礼して見せた後、静かな口調で言葉を紡ぐ。


「──皆様、ようこそおいでくださいました。

 『女神の瞳』たる黄金の月が沈み、地上の聖職者たちが深く眠りについた今宵……今年も欲深き我らの、密やかな祭典の幕が上がります。


 今年ここに集められたのは、運命を呪った名工が遺したとされる武具、異国の王が血を流して求めた秘宝、そして――遠い地より流れ着いた秘薬の数々。

 そのいずれも、『真の宝物』と呼んで差し支えない品である事を保証いたします。


 貴方方が今夜お持ちになった金貨は、ただの金属ではございません。それらは、己の思いの強さを測る天秤の重りです。

 どうぞ、存分に競い合い、自らの欲望を満たされんことを。

 ──真実の価値を識る者たちの集い……『ヴェリタス・コレクターズ・サミット』、開幕です!」


 その瞬間、会場を雄叫びにも近い歓声が埋め尽くした。




(──これは……予想以上の熱狂だ……!)


 オークショニアの挨拶が終わってからと言うもの、俺はそこで繰り広げられる競り合いに圧倒されっぱなしだった。


「──八ガル!」「──十二ガル!」「──二十ガル!」


 競り合いの中で使われるのは金貨(ガル)ばかり。

 銅貨や銀貨は、端数としても出てこない異常な光景。


(この熱狂の中だと、金貨一枚が五十万円近い価値に相当する事を忘れてしまいそうだ……)


 まったく、『濁流の底(ディープ・カレント)』とはよく言ったものだ。

 周囲の声に圧倒されて声も出せない俺は今、まさに欲望の濁流に沈められた石ころのような存在だった。

 一応参加する権利は持っているにもかかわらず、まるで自分と周囲が見えない壁で仕切られているような疎外感。

 目の前の競り合いが他人事にしか思えず、俺の視線の矛先は、ステージの上から参加者達へと移っていった。


(ここまで落札されていった『魔剣』や『鎧』なんて、まるで身に着ける機会もなさそうな人ばかりだ。本当に彼等にとっては『珍品』以上の意味は無いのだろうな……)


 彼等が買っているのは剣でも鎧でもなく、『逸話』なのだろう。

 実際に身に着けて戦う俺のような冒険者とは、住む世界が違うのだととことん思い知らされている気分だ。

 しかし──


(──ん? あの周囲だけ、雰囲気が違うな……?)


 熱狂する貴族たちの中にあって、俺のように無言で成り行きを見守る一団がある事に気付く。

 彼等の服装からして貴族だろうに、彼等は厳しい表情でステージの一点を見据えているように感じた。


(何か、明確に欲しい物があるのか?)


 そんな俺の疑問が解消されたのは、それから数十分が経過した頃の事だった。




「……それでは、次の品の紹介に入りましょう! ──『マンドラゴラの蘇精(・)薬』!

 今や見かける事も稀になった、マンドラゴラを粉末状に加工した秘薬です!

 薬効は血行促進と精力増強! 新たなお世継ぎを欲する、貴き血を持つ貴方方にこそ価値ある秘薬と存じます!

 こちら、最初は二ガルから──」


 どうやら、所謂『精力剤』らしい。


(と言っても、『性欲自体が殺されている』俺が飲んでも、効果は無さそうだけどな……)


 珍品が集まるディープ・カレントに於いて、やや場違い感の漂うその品に、周囲の貴族たちもあまり関心は無さそうだった。

 だが──


「──二十ガル」

「え……!?」


 ここで例の一団が動いた。


「じっ……十倍!?」「いきなり!?」「そんなに困ってるのか……?」


 周囲の貴族たちのざわめきが大きくなる。

 中には『クスクス』という笑い声も混じっていたが……入札者の元へ自然と視線が集中すると、その雰囲気はあっという間に消し飛んだ。


「な……あの方は、『シーゼル侯爵閣下』!?」

「既に優秀な跡継ぎも育っておられるシーゼル侯が、何故──」


 貴族たちの動揺を待たず、オークションは続く。


「現在、二十ガル! 他に入札者は──」

「──二十五ガル」

「──三十ガル」

「!?」

「『リッシ伯』に、『ユーク侯』まで!?」

「一体何が起こってるんだ……?」


 次々に入札していくのは伯爵や侯爵といった、高位貴族ばかり。

 しかも、どうやら彼等自身には既に世継ぎがいるらしく、今更精力剤に大金を費やす動機が見えない。

 いや……


(待てよ……? もしかしたら、彼等は──)


 俺の脳裏に一つの可能性が浮かんだ直後、それを肯定するかのような声が背後から上がった。


「──そう言えば、王子が不妊になったと言う噂があった! アレは本当だったのか……!?」

「っ!?」


 そう。第(・)一(・)王(・)子(・)の(・)為(・)……そう考えれば、辻褄が合うのだ。

 その証拠に、今の声に対して入札者の高位貴族達の口元は苦虫を嚙み潰したように歪んだ。

 直後──


「──さっ……三十二ガル!」

「三十三ガル!!」


 濁流は、更にうねる。より大きく、狂気を孕み……様々な思惑を巻き込んで、大きな渦を巻く。

 ──この日のディープ・カレントは、まさに欲望の濁流が支配していた。

念の為に補足です。

『ヴェリタス・コレクターズ・サミット』が主に貴族達の間で使われる正式名称で、『ディープ・カレント』は俗称となります。

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