第16話 蠢く思惑
(──どうなってるんだ……!? EDソードが、出品されてない……!?)
EDソードだけではない。アイツが俺から盗んで行った他の装備も、ただの一つもカタログには掲載されていなかった。
もしかしたら、俺はアイツの目的を勘違いしていたんじゃないか……一瞬そんな考えも過ったが──
(……いや、アイツはスラムのボスからディープ・カレントの情報を買っていた! このオークションを目的としてグランゼリアに来たのは間違いない!)
ではなぜ、このカタログにEDソードを始めとした盗品が掲載されていないのか……
考えられるのは、このカタログに掲載されていない出品物があるのか……それとも、まだアイツ自身が手元に置いて出品はしていないのか──
(……いずれにせよ、ここで一人考えても埒が明かないな)
俺の足は自然とあの男の元へ向かっていた。
──『お前はきっと、またここに来る事になるぜ』
彼の発した、あの言葉の通りに……
「──よぉ、やっぱりまた会ったな」
「……知ってたんですか? 貴方は、全部……」
再びスラムの入り口に立った時、見張りらしきゴロツキ達は無言で俺を案内し始めた。
この男は全て見透かしていたのだ。きっと、カタログにEDソードがない事も……
「『全部』ってのは買いかぶり過ぎだな。ただ──お前よりも、この街の闇を知ってるだけだ」
「……では、貴方が何を知っているのか、教えてください」
「大雑把な注文だな。だが、良いだろう……ただし、相応の対価が必要になるぜ?」
「……何が欲しいんですか」
ニヤリと笑みを浮かべるボスに、恐る恐る尋ねる。
彼はここまでの流れを読んでいたに違いない。つまり、ここで要求してくるものが──彼の本命だ。
「そう身構えんなよ。簡単な事だ……お前が買ったカタログを、一度読ませてくれればいい」
「カタログを……?」
「ああ、読み終わったら返してやるよ。そこに載った情報、それが対価だ」
彼の要求に思考を巡らせる。
俺もカタログには一通り目を通したが、彼がその中で欲しがる情報と言えば……
(『貴族』や『豪商』が集まる場所と、正確な日取り……! まさか──!)
「言っておくが、別に会場を襲撃したり攻撃しようってつもりじゃあねぇぞ? ただ、出品物の一覧を確認してぇだけだ」
「──っ、思考を読まれてるみたいで、なんか不気味ですね……」
「ククッ……お前が分かりやすいだけだよ」
確信する。もしもこの男がディープ・カレントの襲撃を企てているのであれば、きっとこれまでに何度も実行に移しているだろう。
その程度の情報であれば、彼はいつでも入手できる……そう直感した俺は、素直に彼の要求したカタログを手渡す。
彼は、受け取ったカタログの内容をゆっくりと確認し……
「──……? コイツは……いや、しかし……」
商品の一覧に何を思ったのか、顎に手を添えながら神妙な表情で読み進めていく。
……やがて、最後のページまで読み終えた彼は、冊子を静かに閉じると……
「……」
何か考え込んだ様子のまま、無言でカタログを返してくれた。
その態度から俺が感じたのは……
「もしかして……何か、欲しい商品があったんですか?」
「……それを聞くなら、五ガルだな。払うか?」
「あっ、いえ、遠慮します……」
ちょっとした質問に対してとんでもない額を吹っ掛けられ、俺は即座に首を横に振る。
これは情報にそれだけの価値があるというよりは、話す気が無いという意思表示だろう。
(……でも、この人が欲しがりそうな商品なんて、掲載されてたかな……)
チラリと彼の失われた右脚へと視線を向けると、彼はフンと鼻を鳴らした。
「そんなくだらねぇ事より、知りてぇ事があるんだろう。──あの盗賊の行方、とかよぉ」
「! 知ってるんですか……!?」
「さっきも言ったが、全部じゃねぇ。ただ……三日前から奴の足取りはパッタリ途絶えてやがるんだよ。奴の目的だったオークション当日が近い、このタイミングでな」
「……手配書が出回ってるのを知って、身を隠しているとかは……」
「可能性が全く無いとは言えねぇが、その線は薄いだろうな。俺も奴の動きには目を光らせていた。しかし三日前、奴と奴を監視していた俺の部下が同時に消息を絶っている。……恐らく、奴らはもう生きちゃいねぇ。生きていたとしても、表に出て来る事はねぇだろうぜ」
そう語る彼の口ぶりは淡々としていたが、何か思うところがあるのだろう。微かに漏れた怒りの気配に、背中の毛がゾワリと逆立つような感覚を覚えた。
「──それと、情報としてもう一つ教えておいてやる。俺は奴を監視していた部下に対しても、念の為に監視を付けていたんだが……そいつが妙な二人組を見たらしい」
「妙な二人組……?」
「全身をローブで覆い、フードで顔を隠した二人組だ。そんな奴はこの街にごまんと居るが……そいつの話では、どうにもその二人は何か怪しく見えたんだそうだ。一応、覚えておきな」
「……わかりました」
多分、監視していた彼の部下の直感でしかないんだろうけど……少なくとも彼は、『覚えておくだけの価値がある情報』だと判断したのだろう。
その助言に素直に頷き、俺はボスのテントを後にした。
……あの盗人が居なくなり、EDソードの捜索はより難しくなった。その現実を噛みしめながら。
◇
「──おい、誰か」
「はい、ボス! なんでしょう!」
小僧が去った後、俺はテントを出て部下を呼びつけた。
直ぐに足元に跪いた部下に、俺は一言命ずる。
「今年のディープ・カレントの落札金……誰が受け取るか、監視しておけ」
「……? へ、へぇ、ボスがそうおっしゃるならば、しっかり監視しやすが……一体、またどうして……?」
俺の部下の殆どはスラム育ちで学がねぇが、それでも流石に妙に思ったのだろう。
普段は二つ返事で答えるところに珍しく疑問を返してきたので、仕方なく理由を伝えてやる。
……その方が、事の重要性を理解しやすいだろうからな。
「これはカタログを読んだ俺の勘だが……どうにも今年のディープ・カレントは妙だ。恐らく、近い内にデカい騒ぎが起こる。──絶対に目を離すな」
「! わ、分かりやした! この大命、あっしにお任せください!」
そう言って深く頭を下げた部下は、素早く身を翻すと路地の薄闇へと消えた。
(これでいい……)
ディープ・カレントの会場には、恐らくさっきの小僧が入るだろう。会場内の情報は、何もせずとも俺の元に来る。
肝心なのは『誰が何を出品したか』……いや、『誰があのアイテムを出品したか』だ。
(カタログに掲載されていた商品の偏り……それ自体は珍しくねぇが、今回はその傾向に妙な特徴がありやがった。俺の知らねぇところで動く"何か"が、この偏りを生んだとしか考えられねぇ……)
『美しい絵画』『古代の遺産』『奇妙な骨董品』『曰く付きの甲冑』……これまでもディープ・カレントの流れは、貴族の流行に左右されて来た。
貴族の流行を嗅ぎつけた商人や冒険者が、より高く売れるタイミングでそれらを出品するからだ。
だが、今回は──
(明らかに貴族の流行とは別の流れが混じってやがる……)
それに加えて、その直前で行方を眩ませた盗賊と、その出品物……か。
「……胸騒ぎが治まらねぇ。今回は何をしやがるつもりだ? ──グランゼリア伯め……」
あの一件でこんなスラムに押し込められた俺だが、情報さえあればここからでもある程度国の動きは把握できるものだ。
俺にとっても忌々しいその名が、間違いなくこの流れの中心にいる。その確信を得るのに、あの小僧が持って来たカタログの情報は十分過ぎる物だった。




