第15話 キゾクのセカイ/庶民の世界
──『商業ギルド』。
それはこの世界の主要都市には必ず存在し、真っ当な商人であれば確実にこのギルドに所属しているレベルの巨大組合だ。
販売権や価格等のバランスを調整したり、流通や貿易、郵便物を配達・管理したり、俺も利用した都市間を移動する為の乗合馬車もこの商業ギルドの管轄である。
冒険者ギルドと提携し、商人の依頼をスムーズに冒険者に斡旋したりといった役割もあり、二つのギルドは互助関係にもあたるらしい。
このグランゼリアにも勿論、商業ギルドの支部はあるのだが……ここは交易の中心でもある大都市だ。当然その役割は大きく、それに比例するように建物も非常に立派な物だった。
「──いや、マジででかいな……」
この街を治めるグランゼリア伯の紋章があしらわれた立派な噴水を中心とした、グランゼリアの中央広場。
その噴水の存在感すらも霞ませる豪奢な四階建ての建造物が、広場の傍らにでんと構えていた。
ちょっとした宮殿のようでもあるその建物こそが、グランゼリアの商業ギルド支部だ。
(噂じゃ、王都にあるっていう本部よりも立派らしいな……まぁ、そうなった理由も分かるけど……)
何せ、一定以上の大商人であればほぼ確実に所有している馬車を、数十両止められる規模の車庫があるのだ。こんな規模になるのも必然だったのだろう。
そんな広い車庫すらも窮屈に感じられるほどひしめき合う馬車の群れを横目に、俺はその建物を通過し、その裏手に回る。
俺の目的地はこのギルドではなく、その裏に聳える負けず劣らず立派な宿の方だからだ。
(ホント、この二つの建物は別格だなぁ……まぁ、建築様式とか詳しくない俺には、『デカい!』『立派!』『なんか凄い!』とかしか形容できないけど)
宿屋『黄金運河』。
地上三階建て、建物の面積はパッと見た感じ大きめの体育館くらいはありそうだ。
表面を滑らかに磨き上げられた石材の外壁は、特有の光沢を発しており、見る者に高級感を抱かせる。
そして鉄柵に囲まれた敷地を正面に回り込めば、凝った装飾の巨大な門が来客を迎え入れるように開け放たれていた。
正面から見た宿の外観は重厚さと華々しさが同居する見事な物で、宿というよりは城であるかのような印象を与える佇まいだ。
(──『城のような宿屋』って……いや、これ以上考えるのはよそう)
現代日本人にとってある種のミームでもある特徴が、勝手に妙な連想ゲームを始めそうになるのを頭を振って追い払う。
性欲が殺されてるのに思い浮かべてしまうあたり、ミームというのは恐ろしいものだ。
(……アホなこと考えてないで、さっさと要件を済ませよう。入り口は……多分、こっちで良いんだよな?)
馬車も余裕をもって通れる広さの門をくぐり、そのまま吹き抜けの中庭に入れば、商業ギルド程の規模ではないにせよ、無数の馬車が止められる車庫と馬小屋がずらりと並ぶ。
その更に奥に至って、ようやく宿の入り口が見えると言った構造になっていた。
「ぅお……すっご……」
宿の中に一歩足を踏み入れれば、思わず語彙の少なさを披露してしまうような煌びやかなロビーが俺を圧倒した。
大理石のようなツルツルの石材で出来た床に敷かれた、ふかふかした絨毯の模様や色合いはまさに絢爛豪華としか表現のしようがなく、天井からはこれまた派手なシャンデリアが吊り下げられている。
ロビーで歓談する老若男女は皆一目で高級品と分かる服と装飾品に身を包んでおり、住む世界が違うのだと無言で突っぱねられているかのような錯覚すら感じられた。
(……正直、かなり場違いじゃないか……? 今の俺……)
華々し過ぎて却って居心地の悪さすら覚えてしまうようなロビーの入り口正面には、以前泊まった『メヌリナの木陰』と比べるのも烏滸がましい格調高さを感じさせる受付が構えられており、そこに立つ男性が入り口で固まる俺へと視線を向けながら落ち着いた微笑みを浮かべていた。
「──どうぞ、こちらへ。お客様」
「あ……はい。失礼します……」
俺のように場違い感すら抱いてしまう来客にも慣れた様子で、彼の声には嫌らしさがまったく感じられない。
彼の声に導かれるかのように、自分でも驚くほど『スッ』と一歩踏み出す事が出来た。
……プロって凄いなぁ。そんな事をぼんやり考えながら歩いている内、気が付けば俺は受付の前に立っていた。
(えっと……確か、サインは……)
スラムのボスに教わったように、手の中に取り出した金貨を一枚、無言でスッと受付のカウンターに乗せる。
それを見た受付の男性は、流石に少し驚いたのか眉を僅かに持ち上げた。しかし──
「──少々お待ちください」
話に聞いていた通りに黙ってその金貨を手に拾い上げると、自然な所作で奥の棚から一冊の薄い冊子と小さな袋を持って戻って来た。
「こちらが『お預かりしていた物』になります」
「……ありがとうございました」
動揺をなるべく顔に出さないように努めながら、差し出されたそれを当然の様に受けとり、懐へしまう。
(うおぉ……! すげぇ、なんかスパイ映画みたいなやり取りしちゃったよ俺……!)
これはもう、動揺というか感動に近いかも知れない。
だってなんかカッコイイじゃん。憧れるじゃん、こう言うの。
(あ~……! さっき「ありがとう」より、「どうも」の方がそれっぽかったかなぁ!? 変ににやけてたりしなかったかなぁ!?)
緊張からの解放感もあったのだろう。我ながら妙なテンションに浮かれつつ、俺は『黄金運河』を後にする。
無事にカタログも手に入り、後はオークション当日を待って会場に……──と、そこまで考えたところで、俺はようやく重大な事実に気が付いた。
(……うん? そう言えば、結局もうあの盗人ってEDソードを出品しちまったんだよな……?)
スラムのボスが言うには、出品された品は当日まで『黄金運河』の地下金庫に厳重に保管され、オークション当日まで保護されるらしい。
それってつまり……
(俺がEDソードを取り戻すには、あんな宿に平然と出入りする貴族とオークションで競り合って、勝たないといけないって事か……!?)
浮かれた気分も一瞬で冷めるような残酷な現実に、思わず背後に聳える『黄金運河』の威容を振り返る。
この城のようなホテルに泊まるのに、一体どのくらいの金がかかるのだろう。……いや、ラ○ホの話ではなく。
(『メヌリナの木陰』は食事抜きで一拍十リルだったか……その百倍はかかりそうだよな……)
そんな金をポンポンと出せる貴族達と競り合うって……無理だろ。常識的に考えて。
たまに奮発して豪華な宿に一泊するのとは、わけが違う。まるで『立ち寄ったコンビニで気まぐれに飲み物でも買うか……』といった感覚で万札を消費するような、そんな価値観のギャップがあるのだ。
『詰み』……思わず、そんな表現が脳裏をよぎるが──
(──いや、待て! アレが盗品だと証明できれば、まだ交渉が出来るんじゃないか!? 何せオークションまではまだ時間がある! あの盗人を捕まえて、あの馬車にいた商人に証言して貰えば何とかなる……筈だ……!)
カタログにEDソードが掲載されていれば、それを証言する事も出来るのではないか。そう考えた俺は、早速物陰でカタログを開き、緊張に指先を震わせながらも慎重にページを捲っていった。
ページに掲載された出品物の一覧には、様々な魔道具や骨董品、武器や防具、貴重なスパイスや薬といった様々な珍品がずらりと並んでおり、最後のページには今回のオークション会場の名前が地図付きで記入されていた。……しかし──
「……──無い……!? EDソードが、載ってない……!?」
ここに来て、俺は更に想定外の事態にぶつかってしまったのだった。




