第12話 いざ、グランゼリア
一夜明けた早朝、俺は早速グランゼリアへ向かう乗合馬車に乗せて貰い、ポルタムの街を出た。
グランゼリアまで三日間の旅だ。三ゼルという料金が高いのか安いのかは分からないが、不満を言う客がいない辺り、相場なのだろう。
窓の外に顔を出して振り返れば、一週間過ごしたポルタムの街の外壁が小さくなっていくのが見えた。
(一週間だけで、色々あったな……)
盾を売った金で冒険者になり、ダサい手袋を作り、装備を整え、冒険者として経験を積み……ダサい手袋を笑われ、装備の手入れの仕方を学び、ダサい手袋を笑われ──
(……あれ? 思ったより未練ないな、俺)
振り返ってみれば、それ程の執着も感傷もない事に驚く。
確かにエルザさんを始め、異世界の美女や美少女も多く見ることが出来たが、生憎今の俺はそう言うものに対して『綺麗だな』以上の感想が出てこない。
どちらかと言えば美味しい肉料理や、酒の味の方が恋しいと思ってしまう程だ。
(これ……ちゃんと治せるよな……? EDソードを取り返して処分し、【創造】で性欲を蘇らせるアイテムを創れば、ちゃんと元に戻るんだよな……?)
自分の股間の現状が思ったよりも深刻な気がして、頬に一筋の汗が伝う。
そんな時、馬車の外を歩いていた冒険者の女性が声をかけて来た。
「どうしたんだ? ポルタムの街が早速恋しくなったのか?」
「えっ? あ、いえ、そう言う訳じゃないんですけど……」
「だったら、そんなに身を乗り出すのは止めておきな。うっかり転げ落ちて、怪我しても知らないよ」
「あ、はい。すみません……」
ぶっきらぼうにそう忠告してくれた女性に一礼し、俺は馬車内の椅子に座り直す。
肩に槍を担いだこの女性は、今俺が乗っている乗合馬車の護衛依頼を受けた『二等メヌリナ級』の冒険者だ。
ポルタムの街で聞いた話では、冒険者は『メヌリナ級』以上になって初めて一人前と認められ、馬車の護衛といった依頼を受けられるようになるらしい。
(最低でも二年は上の先輩だ。言う事は素直に聞いておこう)
とは言え、馬車の外の景色を見るのも数分で飽きてしまった。
途中に二箇所の宿場町を経由するという事だったが、それまでは暇になるな……と、考えたその時。俺はふと閃き、懐から一つの冊子と筆記具を取り出した。
(空いた時間で【創造】で創るアイテムの案を考えておこう)
その場の思い付きでアイテムを【創造】すれば、EDソードのような恐ろしいアイテムを生み出してしまいかねない。
だが、予め案を纏めておき、リスクを吟味すればそう言うトラブルを避けられる筈だ。
そう考え、ポルタムの街の雑貨屋でこの筆記具を買っておいたのだ。
(携行用のインク入れと、羽ペンか……ボールペンと比べると不便だけど、ファンタジーって感じで悪くないな……)
見た目は試験管のような形をした木製の筒に、コルク栓のような蓋がされたインク入れだ。側面には羽ペンを差して固定する為のヒモが巻かれており、セットで持ち運ぶのが簡単な造りになっている。
(さて……どんなアイテムが役に立つかな……)
羽ペンをインクに浸し、冊子に向かって頭を捻る。
この冊子は、俺がこの世界で最初に創った『【創造】の説明書』だ。
余白の部分も結構多いし、【創造】のルールと見比べながらアイデアを考えられるので、丁度良いと思ったのだ。
(書かれている文字も日本語で、俺以外には読めないのも好都合だな)
そして俺は馬車に揺られる時間を使い、いくつか思いついたアイテムのメモを日本語で書き加えていった。
グランゼリアを目指す馬車の旅。その初日はこうして何事も起こる事無く、一つ目の宿場町へと到着したのだった。
──二日目。
この日は旅の途中で軽いトラブルに見舞われた。
小規模ではあるが、マイグレーションウルフの群れに遭遇し、馬車が襲われてしまったのだ。
マイグレーションウルフは名の通り狼のような魔物で、馬の鬣のように逆立った背中の毛並みが特徴だ。
そして、普通の狼と最も大きく、且つ厄介な違いは『決まった縄張りを持たない』という点。
群れで狩りをしながら旅をするという性質上、こう言った頻繁に人が行き交う交易路で突然襲われる事も珍しくないのだという。
「俺も加勢します!」
護衛を担当してくれているメヌリナ級冒険者と比べれば若輩も良いところだが、これでも一応冒険者として、魔物との戦闘経験も少しは積んだのだ。
馬車を守るように入り口付近に立ちはだかると、早速一体のマイグレーションウルフが目に入った。
「ッ! ──ハァッ!」
背中の毛を逆立てて突進してくるマイグレーションウルフをヒーターシールドで受け流し、すかさず反撃の剣を叩き込もうと振り抜く。
しかし、機敏な動きを得意とする魔物相手では、クリーンヒットとまではいかない。毛皮を浅く切り裂く程度の傷は与えたが、マイグレーションウルフは直ぐに距離を取り、こちらに向かって唸り声を上げ始める。
(流石に素早いが……慎重に戦えば、大丈夫なはずだ……!)
その後、戦闘は数分ほど続いたが、最終的にこちらの被害が出る前にマイグレーションウルフの群れを撤退に追い込む事に成功。
俺も自分の乗っている馬車の周辺を守る程度ではあったが、それでも数体のマイグレーションウルフを返り討ちにし、乗客を守るのに一役買う事は出来た。
「おっ! アンタ、さっきは中々良い動きだったよ」
「あ、ありがとうございます」
「ただ、ちょっと無茶しがちだね。素早い相手に剣を当てようと必死になってたけど、それが原因で守りを崩される事もある。今回はまぁ大丈夫だったけど、今度からはそこも意識すると良いよ」
「な、なるほど……参考になります!」
女性冒険者のアドバイスを真摯に受け止め、指摘してくれたことに感謝する。
確かに先程の戦闘でも、少し防御がギリギリになってしまった事があった。
何とか間に合ったため問題なかったが、原因の把握と反省をしっかりしなければいつか足を掬われかねない。この事は後でちゃんとメモを取って覚えておこう。
それにしても──
(アレだけの数のマイグレーションウルフを相手にしながら、俺の動きまで見る余裕があるなんて……ベテランの冒険者ってのは、やっぱりすごいんだな……)
冒険者として『メヌリナ級』が一人前と言われる所以を、何となく理解できたような気がした。
──三日目。
二つ目の宿場町を発ち、数時間。
大都市の付近という事もあり、街道が整備されているのだろう。馬車の揺れが少し小さくなって来た頃、窓の外を歩いていた女性冒険者から声がかけられた。
「見てみな。アレがグランゼリアさ」
「お、おお……!」
窓から顔を出し、馬車の向かう先へ視線を向けると、その威容が真っ先に目に入ってきた。
魔物や野盗等から街を守る為の外壁があるのはポルタムの街と同じだが、その規模も見た目も、ポルタムの街とは比較にならない物だった。
三〇メートルはあろうかという高さの外壁は化粧石で白く飾られており、陽光に照らされた姿は神々しさすら感じさせる佇まいだ。
中でも、入り口となる大門は特に凄い。
重厚さと荘厳さを兼ね備えた門の周辺は様々な装飾で飾り立てられており、その中心には盾とナイフを象った黄金のレリーフが刻まれている。
十人以上は居るだろう甲冑姿の兵士達が警備する門の両脇には、豪華なデザインの塔が外壁よりも高く聳え立ち、街の権威をアピールしているかのようだ。
(これが大都市、グランゼリア……! 交易の中心と呼ばれるだけあって、とんでもないスケールだ……!)
「いやぁ、何度見ても目を奪われるね。この門は」
「ですね……あの黄金のレリーフとか、凄く繊細で……」
「あのレリーフは街を治める貴族、『グランゼリア伯』の紋章さ。あの紋章を身に着けてる奴は皆グランゼリア伯の部下とか私兵だから、街の中じゃ近付かない方が身の為だよ」
なるほど……ただの飾りではないと言う事か。
女性冒険者の解説に、感心の溜め息が漏れる。……それにしても──
「でも、街を治める貴族の私兵なら、別にそんなに警戒する事は無いんじゃ……」
「……まぁ、そうかもね。ただ、グランゼリア伯にはちと『きな臭い噂』もあるからねぇ……なんでも、表向きの私兵とは別に、王家にも秘密の部隊を抱えてるとか。──ま、噂の真偽がどうだろうと、面倒事に巻き込まれたくなければ関わらない事さ」
「へぇ~……何から何まで、ありがとうございます!」
小声で忠告をくれた親切な女性冒険者に感謝すると、彼女は片手をフリフリと振って馬車の傍から少しだけ距離を取った。
交代するように門前を警備する兵達が現れ、積み荷や乗客の検問を開始する。
身分を確認して来たので冒険者ギルドのギルドタグを見せると、兵士は手元の紙にメモを取り始めた。
彼が身に着けている甲冑の肩部分には、城門と同じ『盾とナイフの紋章』が刻まれている。これが先程話に聞いた、グランゼリア伯の部下の証なのだろう。
これ程の権威を持つ貴族が納める、巨大な街の何処かに、俺からEDソードを盗んで行った盗人が潜んでいる。
それを意識すると、俺の心臓は緊張に鼓動を早め始めるのだった。




