第11話 一週間後
「──お疲れさまでした、ケンジさん。『木突きウサギの角』五本の納品を確認しました。依頼達成です。こちらは報酬の二ゼルとなります」
「ありがとうございます!」
装備を一新してから、かれこれ一週間。
俺は依然としてポルタムの街に留まり、冒険者として依頼を熟していた。
勿論EDソードの脅威や、それを奪って行った盗人の事を忘れていた訳ではない。まして、グランゼリアへ向かう為の金が無い訳でもない。
ただ、経験を積んでおきたかったのだ。実戦の経験を。
(盗人を見つけたとしても、大人しく捕まってくれる訳は無いからな……多少の荒事くらい、出来るようになっておかなければ)
そこで実際に魔物を相手に戦う依頼を受けるようになり、そして直ぐに気付いた事があった。
俺の身体能力は、前世と比べて明らかに向上していたのだ。
長時間走ってもそこまで疲れず、全金属製の剣を扱ってもその重量に振り回される事もない。これもきっと女神の加護なのだろう。
とは言え、戦闘のセンスは別だった。
ゴブリン相手には結構上手く戦えたが、素早い魔物は動きを追うのも苦労したものだ。しかし──
(動体視力や反射神経も、今の身体スペックに追い付いた! これならアイツを捕まえられる……かもしれない!)
今日の依頼達成を経て自信をつけた俺は、いよいよ本格的に奴を追う事を決意する。
……そう。俺は明日の朝一番の馬車で、グランゼリアへと向かうのだ。
(ロードリックさんに聞いたオークションは、今から丁度一週間後。グランゼリアまでは馬車で片道三日……十分間に合うだろう)
日も暮れて来たし、今日も『メヌリナの木陰』に泊まるとしよう。
──ポルタムの街での最後の夜だ。
◇
「──ったく……あの野郎、足元見やがって……」
日も沈み、月明かりと街灯が照らすグランゼリアの暗がりを、悪態混じりにぶらつく。
一週間後のオークション……そこで俺は大金を手にする事になるだろう。
何せ俺が出品した剣──『性欲を殺す剣』は、今まで手にした中でもとびっきりの大珍品。恐らくこの世に二つと無い、希少な魔剣だ。貴族が食いつかねぇ訳がねぇ。
だというのに、あの野郎……
(カタログ掲載料に十五ゼルだとぉ? 載せるだけでそんなに金がかかるってのかよ?)
俺が言えた義理じゃねぇが、全くアコギな商売してやがる。
……まぁ、良い。掲載料に手数料にと諸々取られようが、俺の手元には確実に何十ガルってぇ大金が舞い込むんだからな。
「くっくっく……ハハハハハッ!」
笑いが止まらんぜ、これは。あの不用心な若造のおかげだな。
ま、物の価値も分からん奴より、道楽貴族の手元にある方があの剣も喜ぶだろうよ。
──と、ご機嫌で歩いていた俺の前に、突然暗がりからふらりと現れた人影が立ちはだかった。
「あん……? 誰だ? オメェ……」
「……」
そいつは全身をローブで覆い、顔もフードで隠してやがった。
一瞬この辺のスラムのゴロツキかとも思ったが、どうにもそんな雰囲気でもねぇ。
……見るからに怪しい奴だ。あまり関わらねぇ方が良さそうだな。
即座にそう判断した俺は、その場でくるりと反転したのだが……
「っ! てめぇ……アイツのグルか……!」
そこには同じように全身をローブで覆ったもう一人の人影。
どう言う事だ。グランゼリアには確かに闇オークションがあるが……アレは貴族が取り仕切ってるモンで、スラムを除けば街の治安自体はそう悪くねぇって話じゃなかったのか。
「おい、おい……俺に何の用があるってんだ。物取りってんなら、俺は金なんか持ってねぇぜ……?」
両手を挙げて無抵抗を示す。
幸い金目のモンは全部出品した後だし、今手元にある金くらいならくれてやる。
多少の金を奪われようが、事を荒げて俺の正体がバレるよりはマシだからな。
そんな俺の態度に何を思ったのか、片方の人影は自分の顔を隠すフードを自ら取り払い、素顔を見せる。
フードの下から現れたのは──
「──うっほ……! おいおい、そりゃあどう言う合図なんだぁ……?」
とんでもねぇ美人の顔だった。
夜中の路地裏……それも月明かりすら射さねぇこんな暗がりの中でさえ、自ら輝いているんじゃねぇかってくらいの目を見張る美女だ。
そんな美女が微笑みながらゆっくりと一人で近付いて来る……『何か』を期待するのに十分なシチュエーションだった。
(へへ……金の匂いを嗅ぎつけて寄って来やがったか……? 女ってのはこういう時だけ鼻が利くんだよなぁ……!)
女って奴は金の匂いに敏感だ。
最終的に狙う男は面が良かったり、立場が強かったりするんだろうが、一夜の関係なら金さえ持ってりゃいくらでも買える。
コイツもその類だろう。今の俺には、こんな美女さえ寄って来るんだ。
(へ、へへ……! まだキスもしてねぇってのに、童貞みてぇに興奮して来やがった……! もっと来い、近くに来い! 良い夢見せてやるぜ……!)
女の付けている香水の物だろう。甘い匂いが微かに鼻腔をくすぐる。
すると俺の高ぶりに呼応して、俺の股間も存在を主張し始めた。
女はその様子をチラリと見下ろすと……──その口元が妖艶に弧を描く。
「へ、へへ……やっぱその気なんじゃねぇか……! ホラ、もっとこっちに──」
その時だ。女のローブの下から、ヌッと一振りの剣が姿を見せたのは。
それは黒い刀身を持ち、見る角度によって時折ピンク色の光を発する妖しい剣だった。
瞬間、ゾワリと背筋が凍る。
「そ……ッ! その剣は……! 何でオメェが──」
ピンク色の残光を引きながら、振り抜かれた刃が俺の身体を通過する。
痛みは無かった。血も噴出さなかった。しかし……──その一瞬で、俺は大事な物を失っていた。
「あ、あぁ……っ! おい、嘘だろ……? 立て……! 立てよ……! 何でこんな……ッ!!」
先程まで元気に存在を主張していた俺の愚息。
数えきれない夜を共にした無二の相棒は、その瞬間からぐったりと沈黙してしまったのだ。
「ほう……俄かには信じ難い話だったが、性欲を殺すという能力は本当だったか……」
一瞬で萎んだ俺の股間を見ながら、満足気にもう一人のフードの人物が呟く。
声からして若い男。この女のパートナーか、それとも……いや、そんな事より重要なのは──
(剣の見た目、それにこの能力……! 間違いなく、俺がオークションに出品したあの剣だ……! なんでこの女がそいつを持ってんだ!?)
出品された物品は、オークションの当日まで厳重に管理される。
それが持ち出されるなんて事件があれば、この街を治める貴族の面目は丸潰れ……黙ってる訳がねぇ……
(──い、いや、待て……! まさか……まさかコイツら……!)
「て、てめぇら……何の目的で俺をこんな目に……!」
腰に下げていた剣を抜き放ち、恨みを込めて相対すると、フードの下から覗く口元に笑みを浮かべながら男が答えた。
「『珍品』ばかりを狙うコソ泥よ、哀れな貴様に教えてやろう。……お前が先月『リシュターの街』で行商から盗んだ珍品は、さるお方への大切な献上品だったのだ。しかし、それをお前が盗んだおかげで我が主の信用に瑕がついてしまった。……その時から我が主は、貴様が盗品を売る為にこの街へ来るのを待っていたのだ」
「は……っ、つまるところ私怨での復讐だろ、くだらねぇ……! そのつまらねぇプライドの所為で、テメェらの信用はまた崩れるんだぜ!? ──『グランゼリア伯』の飼い犬さんよォ!」
状況から考えて『もしや』と思ったが、コイツの返答で確信できた。
間違いねぇ。こいつらの主はこの街を治める貴族にして、闇オークションの主催者でもある『グランゼリア伯』だ。
俺がオークションに出品した剣を横領し、よりにもよってそいつを使った復讐を企てやがった。
だが──
(コイツは良いスキャンダルだ……! この場を切り抜けさえすれば、俺はこのネタで大都市を治める貴族を強請る事だって出来る……!)
俺は今まで、この程度の窮地は何度も切り抜けて来たんだ。
その為の魔道具はいつだって携帯しているし、この街の構造もここ数日で頭に叩き込んである。
(覚悟しろよ、グランゼリア伯……! なんとしてもこの場を逃げ切って、テメェの金もオークションでの利益も、全部俺がしゃぶり尽くしてやる……!)
右手で構えた剣に視線を誘導し、空いた左手に嵌めてある魔道具の指輪に意識を集中した──その瞬間。
「分かっていないようだな。わざわざこの私が、貴様程度の俗物に事情を明かした理由が……」
「あん……? ──な……っ、何だ……脚に、力が……!?」
一歩後退ろうとした左脚がガクンと崩れ、俺はその場にへたり込んでしまった。それと同時に俺の手から剣がするりと零れ落ち、ガランと音を立てて地べたに転がる。
咄嗟に拾い上げようとするのだが、腕が妙に重くて持ち上がらない。
……そこで俺は、漸く自分の身体を襲う異変を自覚した。
(脚だけじゃねぇ! 全身が痺れて……──ッ! まさか、毒か!?)
一部の魔物は身体を痺れさせる毒を使って狩りをする……この四肢の先から感覚が鈍くなっていくような痺れからは、それに近い物を感じた。
(だが、いつの間に……!?)
俺の動揺に答えたのは、俺をあの剣で斬りやがった女だった。
「──『ホロムロルクの香水』……暗殺者の匂いには、警戒するべきだったな」
その瞬間、理解した。さっきの会話は、この毒が全身に回るまでの時間稼ぎだったのだと。
……その上、この女の声によって、俺は更なる衝撃を受けた。
「て、てめぇ……その声、まさか……ッ!」
「生憎だったな、俺は男だ。この顔も、魔道具で見せる幻さ。お前みたいな男相手なら、こうした方が簡単に仕事が出来るんでね」
なんてこった。俺の相棒が最後にアピールした相手が、よりにもよって野郎だったとは……
毒による麻痺からか、或いは精神的なダメージからか、急速に意識が遠のいていく。
「……話し過ぎだ。一応、顔を隠す為でもあるんだからな」
「分かってるって。それよりコイツ、どうする?」
「知れた事。買った恨みを清算するまで、働いて貰うのさ……」
「あらら。ゲスとは言え、かわいそ~」
「無駄口叩いてないで手伝え。──運ぶぞ」
「はいよぉ」
視界が暗く染まってから、意識が完全に断たれるまでの数秒間。
俺は、二人のそんな会話をぼんやりと聞いていた。




