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鉄の女王

 会議室の空気は、重かった。


 重厚な扉が開いた瞬間、視線という視線がカイルに突き刺さる。


 円卓を囲むのは、この帝国の中枢に立つ者たちだった。


 軍務大臣、財務官、地方貴族、商会長――そして、帝国最大派閥を束ねる有力貴族たち。


 誰もが豪奢な服をまとい、磨き上げられた靴を履いている。


 その中に、擦り切れた服の平民が一人。


 場違いにもほどがあった。


「……何者だ?」


「護衛か?」


「いや、使用人にしては随分と汚い」


 失笑が漏れる。


 当然だった。


 カイル自身、今すぐ帰りたい。


 だが、先を歩くオフィーリアは気にも留めない。


 軍服の裾を揺らしながら、真っ直ぐ最奥へ向かう。


 その姿に、誰もが黙る。


 美しい。


 それ以上に、威圧感があった。


 金色の髪。

 菫色の瞳。


 女王というより、剣を持たぬ王だ。


 オフィーリアは最奥の席に腰を下ろした。


「始めろ」


 低い声。


 それだけで空気が張り詰める。


 だが、誰より先に口を開いた男がいた。


「陛下」


 静かな声だった。


 なのに、部屋全体がその男を見る。


 老人だった。


 銀髪を後ろに流し、深い皺を刻んだ顔。年老いているのに、その目だけは異様に鋭い。


 何より。


 誰もが、この男の言葉を待っていた。


 宰相。


 帝国の実権を握る男。


 アルヴィン・グランツ。


「まず、その平民について説明をいただけますかな」


 穏やかな口調だった。


 だが、圧がある。


 カイルは本能的に理解した。


 この男は危険だ。


 オフィーリアは眉一つ動かさない。


「私が呼んだ」


「理由を伺っても?」


「南区の暴動を止めるためだ」


 ざわめき。


 財務官が鼻で笑う。


「暴動? 南区程度の話でしょう。兵を出せば済む」


「同意します」


「平民が騒いでいるだけです」


 次々と声が上がる。


 カイルは歯を食いしばった。


 分かっていない。


 こいつらは、現場を見ていない。


 腹を空かせた民がどれほど恐ろしいか。


 老人に、何度も教わった。


『民を数字で見るな』


『腹が減れば、人は王を殺す』


 オフィーリアが口を開く。


「……では聞こう」


 静かな声。


「誰か、南区を見た者はいるか」


 沈黙。


 誰も答えない。


「市場価格は?」


 誰も答えない。


「備蓄量は?」


 また沈黙。


 オフィーリアの菫色の瞳が冷える。


「つまり、何も見ていないくせに喋っているのか」


 空気が凍る。


「失せろ、と言いたいところだが会議中だ。続けろ」


 怖い。


 本当に怖い。


 でも、格好いい。


 カイルは少しだけ思ってしまった。


 オフィーリアは視線を向ける。


「カイル」


 名を呼ばれ、心臓が跳ねた。


「お前の意見を言え」


 会議室がざわつく。


「平民を喋らせると?」


「正気ですか、陛下」


「黙れ」


 一言で静かになる。


 カイルは息を吸った。


 怖い。


 けれど、ここで黙れば終わりだ。


「……三日以内に暴動になります」


 失笑。


「馬鹿馬鹿しい」


「根拠は?」


 カイルは続ける。


「小麦流通が止まり、価格は三倍。無料配給は逆効果です。商人が死ぬ」


「ではどうする」


「王家名義で半値販売を」


 ざわめき。


「財源は?」


「北倉庫です」


 一瞬。


 宰相の目が、細くなった。


「ほう」


 カイルは続ける。


「北倉庫の在庫が不自然に消えています。誰かが止めている」


 沈黙。


 今度は、ざわめきではない。


 緊張だった。


 貴族たちの顔色が変わる。


「証拠は!」


「ないです」


「なら妄言だ!」


「ですが」


 カイルは止まらない。


「もし当たっていたら、暴動後に責任を取るのは誰です?」


 言葉が落ちた。


 静かだった。


 そして。


「面白い」


 笑ったのは、宰相だった。


 初めて。


 老人はカイルを見る。


「名は」


「カイルです」


「家名は?」


「ありません」


「平民か」


 宰相は目を細める。


「面白い平民だ」


 褒められているのか、値踏みされているのか分からない。


 ただ。


 怖かった。


 老人なのに、猛獣のようだった。


「陛下」


 宰相が穏やかに言う。


「試してみてはいかがですかな」


 オフィーリアは頷いた。


「決まりだ」


 そして。


 菫色の瞳が、カイルを真っ直ぐ見る。


「今日からお前を私の補佐官とする」


 会議室が凍りついた。


「平民を!?」


「前例がありません!」


「正気ですか!」


 オフィーリアは立ち上がる。


 軍服の裾が揺れる。


「正気だから使う」


 冷たい声だった。


「貴様らが無能だから、平民を拾った」


 誰も何も言えなかった。


 カイルだけが、呆然としていた。


(……補佐官?)


 意味が分からない。


 王宮に来たはずだった。


 なのに。


 いつの間にか、人生が終わっていた。


 いや。


 始まってしまった。


 オフィーリアが歩き出す。


「来い、カイル」


「……はい」


「今夜から働け」


「今夜?」


「寝る暇はない」


 一拍。


 オフィーリアが振り返る。


 ほんの少しだけ。


 菫色の瞳が楽しそうに見えた。


「後悔するなよ」

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