第10話 よろずや
俺は、古びた商店街の一角にある、小さなビルの前に立っていた。
「……住所からすると、ここなんだけどな」
ポケットから取り出した名刺と、目の前の建物を交互に見比べる。
間違いない。
住所は確かにここだ。
だが……。
「……看板も何もないな」
目の前にあるのは、三階建ての古びた雑居ビルだった。
外壁はところどころ薄汚れ、長い年月を経て色褪せている。
一階にはシャッターの下りた店舗があり、その脇に、
人一人がようやく通れるほどの狭い入口があった。
入口の奥には、上階へと続く階段が見える。
「…………」
俺はしばらく、その場に立ち尽くした。
……本当にここなのか?
よろずや大福。
名前からして、もう少しこう……何でも屋らしい看板とか、
そういうものがあると思っていたのだが。
「……まあ、行ってみるか」
そう呟いて、入口に足を踏み入れようとしたときだった。
「……ん?」
階段の三段目。
そこに、一匹の猫が座っていた。
真っ白な猫だった。
すらっとした身体に、艶のある毛並み。
そして何より目を引いたのは、その瞳だった。
右目は透き通るような青。
左目は緋色。
いわゆる、オッドアイというやつだ。
「……へえ」
俺は思わず足を止めた。
「綺麗な目だな、お前」
しばらく猫と見つめ合う。
まるで、俺が来るのを待っていたかのように。
「にゃん」
「……ん?」
猫が小さく鳴いた。
そして、くるりと踵を返すと、トントンと軽やかな足取りで二段ほど階段を上がった。
そこで立ち止まり、再びこちらを振り返る。
「にゃん」
「…………」
俺は猫を見つめた。
猫も俺を見つめている。
「……」
もう一度、猫が鳴いた。
「にゃあ」
「……ついてこいってこと?」
俺がそう尋ねると、猫は再び階段を上り始めた。
……何だ、この猫。
妙に人間くさいというか。
いや、猫なんだから猫くさいのが正しいんだろうけど。
「……まあ、いいか」
俺は猫に誘われるまま、建物の中へと足を踏み入れた。
階段は、外から見た以上に狭かった。
壁と壁の間隔は、大人二人がすれ違うには到底足りない。
古びたコンクリートの壁には、ところどころ染みが浮かんでいる。
昼間だというのに薄暗く、湿気を含んだ、少しかび臭い空気が漂っていた。
足元の階段も、長年使われてきたせいか、角が丸く擦り減っていた。
そんな階段を、白い猫は慣れた足取りで上っていく。
トン、トン、トン。
時折立ち止まっては、こちらを振り返る。
「……分かったって。ちゃんとついて行ってるよ」
俺は苦笑しながら、その後を追った。
やがて、二階にたどり着いた。
そこには、一枚の古びた扉があった。
木製の重厚な扉。
上半分には、少しくすんだすりガラスがはめ込まれている。
そして、そのガラスには――。
『よろず屋大福』
そう書かれていた。
文字の脇には、尻尾をピンと立てた猫のシルエットが描かれている。
「……あった」
思わず声が漏れた。
「ここか……」
なるほど。
確かに、よろず屋大福だ。
……しかし。
「……ずいぶん控えめな店構えだな」
これでは、初めて訪れる人間には分からないだろう。
いや、そもそも客を呼び込む気があるのだろうか。
そんなことを考えていると、白い猫が扉の前に立った。
そして。
パタン。
「……あ」
扉の下に取り付けられた、小さな猫専用の出入口。
そこを器用にくぐり抜け、猫は何のためらいもなく中へ入っていった。
「…………」
ここの猫だったのか。
俺は改めて扉を見つめた。
すりガラスに書かれた『よろず屋大福』の文字。
その横の、尻尾を立てた猫の絵。
「……ふーん」
ふと、さっきの白猫の姿が頭に浮かんだ。
俺は小さく息を整えると、扉をノックした。
コン、コン。
「……あの、すみません」
少し間があった。
そして、扉の向こうから声が聞こえた。
「鍵は開いておりますから、中へどうぞ」
落ち着いた、柔らかな老人の声だった。
勅使河原さんの声だ。
「……失礼します」
俺は古い真鍮製のドアノブに手を掛けた。
使い込まれた金色のノブは、ところどころ光沢が薄れていたが、
丁寧に磨かれているのが分かった。
ゆっくりと回す。
カチャリ。
小さな音とともに、扉が開いた。
「…………」
俺は思わず、入口で立ち止まった。
……へえ。
外観からは、まったく想像できない部屋だった。
室内には、どこか懐かしさを感じさせる、レトロモダンな空間が広がっていた。
落ち着いた色合いの壁。
年月を経て深みを増した木製の家具。
柔らかな光を落とす、古風な照明。
古い建物特有の雰囲気を残しながらも、不思議と居心地の良さを感じさせる。
磨き込まれたゴミ一つ落ちていない床板は、
窓から差し込む光を僅かに反射している。
壁際には、天井まで届く大きな本棚があった。
そこには、大小様々な本がびっしりと収められている。
分厚い革表紙の本。
色褪せた文庫本。
背表紙に金文字の入った、いかにも古そうな書物。
どれもきちんと整理され、隙間なく並べられていた。
「…………」
……すごいな。
本屋でも始められそうだ。
部屋の奥には、向かい合うように二つの机が置かれていた。
どちらも古い木製の机だったが、表面には美しい艶があり、
丁寧に手入れされているのが見て取れた。
そのうちの一つ。
奥側の机の前に、一人の老人が座っていた。
「……あ」
勅使河原さんだった。
昨日と変わらない、穏やかな佇まい。
背筋を伸ばし、静かに椅子に腰掛けている。
その足元では、先ほどの白い猫が、何食わぬ顔で
毛づくろいをしていた。
「……あの」
俺は少し緊張しながら声を掛けた。
「聖ベベルギウス・和夫と申しますが……」
「…………」
一瞬、沈黙が流れた。
「…………」
……あ。
しまった。
そうだった。
聖ベベルギウス・和夫。
改めて口に出すと、何というか……。
……ふざけてるよな。
どう考えても、ふざけてる。
初対面の相手にこんな名前を名乗られたら、俺だって警戒すると思う。
ましてや、ここは何でも屋だ。
変な客だと思われたかもしれない。
……いや、変な客なのは間違いないんだけど。
「……ええ」
勅使河原さんが、ゆっくりと口を開いた。
「昨日の方ですね」
その顔には、柔和な笑みが浮かんでいた。
「……あ、はい!」
よかった……。
俺は内心、大きくため息をついた。
覚えていてくれたのだ。
というか、そもそも昨日会ったばかりなのだから、
覚えていて当然なのかもしれないが。
何しろ、今の俺は色々と普通じゃない。
何が普通なのかも、よく分からなくなってきている。
「……突然すみません。昨日、名刺をいただいたので……」
「いえいえ」
勅使河原さんは、にこやかに首を横に振った。
そして、まるで何でもないことのように言った。
「そろそろ来る頃だと思っておりました」
「…………」
……え?
俺は固まった。
「…………」
……どういうこと?
来る頃だと思っていた?
いや、確かに昨日、名刺はもらった。
でも、俺は行くとも言っていない。
それどころか、ここに来ようと決めたのは、昨夜、焼肉屋の看板の上で腹を鳴らしていたときだ。
……何で分かったんだ?
「……あの、それって……」
思わず聞き返そうとした、そのときだった。
「まあまあ」
勅使河原さんは、穏やかな笑みを浮かべたまま、ゆっくりと立ち上がった。
「立ち話も何ですから、あちらにどうぞ」
そう言って、部屋の中央に置かれたソファを示した。
「…………」
俺は勅使河原さんと、示されたソファを交互に見た。
……何だろう。
何となく。
何となくだけど……。
この人、俺が来ることを、本当に分かっていたような気がする。
「……あ、はい。失礼します」
俺は小さく頭を下げ、ソファへと歩き出した。
その足元を、白い猫がするりと横切った。
「にゃん」
「……あ」
猫は一度だけこちらを振り返ると、尻尾をピンと立て、悠々と部屋の奥へ歩いていった。
「…………」
……何なんだろうな。
この猫も。
この人も。
どうにも、普通じゃない気がする。
……いや。
普通じゃないのは、俺の方か。
そんなことを考えながら、俺はソファへと腰を下ろした。
「あの……」
俺が口を開きかけた、そのときだった。
ガチャリ。
背後で、入口のドアが開く音がした。
「ただいまー」
女性の声だった。
俺は振り返った。
そこには、両手にスーパーの買い物袋を提げた女性が立っていた。
年の頃は三十代くらいだろうか。
ふくよかで落ち着いた雰囲気で黒ぶちめがねをかけた
女性で、飾り気のない服装に、肩のあたりまで伸びた髪。
両手の袋には野菜やら牛乳やらが
詰め込まれているようだった。
俺は座ったまま、軽く会釈した。
「あら、お客さん?」
女性は俺に気づくと、少し驚いたように目を丸くした。
「うん。昨日話していた方だよ」
勅使河原さんが、穏やかな声で答えた。
「ああ……!」
女性は何かを思い出したように声を上げた。
そして、買い物袋を部屋の隅に置くと、つかつかと俺の方へ歩いてきた。
……え?
何だ?
俺が身構える間もなく、女性は目の前で立ち止まった。
「昨日は、祖父が大変お世話になりました」
そう言うなり、深々と頭を下げた。
「えっ!? あ、いやいや!」
俺は慌てて両手を振った。
「そんな、大したことじゃありませんから! どうか頭を上げてください!」
「でも、祖父から聞きました。
車に轢かれそうになったところを助けていただいたそうで……」
「いえ、本当に! たまたま近くにいただけですから!」
……まあ、正確にはビルの屋上にいたんだけど。
そんなことを説明したら、余計に話がややこしくなる。
「ほほほ……」
勅使河原さんが楽しそうに笑った。
「和夫さん、ご紹介が遅れましたね。こちらは孫の紀里子です。
うちで事務員をしてもらっております」
「紀里子と申します。よろしくお願いします」
女性は改めて、丁寧に頭を下げた。
「あ、こちらこそ。聖ベベルギウス・和夫です……」
「…………」
……また言っちゃった。
いや、自分の名前なんだから仕方ないんだけど。
紀里子さんは一瞬だけ目を瞬かせたが、すぐににっこりと笑った。
「和夫さんですね。よろしくお願いします」
……よかった。
この人も、変な名前については突っ込まないらしい。
「今、お茶をお持ちしますね!」
そう言うと、紀里子さんは買い物袋を抱え直し、隣の部屋へと姿を消した。
「…………」
再び、室内に静けさが戻った。
どこかで時計が時を刻む音が聞こえる。
俺はソファに座り直し、向かいにいる勅使河原さんを見た。
……さて。
そろそろ本題に入らないとな。
「あの、勅使河原さん」
「はい。何でしょう?」
「今日は、お願いがあって来たんです」
「ほう……」
勅使河原さんは、俺の言葉を待つように静かに頷いた。
俺は一度、息を吸った。
「実は……仕事を探していまして」
「お仕事、ですか」
「はい。ただ、その……ちょっと事情がありまして」
どう説明したものか。
死んで、生き返って、女神に変な名前を付けられて、別の世界に飛ばされた。
……そんな話、できるわけがない。
いや、できなくはないけど。
間違いなく頭がおかしいと思われる。
「俺には今、身分を証明できるものが何もないんです」
「…………」
「住所もありませんし、履歴書もまともに作れません。ですから、
どこか働ける場所を斡旋していただけないかと……」
言い終えて、俺は勅使河原さんの反応を窺った。
すると。
先ほどまで浮かんでいた柔和な笑みが、すっと消えた。
「……ふむ」
勅使河原さんは、真剣な表情になった。
「つまり、あなたは今、何者でもない……ということですね」
「……はい」
何者でもない——
その言葉が、妙に胸に引っかかった。
確かにそうだ。
天川大地は死んだ。
今の俺は、聖ベベルギウス・和夫。
名前だけは立派だが、戸籍も住所もない。
この世界では、存在していないも同然なのだ。
「……実は」
俺は少し視線を落とした。
「記憶が……ないんです」
……嘘だ。
いや、全部が嘘というわけでもない。
「なるほど……」
勅使河原さんは静かに頷いた。
「そういう方は、時折こちらにもいらっしゃいます」
「……そうなんですか?」
「ええ。事情があって身分を明かせない方。過去を捨てたい方。
中には、本当に自分が誰なのか分からなくなってしまった方も……」
「…………」
「ですがね」
勅使河原さんの声が、僅かに低くなった。
「残念ながら、嘘をついておられる方が大半なのです」
「……っ」
ドクン。
心臓が、大きく一つ打った。
……え?
何だ?
今の言い方。
まるで、俺が嘘をついていると分かっているみたいじゃないか。
「そ、それは……」
思わず口を開いたものの、言葉が続かなかった。
まずい。
非常にまずい。
……バレた?
いやいや、落ち着け。
この人は目が見えないんだぞ。
表情で嘘を見抜くなんてことは……。
……いや、待て。
昨日だって、俺のことを大地坊ちゃんじゃないかって疑ってたよな?
姿も名前も変わっているのに。
……この人、どうなってるんだ?
「しかし……」
勅使河原さんが、ゆっくりと言葉を続けた。
俺は悟られないよう、そっと唾を飲み込んだ。
「…しかし……あなたが今、行き場を失っておられることだけは、
本当のようですね」
「…………」
……え?
「今のあなたには、帰る場所も、頼れる方もいらっしゃらないのでしょう」
勅使河原さんの顔に、再び柔らかな笑みが戻った。
「それは、よく分かります」
「……あ、はい」
……はあ。
よかった……。
俺は心の中で、大きく胸を撫で下ろした。
……いや、待てよ。
何で分かるんだ?
俺は記憶がないって言っただけで、帰る場所がないことまで詳しく説明したわけじゃない。
……この人、やっぱり何かおかしくないか?
「でも、どうして……」
俺が聞きかけた、そのときだった。
「お待たせしました!」
紀里子さんが、盆を手に部屋へ戻ってきた。
盆の上には、湯気の立つコーヒーカップが二つ載っている。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
紀里子さんは俺の前にカップを置き、続いて勅使河原さんの前にも一つ置いた。
ふわりと、香ばしいコーヒーの匂いが漂ってくる。
……ああ。
いい匂いだ。
そういえば、昨日から何も口にしていなかったんだった。
空腹を思い出した途端、腹が小さく鳴りそうになった。
……頼むから、今は鳴るなよ。
紀里子さんは軽く一礼すると、再び隣の部屋へと戻っていった。
俺は目の前のコーヒーカップを眺めながら、改めて勅使河原さんに向き直った。
……さて。
どこまで話したんだっけ。
確か、何で俺の事情が分かるのかって……。
そのときだった。
コン、コン。
入口の扉を叩く音がした。
「…………」
誰だろう。
客かな?
そう思った直後。
「渋谷署です」
「…………」
……え?
一瞬、頭の中が真っ白になった。
渋谷署?
渋谷署って……。
……警察!?
ガタッ!!
俺は反射的に立ち上がった。
勢い余って、膝がテーブルにぶつかりそうになる。
……まずい!
警察だ!
昨日のアレか!?
やっぱり来たのか!?
いや、でも待て。
何でここが分かったんだ?
俺、昨日ここに来るなんて誰にも言ってないぞ!?
……ああ、くそ!
だから言ったじゃないか!
人間をビルに突き刺したら、ただじゃ済まないって!
「…………」
どうする?
逃げるか?
窓から飛び降りる?
いや、ここ二階だし、飛び降りること自体は簡単だけど……。
また何か壊したらどうする!?
そもそも、勅使河原さんに迷惑が……。
「紀里子! 紀里子!」
突然、勅使河原さんが声を上げた。
「はい!」
隣の部屋から返事が聞こえ、紀里子さんが急いで戻ってきた。
「どうしました、おじいちゃん?」
「お巡りさんが来ちゃったよ」
「…………」
……来ちゃったよ?
いやいやいや!
そんな、近所の人が遊びに来たみたいな言い方!
「ほんとだ。早いわね」
紀里子さんも、まるで驚いた様子がない。
……早い?
何が?
何が早いんだ!?
俺だけが、完全に取り乱していた。
「和夫さん」
勅使河原さんが、穏やかな声で俺を呼んだ。
「は、はい!?」
「落ち着いて。どうぞ、そちらにお座りください」
「……え?」
「大丈夫ですから」
「…………」
……大丈夫?
何が?
警察が来てるんですよ!?
しかも俺、身分証もないし、昨日の事件の関係者だし!
……いや、関係者どころか、ビルを壊した張本人だ。
「さあ、どうぞ」
勅使河原さんは、変わらぬ笑顔でソファを示した。
「…………」
……何なんだ。
この落ち着きようは。
俺は勅使河原さんと入口の扉を交互に見た。
逃げるなら、今しかない。
だが……。
昨日、あの人は俺を疑いながらも、最後には名刺を渡してくれた。
そして今日も、事情の分からない俺をこうして迎え入れてくれた。
……まあ、いいか。
この人が大丈夫だって言うんだから。
俺は観念して、ゆっくりとソファに腰を下ろした。
その瞬間だった。
ガクンッ!!
「……うわっ!?」
突然、足元が沈んだ。
いや、違う。
足元だけじゃない。
ソファも。
テーブルも。
そして、向かいに座っている勅使河原さんも。
……全部!?
「な、何だ!?」
俺は思わずソファの肘掛けを掴んだ。
床が、一段低くなっていた。
そして――。
ゴゴゴゴゴ……。
低い機械音が、足元から響いてくる。
「…………え?」
床が。
……動いている?
いや。
下がっている。
俺が座っているソファと、勅使河原さんが座っている椅子。
その周囲の床が、まるで巨大な昇降機のように、ゆっくりと下降し始めたのだ。
「ちょっ……ちょっと!?」
俺は慌てて周囲を見回した。
さっきまで目の前にあった本棚が、少しずつ高い位置へと遠ざかっていく。
テーブルの上のコーヒーが、微かに揺れていた。
……何だこれ!?
隠しエレベーター!?
こんな古いビルに!?
「ほほほ……」
向かいに座る勅使河原さんが、楽しそうに笑った。
「……勅使河原さん!?」
「はい?」
「こ、これ! 床が! 床が下がってますけど!?」
「ええ。そうですね」
「そうですね、じゃなくて!!」
俺は思わず声を裏返した。
しかし、勅使河原さんは相変わらず穏やかな表情のままだった。
まるで、いつものことだと言わんばかりに。
「…………」
……何なんだよ。
この店。
外から見たら、ただの古びた雑居ビルだったじゃないか。
看板すらまともに出ていない、寂れた何でも屋。
それなのに。
……床が動くって、どういうこと!?
ゴゴゴゴゴ……。
俺の混乱などお構いなしに、床はゆっくりと下降を続けていた。
頭上では、先ほどまでいた部屋の床面が、次第に遠ざかっていく。
そして、丸く開いた穴が左右から閉じていくのが見えた。
俺は呆然とそれを見上げた。
そして、向かいに座る勅使河原さんに視線を戻した。
「…………」
老人は、ただ静かに微笑んでいた。
……どうやら。
俺が思っていた以上に。
この『よろず屋大福』という場所は、普通じゃないらしい。




