【54】「まっとうな人」「まっとうでない人」
主人公をどういう性格にするか──最初に考えなくてはいけないですが、私の場合ほぼ決まっているので問題ありません。
「まっとうな人間」であること、だいたいこれ1つあればいけます。
現実社会を形成している『人々』というのは、たいていが「まっとうな人」です。
そうでなくては社会基盤がぐらついてひっくり返ってしまいます。
ただ「まっとうな人」の範疇も左端から右端まで矜持の強さで並べたら、両端の人を比べてしまうとそれなりに「差」が出ます。
左端の人は、友人から金を借りてしつこく催促されるまで返さず、催促されたら『なんだよ、もうちょっと待ってくれてもいいだろ、ケチかよ』くらいの悪態をつきます。
何故か貸したほうがケチ呼ばわりされる理不尽。
でもまあ仕事はしていて納税者でもあり、路上喫煙禁止区域で紙の煙草を火がついたまま投げ捨てたりはするけど人を殺したりしない。
右端の人は、まず人から金を借りません。足るを知り計画的に金を使うので借りる必要がありません。でも貸しもしません。金銭の貸し借りが人間関係を壊すことを知っているからです。喫煙はしませんし、路上の吸い殻を黙々と掃除することがあります。
「まっとうな人」の中にもこのくらいの差異がありますが、この中でのトラブルはそこそこ解決できます。
ただ、この社会に「まっとうではない人」を入れると大変なことになります。
金は持っている人からナチュラルに奪います。
そうしていい理由? 特にありません。持ってるヤツが居たから奪った。
奪われたくなければ盗られないようにすればいい、バカだから盗られるんだよ。
このくらいの理由で、人を殺めてまで僅かばかりの金を奪います。
異性会恋愛界隈の「まっとうではない人」もこんな感じです。
「お姉ちゃんでしょ!譲りなさい!」と産んだ母親が上の娘に言います。
このセリフを読むと、秒でこの母親の妹弟を連れてきて、宝飾品やドレスを運び出せよと思います。
ならおまえも譲れ。その場で身ぐるみ剥がして分からせたい。
「おまえを愛することはない」と初夜に夫になった男が新妻に言います。
なんでおまえから愛されるのが「良いこと」みたいな前提なんだ?と拡声器で囁きたくなります。
不貞をしている男の「愛」など、泥水の中に落ちたもなかの皮くらいの価値です。
ウルトラ要らない。鳥だって「ヤレヤレ要らない」と背を向けます。
こういう「まっとうではない人」を物語の中に連れてきたら、相応のお出口から出て行ってもらわないといけなくなります。
「まっとうではない人」なので懇切丁寧に説明しようにも、理解力がゾウリムシの下睫毛くらいしかありませんから、無駄に終わってしまいます。
物語に連れてきた作者の責任として、話の中でドイツ製の頑丈なくるみ割り人形を百体くらい持ってきて噛み砕いて説明しなくてはならなくなります。
「その花の名前は」でやりました。
だいたいおじさん5人がかりくらいで噛み砕いてもらいました(*´ω`*)
読み手の皆さんは、「まっとうな人」の範疇にいます。
「まっとうではない人」を投入されたストレスで、血圧は上がり脈拍は全力疾走状態です。
「おめぇの理屈、この世じゃ通じねぇから!」という場面を見せてクールダウンさせなくては危険です。
暴動が起きるかもしれません。
血管がぶち破れるかもしれません。
一応私も「まっとうな人」の端にいるので、書きながらめっちゃストレスが溜まります。
金はすぐに貯まらないのに。
不貞はダメなのです。
不貞をしないコツは簡単です。
「配偶者や婚約者の他に好きな人ができたら、身綺麗になってから新しい人に向かう」だけでいいのです。
不貞人間からの愛を受けてしまう側も、ちょっと考えれば分かります。
本気で自分のことを大切に思っているならば、身綺麗になってもいないうちに愛を囁きませんし、ましてや不埒な行為に及びません。
それをしてしまう人間は総じて全員すばらしく身勝手でいい加減です。
その口から出る愛の言葉など、誰かが使った爪楊枝くらいの価値しかなく清潔でもありません。
なんでそこから『真実の愛』という言葉が出てくるのか、手品にしても雑過ぎます。
互いのギラついた脂っこい欲望が、種類は違えど合致したから以外の何ものでもないのです。
でもこう……物語を「まっとうな人」だけで作ると、実に淡々とします。
スープを入れ忘れた塩ラーメンくらいシャバシャバお湯風味です。
「まっとうな人」が「まっとうな人」に「まっとうな愛」を囁いてうまくいって結ばれて幸せになって生涯を終える話は、ものすごく書き手に技量がないと面白くもなんともありません。
残念ながら私にそれほどの技量がないのです。
ですから、ついうっかり、ほんの出来心で遊ぶ金欲しさに「まっとうではない人」を連れてきます。
技量でドキドキさせられないので、「まっとうではない人」への嫌悪感で血圧を上げてもらうしかないのです。
いつも皆さまの「まっとうな矜持」に助けられています。
本当にありがたく、そして申し訳ありません。




