【46】世の中のあらゆるものが、自分の心を映す鏡
今、毎日あるいは毎週観ているドラマは3つです。
「VIVANT 2」(TBS系列)
「豊臣兄弟!」(NHK 大河ドラマ)
「ブラッサム」(NHK 朝ドラ)
「VIVANT」は1からハマっていました。
1の時に、別班饅頭やドラムの動くスタンプなどをうっかり買いました。
しばらく使っていなかったあのスタンプが、今また使えて嬉しいです。
大河と朝ドラは、ずっと観ているから観ているという側面もあります。
戦国時代は好きなのでたぶん最後まで観ると思いますが、好き過ぎる「素材」の場合は見ないという、なかなか面倒な性格をしています。
「新選組!」は止めておきました。
たぶん絶対イライラすると思ったからです。
自分の中で「こう」というのがしっかりあるものは危険ですから。
朝ドラ、先週の終わりで「ここまでにしよう」と思いました。
後は土曜日の15分ダイジェストにしようかなと。
結局、月火水と作業をしながら観ましたが脱落5秒前という感じです。
最も最初から分かっていたのです。
あの先生が主人公のモデルならこうなるのは。
ドラマを観ながら、いつも「次のセリフ」を思い浮かべます。
主人公が何と返すか。
わりと当たります。
短いセリフならそのまんまということもけっこうあります。
ところが、まったく予測できなかった趣旨のセリフが来ると「あれ?」と思います。
たとえば、ここは謝る言葉がくるだろうと予測しているところに開き直る言葉がくると「あれ?」と思います。
それが何度も何度も続くと、「もう観なくていいかな…」となります。
脚本家の「良し悪し」ではまったくなく、ただ私との相性の問題です。
このように視聴者とは身勝手です。
本の読者の時も同じです。
それをどこにも出さずに、心で思っているだけではありますが。
そして自分が書き手でもある以上、相性が悪いと思われることは普通にあることと捉えています。
なんでそんなことを言わせるのか、逆に何故言い返さないなど、いろいろ思うところが続いて合わないなと思われた場合は、そこで読むのをおしまいにしていただけるとありがたいです。
不満の種から、思うのとは違う形の双葉が出たらそこで摘んだほうが心の安寧に繋がります。
私の場合、途中でやめたあとは最終回や最終話だけを観て読んで、なるほど!と思って終わります。
でも、しばらく時を置いてから見直したり読み返したりすることはあります。
その時々で私の抱えている気持ちの問題や、心の動きなどに左右されていることがあるからです。
あの時は無理だったけれど、今なら大丈夫だったということはわりとあります。
年齢によっても寛容になっていたり、逆に偏頗になっていたりすることもあって、受け止める側はいつでも流動的です。
書き手としてそれがあるのが困るのです。
あの時はこう書いたけれど、今ならこう書くかな……ということがあります。
私は書き直しはしませんが、時を経て「IFルート」が書かれていたりするのを読むと、なるほどなぁと思います。
多くの人が支持して楽しんでいるものを受け入れられなくてもいいし、面白いと思えなくてもいい。
逆に、人気のないものが面白く感じることも何の問題もない。
不満は創作の始まりでもありますし、不満と向き合うことは「今の自分」と向き合うことでもありますね。
世の中のあらゆるものが自分の心を映す鏡だと、そう思って駄文を捻っています。




