【47】異世界をテキトウに書く
初めて異世界小説を書こうとしたとき『仏教由来の言葉はどうしたらいいのか』と思いました。
で、調べたわけです仏教由来の言葉を。
そうしたらあまりにも日本語の中に浸透し過ぎていて、むしろ気にするのを止めました。
「因果」「帰依」のような分かりやすいものはともかく、
「安心」「知恵」「皮肉」ともなると、もはや避ける意味がないような…。
ホトケ様の波及力すっごい!
異世界モノが大好きな「結界」もホトケ様由来となると、もはや積極的にしれっと使うしかないと思いました。
最初は中世を下敷きにして書こうとしていました。
でも、中世は意外となんも無いんですよね。
5世紀から15世紀までと長いので、終わりのほうだとしてもわりと何も無い。
カトリック教会を抜きにして語れないのに、その辺りに対して明るくありません。
教皇と皇帝の関係性を恋愛に絡めるのは至難の業。
公衆浴場文化も書きたいけれど、外交を風呂ん中でやってたというのを上手く書ける気がしません。
貴族も入浴は朝。
と言われましても、書き手の私が日本人なので風呂は一日の汚れを落とすものとして書いてしまう。
短編が人気なのはこの辺を『良い意味でテキトウ』に書けるからだと思います。
時代背景に文字数使えないのでザクっと切ります。
その時代に無いものだって、『中世』の幅が1000年くらいあるのでまあどうにかなるかなと(*´ω`*)
綿密に時代背景から組み立てて書きたい人よりも、私のようにテキトウな人間のほうが向いている気がします。
そんなわけですので私んちの話は、大らかなお気持ちでお読みください。
ジャガイモが出てくるかもしれませんし、交配種のこまっしゃくれたワンコが出てくるかもしれません。
とりあえず羊皮紙は破らないようにします。
かといって、街は馬車の「動力の落としモノ」で溢れていたとは書かないようにします。
どれを書いてどれを書かないか、気にし始めると難しいです。




