【39】読者審査員
以前、ある小説の賞の読者審査員をやったことがあります。
誰もが知っている、とある小説の感想文を2,000字書いての応募でした。
神頼みが効いたのか、10名の読者審査員のうちの1人に選ばれました。
読者審査員のもとには、最終選考に残った5作が送られてきました。
応募した(書いた)人の名はどこにもありません。
真っ白の表紙でタイトルだけが表記されていました。
どれから読もうかと迷いながら、タイトルのあいうえお順で読みました。
最初の2作は、これが最終選考に残ったうちの2作?と少し疑問に思いました。
1つめは、起承転結の「起」と「承」だけで80%ほど書かれていて、「転」にあたる部分が15%、「結」は5%しかなくてページが落ちているのではないかと感じたほどに最後が駈け足でした。
ただアイデアはすごく面白かったので、誰かこのネタで書き直して欲しいと思う感じでした。
2つめは、日本語の間違いがわりとあって、そのたびに意識が物語から離れるものでした。私に分かる間違いがこれだけあるというのに、これも最終選考に残るんだと思いました。
3つめ、これが本命じゃないかと思いました。
M部みゆきのような読みやすさ。文章がとても上手くてイギリスの小説みたいな言い回しがくどくないのに面白く、魅力的な脇役も居てネタもひねりがちゃんとあって納得できました。
この3作が印象に残って(2作は悪いほうで)、残り2作はどこかで読んだことがあるなぁと思う感じで印象が薄かったです。
読者審査員は5作すべてに感想を書くことになっていましたので、全部書いて編集部に送ってあとは発表を待つだけでした。
そしてそれから4か月くらい経ってその賞の発表がありました。
1作目の、起承転結のバランスが悪いなと思った話が佳作でした。
大賞は該当なしでした。
出版社の中の授賞式のパーティにも読者審査員は参加することができました。
大きいフォントでは書けませんが、それが私の応募理由でした。
好きな作家先生が審査員の中にいらしたのです。
そして審査員の作家の先生方の「講評」では、受賞作の起承転結のバランスが悪いと異口同音に言っていました。
そうだよな、そう思うよなぁとひっそり思いました。
でも私の好きな作家先生が「冒頭を書き込んでしまうことはよくあるから、その勢いは大事にしたまま泣きながら削る。「結」は起承転結の中で一番丁寧に描写したほうがいい」と言いました。
私はこの先生の言葉を大事にしまい込みました。
『勢いよく書いて、泣きながら削る』
私も冒頭をくどくど書きがちです。
だからこそ、佳作に選ばれた作品を読んでそう感じたのかもしれません。
佳作を受賞した作品は、とにかくアイデアを褒められていました。
その受賞作は後に、めっちゃ書き直されて出版されていました。
バランスが凄まじく良くなっていて、アイデアが光る面白い本でした。
そのパーティで、トイレの手洗いで大好きな作家先生と一緒になりました。
余談ですが、私は著名人とトイレの手洗いで遭遇する運を少し持っています。
まったく別の機会で、女優のT部M華子さんがトイレの隣のボウルで手を洗っていたことがあります。
鏡越しにちらっと見ただけで、光り輝いておりました。
顏がグレープフルーツくらいの小顔で瞳キラッキラでした。
テレビでは眠たそうに見えることもあるのに、イヤイヤイヤイヤ、もうすんごいキラキラ。
良い匂いはするし、どこにお賽銭を入れたらいいのかと思うくらいの輝く像でした。
話しは戻って、トイレの手洗いで作家先生が手を洗ったら、何か探していらっしゃいました。
パッと見、分かりにくいところにハンドドライヤーがあったので、
「ハンドドライヤーはあちらにありました」と言うと、
「あらご親切にありがとう」と言って、ブォ~と手を乾かしていらっしゃいました。
そこにトイレの外から女性が飛び込んできて、
「先生すみません!」とふわふわそうなタオルを差し出したのです。
その女性が秘書のかたのようでした。
先生が探していたのはハンドドライヤーではなく、タオルを持った秘書のかただったのです。
私はちょっと恥ずかしくなりましたが、出て行くときに先生が
「これ、あったかくていいわね」と私に微笑んでくださいました。
最新作を5冊くらい買って帰ろうと思いました。
読者審査員は良い経験となりました。
読みやすい整った文章で綺麗に書かれた話よりも、バランスが悪くともアイデアが秀逸な話が賞を獲るのだと分かりました。
同時に、あー……じゃあ自分は無理だなとも思いました。
読みやすい文章でもなければ、突破力のあるアイデアも引き出しに無い。
2,000字くらいの読書感想文ならイケることもある程度、という等身大の自分を理解しました。
これからも頑張って、クドい冒頭を泣きながら削っていこうと思います(*´ω`*)




