【3】文字を読むのか好き(文字通り
子供の頃は、いわゆる「放置子」でした。
外に出されることもあれば、家の中で軟禁状態のことも。
家の中では「チラシ」を良く読んでいました。
「ニラ 1束58円」
こういう文字列を、読める部分だけ音読していました。
「束」は読めず、「束」という漢字の中の「ハ」の部分が楽しそうで好きでした。
その頃の家には「本」と呼べるものが何もありませんでした。
チラシはあるのに新聞があった記憶がありません。
放置子を極めていたのは母が再婚をした小学2年生の頃で、
お寺の敷地によく居ました。
お寺には石碑があって、それを読んでいました。
彫られた文字がところどころ潰れていて、
それを適当に読むのが好きでした。
お墓の無いタイプのお寺で、もしも墓石があったらよそ様のお墓に侵入していたかもしれず、失礼をしなくてよかったです。
チラシ → 寺の石碑と文字を読む楽しみは、ようやく図書館に行ける年齢になってそれっぽくなりました。
「だるまちゃん」シリーズが好きでした。
あれだけ文字であれば何でもよかったのに、絵本を手にしたら絵ばかり見ていました。
特に「だるまちゃんとかみなりちゃん」が好きでした。
かみなりちゃんの住む街が、憧れだったのです。
こんな街に住んでずっと過ごしたいと思っていました。
文字ではなく絵を見ていたのは「だるまちゃん」シリーズだけでした。
この絵本は大人になってから買いました。
今もただ文字を読むのが好きです。
風呂ではスマホなど持ち込まず、シャンプーの裏書を読んでいます。
原材料のカタカナがすっと読めずにとても難しいです。
電車の中では吊り広告を読み、ファミレスではメニューを読んでいます。
「メニューをお下げします」と言われると悲しくなり、
「まだ見たいのでこのままでお願いします」とお願いします。
まだ注文するかと思わせる、説得力のある背脂があって良かったなと思います。
頼んでいないセットメニューのサラダの選べるドレッシングなどを読んでいます。
実際にはミニデザートなどを追加で注文します。
それくらいの読み代は払いたいと思いますが、動機はそれだけではないと東日本の4人くらいに知られています。
ここでスマホで小説の続きを書いたりできれば、もっと更新が早いのに残念です。
大人になってから、視力の良さの理由の1つに「文字を追う」というのがあると知りました。
私は視力が良く、ここまでの人生ずっと裸眼です。
本の文字列を追うのは、目の筋肉の筋トレだとあって、なるほどと思いました。
家に居ても外に居ても、私の目はずっと「文字」を追っていました。
世の中の不思議に、これだけ文字列を追うのは好きなのに何故、
誤字脱字衍字が減らないのかというものがあります。
世界にはいろいろな謎があり文明が進んで解決に至っているものもありますが、私の書くものから消えない誤字脱字衍字の謎も解明されることを祈っています。
いつも誤字報告をくださる方々に、感謝ばかりです。




