【11】注射が苦手
いい大人ですが、注射が苦手です。
「全然平気!」という人がいますが、すごいなと心から尊敬しています。
よせばいいのに針が刺さるところを必ず見ます。
だいたいあと2cmくらいまで近寄ってくると叫びたくなりますが、
大人のプライドや虚栄心や強がりなんかを全わたしの中からかき集めて、
必死に耐えています。
これまで死ぬほど痛かった記憶を集めて
『あれに比べたらどうってことないはずだ』と自分に言い聞かせています。
・盲腸で局部麻酔で意識ある中、3cmくらい開腹したところで
盲腸が腐って小腸に癒着していて切れないので、小腸を引っ張って
1mちょっとくらいずるずると出して切って丸めて腹に戻された時の痛み
・自転車で坂道を下っている時、横の建物の工事をしていて道に細かい砂があり、
それにタイヤが滑って横転し斜め掛けしていたバッグが
ハンドルに私を縛り付けたようになったまま倒れた自転車を背負って坂道を下っていき、
足や腕や顔をアスファルトですり下ろされたようになった時の痛み
・ガラスの麦茶のボトルを持ったまま転んで掌の中でガラスが割れて刺さり、
刺さったまま外科に行ったらそのまま麻酔なしで掌のガラスを取り出された
その時の痛み
このあたりの「痛みの記憶」を総動員して注射針の接近に耐えます。
アレよりはマシなはずだ。
針の先端はたかだか数ミリ、問題ない問題ない問題ない問題ない問題ない。
ちょっと大きな蚊に刺されるようなものだろう、痛くない痛くない痛くない。
息を止めてじっと針の先端を睨みつけて、
うっかりドクターの顔を睨まないように気をつけます。
あらゆる神や仏に祈りながら、このピンチから見事脱出した時のイメージを
思い浮かべます。
「もう少し力抜いてくださいねー」
「……はいすみません…」
「もう少し」とはどのくらいですか。
今、針が近寄ってんですよ、すぐそこなんです。
そんな時に難しいことを言わないでくださいお願いします。
ちくっとした瞬間に目をつむり、本能寺で追い詰められた信長公が浮かびます。
膾のように切り刻まれるイメージです。
「はい終わりです」
筋弛緩剤を打たれたように全身の筋肉が緩みます。
はあ、生きていた。無事に終わった。
私は生還した。よく耐えた。
カーテンの向こうで赤子が泣いています、私は泣きませんでした。
そんな私の耳に非情な声が届きます。
「ではひと月後くらいにまた予約入れてくださいね」
「……はい」
注射が得意になる呪文があれば教えてください、お願いします。




