↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/21

姫

挿絵(By みてみん)

グエネヴィア?

モーガン・ル・フェイ?

知らぬ

名前など、どうでもよい

 漆黒の騎士が身じろぎするたびに、モルドレッド軍の兵士が、鎧ごと切り裂かれ、地に崩れ落ちる。剣を振るう手も見えないのに、黒い騎士の周囲に、兵士達のバラバラになった屍が増えていく。


 突如として戦場に現れたひとりの謎の騎士によって、モルドレッド軍の半数近くが、あっという間に細切れの肉片と化した。赤い雨のように飛び散る血飛沫を浴びても、謎の騎士の鎧は黒いまま。漆黒の鎧は、光とともに、人間の血液をも吸収しているようだった。


 アーサー軍はこの機会を逃さなかった。図らずも謎の援軍と挟み撃ちの有利な体制になった彼らは、敵の混乱に乗じて果敢に攻めて斬り込む。


「何だ……いったい何が起きているのだ……」


 モルドレッドは混乱していた。少し前までは勝利を確信していたのに、謎の敵の出現によって形勢が逆転してしまった。配下の兵士達は、前後から攻められ、為すすべもなく倒れていく。意を決して謎の黒騎士に斬りかかった兵士たちは、一瞬にして人の形を留めない血と肉の塊になった。


 そして程なく、モルドレッドはただひとりアーサーの配下に囲まれた。全滅。彼の軍勢は、大将を残し、全員が死に絶えた。


 目の前に黒い騎士がいる。殺されるとモルドレッドが思った時、アーサーが「待て」と叫んだ。


「待ってくれ。誰か知らぬが、その者を殺すのは私の役目。助けて貰った礼も言わぬうちに、失礼かと思うが、手出しは無用だ。頼む」


 ギリっと歯ぎしりしたモルドレッドと、息を切らしたアーサーの目が、黒い騎士の後ろに佇む白いドレスの女を捉えた。その瞬間、二人の口から驚愕の言葉が飛び出した。


「グエネヴィア! まさか……」

「モルガン! 何故ここに」


 戦場を静寂が覆った。その沈黙を破ったのは女の声だ。清らかで可愛らしく澄んでいるのにも関わらず、何処か妖艶で背筋が泡立つような戦慄を覚える声。誰にも似ていないが、しかし何処かで聞いたことがあるような声……それは夢の中の女……遠い昔に故郷に置いてきた、かつて愛し合った女の……声。


「グエネヴィア? モルガン? それが私の名前なの?」

「違うのか?」


 アーサーとモルドレッドの目には、それぞれの想いが篭った女に見える。グエネヴィアはアーサーの愛する妻だ。親友のランスロットに奪われた美しき妃。モルガン・ル・フェイは、モルドレッドの母の妹であり、叔母に当たる妖艶なモルガンへ、彼は特別の感情を抱いていた。


「名前など何でもよい。愛する人よ。迎えに参りました」


 女がアーサーへ手を伸ばした。


「私は待つことに疲れました。だからこうしてお迎えに参りました。さあ、私と共に参りましょう」

「グエネヴィア……待っていてくれたと言うのか? ランスロットはどうした」

「ランスロット? さあ、知りませぬ。私にはあなたしか愛する人はいないのです」

「君と共に行こう。我が愛しのグエネヴィア。しかしモルドレットと決着をつけてからだ」

「もしやこの剣はあなたの物でしょうか」


 アーサーの前に跪いた女が恭しく捧げた剣。それは失われた筈のエクスカリバーだった。


「 まさか! なぜ君がこの剣を持っている?!」

「ここに参ります途中……時のはざまで見つけました。しかし愛する人よお聞きください。もはやその剣は……」


 女の言葉はアーサーの耳に届かなかった。無敵のエクスカリバーが戻ってきたのだ。心が踊り、モルドレッドを殺すことで頭がいっぱいだったよ


 そして他の者が見守る中、アーサーとモルドレッドは対峙した。互いの剣がぶつかり合い、揉み合って相手の隙を窺う。よろけたアーサーを攻撃しようと大きく剣を振り上げ、ガラ空きになったモルドレッドの腹に、エクスカリバーが突き刺さった。勢いで背中まで抜け、モルドレッドの口から血がこぼれる。だが、彼の渾身の力を込めた最後の一撃が、アーサーの兜を割り、頭まで届いた。


 二人同時にどうと倒れる。モルドレッドは既に事切れていた。女が泣き叫びながらアーサーに駆け寄る。


「ああ……何と言うこと……だから申し上げたではありませんか。エクスカリバーは既に魔力を失い、あなたを守る力も無くなっていたというのに」

「……済まない……君の言葉を聞いていなかった……グエネヴィア……愛しい人……愛している……よくぞ私の元へ帰って来てくれたね」


 力なく目を閉じた王の頭から夥しい血が吹き出していた。


「あなた……愛する人よ……大丈夫です。死なせはしない」


 女が目配せをすると、ジッと佇んでいた黒い騎士が、瀕死のアーサーを抱え上げようと動いた。咄嗟に、アーサーの配下数人が、王を守ろうと反射的に動き、瞬時に、バラバラに切り刻まれる。事の成り行きに呆然としていたペディヴィアとルーカンが、我に返り、叫ぶ。


「待て! 我らが王をどうするつもりだ!」

「私の城に連れ帰ります」

「なに……城とは……どこにある」

「この世界の終わる処。最果ての城で傷を癒し、私とずっと一緒に暮らすのです」

「何だと……そんなことは許さない……」

「もうよいのだ……」


 アーサーが掠れた声でつぶやいた。


「グエネヴィアと共に行こう。アヴァロンの島へ……」

「王よ。この女はグエネヴィア姫ではありませぬ。行先もアヴァロンでは……」


 高々と女が笑った。その禍々しい響きに、二人の騎士は思わず後ずさった。


「我はグエネヴィアかも知れぬ。最果ての城はアヴァロンかも知れぬ。そんなことは誰にも分からない。私とて、自分が誰なのか分からないのだから」


 女の視線に絡め取られたように、二人は動けなくなった。


「我が姫よ。もうここに用はありませぬ。我らが城へ戻りましょう」


 アーサーを抱き上げた暗黒野騎士が、深い処から響いてくるような声で、女に呼びかけた。


 女が空中に何か文字を書いた。するとそこに、周囲の景色を切り取ったような大きな四角い穴が現れた。穴の向こうは何処かの森のようだった。


「愛する人よ。もう私を一人にしないで……ずっと一緒に……この世界の終わる処で、刻の果てるまで、ずっと……」


 アーサーの耳元で女がささやいている。為す術もなく、ペディヴィアとルーカンが見守るなか、アーサーを抱いた暗黒の騎士と女は、奇妙な穴の向こうへ消えた。


 アーサー達が消えたあと、空中に現れた不思議な穴もかき消すように消えてしまった。残されたのは、死体が累々と広がる戦場で、言葉も無く呆然と立つ、二人の騎士だけだった。


挿絵(By みてみん)

⭐︎テーマ曲MV

https://youtu.be/pDvinxapqCw?si=OdYrZdUd-cnndfcC


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。