第七話 串飛び騒ぎ《くしとびさわぎ》
王城の中で、若い娘たちが自由に使える庭はただ一つ――儀庭。
庭っ娘たちの拠点となるこの庭では、朝になると必ずゆるふわな騒ぎが起こる。
儀庭の白石に、ぽつり、ぽつりと小雨が落ち始めた。雨天になれば庭っ娘たちは白雨廊へ移動することとなる。
東屋の柱をすべるように湿った風が通り抜け、芳華は袖を押さえながら、東屋で雨宿りしていた。
そこへ、瑠映が色壺を抱えて慌てて駆け込んできた。
瑠映は乱れた息を整えながら、大きな目をさらに丸くして訴えかけた。
瑠映:「昨日、露香小路で大騒ぎしとったんよ~……雨ん中でも人がようけおって、屋台がぎゅうぎゅうじゃったんよ~」
※ 露香小路は、朝霞街の南側にあり、食と香りの通り。瑠映と夜凛がよく訪れる場所だ。
芳華は雨粒の落ちる庭を眺めながら、不思議そうに小首をかしげた。
芳華:「どんな騒ぎなん?」
瑠映は色壺をしっかりと抱え直し、昨日の光景を身振り手振りで再現し始めた。
瑠映:「屋台の人が転んでさぁ、串が全部空に飛んでいったんよ~……ほいで、風舞坂の方まで飛んでいきそうになっとったんよ~」
そこへ、黒耀が巻物を胸の高さで抱えて現れた。巻物の端が小雨でしっとりしとる。
黒耀:「詩巻が空に舞うのは風雅ですが、串は違います!食の所作は言の所作にも通じるんです――乱れは許されません!」
すかさず夜凛が舞衣の袖を右から払うと、東屋の中の空気がふわっと揺れた。
夜凛:「雨でも無茶すれば舞はできるんじゃけぇ!舞で串を拾っちゃげるけぇ!」
瑠映は慌てて夜凛の前に立ち塞がり、両手を大きく振って止めた。
瑠映:「拾いなさんな~! 串が余計どっか飛んでいくんよ~!雨ん中で飛んだら絶対見えんようなるんよ~!」
琴雪は袖に落ちる雨粒を気にしながら、深読み書を胸の高さで開き、息を整えて言うた。
琴雪:「これは“街の乱れ”です。人の動きの迷いは心の迷いであり、心の迷いは文化の迷いであり――つまり、串の飛び方は——」
その深遠な考察を遮るように、紅牙は他者の影を踏まんように一歩進み、短く場を締めた。
紅牙:「……違う。逃げろ。」
瑠映は名残惜しそうに声を尖らせ、情けない顔で身をよじった。
瑠映:「逃げたら買えんのんよ~!今日の新しい串、食べたかったんよ~!」
芳華は雨の向こうをのぞき込みながら、のんびりとした調子で微笑んだ。
芳華:「串が空飛ぶんは、なんか楽しそうなんよ~」
庭っ娘たちは、串の話でわちゃわちゃしながら、雨宿りの時間をゆるりと過ごした。
儀庭の朝は、雨でもゆるりと騒がしい。
【昭華の豆知識】
●『串飛び騒ぎ』
昭華王朝では、屋台の串が空に舞い上がるような騒ぎをこう呼んどったんよ。
当時の宮廷や市井の文化では「食の所作」がぶち重んじられとったけぇ、飛んでいった串の向きや落ち方のわずかな違いでも、それは精神の乱れを表す“美の象徴”として深く語られとったらしいんよ。
●“食は心の流れ”
昭華の美意識では、食べ物の動きは人間の内なる心の動きと密接に結びつけられとったんよ。
今日の瑠映が美味しい新作の串を追いかけて右往左往しとった微笑ましい様子も、そんな王朝時代の雅で可笑しな価値観の名残なんかもしれんね。
儀庭の朝は、今日もゆるりと始まり、ゆるりと騒がしくなる。
それこそが昭華王朝の、いつもの日常じゃった。




