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『君の隣を目指して』――図書室、帰り道、教室――。少しずつ距離を縮めていく、高校生たちの等身大の青春ラブストーリー。  作者: 伊佐波瑞樹


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第95話 声を出す練習、見つける練習


 放課後の校庭には、まだ夏の名残が濃く残っていた。


 九月に入ったとはいえ、日差しは簡単には弱くならない。


 校舎の影が少しずつ長く伸び始めているのに、地面からはまだ昼間の熱が上がってくる。


 遠くのグラウンドでは、運動部の声が響いていた。


 ボールが跳ねる音。


 シューズが砂を蹴る音。


 先生達が体育祭用のラインについて話している声。


 その全部が、二学期が本格的に動き出したことを教えてくれる。


 なつきは鞄を抱え直し、黒猫のキーホルダーを一度だけ見た。


 黒猫は、今日も小さく揺れている。


 夏祭りの日に春樹が取ってくれた黒猫。


 もう、ただの思い出ではなくなっていた。


 学校に来る日も、授業中も、昼休みも、放課後も。


 なつきの日常の横で、静かに揺れている。


「なつき、行くよー」


 亜衣の声で、なつきは顔を上げた。


「うん」


 今日は、紅組と白組に分かれての初めての応援練習だった。


 本格的な競技練習はまだ先。


 まずは応援合戦の形を作るところから始める。


 紅組の応援メンバーは、圭、亜衣、なつき。


 他クラスや他学科の生徒もいるが、二年十一組からはこの三人が中心に入ることになった。


 圭は朝からずっとそわそわしていた。


 今も、集合場所へ向かいながら腕を回している。


「よし、声出すぞ!」


 亜衣がすぐに言う。


「圭くん、最初から全力出しすぎると最後までもたないよ」


「大丈夫。声は無限」


「喉は有限」


「現実!」


 田辺が後ろから笑う。


「三浦、練習初日で声枯らすなよ」


 島中も肩をすくめる。


「本番前に終わるぞ」


「終わらない!」


 圭はそう言ってから、なつきを見た。


「なつき、緊張してる?」


「少し」


「大丈夫。手拍子案、採用されたからな」


「それ、まだ仮でしょ?」


「でもいいと思う。最初に全員で揃えるやつ」


 田辺も頷く。


「いきなり叫ぶより、入りやすいと思う」


 島中も珍しく真面目な顔で言った。


「紅組は勢いで押せるけど、最初バラけたら見た目悪いしな」


 なつきは少し驚いた。


 自分が出した案を、みんながちゃんと覚えてくれている。


 それだけで、少し心が落ち着いた。


「ありがとう」


 なつきが言うと、亜衣がにやりと笑った。


「紅組応援合戦、なつき案から始まる」


「大げさだよ」


「大げさじゃない。なつきがちゃんと参加してる証拠」


 その言葉に、なつきは少しだけ胸が温かくなった。


 参加している。


 ただ春樹を見ているだけではなく、紅組の中で自分の言葉を出している。


 それは、なつきにとって小さくない変化だった。


   ◇


 校庭の端では、すでに紅組の応援メンバーが集まり始めていた。


 商業科だけではない。


 普通科の生徒、スポーツ特待の生徒、他学年の生徒もいる。


 普段の教室とは違う顔ぶれに、なつきは少し緊張した。


 知らない人が多い。


 声を出す練習。


 応援合戦。


 自分は本当にここでやれるのだろうか。


 そう思った瞬間、鞄の黒猫が目に入った。


 見つける。


 春樹が言ってくれた言葉を思い出す。


 なつきは小さく息を吸った。


 大丈夫。


 ここには亜衣もいる。


 圭もいる。


 紅組の中で、自分にできることをやればいい。


 少し離れた場所では、白組の応援メンバーも集まっていた。


 春樹はリレーと借り人競争なので、応援合戦の中心ではない。


 それでも、白組の打ち合わせには顔を出していた。


 隣には美優。


 少し後ろに白石祐衣。


 蓮と紅秋もいる。


 茜は記録係の確認をしているようだった。


 白組の空気は、紅組とは違って落ち着いていた。


 声を張る前から整っている感じがする。


 美優が春樹に何か話しかけ、春樹が短く頷く。


 祐衣がメモを見ながら、春樹と蓮に説明している。


 その光景を見て、なつきの胸が少しだけ揺れた。


 やっぱり気になる。


 でも、昨日ほど沈まなかった。


 なつきは紅組の方へ視線を戻す。


 今、自分が立つ場所はここだ。


「なつき」


 亜衣が隣で小声で言う。


「見てた?」


「うん」


「正直」


「隠しても分かるでしょ」


「分かる」


 亜衣は笑った。


「でも戻ってきたね」


「うん」


 なつきは頷いた。


「紅組で頑張る」


「よし」


 圭が前で手を叩いた。


「じゃあ紅組、まず集まろう!」


 他学科の生徒達も圭の声に反応する。


 さすが圭だった。


 初対面に近い相手にも物怖じしない。


 その明るさは、こういう場で強い。


 ただし、紅秋がいないので止め役がいない。


 それを察した亜衣が、なつきに小声で言った。


「今日は私たちが圭くんのブレーキ」


「できるかな」


「やるしかない」


 なつきは少し笑った。


   ◇


 紅組の応援練習は、まず簡単な自己紹介から始まった。


 学年も学科も混ざっているので、顔と名前を一致させる必要がある。


 圭は一番に手を上げた。


「二年商業科、三浦圭です! 応援、全力で盛り上げます!」


 声が大きい。


 でも、今回は場に合っていた。


 周囲から小さな拍手が起きる。


 圭は嬉しそうに笑った。


 亜衣も続く。


「二年商業科、伊藤亜衣です。圭くんが暴走したら止めます」


「亜衣!?」


 笑いが起きる。


 なつきはその隣で、少しだけ緊張しながら前へ出た。


「二年商業科、横田なつきです。大きい声は得意じゃないけど、頑張ります。よろしくお願いします」


 言い終えると、手のひらに少し汗をかいていた。


 でも、ちゃんと言えた。


 圭がすぐに拍手する。


「なつき、いいぞ!」


 亜衣も笑顔で拍手してくれる。


 他の紅組メンバーからも拍手があった。


 知らない人達の前で自己紹介するのは緊張したけれど、思ったより怖くなかった。


 続けて、普通科やスポーツ特待の生徒達が自己紹介していく。


 背の高い男子。


 明るい女子。


 落ち着いた三年生。


 元気な一年生。


 紅組は、想像以上に賑やかだった。


 圭と相性がよさそうな人も多い。


「紅組、かなり元気系だね」


 亜衣が小声で言う。


「うん」


「白組と全然違うかも」


 なつきは白組の方を少しだけ見る。


 白組は、まだ整列して説明を聞いている。


 紅組はもう笑いが起きている。


 本当に色が違う。


 赤と白。


 熱と静けさ。


 その違いが、少しずつ見えてきた。


   ◇


 応援の基本練習が始まった。


 まずは手拍子。


 なつきが出した案をもとに、紅組は最初に全員で手拍子を揃える形を試すことになった。


 圭が前に立つ。


「じゃあ、最初はゆっくりいくぞ。パン、パン、パン、パン」


 圭が手を叩く。


 紅組のメンバーが合わせる。


 最初は少しバラけた。


 速くなる人。


 遅れる人。


 笑ってしまう人。


 圭が首を傾げる。


「あれ?」


 亜衣が言う。


「圭くんが速くなってる」


「俺?」


「うん。だんだん走ってる」


 他のメンバーも笑う。


 なつきは少し勇気を出して言った。


「あの、最初だけ誰かが声で数えるのはどうかな。『一、二、三、四』って。それから手拍子に入ると揃いやすいかも」


 言った後、少しだけ不安になる。


 また口を出しすぎただろうか。


 でも、圭はすぐに頷いた。


「いい! それやろう」


 普通科の女子も言う。


「その方が入りやすいかも」


 スポーツ特待の男子も頷いた。


「最初のカウント、大事だな」


 なつきはほっとした。


 亜衣が隣で小さく親指を立てる。


「なつき、二個目採用」


「数えないで」


「採用実績」


 圭が前に立ち直す。


「じゃあ、俺がカウントする。いくぞ。一、二、三、四」


 手拍子が始まる。


 さっきより揃った。


 パン、パン、パン、パン。


 校庭に音が重なる。


 まだ完璧ではない。


 でも、紅組の音になり始めている。


 なつきも手を叩く。


 自分の手の音が、全体の中へ混ざっていく。


 その感覚が不思議だった。


 一人では小さい音。


 でも、みんなと合わせれば大きくなる。


 応援というのは、そういうものなのかもしれない。


 なつきは少しだけ胸が熱くなった。


   ◇


 白組側では、なつき達とは違う練習が進んでいた。


 美優が中心になり、声の高さやタイミングを合わせる練習をしている。


「白組は、最初は静かに揃えて、後半で上げる感じでいきたいよね」


 美優が言う。


 蓮が頷く。


「紅組が勢いなら、白組は綺麗に見せる方が差が出るかも」


 祐衣がメモを取りながら言った。


「手拍子の間隔を一定にした方が、聞いている側も分かりやすいと思います」


 紅秋がそれに続く。


「白組は人数が揃えば強い。個人で目立つより、全体の整列を意識した方がいい」


 茜も頷く。


「そうね。声も、前列と後列でずれないように確認しましょう」


 春樹は少し後ろでその様子を見ていた。


 応援合戦の中心ではないが、白組の雰囲気を把握するために参加している。


 美優が春樹を見る。


「春樹、見てるだけ?」


「うん」


「何か気づいたことある?」


 春樹は少し考えた。


「後ろ、聞こえにくそう」


 祐衣がすぐにメモを見る。


「後列の声ですか?」


「うん。前だけ強い」


 蓮が頷く。


「確かに。後ろが遠慮してる感じあるね」


 美優は手を叩いた。


「じゃあ後列の人も少し前に意識向けよう。春樹、意外と見てるね」


「そう?」


「うん。助かる」


 春樹は短く頷いた。


 祐衣が春樹へ静かに言う。


「大國くんは、細かいところに気づきますね」


「そうかな」


「はい。図書室でもそうですけど、全体を見ている感じがします」


 春樹は少しだけ首を傾げた。


 美優が笑う。


「祐衣、春樹は褒められても自覚ないから」


「そうなんですか?」


「うん。昔から」


 その言葉を、少し離れた紅組側のなつきは聞いてしまった。


 昔から。


 美優が何気なく言った言葉。


 幼なじみの距離。


 春樹を昔から知っている美優。


 その一言に、なつきの胸が少しだけきゅっとした。


 でも、手拍子は止めなかった。


 パン、パン、パン、パン。


 紅組の音の中に、自分の音を混ぜる。


 なつきは白組から視線を戻した。


 今は紅組の練習中。


 自分の場所を、ちゃんと見失わないように。


   ◇


 紅組の練習は、次に掛け声へ移った。


 最初の案はシンプルだった。


「紅!」


「勝つぞ!」


「紅!」


「燃えろ!」


 圭が全力で言う。


 全員で返す。


 初回なので、まだ声は揃わない。


 でも、紅組らしい勢いはあった。


 田辺も途中から参加し、低い声でしっかり支えている。


 島中は少し照れながらも、声を出すと意外と通る。


「島中くん、声いいじゃん」


 亜衣が言う。


「何だよ急に」


「応援向き」


「俺は競技側だろ」


「兼任できる」


「しない」


 田辺が笑う。


「島中、照れてる」


「照れてねぇ」


 圭がすぐに乗る。


「島中、紅組の隠れ応援エース!」


「やめろ」


 周囲が笑う。


 なつきも笑った。


 そして、自分も声を出す番になった。


「紅!」


 圭が言う。


「勝つぞ!」


 全員で返す。


 なつきの声は、最初少し小さかった。


 自分でも分かった。


 喉が縮こまる。


 周りの声に混ざって消えそうになる。


 圭が気づいたのか、振り返って笑った。


「なつき、無理しなくていいけど、もうちょい出せる?」


「うん」


 亜衣が隣で言う。


「一緒に出そ」


「うん」


 もう一度。


「紅!」


「勝つぞ!」


 さっきより声が出た。


 まだ大きくはない。


 でも、ちゃんと出た。


 亜衣が横でにこっと笑う。


「出た」


「うん」


「いい感じ」


 田辺も頷く。


「今の聞こえた」


 島中も軽く言う。


「横田の声、通ると雰囲気柔らかくなるな」


「柔らかい?」


「三浦が熱すぎるから中和」


「俺、熱すぎる!?」


 圭が叫ぶ。


「叫ぶからだろ」


 田辺が返す。


 なつきはまた笑った。


 緊張していたはずなのに、気づけば笑っている。


 紅組は騒がしい。


 でも、この騒がしさの中なら、少しずつ声を出せる気がした。


   ◇


 休憩時間。


 なつきは水筒のお茶を飲みながら、少し離れた木陰に立っていた。


 手のひらが少しじんじんする。


 何度も手拍子をしたからだ。


 喉も少しだけ乾いている。


 でも、不思議と嫌な疲れではなかった。


「お疲れ」


 声がして、顔を上げる。


 春樹だった。


 白組側の休憩時間に、こちらへ来たらしい。


 なつきの心臓が跳ねる。


「春樹くん」


「声、出てた」


「聞こえた?」


「うん」


 それだけで、なつきの顔が熱くなる。


「まだ小さいけど」


「聞こえた」


 春樹は繰り返した。


 短い。


 でも、その言葉が嬉しかった。


「ありがとう」


「うん」


 少し沈黙が落ちる。


 校庭では、紅組と白組の生徒達がそれぞれ休んでいる。


 圭が田辺と何か話して笑っている。


 亜衣がその横でツッコミを入れている。


 白組側では、美優が蓮と祐衣にメモを見せている。


 紅秋と茜が先生と何か確認している。


 その中で、なつきと春樹だけが少しだけ静かな場所にいる。


「白組、綺麗だったね」


 なつきが言う。


「そう?」


「うん。声が揃ってた」


「紅組は勢いがある」


「圭くんがいるから」


「うん」


 春樹は少しだけ口元を緩めた。


「横田さんの手拍子案、いいと思う」


 また言ってくれた。


 なつきは胸が温かくなる。


「ありがとう」


「始まり、揃ってた」


「まだまだだけど」


「でも、よかった」


 なつきは黒猫に触れた。


「春樹くん、白組なのに紅組も見てるんだね」


「見えるから」


 春樹は普通に言う。


 でも、その言葉になつきの胸は跳ねた。


 見えるから。


 見てくれている。


 紅組にいる自分を。


「そっか」


 なつきは小さく笑った。


「私も、白組見てた」


 言ってから、少し恥ずかしくなる。


 でも、正直に言えた。


 春樹は頷いた。


「うん」


「美優さんも祐衣さんも、すごくしっかりしてた」


「うん」


「白組、強そう」


「紅組も」


 春樹がすぐに言った。


 なつきは顔を上げる。


「紅組も強そう?」


「うん。楽しそう」


「騒がしいけど」


「それも強いと思う」


 春樹の言葉はいつも短い。


 でも、なつきにはちゃんと届いた。


 紅組も強い。


 楽しいことも、騒がしいことも、力になる。


 そう言ってもらえた気がした。


   ◇


 休憩の終わりに、圭が遠くから手を振った。


「なつきー! 再開!」


「あ、行かなきゃ」


「うん」


 春樹が頷く。


 なつきは少しだけ迷ってから言った。


「春樹くんも、白組の練習、頑張ってね」


「うん」


 春樹は少しだけ間を置いた。


「横田さんも」


 その一言を胸に受け取って、なつきは紅組へ戻った。


 亜衣がにやにやしながら待っていた。


「何話してたの?」


「応援の話」


「本当に?」


「本当に」


「それだけ?」


「……紅組も強そうって言ってくれた」


 亜衣は一瞬黙り、それから笑った。


「いいじゃん」


「うん」


「なつき、ちょっと元気出た?」


「出た」


「よし。じゃあ声出すよ」


「うん」


 紅組の練習が再開する。


 手拍子。


 掛け声。


 足踏み。


 まだ揃わないところも多い。


 圭は何度も熱くなりすぎて、亜衣や他のメンバーに止められる。


 田辺は低い声で支え、島中は照れながらも意外と真剣に参加する。


 なつきは少しずつ声を出す。


 最初より、ほんの少し大きく。


 ほんの少し前へ。


 紅組の声が校庭に響く。


 白組の声も、少し離れた場所から聞こえる。


 赤と白。


 別々の場所。


 でも、同じ体育祭へ向かう声。


 なつきは手を叩きながら思った。


 応援する場所は違う。


 でも、見つけることはできる。


 春樹が見つけてくれる。


 自分も春樹を見つける。


 その間に、紅組としての自分の声も、ちゃんとある。


   ◇


 練習が終わる頃には、空は薄い橙色になっていた。


 校庭の端に立つと、風が少し涼しく感じる。


 なつきは水筒のお茶を飲み、息を吐いた。


「疲れた」


 亜衣が隣で言う。


「でも楽しかった」


「うん」


 なつきも頷いた。


「楽しかった」


 圭が満足そうに笑っている。


「紅組、いける!」


 田辺が言う。


「まだ初日だけどな」


 島中も肩を回しながら言う。


「でも悪くない」


 なつきは紅組のメンバーを見た。


 まだバラバラ。


 でも、少しだけ形が見え始めている。


 その中に自分もいる。


 それが嬉しかった。


 白組の方では、美優が春樹にタオルを渡そうとしていた。


 春樹は自分のタオルがあるからと首を横に振っている。


 美優は笑って何か言い、蓮が横で少し茶化している。


 祐衣はメモを整理している。


 その光景に、胸が少しだけ揺れる。


 でも、なつきは逃げなかった。


 ちゃんと見た。


 そして、自分の黒猫に触れた。


 大丈夫。


 揺れてもいい。


 その上で、紅組で立っていればいい。


 帰り支度をしていると、春樹がまた近くに来た。


「横田さん」


「うん?」


「お疲れ」


 その一言が、今日の疲れにすっと染みた。


「春樹くんも、お疲れ様」


「うん」


「白組、すごかった」


「紅組も」


 なつきは笑った。


「ありがとう」


 春樹の視線が、黒猫へ落ちる。


「今日も見つけた」


 なつきの胸が温かくなる。


「うん」


 少しだけ勇気を出して、なつきは言った。


「私も、春樹くん見つけたよ」


 言った瞬間、顔が熱くなった。


 でも、言えた。


 春樹は少しだけ目を瞬かせた。


 そして、短く頷いた。


「うん」


 その「うん」は、いつもより少し柔らかかった。


 紅組と白組。


 応援する場所は違う。


 けれど、今日の放課後、なつきは確かに一つ覚えた。


 声を出す練習は、ただ体育祭のためだけではない。


 自分の気持ちを、少しずつ外へ出す練習でもある。


 黒猫が夕方の風に揺れた。


 体育祭まで、まだ少し。


 赤い声と白い視線は、今日から少しずつ重なり始めていた。

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