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『君の隣を目指して』――図書室、帰り道、教室――。少しずつ距離を縮めていく、高校生たちの等身大の青春ラブストーリー。  作者: 伊佐波瑞樹


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第94話 応援する場所、見つける視線



 体育祭の種目希望を出した翌日。


 二年十一組の教室は、朝から落ち着かなかった。


 誰がどの競技に出るのか。


 希望は通るのか。


 応援合戦はどうなるのか。


 借り人競争に誰が出るのか。


 その話題だけで、休み時間はすぐに埋まった。


「俺、リレー通るかな」


 島中が言う。


 田辺が弁当でもないのに腕を組む。


「お前は走れるから通るだろ」


「田辺は綱引き確定じゃね?」


「力仕事扱いすんな」


「レスリング部だろ」


「まあ、出るけど」


 圭は机に両手をついて、すでに燃えていた。


「応援合戦、俺は絶対やる」


 亜衣が隣で笑う。


「圭くんがやらなかったら誰がやるのって感じ」


「だろ?」


 紅秋が冷静に言う。


「だからといって暴走するな」


「暴走じゃない。情熱」


「制御できる情熱にしろ」


 なつきはそのやり取りを聞きながら、鞄の黒猫にそっと触れた。


 昨日、春樹が借り人競争に出るかもしれないと知ってから、心がずっと落ち着かなかった。


 借り人競争。


 お題が何になるか分からない競技。


 春樹が誰かを借りる。


 それを見る。


 考えただけで胸が忙しくなる。


 でも、今日は自分のこともある。


 応援合戦。


 希望が通れば、なつきは紅組の応援側に入る。


 春樹を見ているだけではなく、自分も紅組の一員として声を出す。


 それは少し怖くて、少し楽しみだった。


「なつき」


 亜衣が小声で言う。


「また春樹くんの借り人考えてた?」


「……少し」


「正直」


「だって、気になるよ」


「まあ、気になるよね」


 亜衣はからかわずに頷いた。


「でも、なつきは紅組の応援合戦に集中しよ」


「うん」


「圭くん絶対うるさいし、島中くんと田辺くんも勝つ気だし、なつきが沈む暇ないよ」


「それは分かる」


 なつきは少し笑った。


 紅組は本当に騒がしい。


 でも、その騒がしさが今はありがたかった。


   ◇


 六時間目のホームルーム。


 担任がプリントを持って教室に入ってきた瞬間、教室の空気が一気に張った。


「はい、体育祭の種目調整が終わりました。今日、各自の担当を発表します」


 その一言で、全員が前を向く。


 圭は両手を机の下で握りしめている。


 田辺はなぜか真剣な顔。


 島中は余裕そうに見せながら、少し前のめり。


 亜衣も目が輝いている。


 なつきは息を整えた。


 春樹は、いつも通り静かに黒板を見ていた。


 担任が黒板に競技名を書き出す。


 紅白対抗リレー。


 障害物走。


 借り人競争。


 綱引き。


 大玉送り。


 応援合戦。


 全員参加種目。


「まず紅組から」


 教室の半分が少しざわつく。


「三浦くん、応援合戦。大玉送り。全員参加種目」


「よし!」


 圭が小さく拳を握る。


 紅秋がすぐ見る。


「声」


「小声!」


 担任は続ける。


「伊藤さん、応援合戦。大玉送り」


「やった」


 亜衣がなつきへ親指を立てる。


「横田さん、応援合戦。大玉送り」


 なつきの胸が跳ねた。


 通った。


 応援合戦。


 紅組の応援。


「……はい」


 小さく返事をする。


 亜衣が隣でにこっと笑った。


「一緒」


「うん」


 圭が振り返る。


「なつき、応援組だ!」


「うん」


「紅組、勝てる!」


「まだ早いよ」


 でも、嬉しかった。


 自分にも役割ができた。


 ただ見ているだけではなく、声を出す場所ができた。


 担任はさらに読む。


「田辺くん、綱引き。障害物走。全員参加種目」


「おし」


 田辺が静かに拳を握る。


「島中くん、リレー。障害物走。全員参加種目」


 島中が笑う。


「来た」


 紅組側が少し沸く。


 紅組は、かなり分かりやすい。


 圭と亜衣となつきが応援。


 田辺が力。


 島中が走り。


 勢いはある。


 かなり騒がしい。


 でも、悪くない。


 なつきは少しだけ胸が熱くなった。


 続いて白組。


 担任が読み上げる。


「大國くん、紅白対抗リレー。借り人競争。全員参加種目」


 なつきの指先が、黒猫に触れたまま止まった。


 決まった。


 春樹は、リレーと借り人競争。


 分かっていたはずなのに、正式に聞くと胸が強く鳴った。


 春樹は静かに頷いている。


「板倉くん、リレー補欠、用具係、全員参加種目」


 紅秋は無言で頷いた。


「遠山さん、応援合戦補助、記録係、全員参加種目」


 茜も落ち着いて返事をする。


 さらに担任は、特進科の白組メンバーについても軽く触れた。


「合同メンバーでは、蓮くんがリレー、美優さんが応援合戦と借り人補助、白石祐衣さんが記録係と応援補助に入る予定です」


 なつきの胸が、また少し揺れた。


 美優は応援合戦。


 白石祐衣は記録と応援補助。


 どちらも白組。


 春樹のいる白組。


 美優が春樹を応援する。


 祐衣が記録係として春樹の競技を近くで見る。


 想像しただけで、胸が少しだけきゅっとする。


 でも、なつきは黒猫を握りすぎないように、そっと手を緩めた。


 大丈夫。


 自分は紅組の応援合戦。


 自分にも場所がある。


「なつき」


 亜衣が小声で言った。


「大丈夫?」


「うん」


 なつきは頷いた。


「ちょっとだけ、胸が忙しいけど」


「うん。分かる」


「でも、応援合戦、一緒だね」


「うん。全力でやろ」


「うん」


 そのやり取りだけで、少し落ち着いた。


   ◇


 ホームルーム後半は、紅組・白組に分かれて簡単な打ち合わせになった。


 紅組は、圭が中心のようになっていた。


「応援合戦、どうする?」


 圭が言う。


「掛け声とかあるよな」


 亜衣が腕を組む。


「圭くん、声は出るけど、まとめ役は危険」


「何で!?」


「勢いで全部決めそう」


「それはある」


 田辺が真顔で頷く。


 島中も笑う。


「三浦は隊長というより、突撃隊長だな」


「かっこいいけど雑!」


 なつきは思わず笑った。


 紅組は本当に賑やかだ。


 でも、誰かを責める空気ではない。


 田辺も島中も、ちゃんと体育祭へ向かっている。


 圭が場を明るくする。


 亜衣がツッコミながら整える。


 なつきはその中で、少しずつ自分の居場所を感じていた。


「横田」


 田辺が声をかける。


「うん?」


「応援の声、出せそうか?」


「大声は自信ないけど……頑張る」


「無理しなくていいけど、横田が応援してくれると雰囲気よくなりそう」


 田辺は素直に言った。


 なつきは少し照れた。


「ありがとう」


 島中も軽く言う。


「紅組の癒し枠だな」


「何それ」


 亜衣がすぐに反応する。


「なつきは癒し枠兼、春樹くん発見係です」


「亜衣ちゃん!」


 圭が手を打つ。


「黒猫で春樹がなつきを発見して、なつきが春樹を発見する」


「圭くんまで!」


 紅組側に笑いが起きる。


 なつきは顔を赤くする。


 でも、嫌ではなかった。


 からかわれている。


 でも、今のからかいは痛くない。


 応援されているのが分かるから。


   ◇


 一方、白組側は静かだった。


 春樹、紅秋、茜に加え、放課後の合同打ち合わせで美優、蓮、白石祐衣が合流することになっていた。


 その前に、教室内で簡単に役割を確認する。


「春樹はリレーと借り人か」


 紅秋が言う。


「うん」


「リレーは蓮くんもいるなら強いわね」


 茜が名簿を見る。


「美優さんは応援合戦、白石さんは記録係……白組は落ち着いた構成ね」


 紅秋は頷いた。


「ただ、応援の熱量は紅組に負けるかもしれない」


 茜は少し笑う。


「圭くんがいるものね」


「亜衣さんもいる」


「なつきも、応援合戦なのよね」


 春樹が顔を上げた。


「横田さん?」


「ええ。紅組の応援合戦」


 春樹は紅組側を見る。


 なつきが亜衣や圭と話している。


 鞄の黒猫が揺れている。


「そう」


 春樹は短く言った。


 紅秋が春樹を見る。


「気になるか?」


「応援、するんだと思った」


「そうだな」


「横田さん、頑張ると思う」


 茜が静かに微笑んだ。


「春樹くんがそう言ってくれると、なつきも喜ぶと思うわ」


 春樹は少し首を傾げる。


「そう?」


「ええ」


   ◇


 放課後。


 紅組と白組の合同打ち合わせが校庭脇の多目的スペースで行われることになった。


 体育祭実行委員の先生が、各組の代表者や応援合戦のメンバー、係の生徒を集めたのだ。


 なつきは亜衣と圭と一緒に移動した。


 田辺と島中も近くにいる。


 紅組は歩いているだけで賑やかだった。


「応援合戦、掛け声考えようぜ」


 圭が言う。


「まだ説明聞いてから」


 亜衣が返す。


「でも勢い大事」


「圭くんは勢いしかない」


「それは褒めてる?」


「半分」


「また半分!」


 なつきは笑いながら歩いた。


 その少し先に、白組のメンバーが見えた。


 春樹。


 紅秋。


 茜。


 そして、特進棟から来た美優、蓮、白石祐衣。


 美優は春樹を見つけると、自然に手を振った。


「春樹、こっちだよ」


 春樹は短く頷いて、そちらへ向かう。


 蓮が隣で笑う。


「白組、よろしく」


 祐衣も春樹へ柔らかく会釈する。


「大國くん、よろしくお願いします」


「うん」


 なつきはその光景を見て、足が少しだけ遅れた。


 美優が春樹を呼ぶ声は自然だった。


 蓮が隣にいるのも自然。


 祐衣が丁寧に話すのも自然。


 白組の春樹。


 その周りの空気。


 自分とは違う場所。


 胸の奥に、また小さな影が差す。


「なつき」


 亜衣が隣で声をかける。


「うん」


「見てた?」


「うん」


 今度は隠さなかった。


「ちょっとだけ、寂しい」


 亜衣は頷いた。


「うん」


 なつきは黒猫に触れた。


「でも、紅組も頑張る」


「そうこなくちゃ」


 圭が振り返る。


「なつき、行くぞ!」


「うん」


 田辺も言う。


「紅組、初打ち合わせだ」


 島中が笑う。


「白組に負けてらんねぇな」


 なつきは小さく頷いた。


「うん」


 紅組の輪へ、自分の足で入っていく。


 それが、今日の一歩だった。


   ◇


 打ち合わせは、まず先生の説明から始まった。


 応援合戦は、紅組・白組それぞれ一分半程度。


 大きな道具は禁止。


 掛け声、簡単な振り、隊形移動は可能。


 曲は使わず、声と拍手、足踏みで構成する。


 安全第一。


 周囲と合わせること。


 圭は説明を聞きながら、すでに目を輝かせていた。


「声と拍手と足踏み……できる!」


 亜衣が小声で言う。


「圭くん、燃えてる」


「燃えてるな」


 田辺も笑う。


 島中は腕を組む。


「でも、一分半ならちゃんと構成しないとグダるぞ」


「島中くん、意外と冷静」


 亜衣が言う。


「意外って何だよ」


「褒めてる」


「半分?」


「今回は七割」


「微妙だな」


 なつきは説明を聞きながら、自分にもできることを考えていた。


 大きな声は得意ではない。


 でも、拍手や掛け声なら頑張れるかもしれない。


 圭が中心になって、亜衣が支えて、なつきも声を出す。


 紅組の熱を作る一員になる。


 そう思うと、少しだけ背筋が伸びた。


 白組側では、美優が応援合戦の説明を聞きながら、春樹に何か話しかけていた。


 春樹は短く答える。


 祐衣はメモを取り、蓮が隣で頷いている。


 紅秋と茜は全体を見ている。


 白組は、静かだけれど整っていた。


 なつきはその光景を一度見てから、意識して紅組へ視線を戻した。


 今、自分がいるのは紅組。


 ここで頑張る。


   ◇


 説明が終わると、各組で軽く案を出す時間になった。


 紅組はすぐに圭が手を上げた。


「最初に全員で足踏みして、手拍子入れて、掛け声!」


 亜衣が言う。


「勢いはいいけど、言葉決めないと」


 田辺が腕を組む。


「短い方がいいだろ」


 島中が続ける。


「紅、勝つぞ、みたいな?」


 圭がすぐに声を出す。


「紅! 勝つぞ!」


 先生が遠くから見る。


 紅組全員が少し小さくなる。


「……声量」


 亜衣が言う。


「すみません」


 圭が小声で謝る。


 なつきは笑いをこらえた。


 田辺も肩を震わせている。


 島中が言う。


「当日までに圭の声量調整が必要だな」


「できる!」


「ほんとかよ」


 亜衣がなつきを見る。


「なつきはどう思う?」


「えっ、私?」


「応援合戦メンバーだよ」


「うん……」


 なつきは少し考えた。


 勢いだけではなく、紅組らしさ。


 圭の明るさ。


 田辺と島中の熱。


 亜衣の元気。


 自分にできる応援。


「最初は強く始めるより、みんなで手拍子を合わせてから声を出した方が揃いやすいかも」


 言ってから、少し不安になる。


 変だっただろうか。


 けれど、圭は目を輝かせた。


「それいい!」


 亜衣も頷く。


「なつき、冷静」


 田辺が言う。


「確かに、いきなり叫ぶとバラけそう」


 島中も軽く頷いた。


「手拍子で合わせるのはありだな」


 なつきは少し驚いた。


 ちゃんと聞いてくれた。


 自分の案を。


「じゃあ、最初は手拍子から」


 圭が言う。


「なつき案、採用!」


「そんな大げさに」


 亜衣が笑う。


「紅組応援合戦、なつき案入りました」


 なつきは照れながらも、少し嬉しかった。


 春樹を見るだけではない。


 紅組の中で、自分もちゃんと関われている。


 それが、思った以上に胸を温かくした。


   ◇


 白組側では、美優が掛け声の案を出していた。


「白組は、落ち着いて揃える感じがいいんじゃない?」


 蓮が頷く。


「白は勢いより統一感かな」


 祐衣がメモを見ながら言う。


「声の高さも揃えた方が綺麗に聞こえるかもしれません」


 紅秋が言う。


「一分半なら、前半は静かに揃えて、後半で声量を上げる構成がいい」


 茜も頷く。


「紅組が勢いなら、白組はまとまりで見せるのもありね」


 美優が春樹を見る。


「春樹は?」


「うん」


「うんじゃなくて、何か案」


 春樹は少し考えた。


「揃ってる方がいい」


 美優が笑う。


「ざっくり」


 蓮も笑う。


「でも春樹らしい」


 祐衣が静かに言う。


「大國くんは、全体を見るのが自然ですよね」


「そう?」


 春樹は首を傾げる。


 その白組の空気は、なつきから見ても綺麗だった。


 美優が明るく話し、蓮が柔らかく支え、祐衣が丁寧に記録し、紅秋と茜が整える。


 春樹はその中で静かにいて、自然に馴染んでいる。


 胸は少し痛む。


 でも、さっきほどではなかった。


 なつきは紅組のメモを見る。


 自分が出した手拍子案が、亜衣のノートに書かれている。


 それを見ると、少し落ち着いた。


 自分にも場所がある。


 紅組での場所。


   ◇


 打ち合わせが終わる頃には、空が少し夕方の色になり始めていた。


 まだ本格的な練習は始まっていない。


 今日は説明と案出しだけ。


 それでも、紅組も白組も少しずつ形を持ち始めていた。


 帰り際、春樹がなつきの近くへ来た。


「横田さん」


「うん?」


「応援合戦、案出してた」


 なつきは驚いた。


「見てたの?」


「うん」


「手拍子のやつ?」


「うん。いいと思う」


 胸が温かくなった。


 白組にいたのに、見ていてくれた。


 なつきは少し照れながら笑った。


「ありがとう。圭くんがすぐ採用って言ってくれた」


「紅組、楽しそう」


「うん。騒がしいけど」


「圭がいるから」


「うん」


 春樹は少しだけ口元を緩めた。


 なつきは黒猫に触れる。


「白組も、まとまってたね」


「そう?」


「うん。美優さんも、祐衣さんも、蓮くんもいて……強そう」


 少しだけ胸の奥が揺れた。


 でも、声はちゃんと出た。


 春樹は頷く。


「白組も頑張る」


「紅組も頑張るよ」


「うん」


 短い会話。


 でも、今の二人には自然だった。


「春樹くん」


「何?」


「借り人競争、頑張ってね」


 言った後、胸が跳ねる。


 春樹は普通に頷いた。


「うん」


 そして、少しだけ考えて言った。


「横田さんも、応援合戦、頑張って」


 なつきは笑った。


「うん」


 紅組と白組。


 別々の場所。


 それでも、こうして言葉を交わせる。


 応援する場所は違っても、見つける視線はまだ繋がっている。


 黒猫が夕方の風で小さく揺れた。


 体育祭まで、あと三週間。


 赤い熱と白い距離は、少しずつ形になり始めていた。

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