第93話 赤い熱と、白い距離
体育祭の組分けが発表された翌日。
二年十一組の教室には、昨日までとは違う種類のざわめきが広がっていた。
紅組。
白組。
たったそれだけの違いなのに、教室の中の空気は少しだけ色を持ち始めている。
「紅組、勝つぞ!」
朝から圭が言った。
声が大きい。
当然、紅秋がすぐに反応する。
「朝から声を張るな」
「体育祭だから!」
「まだ朝だ」
「体育祭の朝だ!」
「体育祭当日ではない」
「でも準備期間!」
圭は引かない。
田辺もそれに乗るように拳を軽く握った。
「まあ、紅組は勢いでいくしかねぇだろ」
島中が椅子の背にもたれながら笑う。
「勢いだけじゃ勝てねぇけどな」
「お前も燃えてるじゃん」
「勝負事は勝ちたいだろ」
その言葉に、圭が満足そうに頷いた。
「いいね、島中。紅組男子、熱い」
「三浦が暑苦しいだけだろ」
「熱いって言え!」
教室に笑いが起きる。
なつきは自分の席でそのやり取りを聞きながら、鞄の黒猫にそっと触れていた。
黒猫は、今日もそこにいる。
春樹が夏祭りで取ってくれた黒猫。
二学期の教室に、もう自然に馴染み始めている。
けれど、体育祭の組分けが発表されてから、その黒猫の意味が少しだけ変わったようにも感じた。
春樹は白組。
なつきは紅組。
同じ教室にいても、体育祭では別の色になる。
春樹の近くには、美優と白石祐衣と蓮がいる。
紅秋と茜もいる。
なつきの近くには、亜衣、圭、島中、田辺。
分かれた。
けれど、完全に離れたわけではない。
昨日、春樹は言ってくれた。
――横田さんも。
頑張ろうね、と言ったなつきに、そう返してくれた。
それだけで、少し安心できた。
でも、安心だけでは終わらない。
胸の奥には、まだ小さなざわつきが残っている。
「なつき」
亜衣が横から顔を寄せてきた。
「また白組見てた?」
「見てない」
「見てた」
「……少し」
「素直」
亜衣はにやりとした。
なつきは少しだけ赤くなる。
「だって、気になるよ」
「うん。分かるよ」
亜衣はからかうだけではなく、少し声を柔らかくした。
「春樹くん、白組だもんね」
「うん」
「しかも美優ちゃんと祐衣ちゃんも白組」
「……うん」
口に出されると、胸が少しだけきゅっとした。
美優は春樹の幼なじみ。
祐衣は図書室で春樹と本の話ができる人。
夏休みを経て、二人への苦手意識はかなり薄れた。
むしろ、一緒に海へ行き、祭りへ行き、話せるようになった。
それでも、春樹と同じ組になった二人を見ると、心がまったく揺れないわけではない。
それは仕方がない。
なつきはそう思えるようになった。
気持ちは、消すものではない。
受け止めて、どう動くか考えるもの。
茜が以前そう言ってくれた気がする。
「でもさ」
亜衣が明るく言った。
「紅組、絶対楽しいよ」
なつきは顔を上げる。
「うん」
「圭くんいるし、島中くんと田辺くんは勝負に燃えてるし、私もいるし」
「うん」
「なつきは応援担当」
「もう決まってるの?」
「ほぼ」
「まだ種目決めしてないよ」
「でも応援はするでしょ?」
亜衣が少しだけ真面目な顔で言う。
「紅組も、春樹くんも」
なつきは言葉に詰まった。
それは、今のなつきの気持ちをそのまま言われたみたいだった。
「……うん」
小さく頷く。
「紅組も、ちゃんと応援したい」
「うん」
「でも、春樹くんも……見ちゃうと思う」
「それでいいよ」
亜衣は笑った。
「なつきは、なつきのままで体育祭にいればいい」
「亜衣ちゃん」
「それに、敵チームの春樹くんをちらちら見るなつき、絶対かわいいし」
「最後で台無し」
「本音」
なつきは思わず笑った。
胸のざわつきは消えない。
でも、亜衣が隣にいると、そのざわつきさえ少し笑いに変えられる。
◇
朝のホームルームで、担任から改めて体育祭準備について説明があった。
「今日の六時間目のホームルームでは、体育祭の種目希望を取ります。紅組、白組それぞれで必要な競技人数が決まっています。希望が偏った場合は調整になります」
その瞬間、圭が小さく拳を握った。
「来た」
紅秋が横から言う。
「まず説明を最後まで聞け」
「聞いてる」
「今、心が走っていた」
「見抜かれた」
担任は続ける。
「また、応援係、用具係、記録係、招集係なども必要になります。競技だけではなく、裏方も大事です」
茜が小さく頷いていた。
紅秋も表情を変えずに聞いている。
この二人は、きっと自然に運営側へ回るだろう。
なつきはそう思った。
そして、そういう二人が白組にいることが、少し心強くもあり、少し寂しくもあった。
茜はいつもなつきの近くで支えてくれた。
でも体育祭では、白組側。
敵というより、別の場所で頑張る人になる。
それもまた、二学期の新しい距離だった。
「それと」
担任が少し笑う。
「他学科との合同練習も入ります。特進科、普通科とも一緒になりますので、当日はもちろん、準備中も挨拶や連携をしっかりしてください」
美優。
蓮。
白石祐衣。
なつきの頭に、自然とその名前が浮かんだ。
春樹は白組で、その三人とも同じ組。
合同練習があれば、春樹と美優、祐衣、蓮が一緒に動く場面が増える。
なつきは、黒猫に指先で触れた。
大丈夫。
そう言い聞かせる。
怖いだけではない。
自分も紅組で頑張る。
体育祭は、春樹を遠くから見て苦しくなるだけのイベントではない。
紅組として、ちゃんと参加するイベントだ。
◇
昼休み。
紅組の熱は、朝よりさらに上がっていた。
教室の一角で、なつき、亜衣、圭、田辺、島中が自然と集まる。
紅組ミーティング、と圭が勝手に名前をつけた。
「まず、紅組の方針を決めよう」
圭が真面目な顔で言う。
亜衣が箸を持ったまま首を傾げた。
「方針?」
「勝つ」
田辺が即答した。
「シンプル」
島中が笑う。
「まあ、それでいいんじゃね?」
「待って」
亜衣が手を上げる。
「勝つのはいいけど、なつきが置いていかれる」
「私?」
「この熱量に」
なつきは少し笑った。
「大丈夫。聞いてるだけなら」
「参加して」
「えっ」
圭が大きく頷く。
「なつきも紅組だからな」
田辺も言う。
「横田、応援頼むわ」
島中も軽く笑う。
「お前が応援してくれたら、田辺あたり単純に力出そうだし」
「何で俺限定なんだよ」
田辺が少し赤くなる。
「いや、田辺は分かりやすいから」
「島中もだろ」
「俺は冷静」
「どこが」
男子二人が軽く言い合う。
圭がそれを見て笑う。
「紅組、いいじゃん。熱いじゃん」
亜衣がなつきに小声で言う。
「ほら、寂しがってる暇ないでしょ」
「うん」
本当にそうだった。
紅組は騒がしい。
圭がいて、田辺がいて、島中がいて、亜衣がいる。
全員がそれぞれ違う方向に賑やかで、なつきが白組を気にして沈み続ける時間を与えてくれない。
それが少しありがたかった。
「なつきは何出たい?」
圭が聞く。
「まだ分からない。走るのは得意じゃないし」
「じゃあ借り人競争とか」
「それも緊張する」
亜衣がにやっとする。
「借り人競争で『好きな人』引いたらどうする?」
「亜衣ちゃん!」
なつきの顔が一気に熱くなる。
田辺が咳き込んだ。
島中が目を細める。
「それ、体育祭であるやつ?」
「さあ」
亜衣は楽しそうに笑う。
「でもあったら盛り上がるよね」
圭が手を叩く。
「絶対盛り上がる」
田辺が少し気まずそうに言う。
「そういうの、本当にあるのか?」
島中が笑う。
「田辺、急に真面目になるなよ」
「いや、だってさ」
なつきは黒猫に触れながら小さくなる。
借り人競争。
もしそんなお題があったら。
春樹は白組。
自分は紅組。
借りに行けるわけがない。
いや、そもそもそんなお題があるとは限らない。
限らないのに、考えてしまう。
春樹が誰かを借りる姿。
誰かに手を引かれる姿。
美優や祐衣と並ぶ姿。
胸が落ち着かない。
「なつき」
亜衣が小声で言う。
「想像しすぎ」
「してない」
「した」
「……した」
「正直でよろしい」
圭が首を傾げる。
「何の話?」
「圭くんは知らなくていい話」
「えー」
紅組の昼休みは、思ったよりも賑やかで、思ったよりも温かかった。
◇
その頃、白組側では、春樹、紅秋、茜が昼食を取りながら名簿を見ていた。
特進科の美優、白石祐衣、蓮は別教室だが、昼休みに一度顔を出すことになっていた。
「白組は、全体的に落ち着いているけれど、競技面も強そうね」
茜が言う。
「蓮くんも運動できるし、美優さんも器用そう」
紅秋が頷く。
「春樹も動ける。蓮もいるならリレーや球技系は候補だな」
春樹は弁当を食べながら聞いていた。
「何でもいい」
紅秋が横を見る。
「何でもいいは一番困る」
「そう?」
「できる競技を選んだ方が組のためになる」
「じゃあ、走るやつ」
「ざっくりしている」
茜が小さく笑った。
「春樹くんらしいわね」
その時、教室の扉の方から声がした。
「白組会議してる?」
美優だった。
その後ろに蓮と白石祐衣もいる。
特進科の制服姿の三人が商業科の教室に来ると、何人かの生徒が自然に視線を向けた。
美優は慣れた様子で春樹達の方へ歩いてくる。
祐衣は少し控えめに会釈し、蓮は穏やかに手を上げた。
「春樹、紅秋くん、茜さん」
「美優」
春樹が短く言う。
蓮が笑う。
「白組、よろしく」
「よろしく」
紅秋が椅子を少し引く。
「立ったままで悪いが、名簿はこれだ」
「ありがとう」
美優は名簿を覗き込み、すぐに笑った。
「春樹と同じ組だね」
「うん」
「蓮も祐衣も一緒」
祐衣が柔らかく言う。
「心強いです」
茜が微笑む。
「こちらこそ。白石さん、よろしくね」
「はい。よろしくお願いします」
その様子を、なつきは紅組の輪から見ていた。
見るつもりはなかった。
でも、美優の声が聞こえた瞬間、自然に視線が動いてしまった。
白組の輪。
春樹。
美優。
蓮。
白石祐衣。
紅秋。
茜。
落ち着いていて、自然で、少し大人っぽい空気。
美優は春樹の横に立ち、名簿を覗き込んでいる。
祐衣は春樹の少し斜め後ろで、穏やかに話している。
蓮はいつものように春樹へ自然に声をかけている。
なつきの胸が、ほんの少しだけ沈んだ。
嫌な感じではない。
でも、胸の奥に小さな影が差す。
自分は紅組。
あの輪には入れない。
同じ体育祭なのに、春樹の隣は白組の人達の場所になる。
そう思ってしまった。
「なつき」
亜衣の声がした。
なつきは慌てて視線を戻す。
「うん」
「見てたね」
「……うん」
「大丈夫?」
なつきはすぐに答えられなかった。
少しだけ、沈黙する。
周囲では圭達がまだ紅組の競技について話している。
その賑やかさが、今は少し遠い。
「大丈夫」
なつきはようやく言った。
「でも、ちょっとだけ……寂しいかも」
亜衣は茶化さなかった。
ただ、静かに頷いた。
「そっか」
「うん」
「でも、なつきは紅組だよ」
「うん」
「私もいる」
「うん」
「圭くんも、島中くんも、田辺くんもいる」
「うん」
「だから、紅組でちゃんと楽しもう」
なつきは亜衣を見る。
亜衣は笑っていた。
いつもの明るい笑顔。
でも、その中にちゃんと優しさがあった。
「うん」
なつきは頷いた。
「楽しみたい」
その時、白組側の春樹がふとこちらを見た。
目が合った。
なつきの心臓が跳ねる。
春樹の視線は、なつきの顔から鞄の黒猫へ、そしてまた顔へ戻った。
ほんの少しだけ頷く。
それだけ。
でも、それだけでなつきの胸の影が少し薄くなった。
あの輪に入れなくても。
白組と紅組に分かれても。
春樹は、見つけてくれる。
黒猫を。
なつきを。
そう思えた。
◇
六時間目のホームルームでは、体育祭の種目希望調査が始まった。
黒板には、仮の競技名が並んでいる。
『紅白対抗リレー』
『障害物走』
『借り人競争』
『綱引き』
『大玉送り』
『応援合戦』
『全員参加種目』
教室がざわついた。
「借り人あるじゃん!」
圭が小声で叫ぶ。
「声」
紅秋がすぐに注意する。
「小声!」
田辺が黒板を見て言う。
「綱引き出たい」
島中はリレーの欄を見ている。
「リレー、人数限られるよな」
亜衣は応援合戦の欄を見て目を輝かせる。
「応援合戦、楽しそう」
なつきは、借り人競争の文字から目を離せなかった。
昼休みに亜衣が冗談で言った競技。
本当にある。
もちろん、お題が何かは分からない。
恋愛系のお題があるとも限らない。
でも、可能性があるだけで心臓に悪い。
「なつき」
亜衣が小声で言う。
「借り人、あるね」
「見た」
「出る?」
「出ない」
「即答」
「無理」
「でも見たい」
「亜衣ちゃん」
なつきは必死に首を横に振る。
借り人競争なんて、何が起こるか分からない。
春樹が白組で、自分が紅組。
もし同じ競技に出たら、絶対に落ち着けない。
でも。
もし春樹が借り人競争に出たら。
自分は応援席から見ることになる。
それもそれで、落ち着けない。
なつきは黒猫をぎゅっと触った。
体育祭、怖い。
でも、少し楽しみ。
その二つが、胸の中で同時に膨らんでいく。
担任が言う。
「まずは希望を取ります。必ずしも希望通りになるとは限りません。苦手な競技がある人は、無理のない範囲で相談してください」
プリントが配られる。
なつきは競技希望欄を見つめた。
何を書けばいいのだろう。
走るのは得意ではない。
綱引きも自信がない。
大玉送りなら、全員参加に近いだろうか。
応援係ならできるかもしれない。
迷っていると、圭が横から身を乗り出した。
「なつき、応援合戦やろうぜ」
「圭くんは?」
「俺は応援合戦希望!」
「やっぱり」
亜衣も言う。
「私も応援合戦いいな」
田辺が言う。
「俺は綱引きとリレー希望」
島中も書き込みながら言う。
「俺はリレーと障害物」
「紅組、けっこうバランスいい?」
亜衣が言う。
圭が頷く。
「なつきが応援、俺が応援兼盛り上げ、田辺が力、島中が走り、亜衣がツッコミ」
「私、競技じゃなくない?」
「重要ポジション」
「ならよし」
なつきは少し笑った。
紅組の輪にいると、やっぱり少し元気が出る。
白組のことは気になる。
でも、紅組には紅組の居場所がある。
なつきは希望欄にゆっくり書いた。
『応援合戦』
『大玉送り』
書いた後、少しだけ息を吐く。
春樹を応援したい気持ちはある。
でも、まずは紅組の応援。
自分の組を、ちゃんと応援する。
その中で、春樹も見つけられたら。
それでいい。
◇
ホームルームが終わると、教室はまた体育祭の話でいっぱいになった。
「紅組、応援熱いぞ!」
圭が言う。
「圭くんがいる時点で熱い」
亜衣が返す。
「なつきも応援合戦希望したし!」
圭の言葉に、なつきは少し赤くなる。
「まだ決まってないよ」
「でも希望出した!」
田辺が笑う。
「横田が応援なら、紅組頑張れるな」
島中も軽く頷く。
「白組に負けらんねぇ」
春樹がその言葉を聞いて、なつきの方を見た。
「横田さん、応援合戦?」
「うん。希望だけ」
「そう」
「春樹くんは?」
「リレーと借り人」
なつきの心臓が跳ねた。
「借り人?」
「うん」
春樹は普通に頷く。
「人数足りなそうだったから」
亜衣が口元を押さえた。
圭が小さく叫ぶ。
「春樹、借り人!」
紅秋が言う。
「騒ぐな」
茜は少しだけなつきを見た。
なつきはどう反応していいか分からなかった。
春樹が借り人競争に出る。
白組で。
なつきは紅組で応援席かもしれない。
どんなお題が出るのだろう。
誰を借りるのだろう。
美優?
祐衣?
蓮?
紅秋?
茜?
それとも。
そこまで考えて、なつきは顔が熱くなる。
春樹は不思議そうに聞いた。
「横田さん?」
「な、何でもない」
「そう?」
「うん」
亜衣が小声で言う。
「体育祭、面白くなってきた」
「亜衣ちゃん」
「だって春樹くんが借り人だよ?」
「言わないで」
「これは事件です」
「事件にしないで」
なつきは黒猫を握った。
体育祭まで、まだ三週間。
それなのに、もう胸が忙しい。
紅組と白組。
応援合戦。
借り人競争。
春樹と美優と白石祐衣。
紅組の仲間達。
全部が動き始めている。
◇
放課後。
なつきは教室の窓から校庭を見下ろした。
まだ体育祭の練習は始まっていない。
でも、校庭はいつもより少し広く見えた。
この場所で、三週間後、紅組と白組が競う。
春樹が走る。
圭が声を出す。
田辺が力を出す。
島中が勝負に燃える。
美優や祐衣が白組で春樹と笑うかもしれない。
なつきは紅組で、それを見つめるかもしれない。
でも、ただ見ているだけではない。
自分も紅組として、ちゃんとそこに立つ。
応援する。
声を出す。
今までより少しだけ、自分の足で。
「横田さん」
春樹の声がした。
振り返ると、春樹が鞄を持って立っていた。
「帰る?」
「うん」
少しだけ沈黙が落ちる。
なつきは黒猫に触れた。
「春樹くん、借り人出るんだね」
「うん」
「頑張ってね」
「うん」
春樹は少しだけ考えた。
「横田さんも、応援合戦」
「まだ決まってないけど」
「決まったら、頑張って」
なつきは胸が温かくなる。
「うん」
そして、少し勇気を出した。
「白組だけど、春樹くんのことも……少し応援してる」
言った瞬間、顔が熱くなる。
でも、春樹は静かに頷いた。
「うん。嬉しい」
その一言で、なつきの胸がいっぱいになった。
「でも」
なつきは小さく笑った。
「紅組も負けないから」
春樹の口元がほんの少し緩んだ。
「うん。俺も負けない」
敵同士。
でも、嫌な距離ではない。
紅組と白組。
分かれたことで、春樹との間に新しい線が引かれた。
けれど、その線は壁ではない。
きっと、体育祭までの三週間で、何度も見つけ合うための線になる。
なつきはそう思った。
黒猫が鞄で揺れる。
赤い熱と、白い距離。
二学期の体育祭編は、静かに、けれど確かに動き始めていた。




