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『君の隣を目指して』――図書室、帰り道、教室――。少しずつ距離を縮めていく、高校生たちの等身大の青春ラブストーリー。  作者: 伊佐波瑞樹


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第70話 宿題は未来の自分を救うために



 夏休み三日目。


 市立図書館の入口前で、なつきは鞄の紐を握り直した。


 朝の空は薄く曇っている。


 けれど、湿った空気の奥には夏の熱がある。


 蝉の声が少しずつ強くなってきていて、歩いているだけで首元に汗が滲む。


 夏休み。


 その響きは甘い。


 けれど、現実は甘いだけではない。


 宿題。


 読書感想文。


 ワーク。


 プリント。


 提出日。


 夏休みの最初にそれらを無視すると、未来の自分が泣く。


 そう茜に言われた。


 亜衣は「未来の私には申し訳ないけど頑張ってほしい」と言っていたが、茜に静かに見つめられて、今日の宿題会が決まった。


 そして今日。


 なつき、茜、亜衣の三人は図書館へ来ていた。


「なつきー!」


 亜衣が手を振っている。


 すでに入口横の日陰にいた。


 その隣には茜もいる。


 茜は涼しげな服装で、手にはしっかりと課題用のファイルを持っていた。


 一方、亜衣は飲み物とお菓子の入った袋を持っている。


「亜衣ちゃん」


 なつきは袋を見る。


「それ、何?」


「生命維持装置」


「お菓子だよね」


「勉強には糖分が必要」


 茜が静かに言う。


「図書館では食べられないわよ」


「分かってる。休憩用」


「本当に?」


「本当に」


「ならいいわ」


 亜衣は胸を張った。


「今日はやる気あるよ」


「本当?」


 なつきが聞く。


「ある。宿題は早めに終わらせる」


「おお」


「未来の私を救う」


 茜が頷く。


「いい心がけね」


「紅秋くんみたいなこと言ってる?」


「少し」


「じゃあ成功しそう」


 亜衣は笑った。


 なつきも笑う。


 紅秋。


 昨日、春樹達男子組が買い物をして、蓮、圭、紅秋と名前呼びになったという話は、亜衣からすでに聞いていた。


 というより、昨日の夜、圭がグループチャットで大騒ぎしていた。


『今日から俺は圭です』


『急にどうしたの?』


 亜衣が聞くと、


『男子組名前呼びになった!』


 と返ってきた。


 春樹、蓮、圭、紅秋。


 その文字を見ただけで、なつきは少し不思議な気持ちになった。


 春樹が、圭。


 春樹が、紅秋。


 春樹が、蓮。


 名前で呼び合う男子達。


 それは少し照れくさくて、でも青春らしくて、想像すると自然に笑ってしまう。


「なつき」


 茜が言った。


「今、昨日の男子組の話を思い出していたでしょう」


「え」


「顔に出ていたわ」


「そんなに?」


 亜衣が大きく頷く。


「春樹くんが圭って呼ぶところ想像してた顔」


「そこまで分かるの?」


「分かる」


「怖い」


 三人は笑いながら図書館へ入った。


 中は外よりずっと涼しい。


 冷房の空気。


 本の匂い。


 静かな足音。


 夏休みの図書館は、思ったより人がいた。


 小学生らしき子どもと母親。


 高校生。


 大学生。


 新聞を読む年配の人。


 それぞれが静かに席を使っている。


 夏休みでも、図書館の空気は変わらない。


 いや、少しだけ夏休みらしい。


 机の上には宿題らしいプリントや自由研究の本が広がっていて、子ども達が時々小さくため息をついている。


 なつき達は奥の六人掛けの机を選んだ。


「六人掛け?」


 亜衣がにやりとする。


「偶然?」


 茜が答える。


「あとで合流するかもしれないでしょう」


「茜ちゃん、準備いい」


 なつきの心臓が少し跳ねた。


 あとで合流。


 春樹達。


 昨日の話では、春樹、紅秋、圭も宿題会に参加する予定になっていた。


 蓮は今日は予定があり、今回は不参加。


 生徒会関係の用事が少しあるらしい。


 美優と祐衣は別日。


 今日は商業科中心の六人。


 なつき。


 茜。


 亜衣。


 春樹。


 紅秋。


 圭。


 学校では何度も机を囲んだメンバー。


 でも今日は夏休み。


 図書館。


 私服。


 それだけで、少し違う。


「なつき、顔」


 亜衣が小声で言う。


「え?」


「春樹くん来るの楽しみな顔」


「……楽しみではある」


 小さく認めると、亜衣が目を丸くした。


「素直!」


 茜も微笑む。


「いいことよ」


「うん」


 なつきは鞄から宿題を取り出しながら、小さく頷いた。


 楽しみ。


 それを素直に言えるようになった。


 自分でも少し驚く。


 前なら、きっと慌てて否定していた。


 違う、そんなことない、と言っていた。


 でも今は、楽しみだと思う。


 春樹くんに会える。


 宿題を一緒にできる。


 分からないところを聞けるかもしれない。


 それが楽しみで、少し緊張する。


「まず何からやる?」


 茜がファイルを開く。


「読書感想文以外」


 亜衣が即答した。


「なぜ?」


「感想文は心の準備がいる」


「全部いるわ」


「じゃあ数学以外」


「逃げる範囲が広い」


 なつきは笑いをこらえながら言った。


「私はワークからやろうかな」


「偉い」


 亜衣が言う。


「なつきが眩しい」


「宿題会だから」


「正論」


 茜が予定を整理する。


「今日は二時間。最初の一時間でワーク系。休憩を挟んで、後半は感想文の本のメモか、プリント類」


「先生」


 亜衣が手を上げる。


「休憩は何分ですか」


「十五分」


「短い」


「図書館です」


「はい」


 三人は宿題を始めた。


 図書館の静かな空気の中、ペンの音が小さく響く。


 学校の勉強会とは違う。


 三浦――いや、圭の騒ぎ声はまだない。


 紅秋の注意もない。


 春樹の短い説明もない。


 なつきは少しだけ落ち着いて問題を進めた。


 夏休みの宿題は、学校のテスト勉強とは違う。


 急ぎではない。


 でも量がある。


 最初に少しでも進めておけば、後が楽になる。


 そう分かっていても、夏休みの初めに宿題を開くのは少し勇気がいる。


 なつきはペンを動かしながら、ふと昨日借りた本のことを思い出した。


 春樹が選んでくれた本。


 祐衣もいい本だと言ってくれた。


 美優も感想を聞くと言ってくれた。


 読書感想文用に借りたその本は、まだ読み始めたばかりだ。


 静かな話。


 ゆっくり読むと、きっと何か残る。


 早く読みたい。


 でも、ワークも進めなければ。


 夏休みは自由だけれど、やることも多い。


「なつき」


 茜が小声で呼ぶ。


「手が止まってる」


「あ、ごめん」


「本のこと?」


「うん。少し」


「感想文も大事だけど、今はワーク」


「はい」


 亜衣が小声で笑う。


「茜ちゃん先生」


「亜衣も手が止まっているわ」


「はい」


 静かな図書館でも、三人の空気はいつものままだった。


 しばらくして、一時間ほど経った頃。


 図書館の入口の方から、見慣れた三人が入ってきた。


 春樹。


 紅秋。


 圭。


 なつきはすぐに気づいた。


 春樹は落ち着いた夏服姿。


 昨日買ったという淡いグレーのシャツを着ている。


 思わず目が止まった。


 似合う。


 すごく。


 派手ではないのに、春樹らしい。


 清潔感があって、涼しげで。


 なつきは一瞬、ペンを持つ手を止めた。


 亜衣がそれを見逃すはずがない。


「なつき」


「何?」


「見てた」


「見てない」


「見てた」


「……少し」


「春樹くんの服?」


 なつきは真っ赤になった。


「声、声小さく!」


「小声だよ」


 茜も春樹達に気づいた。


「来たわね」


 春樹達は受付近くで少し周囲を見回し、なつき達を見つけた。


 圭が手を振りかける。


 紅秋が即座に腕を下ろさせた。


「ここは図書館だ」


「分かってるって」


 圭は小声で抗議している。


 三人が近づいてくる。


 春樹がなつきの前に来た。


「おはよう」


 なつきは少しだけ緊張しながらも、ちゃんと返す。


「おはよう、春樹くん」


「宿題、進んでる?」


「少し」


「うん」


 春樹は短く頷いた。


 圭が小声で言う。


「おはよう、女子組」


 亜衣がにやりとする。


「おはよう、圭くん」


 圭は固まった。


「え」


「名前呼びになったんでしょ?」


「いや、そうだけど」


「じゃあ圭くん」


 圭は少し顔を赤くした。


「女子に言われるとまた違うな……」


 紅秋が淡々と言う。


「自分で広めたんだろう」


「そうだけど!」


 茜が微笑む。


「おはよう、紅秋くん」


 今度は紅秋の動きがわずかに止まった。


 圭がすかさず小声で言う。


「紅秋、照れてる」


「照れていない」


「今、絶対照れた」


「図書館で騒ぐな」


「逃げた!」


 亜衣が笑いをこらえている。


 なつきも口元を押さえた。


 春樹だけは普通に席へ座ろうとしている。


 六人掛けの机。


 席順は自然に決まっていった。


 茜の隣に亜衣。


 亜衣の向かいに圭。


 圭の隣に紅秋。


 そして、なつきの隣に春樹。


 なつきの心臓がまた跳ねた。


 隣。


 学校の勉強会でもあった。


 でも今日は私服で、図書館で、夏休みで。


 同じ隣でも、少し違う。


「横田さん」


 春樹が鞄を置きながら言う。


「ここ、座っていい?」


「うん」


 声が少しだけ上ずった。


 でも、言えた。


 亜衣がにやにやしている。


 茜は見守っている。


 紅秋はすでに宿題を出している。


 圭はまだ名前呼びの余韻でそわそわしていた。


「圭」


 紅秋が言う。


「宿題を出せ」


「はい、紅秋先生」


「先生ではない」


「夏休みでもこれだ」


 圭は鞄からワークを取り出した。


「俺、今日は本気」


 亜衣が言う。


「私も本気」


 茜が二人を見る。


「本気ならまず一ページ目を開きなさい」


「はい」


「はい」


 二人が同時に返事をする。


 なつきは笑いそうになりながら、自分のワークへ戻った。


 宿題会が始まった。


 六人で机を囲む。


 図書館なので大きな声は出せない。


 それが逆に面白かった。


 圭は分からない問題にぶつかるたびに叫びそうになり、紅秋に視線だけで止められる。


 亜衣は英語のプリントを前に小さく唸り、茜に「声」と注意される。


 春樹はなつきの隣で、静かに自分の課題を進めている。


 その手元が近い。


 ノートをめくる音。


 ペンを置く音。


 時々、春樹の腕が少しだけ動く。


 なつきは問題を見ようとして、つい春樹のシャツの袖に目がいってしまう。


 昨日買った服。


 蓮達と選んだ服。


 似合っている。


 そう言いたい。


 でも、言えるだろうか。


 夏休みの目標。


 自分から話しかける回数を増やす。


 なつきは小さく息を吸った。


「春樹くん」


「何?」


 春樹が顔を上げる。


 なつきは少しだけ手を握る。


「その服」


「服?」


「似合ってる」


 言った。


 言えた。


 顔が熱い。


 でも、ちゃんと言葉にした。


 春樹は自分のシャツを見る。


「昨日買った」


「うん」


「蓮達が選んだ」


「聞いた」


「似合ってる?」


 聞き返されて、なつきの心臓がさらに跳ねた。


「うん」


 小さく頷く。


「似合ってる」


 春樹は少しだけ頷いた。


「ありがとう」


 それだけ。


 でも、なつきには十分だった。


 亜衣が向こう側で机に突っ伏しそうになっている。


 圭が口を押さえている。


 紅秋が無言で二人を制している。


 茜だけが静かに微笑んでいた。


「なつき」


 亜衣が小声で言う。


「成長したね」


「亜衣ちゃん」


「今のは良かった」


「宿題して」


 茜が言う。


「はい」


 宿題会は続く。


 圭が数学の問題で詰まる。


「紅秋」


「何だ」


「この問題、人類には早くない?」


「中学範囲の復習だ」


「人類には早い」


「圭には早いだけだ」


「刺すなぁ」


 亜衣が小声で笑う。


「圭くん、こっちの英語も人類には早いよ」


 茜が即座に言う。


「亜衣には早いだけよ」


「茜ちゃんまで刺す」


 図書館なので、みんな声を抑えている。


 だから余計に笑いをこらえるのが大変だった。


 なつきも肩を震わせる。


 春樹が小さく言った。


「楽しそう」


 なつきは春樹を見る。


「うん」


「宿題会なのに」


「宿題会だからかも」


「そう?」


「一人だったら、たぶんもっと嫌だった」


 なつきは自分のワークを見る。


「みんなでやると、少し楽しい」


 春樹は少しだけ考えてから頷いた。


「分かる」


 春樹がそう言ったことが、なつきは嬉しかった。


 以前の春樹なら、一人で静かにやる方が好きだったかもしれない。


 今もきっと、それは嫌いではない。


 でも、みんなでやることも悪くないと思ってくれている。


 それが、商業科の教室で過ごした時間の積み重ねのように思えた。


 しばらくして、休憩時間になった。


 図書館の外のベンチへ移動する。


 館内では食べられないため、亜衣が持ってきたお菓子はここでようやく出番を迎えた。


「生命維持装置!」


 亜衣が袋を開ける。


 圭が目を輝かせる。


「伊藤、神」


「亜衣でいいよ」


 圭が止まる。


「え?」


「昨日男子組で名前呼びになったんでしょ? なら私も亜衣で」


「急に?」


「圭くんって呼んでるし」


 圭は少し照れた。


「じゃあ……亜衣」


「はい」


「何だこれ、照れるな」


「でしょ?」


 紅秋が言う。


「お前は照れてばかりだな」


「紅秋も照れてたじゃん」


「照れていない」


 茜が少し微笑む。


「紅秋くんは慣れるまで時間がかかりそうね」


「……そうかもしれない」


 紅秋が素直に認めた。


 圭が驚く。


「認めた!」


「騒ぐな」


「はい」


 なつきはそのやり取りを見ながら、名前呼びの距離を感じていた。


 春樹。


 圭。


 紅秋。


 亜衣。


 茜。


 自分はまだ、紅秋や圭を名前で呼ぶには少し慣れない。


 でも、みんなの距離が少しずつ縮まっているのは分かる。


 その輪の中にいることが嬉しかった。


 圭がお菓子を食べながら言う。


「夏休みっぽいな」


「宿題してるけどね」


 亜衣が返す。


「でも夏休みだろ」


「うん」


 圭は空を見上げた。


「宿題会して、休憩して、みんなでだらだらして」


 紅秋が言う。


「だらだらはしていない」


「してるだろ、今」


「休憩だ」


「そういう真面目なとこ、紅秋だよな」


「何だそれ」


 春樹が飲み物を持ちながら言う。


「圭、楽しそう」


「楽しいぞ」


 圭は笑った。


「学校じゃないのに、みんなで集まってるのが何かいい」


 その言葉に、少しだけ空気が柔らかくなった。


 亜衣も頷く。


「分かる。夏休みなのに学校メンバー」


「宿題だけどね」


 茜が言う。


「でも、いい時間だと思うわ」


 なつきも頷いた。


「うん」


 夏休み。


 学校ではない場所で、学校の友達と会う。


 それだけで、関係が少し変わる気がする。


 制服ではなく、私服。


 授業ではなく、宿題。


 教室ではなく、図書館。


 その違いが、みんなの距離を少しずつ近づけていた。


 休憩後、再び図書館へ戻る。


 後半は読書感想文の本のメモをすることになった。


 なつきは春樹に選んでもらった本を取り出す。


 まだ読み途中だが、印象に残ったところをメモしていく。


 春樹が横から覗く。


「そこ、もう読んだんだ」


「うん。昨日少し」


「どう?」


「静かだけど、何か残る」


 なつきは少し照れながら言う。


「春樹くんが言ってた意味、少し分かった」


 春樹は頷いた。


「うん」


「まだ最後まで読んでないけど、感想文書くのは難しそう」


「思ったことをメモしておくといい」


「うん」


「きれいに書こうとしすぎなくていい」


「春樹くんもそうする?」


「うん。最初は雑に書く」


「意外」


「そう?」


「春樹くん、最初から綺麗に書きそう」


「最初は雑」


 なつきは少し笑った。


 また一つ、春樹のことを知った。


 完璧に見える春樹も、最初から全部きれいにできるわけではない。


 それが嬉しい。


 隣では、圭が感想文の本を前に固まっていた。


「感想って何を書けばいいんだ」


 紅秋が言う。


「読んで思ったことだ」


「思ったこと……眠い?」


「それは感想文ではない」


「難しい」


 亜衣も頷く。


「分かる。感想文って、面白かったです、だけじゃだめなの?」


 茜が言う。


「だめではないけれど、それだけだと短いわね」


「じゃあ、すごく面白かったです」


「少し伸びただけ」


 圭が小さく笑う。


「亜衣、天才か」


「でしょ」


「褒めてないわよ」


 茜がすぐに言う。


 紅秋は二人を見てため息を吐いた。


「先が長いな」


 春樹が静かに言う。


「でも早めに始めてる」


 紅秋は頷いた。


「それは大きい」


 圭が胸を張る。


「未来の俺を救ってる」


「今の圭が未来の圭を苦しめないようにな」


「紅秋の言葉、重い」


 宿題会は、思ったより長く続いた。


 全員が完璧に進んだわけではない。


 亜衣は途中で何度も魂が抜けた。


 圭は感想文のメモで迷走した。


 なつきもワークの途中で悩んだ。


 でも、少しずつ進んだ。


 春樹は隣で静かに助けてくれた。


 茜は全体を見て、必要なところで声をかけた。


 紅秋は圭と亜衣の暴走を止めた。


 それぞれの役割が自然にできていた。


 夕方前。


 図書館を出る頃には、全員少し疲れていた。


 でも、その疲れは学校のテスト勉強とは少し違っていた。


 夏休みの疲れ。


 友達と過ごした時間の疲れ。


 悪くない疲れだった。


「今日、結構進んだ!」


 亜衣が言う。


「本当ね」


 茜が頷く。


「この調子なら早めに終わるわ」


「未来の私が泣いて喜ぶ」


 圭も言う。


「未来の俺も泣く」


 紅秋が淡々と返す。


「今日だけで安心するなよ」


「紅秋、最後まで厳しい」


「継続が大事だ」


「はい」


 春樹がなつきに言う。


「横田さん、本」


「うん?」


「続き読んだら、また話そう」


 なつきの胸が温かくなる。


「うん」


 少しだけ勇気を出す。


「春樹くんも、感想聞かせてね」


「うん」


 約束。


 小さな約束。


 それがまた一つ増えた。


 駅へ向かう組と、地元側へ帰る組で校門ではなく図書館前で別れる。


 学校ではない場所での別れは、少し新鮮だった。


「じゃあ、また宿題会しよう!」


 亜衣が言う。


「次もやるのか」


 圭が少し驚く。


「やるよ。未来の私達のために」


「未来の俺達のために」


「いい心がけだ」


 紅秋が頷く。


 三人が笑う。


 春樹はなつきに軽く手を上げた。


「また」


「またね、春樹くん」


 今度は自然に言えた。


 夏休みの空の下で。


 学校ではない場所で。


 春樹くん、と。


 なつきはそれだけで、今日一日が少し特別になった気がした。


 みんながそれぞれ帰っていく。


 なつきは茜と亜衣と並んで歩きながら、鞄の中の本を思い出す。


 宿題は少し進んだ。


 感想文のメモも少し書けた。


 春樹に服を褒められたわけではない。


 でも、春樹の服を褒めることができた。


 自分から話しかける。


 夏休みの目標。


 今日は、その一歩目だった。


「なつき」


 亜衣が横から言う。


「今日、頑張ったね」


「宿題?」


「それもだけど」


 亜衣はにやっと笑う。


「春樹くんの服、褒めた」


 なつきは赤くなる。


「……うん」


「偉い」


 茜も頷く。


「ちゃんと自分から言えたわね」


「うん」


 なつきは小さく笑った。


「すごく緊張した」


「でも言えた」


「うん」


 夏休みはまだ始まったばかり。


 宿題も、遊びも、恋も。


 これからだ。


 君の隣を目指す夏。


 その三日目に、なつきはまた一つ、自分から踏み出せた。


 鞄の中で、本とワークが小さく揺れる。


 未来の自分を救うための宿題と。


 春樹くんと次に話すための本。


 その両方を抱えながら、なつきは夏の道を歩いていった。

いいね!!

いいね!!

想像しただけでニヤけそう!!

爽快!!きゅんマシマシで!!ストーリーに矛盾なく・10000文字 ・文字数多めで、感情滞在時間増加 ・空気描写強化 ・群衆反応増量 ・会話厚め ・沈黙演出追加 ・心理描写強化 ・場面を急がない・AI感感じさせないで34話後編の後編を作成開始してください

よろしくお願いします

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