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『君の隣を目指して』――図書室、帰り道、教室――。少しずつ距離を縮めていく、高校生たちの等身大の青春ラブストーリー。  作者: 伊佐波瑞樹


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第69話 男子四人、名前呼びには少し照れる



 夏休み二日目。


 水戸駅の改札前で、春樹は本屋の紙袋を片手に立っていた。


 待ち合わせ時間の五分前。


 駅前は、朝からすでに人が多かった。


 夏休みに入ったばかりの学生。


 買い物へ向かう家族連れ。


 部活の道具を持った高校生。


 改札を抜ける人の流れ。


 アナウンス。


 足音。


 どこか浮ついた空気。


 春樹はその中で、静かにスマホの時間を確認した。


 今日は蓮と買い物に来ていた。


 夏休みの宿題用の文房具と、少し本を見る予定。


 蓮は部活には入っていない。


 特進科で勉強優先の生活をしているが、最近は生徒会にも興味があるらしい。


 以前から、先生に声をかけられているという話を聞いていた。


 春樹は特に深く聞かなかった。


 蓮が話すなら聞く。


 そのくらいの距離だった。


「春樹」


 声がして、春樹は顔を上げた。


 蓮が改札の方から歩いてくる。


 涼しげなシャツに、黒いパンツ。


 特進らしい落ち着きはあるが、休日の服装だと少し柔らかく見える。


「待たせた?」


「今来た」


「嘘だろ。絶対早く来てただろ」


「五分前」


「やっぱり」


 蓮は笑った。


「春樹らしい」


「そう?」


「うん」


 二人は駅ビルの中へ向かって歩き出した。


 まずは文房具店。


 蓮はペンの替え芯やノートを見て、春樹は横で静かに眺めている。


「夏休みの宿題、もう始めた?」


 蓮が聞く。


「少し」


「早いな」


「感想文の本は借りた」


「図書室で?」


「うん」


「横田さんと?」


 春樹は少しだけ蓮を見る。


「うん」


 蓮は口元を緩めた。


「普通に言うんだな」


「何が?」


「いや、いいことだと思う」


「そう?」


「そう」


 蓮はノートを一冊手に取る。


「商業科、楽しそうだな」


「賑やか」


「それ、最近よく言う」


「そう?」


「うん」


 春樹は少し考えた。


 商業科。


 なつき。


 亜衣。


 茜。


 紅秋。


 三浦。


 島中。


 田辺。


 勉強会。


 球技大会。


 図書室。


 終業式。


 色々あった。


 確かに、以前より商業科の話をすることが増えたのかもしれない。


「悪くない」


 春樹が言うと、蓮は少しだけ目を細めた。


「春樹のそれ、かなり褒めてるよな」


「そう?」


「そう」


 文房具店を出た後、二人は本屋へ向かった。


 春樹は文庫コーナー。


 蓮は参考書と一般書の棚。


 それぞれ少し離れて見る。


 いつもの距離感だった。


「生徒会の本?」


 春樹が蓮の手元を見て言う。


 蓮は苦笑した。


「目ざといな」


「見えた」


「先生にさ、二学期から少し手伝ってみないかって言われてる」


「生徒会?」


「うん。正式に入るかはまだ分からないけど」


「蓮なら合いそう」


「そうか?」


「うん」


 蓮は少しだけ照れたように視線を逸らした。


「春樹にそう言われると、変に説得力あるな」


「そう?」


「ある」


 その時だった。


 本屋の入口付近から、やけに聞き慣れた声がした。


「紅秋! こっち! これ見ろ!」


「店内で声を落とせ」


「すみません」


 春樹と蓮が同時に振り返る。


 そこにいたのは、三浦圭と板倉紅秋だった。


 三浦は休日らしいカジュアルな服装で、キャップを手に持っている。


 紅秋は落ち着いたシャツ姿で、相変わらず姿勢がいい。


 三浦が春樹に気づいた。


「あれ!? 大國!」


「三浦」


「え、何してんの?」


「買い物」


「それは見れば分かる!」


 紅秋が三浦の肩を軽く押さえる。


「声」


「あ、悪い」


 蓮が少し笑う。


「三浦くんと板倉くんだよね」


 三浦が蓮を見る。


「あ、蓮くん!」


「こんにちは」


「春樹の友達の!」


「うん」


 蓮は自然に頷いた。


 紅秋も軽く会釈する。


「こんにちは」


「こんにちは」


 三浦は春樹と蓮を交互に見る。


「え、二人で買い物?」


「うん」


「何それ、幼なじみ感ある」


 蓮が笑った。


「実際、付き合いは長いかな」


 三浦は胸を押さえた。


「いいな。そういうの。青春」


 紅秋が言う。


「お前は何でも青春と言うな」


「青春だろ!」


「本屋で叫ぶな」


「はい」


 なつき達女子会とは違う。


 男子四人の空気は、どこか雑で、軽くて、でも少しぎこちなかった。


 春樹と蓮は昔からの友人。


 三浦と紅秋は商業科のクラスメイト。


 全員が知り合いではある。


 けれど、四人で一緒に出かけるほどの関係ではまだない。


 その少しの距離を、最初に踏み越えたのはやっぱり三浦だった。


「せっかくだし、一緒に回ろうぜ!」


 紅秋がすぐに見る。


「お前が決めるな」


「いいじゃん! 偶然会ったんだし!」


 蓮は春樹を見る。


「俺はいいよ」


 春樹も頷く。


「うん」


 三浦が笑った。


「決まり!」


 紅秋はため息を吐いた。


「まあ、構わない」


「紅秋の構わないいただきました!」


「茶化すな」


 四人は本屋を出て、駅ビル内を歩き始めた。


 三浦はすぐに喋る。


「蓮くんって、特進だよな?」


「うん」


「やっぱ勉強できる?」


「普通くらい」


「出た。できる人の普通」


 春樹を見る。


「大國の普通と同じやつだ」


 春樹は首を傾げる。


「何が?」


「それ!」


 三浦が指差す。


「その『何が?』!」


 蓮が笑う。


「春樹、学校でもこれ?」


 紅秋が頷く。


「かなりの頻度で」


「やっぱり」


 春樹だけが分かっていない顔をしていた。


「何が?」


 三浦が頭を抱える。


「二回目!」


 紅秋が静かに言う。


「大國は大國だからな」


「紅秋、それで済ませるの強い」


「事実だ」


 歩きながら、三浦は蓮に次々質問した。


「部活は?」


「入ってない」


「帰宅部?」


「一応」


「特進ってやっぱ勉強忙しい?」


「時期によるかな」


「生徒会とかやるの?」


 蓮は少し驚いた顔をした。


「何で?」


「何か似合いそう」


 紅秋も言う。


「分かる」


「え、板倉くんも?」


「まとめるのが上手そうだ」


 三浦が頷く。


「だよな! 蓮くん、絶対生徒会っぽい」


 蓮は苦笑した。


「実は、ちょっと声かけられてる」


「おお!」


 三浦が目を輝かせる。


「やっぱり!」


「まだ決めてないけど」


「いいじゃん、生徒会長になったら俺を副会長に」


 紅秋が即座に言う。


「無理だ」


「早い!」


 蓮も笑う。


「副会長は無理かも」


「蓮くんまで!」


「でも、三浦くんは広報とか向いてそう」


 三浦は一瞬止まった。


「え、マジ?」


「人前で話すの得意そうだし」


「……褒められた」


 春樹が言う。


「三浦、ダンスも人前でできるし」


 三浦の顔が一気に赤くなる。


「大國、それ急に出すな!」


「すごかったから」


「だから照れるって!」


 蓮が興味深そうに見る。


「ダンス?」


「三浦、水戸駅でブレイクダンスしてた」


「へぇ」


 紅秋も少し口元を緩める。


「三浦はあれをもっと学校でも出せばいい」


「学校で踊れってこと?」


「そうではない」


「じゃあ何?」


「本気の顔をもう少し出せ」


 三浦は少し黙った。


 それから照れくさそうに笑った。


「紅秋がたまにいいこと言う」


「たまにではない」


「はいはい」


 四人はメンズ服のフロアへ向かった。


 三浦が夏服を見たいと言い出したからだ。


 紅秋は「見るだけなら」と言い、蓮も付き合うことにした。


 春樹は特に目的はなかったが、流れでついていく。


「大國、服買えよ」


 三浦が言う。


「今日はいい」


「前もそれ言ってたらしいじゃん」


「誰から?」


「美優さん」


「美優?」


「この前、駅で会った時にちょっと聞いた」


 春樹は少し考える。


「言ってたかな」


「言ってたんだよ。夏服足りてる?って」


「足りてると思う」


 蓮が春樹を見る。


「春樹、その『と思う』は怪しい」


「そう?」


「美優が言うなら、たぶん怪しい」


 紅秋も頷く。


「一枚くらい見てもいいんじゃないか」


「そう?」


 三浦が勢いよくTシャツを持ってきた。


「これ!」


 鮮やかすぎる赤。


 春樹は見た。


「派手」


「夏だぞ!」


 紅秋が首を横に振る。


「大國には少し違う」


「じゃあこれ!」


 次は黒地に大きな柄が入ったシャツ。


 蓮が笑う。


「それは三浦くんが似合いそう」


「俺?」


「うん」


 三浦は鏡の前で合わせた。


「似合う?」


 紅秋が淡々と言う。


「似合う」


「お、マジ?」


 蓮も頷く。


「三浦くんっぽい」


「買おうかな」


「勢いで買うな」


 紅秋が止める。


「でも似合うって言われたし」


「予算を見ろ」


「現実!」


 三浦の暴走を紅秋が止め、蓮が笑い、春樹が静かに見ている。


 その流れが、だんだん自然になっていく。


 やがて蓮が、春樹に淡いグレーのシャツを持ってきた。


「春樹、これならいいんじゃない?」


 春樹は受け取る。


「普通」


「その普通は褒めてる?」


「うん」


「なら試してみれば」


 三浦が便乗する。


「そうだそうだ! 試着!」


「試着」


 春樹は少しだけ迷った。


 紅秋が言う。


「似合うと思う」


「そう?」


「落ち着いてる」


「じゃあ」


 春樹は試着室へ向かった。


 三浦はなぜかそわそわしている。


「何でお前が緊張してるんだ」


 紅秋が言う。


「友達の試着ってちょっと面白いじゃん」


「そうか?」


「そうだよ。蓮くんもそう思うだろ?」


「少し」


「ほら!」


 春樹が出てくる。


 淡いグレーのシャツは、確かに似合っていた。


 派手ではない。


 でも清潔感があって、春樹らしい。


 三浦が親指を立てる。


「いい!」


 蓮も頷く。


「似合う」


 紅秋も短く言う。


「いいと思う」


 春樹は鏡を見る。


「そう」


「そうじゃなくて」


 三浦が言う。


「買え!」


「命令?」


「おすすめ!」


 蓮が笑う。


「春樹、買っていいと思うよ」


「じゃあ買う」


「決断早い」


 三浦が驚く。


「蓮くんの一言強いな」


 蓮は肩をすくめた。


「昔からこういう感じ」


「幼なじみ強い」


「幼なじみではないけど」


「長い付き合いは強い!」


 服を購入した後、四人はフードコートへ移動した。


 昼には少し早い時間だったが、夏休み中の駅ビルは混み始めていた。


 運よく席を確保し、それぞれ飲み物や軽食を買ってくる。


 三浦はポテト。


 紅秋はアイスコーヒー。


 蓮は紅茶。


 春樹はお茶。


「大國、相変わらず渋い」


 三浦が言う。


「お茶」


「高校生の休日感がない」


 紅秋が言う。


「飲み物に休日感は必要ない」


「紅秋、そこ乗る?」


「事実だ」


 蓮が笑う。


「商業科って楽しそうだな」


 三浦が身を乗り出す。


「楽しいぞ! うるさいけど!」


「三浦がうるさいんだろ」


 紅秋が言う。


「俺だけじゃない!」


「亜衣ちゃんもいるしね」


 蓮が言うと、三浦が指差す。


「そう! 伊藤もなかなか!」


 春樹が短く言う。


「亜衣、明るい」


「春樹が名前で呼んでる」


 蓮が少し意外そうに言った。


 三浦がにやりとする。


「そうなんだよ。最近、呼び方変わってるんだよ」


 春樹は首を傾げる。


「そう?」


「そう!」


 三浦は勢いよく指を折り始めた。


「伊藤は春樹くん。横田も春樹くん。俺らはまだ大國。紅秋は大國。蓮くんは春樹」


「整理するな」


 紅秋が言う。


「いや、ここ大事だろ」


 蓮は少し考える。


「たしかに、三浦くん達は苗字呼びだね」


「そうなんだよ」


 三浦は春樹を見る。


「大國ってさ、名前呼びされても気にしないだろ?」


「うん」


「俺が春樹って呼んでも?」


「呼びたいなら」


「出た!」


 三浦が机を軽く叩きかけて、紅秋に見られて止める。


「出たよ、呼びたいなら」


 蓮が笑う。


「春樹らしい」


 紅秋も静かに言う。


「大國はそういうところがある」


 三浦は少しだけ照れたように笑った。


「じゃあさ」


 少し間が空いた。


「春樹って呼んでいい?」


 その声は、いつもの三浦より少しだけ真面目だった。


 春樹は普通に頷く。


「いいよ」


「おお……」


 三浦はなぜか胸を押さえた。


「何か照れるな」


「自分で言ったのに」


 蓮が笑う。


 三浦は春樹を見て、少しだけぎこちなく言った。


「春樹」


「何?」


「うわ、普通に返ってきた」


「呼んだでしょ」


「そうだけど!」


 紅秋が口元を少し緩めた。


「三浦が照れている」


「うるさい、紅秋!」


「いつも呼んでるだろ」


「そうだった」


 蓮が紅秋を見る。


「板倉くんは?」


「俺?」


「名前呼び」


 三浦がすぐに乗る。


「紅秋も春樹って呼べよ!」


「お前に言われると嫌だな」


「何で!?」


 紅秋は少しだけ考えた。


 そして春樹を見る。


「……春樹」


「うん」


「普通だな」


「うん」


 三浦が笑いをこらえる。


「紅秋も照れてる」


「照れていない」


「いや今ちょっと間あった」


「呼び慣れていないだけだ」


「それを照れという」


「違う」


 蓮が笑いながら言う。


「じゃあ俺も、板倉くんじゃなくて紅秋って呼んでも?」


 紅秋は少し驚いたように蓮を見る。


「構わない」


「ありがとう、紅秋」


「……ああ」


 三浦が今度は蓮を見る。


「じゃあ俺も蓮って呼ぶ!」


「いいよ、圭」


 三浦が固まった。


「え?」


「三浦くんも名前でいいかなって」


「今、圭って」


「嫌だった?」


「嫌じゃない! びっくりした!」


 春樹が三浦を見る。


「圭」


「春樹まで!」


「名前」


「そうだけど!」


 紅秋も静かに言う。


「圭」


「紅秋まで!」


 蓮が笑う。


「いいじゃん、圭」


 三浦は顔を少し赤くしながら、ポテトを一本持った。


「……何だよ、急に青春じゃん」


 紅秋が言う。


「お前が始めたんだろう」


「そうだけど」


 春樹は少しだけ考えた。


「蓮」


「何?」


「紅秋」


「何だ」


「圭」


「おう!」


 春樹は三人を順番に見た。


「呼びやすい」


 三浦が机に突っ伏した。


「春樹、そういうとこ!」


 蓮が笑う。


「でも、いいね」


 紅秋も小さく頷く。


「悪くない」


 その瞬間、四人の間にあった少しの距離が、確かに縮まった。


 苗字から名前へ。


 たったそれだけ。


 でも高校生の男子にとって、それは意外と大きい。


 照れくさくて。


 少しぎこちなくて。


 でも、嬉しい。


 フードコートのざわめきの中で、四人はしばらくその呼び方を試すように会話した。


「春樹、宿題どれくらいやる?」


「感想文から」


「さすが本好き」


「圭は?」


「未来の俺に任せたい」


「駄目だ」


 紅秋が即答する。


「紅秋、夏休みも厳しい」


「宿題は早めに終わらせた方がいい」


 蓮が頷く。


「それは本当にそう」


「蓮まで!」


「俺も早めにやる派」


「俺、完全に包囲されてる」


 春樹が言う。


「宿題会すれば?」


 三浦――圭が顔を上げる。


「宿題会?」


「図書館とか」


 紅秋が頷く。


「いいな。早めに進められる」


 蓮も言う。


「俺は別日なら参加できるかも。生徒会の話もあるし」


「生徒会!」


 圭が反応する。


「蓮、やっぱり生徒会!」


「まだ決まってないって」


「決まったら教えて」


「うん」


 春樹はふと思い出したように言う。


「横田さん達も宿題会の話してた」


「お?」


 圭の目が光る。


「女子組も?」


「うん。亜衣が言ってた」


 紅秋が額に手を当てる。


「亜衣がいるなら、見張りが必要だな」


「見張りって言うな」


「必要だろ」


「必要だな」


 蓮まで頷いた。


 圭は笑う。


「じゃあ六人で宿題会か! 春樹、横田さんと隣になれるな!」


 春樹は首を傾げる。


「勉強するだけ」


「そういうとこ!」


 紅秋が圭を軽く制する。


「余計なことを言うな」


「すみません」


 でも圭は楽しそうだった。


 春樹はスマホを取り出す。


「じゃあ、後で聞いてみる」


 蓮がその様子を見て、少しだけ笑った。


「春樹、自然に連絡するんだな」


「宿題会だから」


「うん」


 蓮は深く言わなかった。


 春樹が変わっている。


 商業科で。


 なつき達と関わる中で。


 そして、今こうして圭や紅秋とも名前で呼び合うようになった。


 その変化を、蓮は少し眩しく思った。


 フードコートを出た後、四人は駅前で少しだけ歩いた。


 圭はダンス用品を見たいと言い、紅秋は付き合い、春樹と蓮も流れでついていく。


 キャップ。


 スニーカー。


 動きやすいパンツ。


 圭はいつもより真剣な顔で選んでいた。


「これ、踊りやすそう」


 圭がスニーカーを手に取る。


 紅秋が見る。


「今のより軽いな」


「だろ?」


「予算は?」


「……現実」


「大事だ」


 春樹が言う。


「圭、踊ってる時すごかった」


 圭はまた照れた。


「またそれ言う」


「本当だから」


「春樹は真顔で褒めるから刺さるんだよ」


 蓮が笑う。


「分かる」


 紅秋も頷く。


「大國……いや、春樹はそういうところがある」


「紅秋、今言い直した!」


 圭が指摘する。


 紅秋は少しだけ顔を逸らす。


「慣れていないだけだ」


「かわいいな紅秋」


「やめろ」


 四人の笑い声が店内に小さく重なった。


 夕方前。


 駅の外へ出ると、空は少しだけ明るくなっていた。


 夏休みの水戸駅は、午後の光の中でゆっくり人が流れている。


 四人は改札前で立ち止まった。


「今日は楽しかった!」


 圭が言う。


「急に混ざって悪かったな」


 蓮が首を横に振る。


「楽しかったよ、圭」


「名前呼び、まだ慣れねぇ」


「慣れるよ」


「蓮が言うと落ち着くな」


 紅秋が言う。


「次は宿題会だな」


「紅秋、ほんとにやる気だ」


「早めに終わらせる」


 春樹も頷く。


「うん」


 圭は肩をすくめた。


「じゃあ俺もやるよ。未来の俺を救うために」


「いい心がけだ」


 紅秋が言う。


「紅秋に褒められた!」


「騒ぐな」


 蓮が春樹を見る。


「春樹、また連絡して」


「うん」


「宿題会、決まったら」


「分かった」


 四人はそれぞれの帰る方向へ分かれた。


 春樹は改札へ向かいながら、少しだけ今日のことを思い返していた。


 蓮。


 圭。


 紅秋。


 名前で呼ぶようになった。


 それだけなのに、少し距離が近くなった気がする。


 悪くない。


 そう思った。


 一方、圭は紅秋と並んで駅前を歩きながら、まだ少し照れていた。


「名前呼びって、思ったよりくるな」


「お前が言い出したんだろう」


「そうだけどさ」


「でも」


 紅秋は少しだけ間を置いた。


「悪くなかった」


 圭はにやっと笑う。


「だろ?」


「調子に乗るな」


「はい」


 夏休み二日目。


 男子四人の距離も、少しだけ変わった。


 次は宿題会。


 夏休みは、まだ始まったばかりだった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました!


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皆さまからいただく応援は、更新を続ける原動力です。


これからも、一歩ずつ距離を縮めていくなつきたちを温かく見守っていただけたら嬉しいです。


次回も、ぜひお付き合いください!

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