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『君の隣を目指して』――図書室、帰り道、教室――。少しずつ距離を縮めていく、高校生たちの等身大の青春ラブストーリー。  作者: 伊佐波瑞樹


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第67話 夏休みの前に、君と本を選ぶ



 終業式の日の朝。


 教室に入った瞬間、なつきは思った。


 今日は、みんな少しだけ浮いている。


 椅子を引く音も、鞄を置く音も、いつもより軽い。


 話し声も、笑い声も、どこか上ずっている。


 まだ夏休みではない。


 まだ終業式も終わっていない。


 通知表も、宿題も、先生の長い話も残っている。


 それでも、教室の空気はもう完全に夏休みの入口に立っていた。


「おはよー!」


 亜衣がいつも以上に明るい声で入ってくる。


「おはよう、亜衣ちゃん」


「なつき、今日だよ」


「うん」


「終業式だよ」


「うん」


「夏休みだよ」


「まだ終業式終わってないよ」


「細かいことはいいの」


 亜衣は席に鞄を置くと、両手を広げた。


「私は今日、自由になる」


 茜が隣から静かに言う。


「宿題は?」


「聞こえない」


「通知表は?」


「聞こえない」


「夏休み明けの提出物は?」


「茜ちゃん、朝から攻撃力高い」


「現実よ」


 亜衣は机に突っ伏した。


 その少し向こうで、三浦が窓際に立っていた。


 昨日とほぼ同じポーズだった。


「空が広い」


 田辺が呆れた顔で見る。


「また始まった」


「俺は今日、自由になる」


 島中が笑う。


「亜衣と同じこと言ってるぞ」


「伊藤とは志が同じだからな」


 亜衣が顔を上げる。


「三浦くん、私たちは自由同盟だね」


「おう!」


 紅秋が淡々と言った。


「自由同盟の前に、終業式で寝るなよ」


 三浦と亜衣が同時に黙った。


 なつきは思わず笑ってしまう。


 終業式。


 体育館。


 暑さ。


 校長先生の話。


 たしかに、今日一番の山はそこかもしれない。


 教室の扉が開いた。


 春樹が入ってくる。


 なつきは自然に顔を上げた。


「おはよう、春樹くん」


「おはよう」


 もう、この呼び方にも教室は大きく反応しない。


 けれど、なつきの胸はまだ少し跳ねる。


 慣れてきた。


 でも、嬉しさは消えない。


「今日、図書室」


 春樹が言った。


 なつきは一瞬固まる。


 昨日の約束。


 読書感想文用の本を一緒に選ぶ。


 終業式の後に。


 ちゃんと覚えていてくれた。


「うん」


 なつきは少しだけ声を抑えた。


「行く」


「分かった」


 それだけの会話。


 けれど、亜衣は見逃さなかった。


「おやおや」


「亜衣ちゃん」


「朝から約束確認?」


「本の話だから」


「本の話でも、約束は約束」


 茜が微笑む。


「よかったわね」


「うん……」


 なつきは素直に頷いた。


 否定しなくなった自分に、少し驚く。


 前なら、絶対に慌てていた。


 違う、そんなのじゃない、と言っていた。


 でも今は違う。


 嬉しいものは嬉しい。


 そう思えるようになっていた。


 ホームルームが終わると、全校生徒は体育館へ移動した。


 梅雨明け前の体育館は、朝から湿気を含んでいた。


 窓は開いている。


 大型扇風機も回っている。


 それでも、空気は重い。


 床に並べられたパイプ椅子。


 生徒達の制服。


 ざわめき。


 先生達の指示。


 終業式らしい音が、体育館いっぱいに広がっていた。


「暑い」


 三浦が小声で言った。


「まだ始まってないぞ」


 田辺が返す。


「始まる前から負けてる」


 島中が首を扇ぐ。


「分かる」


「お前ら、静かに」


 紅秋が低い声で言う。


 三浦は背筋を伸ばした。


「はい」


 なつきは女子列の方で、亜衣と茜の近くに座っていた。


 亜衣はすでに少し危なかった。


「眠い」


「早いわ」


 茜が言う。


「校長先生まだ出てきてない」


「だから怖い」


「何が?」


「これから長いんだよ」


 なつきは小さく笑った。


 だが、笑っていられたのは最初だけだった。


 終業式が始まる。


 校歌。


 校長先生の話。


 生活指導の先生の話。


 進路指導の先生の話。


 表彰。


 連絡。


 ひとつひとつは大事なのだろう。


 大事なのは分かる。


 けれど、体育館の暑さと、夏休み目前の浮ついた気持ちと、昨日までのテスト疲れが合わさって、生徒達の集中力はどんどん削られていった。


 校長先生が言う。


「皆さんにとって、この一学期は――」


 三浦の頭が一度揺れた。


 紅秋が肘で小さくつつく。


 三浦はびくっと起きる。


 田辺が肩を震わせる。


 島中も口元を押さえていた。


 少し離れた女子列では、亜衣の目が半分閉じかけていた。


 茜が静かに肘で起こす。


「起きて」


「起きてる」


「目が閉じていたわ」


「心は起きてる」


「体も起こして」


「はい……」


 なつきは笑いをこらえるのに必死だった。


 その時、前方の男子列で春樹の背中が見えた。


 春樹は普通に前を向いていた。


 姿勢も崩れていない。


 眠そうにも見えない。


 なつきは少し感心する。


 すごい。


 春樹くん、ちゃんと聞いてる。


 そう思った瞬間、春樹の頭がほんの少しだけ傾いた。


 眠いのか。


 と思った次の瞬間、春樹は自分で姿勢を戻した。


 なつきは思わず口元を押さえる。


 春樹くんも眠いんだ。


 その小さな発見が、妙に嬉しかった。


 完璧に見える春樹も、終業式の暑さには少し負けそうになる。


 そんな当たり前のことが、なんだか可愛く思えた。


 長い式が終わった時、体育館全体から小さな安堵の息が漏れた。


 先生達がまだ見ているため、大きな声は出せない。


 けれど、生徒達の背中が明らかに軽くなっている。


 教室へ戻る廊下では、抑えきれないざわめきがあちこちで起きた。


「生還した」


 三浦が言った。


「終業式で生還って言うな」


 田辺が返す。


「俺は二回死にかけた」


「紅秋が起こしてたな」


 島中が笑う。


「肘が的確だった」


 紅秋は眼鏡を押し上げる。


「式中に寝るな」


「すみませんでした」


 三浦は素直に頭を下げた。


 亜衣も教室へ戻るなり机に突っ伏した。


「私も生還……」


 茜が言う。


「あなたも一回危なかったわ」


「茜ちゃんの肘、静かに強かった」


「起こしただけよ」


「絶対寝かせない意志を感じた」


「ええ」


「認めた」


 教室に戻ると、最後のホームルームが始まった。


 担任が通知表の入った封筒を持って入ってくる。


 その瞬間、教室の空気が少しだけ変わった。


「はい。終業式お疲れさまでした。これから通知表と夏休みの課題、連絡プリントを配ります」


「通知表……」


 三浦が低く呟く。


「ラスボス第三形態」


 田辺が言う。


「もう戦いたくない」


 島中が笑う。


「答案返ってるんだから、大体分かるだろ」


「それでも封筒って怖い」


 亜衣が真剣に頷いた。


「封筒には魔力がある」


 茜が静かに言う。


「ただの紙よ」


「茜ちゃんは強い」


 担任が一人ずつ名前を呼び、通知表を渡していく。


 生徒達は受け取り、封筒の中をそっと覗いたり、見なかったことにしたりしている。


 なつきも通知表を受け取った。


 封筒の中を見る。


 極端に悪いところはない。


 期末で頑張った分、少し救われた科目もあった。


 なつきは胸を撫で下ろす。


 その隣で亜衣が封筒を胸に抱えていた。


「見た?」


 なつきが聞く。


「薄目で見た」


「どうだった?」


「生きてる」


「よかった」


 茜が自分の通知表をしまいながら言う。


「夏休み中に苦手科目は少し見直しましょうね」


「今日くらいは許して」


「今日だけね」


「今日だけが多い」


 通知表の後は、夏休みの宿題と注意事項だった。


 担任は黒板に大きく書いた。


『宿題』

『事故防止』

『生活リズム』

『登校日』

『二学期始業式』


 その文字だけで、三浦がまた机に沈んだ。


「夏休みなのに学校の文字が多い」


「当たり前だろ」


 田辺が言う。


「宿題は忘れないこと。計画的にやること。生活リズムを崩さないこと。夜遅く出歩かないこと。水の事故、交通事故、熱中症には十分気をつけること」


 担任はひとつひとつ丁寧に話す。


 教室は聞いているような、半分浮かれているような、不思議な空気だった。


 それでも、夏休みという言葉が出るたびに、胸が少し弾む。


 なつきも同じだった。


 宿題はある。


 でも夏休みもある。


 海の話。


 花火の話。


 図書室で本を選ぶ約束。


 これから始まる時間のことを考えると、通知表よりも、宿題よりも、胸の高鳴りが勝ってしまう。


 最後に担任が言った。


「二学期、全員元気な顔で会いましょう。良い夏休みを」


 一拍。


 拍手が起きた。


 先生が少し笑って教室を出ていく。


 扉が閉まる。


 ほんの一瞬だけ、教室が静かになった。


 その静けさを破ったのは、もちろん三浦だった。


 三浦は立ち上がり、窓へ向かった。


 田辺が言う。


「おい、まさか」


 島中が笑う。


「やる気だ」


 紅秋が止めようとしたが、少し遅かった。


 三浦は窓を開けた。


 湿った夏の風が教室へ流れ込む。


 そして、拳を空へ突き上げる。


「夏休みだぁぁぁぁ!!」


 教室が爆笑した。


「声でかい!」


「先生戻ってくる!」


「三浦うるさい!」


「でも分かる!」


 亜衣も立ち上がった。


「夏休みー!」


 茜が止めようとして、途中で諦めたように笑った。


 田辺と島中も笑っている。


 紅秋は額を押さえていたが、口元は少し緩んでいた。


 春樹も小さく笑っていた。


 なつきはその光景を見て、胸の中がふわっと明るくなるのを感じた。


 一学期が終わった。


 長かったようで、あっという間だった。


 春樹を遠くから見ているだけだった自分が、今は春樹くんと呼べるようになった。


 勉強を教えてもらった。


 本の話もした。


 同じ机を囲んで笑った。


 そして今日、これから図書室へ行く。


 春樹くんと。


 帰り支度が始まった教室は、しばらく騒がしかった。


 夏休みの予定。


 部活。


 宿題。


 遊び。


 それぞれが思い思いに話している。


 亜衣がなつきの肩をつついた。


「なつき」


「何?」


「図書室、行ってらっしゃい」


「何その言い方」


「デートではないけど、デートっぽい本選び」


「違う」


「はいはい」


 茜が微笑む。


「楽しんできなさい」


「茜ちゃんまで」


「本を選ぶだけでしょう?」


「そうだけど」


「なら自然に」


「うん」


 なつきは鞄を持ち、少しだけ深呼吸した。


 春樹はすでに席を立っていた。


「横田さん」


「うん」


「行く?」


「うん」


 そのやり取りだけで、亜衣がにやにやしているのが分かった。


 なつきは見ないようにした。


 図書室へ向かう廊下は、いつもより少し明るく感じた。


 終業式後の校舎。


 あちこちの教室から笑い声が聞こえる。


 ロッカーを閉める音。


 廊下を走りかけて先生に注意される声。


 夏休み前の学校は、どこか特別だった。


 なつきは春樹の隣を歩いている。


 近すぎない。


 でも、離れてもいない。


 その距離に、胸がそっと温かくなる。


「春樹くん」


「何?」


「終業式、眠くなった?」


 春樹は少しだけ考えた。


「少し」


「やっぱり」


「見てた?」


 なつきは固まった。


「えっ」


「少し笑ってたから」


 見られていた。


 なつきは顔が熱くなる。


「ご、ごめん」


「いいけど」


「春樹くんでも眠くなるんだなって思って」


「なる」


「そっか」


 何でもない会話。


 でも、なつきには嬉しかった。


 春樹の少し普通な部分を知れた気がして。


 図書室の扉を開けると、教室の騒がしさが遠くなった。


 紙の匂い。


 冷房の涼しい空気。


 窓から差し込む柔らかな光。


 終業式後だからか、利用者は少ない。


 静かな図書室に、二人の足音だけが小さく響いた。


「感想文用なら」


 春樹が本棚へ向かう。


「この辺」


 なつきは隣に並んだ。


「いっぱいあるね」


「うん」


「どれが読みやすい?」


 春樹は棚を見ながら、一冊を抜いた。


「これは短め」


「どんな話?」


「家族の話」


「重い?」


「少し。でも読みやすい」


「そっか」


 次に別の本を取る。


「これは学校の話」


「学校?」


「人間関係」


「感想文書きやすそう」


「たぶん」


 春樹は一冊一冊、簡単に説明してくれる。


 なつきはその横顔を見ながら、何度も頷いた。


 近い。


 本棚の前だから、自然と距離が近い。


 肩が触れるほどではない。


 でも、少し動けば触れそう。


 なつきは本を見ているふりをしながら、胸の鼓動を落ち着かせようとした。


「横田さん」


「はい」


「聞いてる?」


「聞いてる!」


 声が少し大きくなった。


 なつきは慌てて口を押さえる。


 図書室だった。


 春樹は少しだけ首を傾げる。


「ならいい」


 相変わらずだった。


 なつきは恥ずかしさで顔を赤くしながらも、少し笑ってしまった。


 春樹らしい。


 その時、二人は同じ本へ手を伸ばした。


 指先が、ほんの少し触れた。


 なつきの体が固まる。


「あっ」


 小さな声。


 春樹も手を止めた。


「ごめん」


「こ、こっちこそ」


「どうぞ」


「春樹くんが先で」


「横田さんが」


「いや、春樹くんが」


 二人で同じ本を譲り合う。


 それだけなのに、なつきの心臓は大騒ぎだった。


 亜衣がいたら絶対に笑っている。


 茜がいたら少し微笑んでいる。


 でも今は二人だけ。


 図書室の静かな本棚の前で、なつきは本一冊を取るだけでこんなに緊張している。


 春樹は少し考えてから言った。


「じゃあ、横田さんが読んで」


「え?」


「俺は後で借りる」


「いいの?」


「うん」


 春樹は本をなつきへ渡した。


 その本の重みが、手のひらに残る。


「ありがとう」


「うん」


 なつきは本の表紙を見た。


 静かな色の表紙だった。


 派手ではない。


 でも、どこか温かい。


「これにしようかな」


「いいと思う」


「春樹くんも読む?」


「後で」


「じゃあ、感想言うね」


「うん」


 次に話す理由ができた。


 また一つ。


 なつきはそれが嬉しかった。


 その時、図書室の奥から声がした。


「あれ、大國くん?」


 白石祐衣だった。


 なつきは振り返る。


 祐衣は本を数冊抱えていた。


 終業式後でも図書室にいるのが自然に見える。


 春樹が軽く頷く。


「白石さん」


「横田さんも」


「こんにちは」


「こんにちは。感想文用の本ですか?」


「うん」


 なつきは本を見せた。


 祐衣は表紙を見て、少し笑う。


「それ、いい本ですよ」


「読んだことあるの?」


「はい。静かだけど、最後に少し残る感じで」


 春樹が言う。


「俺もそう思った」


「大國くんが好きそうです」


「そう?」


「はい」


 自然な本の会話。


 以前なら、なつきは少しだけ置いていかれた気持ちになっていたかもしれない。


 でも今日は違った。


 自分もその本を手に持っている。


 読んで、感想を話す約束がある。


 だから、少しだけ輪の中にいられる気がした。


「祐衣さんは何借りるの?」


 なつきが聞いた。


 自分から聞けた。


 祐衣は嬉しそうに本を見せてくれる。


「私はこれです。夏休み中に読みたくて」


「難しそう」


「少しだけ。でも、時間がある時に読もうと思って」


「すごい」


「横田さんの本も、読み終わったら感想聞かせてくださいね」


「うん」


 そこへ、また別の声が重なった。


「やっぱりここにいた」


 美優だった。


 図書室の入口から、軽く手を振っている。


「春樹」


「美優」


「蓮が先に帰るって。私は祐衣に用事あって来たんだけど」


 美優は祐衣を見て笑う。


「いた」


「ちょうど本を借りてたの」


 美優は春樹となつきを見て、少しだけ目を細めた。


「二人も本選び?」


「うん」


 春樹が答える。


「感想文用」


「横田さんの?」


「うん」


 美優はなつきの持っている本を見る。


「それ、表紙かわいいね」


「うん。春樹くんが選んでくれて」


 言ってから、なつきは少しだけ照れた。


 でも言えた。


 美優はそれを聞いて、少しだけ笑った。


「そっか。春樹、ちゃんと選んだんだ」


「うん」


「いいね」


 その声は柔らかかった。


 美優も祐衣も、嫌な空気にはしない。


 むしろ、自然に混ざってくれる。


 四人で本棚の前に立つ。


 春樹。


 なつき。


 祐衣。


 美優。


 それぞれの距離は違う。


 幼なじみ。


 図書室仲間。


 クラスメイト。


 片思い。


 でも、その場の空気は穏やかだった。


「美優さんは感想文の本、もう決めたの?」


 なつきが聞いた。


「私は家にある本で書く予定」


「そうなんだ」


「でも、こうやって選ぶのもいいね」


 美優は棚を眺める。


「春樹、私にも一冊選んでよ」


「美優も?」


「うん。夏休みに読む用」


 春樹は少し考えて、一冊を取った。


「これ」


「早い」


「美優、こういうの読めそう」


 美優は受け取って表紙を見る。


「へぇ。じゃあ借りようかな」


 祐衣が笑う。


「大國くんのおすすめ会ですね」


「本当だ」


 なつきも笑った。


 春樹は不思議そうにする。


「そう?」


「そうだよ」


 美優が言う。


「春樹、図書室の店員さんみたい」


「図書室に店員はいない」


「そこ真面目に返す?」


 祐衣も小さく笑う。


 なつきも笑った。


 その笑いの中で、少しだけ胸が軽くなる。


 美優と祐衣がいる。


 春樹の近くにいる二人。


 でも、今日のなつきはただ見ているだけではなかった。


 一緒に笑っていた。


 それが嬉しかった。


 貸出手続きを済ませると、四人は図書室を出た。


 廊下にはまだ生徒達の声が残っている。


 終業式後の学校。


 どこか名残惜しくて、でも開放的な空気。


 校門へ向かいながら、美優が言った。


「夏休み、みんなでどこか行く話してるんでしょ?」


「うん」


 春樹が答える。


「海とか、祭りとか」


「楽しそう」


 祐衣も頷く。


「予定が合えば行きたいです」


 なつきは少しだけ勇気を出した。


「一緒に行けたら、嬉しい」


 美優と祐衣が同時になつきを見る。


 なつきは少し赤くなる。


 でも、言葉を取り消さなかった。


 美優が笑った。


「うん。私も」


 祐衣も柔らかく頷く。


「私も嬉しいです」


 春樹はその横で普通に言った。


「じゃあ、みんなに言っておく」


 その言い方があまりに春樹らしくて、三人は少し笑った。


 校門に着くと、駅へ向かう三人と、地元側へ帰るなつきで自然に別れる形になった。


 いつもの距離。


 でも今日は寂しさよりも、次へ繋がる感覚の方が強かった。


「横田さん」


 春樹が言う。


「本、読んだら感想聞かせて」


「うん」


 なつきは本を胸に抱えた。


「春樹くんも、美優さんも、祐衣さんも」


 少し笑って言う。


「感想会だね」


 美優が笑う。


「いいね、感想会」


 祐衣も嬉しそうに頷く。


「楽しみにしています」


 春樹も短く言う。


「うん」


 なつきは頷いた。


「またね」


「また」


「またね、横田さん」


「またね」


 三人が駅の方へ歩いていく。


 なつきはその背中を見送った。


 春樹の隣には、美優と祐衣がいる。


 でも、今日は前ほど胸が痛くなかった。


 なぜなら、手の中に本がある。


 春樹が選んでくれた本。


 祐衣がいい本だと言ってくれた本。


 美優も感想を聞いてくれると言った本。


 次に話す理由。


 次に会う楽しみ。


 夏休みは、もう始まりかけている。


 なつきは空を見上げた。


 梅雨の雲はまだ残っている。


 でも、その向こうに夏の光が滲んでいる気がした。


 一学期が終わった。


 そして。


 君の隣を目指す夏が、始まる。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました!


『君の隣を目指して』を楽しんでいただけましたら、ブックマークや★★★★★で応援していただけると、とても励みになります。


皆さまからいただく応援は、更新を続ける原動力です。


これからも、一歩ずつ距離を縮めていくなつきたちを温かく見守っていただけたら嬉しいです。


次回も、ぜひお付き合いください!

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