表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『君の隣を目指して』――図書室、帰り道、教室――。少しずつ距離を縮めていく、高校生たちの等身大の青春ラブストーリー。  作者: 伊佐波瑞樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
46/150

第46話 芝生の上の打ち上げ


 球技大会が終わってから、最初の日曜日。


 空はよく晴れていた。


 朝から少しだけ風があり、日差しは明るいのに、肌に当たる空気は思ったより柔らかい。


 なつきは家を出る前から、何度も鞄の中を確認していた。


 飲み物。


 お菓子。


 ウェットティッシュ。


 小さめのレジャーシート。


 それから、茜に「持ってくると便利」と言われた紙皿と紙コップ。


 全部入っている。


 入っているのに、また確認してしまう。


「……落ち着こう」


 自分に言い聞かせる。


 今日は打ち上げだ。


 球技大会の。


 場所は偕楽園公園の芝生。


 日曜日の昼間。


 ファミレスでもカラオケでもなく、外で集まることになったのは、三浦の一言がきっかけだった。


「せっかく晴れるなら外じゃね?」


 その場にいた亜衣が乗った。


「いいじゃん。ピクニックみたいで」


 茜が現実的に言った。


「場所と時間を決めれば、そこまで大変ではないわね」


 紅秋が静かに補足した。


「飲み物と菓子は各自持ち寄りでいいと思う」


 春樹は。


「うん」


 とだけ言った。


 それだけだった。


 でも、なつきにとっては大事件だった。


 日曜日。


 学校ではない場所。


 制服ではない服。


 春樹も来る。


 考えただけで、前日の夜はなかなか眠れなかった。


 服も何度も迷った。


 派手すぎない。


 でも、手抜きにも見えない。


 動きやすい。


 芝生に座っても大丈夫。


 悩みに悩んで、白のブラウスに薄い水色のカーディガン、膝丈より少し長いスカートにした。


 茜に写真を送ったら、


『良いと思う』


 と返ってきた。


 亜衣には、


『かわいい! 大國くん見たら倒れるんじゃない?』


 と返ってきた。


 そのせいで余計に眠れなくなった。


 集合場所に着くと、すでに茜がいた。


 木陰に近い芝生の端。


 大きめのビニールシートを広げ、荷物をきちんと端に寄せている。


 さすが茜だった。


「おはよう、なつき」


「おはよう、茜ちゃん」


「早かったわね」


「落ち着かなくて」


「でしょうね」


 茜はさらっと言った。


 なつきは苦笑する。


「顔に出てる?」


「出てる」


「だよね」


「でも大丈夫。今日は楽しめばいいだけ」


「うん」


 なつきは頷き、シートの上へ荷物を置いた。


 芝生の匂いがする。


 近くでは家族連れが弁当を広げていた。


 小さな子どもが走り回り、遠くで誰かの笑い声が聞こえる。


 学校とは違う空気。


 同じ水戸の中なのに、少しだけ特別な場所に来たような気がした。


「なつきー!」


 次に来たのは亜衣だった。


 明るい色のパーカーに、動きやすそうなパンツ。


 片手には大きな袋。


 もう片方にはペットボトルが数本入った袋。


「亜衣ちゃん、荷物多くない?」


「買いすぎた!」


「でしょうね」


 茜が即答する。


「いや、だって打ち上げだよ? お菓子足りないの嫌じゃん」


「その発想は分かるけど、量が多いわ」


「大丈夫。三浦くんが食べる」


「確かに」


 そこへ。


「俺の名前出た?」


 三浦が来た。


 大きなリュックを背負い、手にはさらに袋。


 開口一番、声が大きい。


「三浦くん、相変わらず元気」


 亜衣が笑う。


「打ち上げだからな!」


「声量はいつも通りだけど」


「褒めてる?」


「褒めてない」


 少し遅れて、紅秋が到着した。


 落ち着いた私服。


 片手には小さな保冷バッグ。


 三浦がすぐに反応する。


「板倉! それ何!?」


「飲み物」


「真面目!」


「普通」


「大國くんみたいなこと言うな」


 紅秋は少しだけ眉を動かす。


「それは心外」


「心外なんだ!?」


 笑いが起きる。


 なつきも笑った。


 そして。


 その笑いの途中で。


 春樹が来た。


 なつきは、一瞬で声が出なくなった。


 春樹は黒っぽいシンプルなTシャツに、薄手のシャツを羽織っていた。


 下は動きやすそうなパンツ。


 手には本屋の紙袋ではなく、スーパーの袋。


 いつもの制服姿ではない。


 図書室で見る春樹でもない。


 休日の春樹。


 それだけで、なつきの胸が大きく跳ねた。


「おはよう」


 春樹が言う。


 三浦がすぐに叫ぶ。


「主役来た!」


「違う」


「フットサル優勝の主役!」


「全員だろ」


「そういうとこ!」


 亜衣が小声でなつきに言う。


「なつき、息してる?」


「してる」


「顔赤い」


「してない」


「赤い」


 茜が静かに言う。


「なつき、紙コップ出して」


「はい」


 助かった。


 なつきは慌てて荷物を開ける。


 何かしていないと、春樹を見てしまう。


 見てしまうと、固まってしまう。


 春樹は袋をシートの端に置いた。


「これ」


 三浦が覗き込む。


「何買ってきた?」


「お茶と、水と、チョコ」


「渋い!」


「普通」


「また普通!」


 亜衣が笑った。


「チョコいいじゃん」


「溶けない?」


 茜が聞く。


「保冷剤入れてきた」


「準備いいわね」


 紅秋が頷く。


「大國くんらしい」


 なつきは紙コップを並べながら、その会話を聞いていた。


 春樹らしい。


 確かにそうだ。


 派手なお菓子ではなく、ちゃんと溶けないように考えて持ってくる。


 そういうところが、好きだと思う。


 みんなで持ち寄った飲み物とお菓子を広げると、思った以上に豪華になった。


 ポテトチップス。


 チョコ。


 クッキー。


 グミ。


 せんべい。


 小分けのドーナツ。


 スポーツドリンク。


 お茶。


 ジュース。


 三浦が持ってきた謎に大きい駄菓子袋。


 亜衣が買いすぎたスナック。


 茜が用意した紙皿。


 紅秋の保冷バッグ。


 春樹の保冷剤入りチョコ。


 なつきは持ってきたクッキーをそっと出した。


 市販のものだ。


 本当は何か作れたらよかったのに、と思った。


 その瞬間、白石祐衣のことが頭をよぎる。


 料理研究部。


 お菓子作りが上手。


 クッキー。


 春樹に作ってくるかもしれない人。


 胸が少しだけちくりとする。


 でも、今日は考えすぎない。


 そう決める。


「じゃあ」


 三浦がペットボトルを掲げた。


「球技大会お疲れ!」


「お疲れ」


「優勝おめでとう」


「女子バスケもお疲れ」


 声が重なる。


 紙コップが軽く触れる。


 乾杯の音は小さい。


 でも、その小ささが高校生らしくて、なつきは少し笑ってしまった。


「いやー」


 三浦がポテトチップスを開けながら言う。


「最高だったな、球技大会」


「三浦くん、何回言うの」


 亜衣が言う。


「何回でも言う」


「でしょうね」


「だってさ、横田のシュートから始まって、大國のバスケ、フットサル無双、優勝、写真撮影だぞ?」


「まとめると濃いね」


「濃すぎる」


 紅秋が静かに頷く。


「一日で起こる量ではなかった」


「板倉が言うと重みある」


「実際多かった」


 茜も言った。


「でも、楽しかったわ」


「茜ちゃんがそう言うの珍しい」


 なつきが言うと、茜は少しだけ目を細めた。


「そう?」


「うん」


「楽しかったもの」


 その言葉に、みんな少しだけ静かになった。


 茜が素直にそう言うのは、確かに珍しい。


 亜衣がにこっと笑う。


「じゃあ大成功だね」


「そうね」


 三浦が春樹を見る。


「大國は?」


「何が?」


「楽しかった?」


 春樹は少し考えた。


 なつきは思わず息を止める。


 春樹は何と言うだろう。


 いつものように普通と言うだろうか。


 それとも、別の言葉だろうか。


 春樹は紙コップのお茶を一口飲んでから言った。


「楽しかった」


 その場が少しだけ静かになった。


 三浦が目を丸くする。


「おお」


「何」


「いや、ちゃんと言った」


「言った」


「聞いたかみんな! 大國が楽しかったって!」


「聞こえてる」


 亜衣が拍手する。


 紅秋も小さく頷く。


 茜は微笑んだ。


 なつきは胸が温かくなった。


 春樹が、楽しかったと言った。


 それだけで、何だかとても嬉しかった。


 その後、会話は自然に球技大会の話へ戻った。


 三浦はバスケの春樹VS蓮を何度も語りたがった。


 亜衣はなつきのシュートを何度も褒めた。


 茜は「本人が恥ずかしがるからほどほどに」と言いながら、少し嬉しそうだった。


 紅秋は淡々と試合の分析をして、三浦に「実況解説者か」と言われた。


 春樹はほとんど聞き役だった。


 でも、たまに短く言う。


「三浦のパス、良かった」


「田辺くんのリバウンドは強かった」


「横田さんのシュートは落ち着いてた」


 そのたびに、言われた相手が少しだけ照れた。


 なつきも例外ではなかった。


「また言った」


 亜衣が小声で言う。


「何を?」


「大國くんがなつきのシュート褒めた」


「聞こえてる」


「聞かせてる」


「亜衣ちゃん!」


 なつきが慌てて止めると、春樹が少しだけこちらを見た。


「本当に良かったから」


 また。


 胸が跳ねる。


 なつきは紙コップを握りしめた。


「ありがとう」


「うん」


 短いやり取り。


 でも、今日のなつきには十分すぎた。


 しばらくして、三浦が持ってきた駄菓子袋を開けた。


 小さなラムネ、うまい棒、ガム、よく分からないゼリー。


 完全に遠足だった。


「駄菓子屋か」


 紅秋が言う。


「テンション上がるだろ?」


「上がる」


「上がるんだ」


 亜衣が笑った。


 春樹も一つ手に取る。


 三浦がすぐに反応した。


「大國、何取った?」


「ラムネ」


「分かる」


「分かるの?」


「大國っぽい」


「ラムネが?」


「静かだから」


「ラムネは静か?」


 なつきは笑ってしまった。


 春樹も少しだけ笑う。


 その笑顔が見えて、また胸が柔らかくなる。


 芝生の上。


 紙コップ。


 お菓子。


 笑い声。


 春樹の私服。


 全部が特別だった。


 学校ではない場所で、春樹が普通にそこにいる。


 同じシートの上に座っている。


 それだけで、なつきには夢みたいだった。


 しばらくして、三浦が急に立ち上がった。


「よし、軽く散歩しようぜ!」


「急」


 亜衣が言う。


「食べたら動く!」


「健康的」


 紅秋が言う。


「行く人ー?」


 三浦が手を上げる。


 亜衣も上げる。


「行く」


 茜も少し考えてから頷いた。


「少しなら」


 紅秋も立ち上がる。


「荷物は?」


「私見てるよ」


 なつきが言った。


 言ってから気づく。


 春樹も座ったままだった。


 なつきの心臓が跳ねる。


「じゃあ、俺も残る」


 春樹が言った。


 三浦がにやっとする。


「へぇ」


「何」


「いや?」


 亜衣が三浦の腕を引っ張る。


「はい、行くよ」


「まだ何も言ってない!」


「言いそうだったから行くよ」


 茜もなつきへ視線を向け、ほんの少しだけ笑った。


「荷物、お願いね」


「うん」


 四人が少し離れていく。


 芝生の上に、なつきと春樹だけが残った。


 完全に二人きりではない。


 周囲には家族連れもいるし、三浦たちも遠くに見える。


 でも、同じシートの上には二人だけ。


 なつきは一気に緊張した。


 何を話せばいい。


 何か話した方がいい。


 でも、変なことを言ったらどうしよう。


 沈黙が落ちる。


 鳥の声。


 遠くの笑い声。


 風でビニールシートの端が少し鳴る音。


 なつきは紙コップを見つめた。


 すると、春樹が言った。


「こういうの、いいね」


 なつきは顔を上げる。


「え?」


「外で集まるの」


「あ……うん」


「教室と違う」


「うん。なんか、ゆっくりする」


「うん」


 また短い会話。


 でも、沈黙が怖くなかった。


 少しだけ。


 春樹は芝生の向こうを見ていた。


「横田さん」


「はい」


「球技大会、楽しかった?」


「うん」


 なつきは迷わず答えた。


「すごく」


「そう」


「大國くんは?」


「楽しかった」


「さっきも言ってたね」


「うん」


 春樹は少しだけ考える。


「みんなで何かするの、思ったより楽しかった」


 なつきの胸がじんわり温かくなる。


 春樹がそんなふうに言うのは、珍しい気がした。


「私も」


 なつきは言った。


「みんなで練習したり、応援したり、写真撮ったり……楽しかった」


「うん」


「その……大國くんがすごかったのも」


 言ってから、恥ずかしくなる。


 でも、もう止められない。


「本当に、すごかった」


 春樹は少しだけなつきを見た。


「ありがとう」


 短い。


 でも、ちゃんと受け取ってくれた。


 なつきは嬉しくて、少しだけ笑った。


 その時、風が吹いた。


 シートの端がめくれそうになる。


 なつきが慌てて押さえようとする。


 春樹も同時に手を伸ばした。


 指先が触れた。


 一瞬。


 本当に一瞬。


 なつきの心臓が跳ねた。


「あ」


「ごめん」


 春樹がすぐに手を引く。


「ううん、大丈夫」


 大丈夫。


 そう言いながら、全然大丈夫ではなかった。


 指先が熱い。


 触れたのは一瞬なのに。


 そこだけずっと感覚が残っている。


 春樹は何事もなかったようにシートの端を荷物で押さえた。


「これで大丈夫」


「うん」


 なつきは頷く。


 春樹は気づいていない。


 たぶん。


 でも、それでいい。


 今はそれで十分だと思った。


 少しして、三浦たちが戻ってきた。


「ただいまー!」


 亜衣がなつきの顔を見て、すぐに目を細める。


「何かあった?」


「何もない!」


「絶対何かあった」


「ない!」


 茜も座りながら小さく笑った。


「なつき、分かりやすい」


「茜ちゃんまで」


 春樹は不思議そうにしている。


 三浦が叫ぶ。


「大國、何かしたのか?」


「何も」


「ほんとか?」


「シート押さえた」


「シート?」


「風で」


「なるほど?」


 三浦は分かったような分からないような顔をした。


 亜衣だけがにやにやしている。


 なつきは顔を伏せた。


 日曜日の昼下がり。


 芝生の上の小さな打ち上げは、ゆっくりと続いていく。


 派手なことは何もない。


 ただお菓子を食べて、飲み物を飲んで、球技大会の話をして、笑うだけ。


 でも、なつきにはそれがとても大切な時間に思えた。


 春樹の隣は、まだ遠い。


 それでも今日は。


 同じシートの上に座れた。


 ほんの一瞬、指先が触れた。


 球技大会の思い出を、同じ場所で笑い合えた。


 それだけで、少しだけ前へ進めた気がした。


 帰る頃。


 空はまだ明るかった。


 三浦は最後まで騒ぎ、亜衣はお菓子の残りをみんなに配り、茜はゴミをきちんとまとめ、紅秋は忘れ物がないか確認した。


 春樹は、なつきが持とうとした袋を一つ取った。


「持つ」


「え、いいよ」


「重そう」


「そんなに重くないよ」


「じゃあ少しだけ」


 少しだけ。


 その言い方が、春樹らしくて。


 なつきは結局、袋を渡した。


「ありがとう」


「うん」


 駅へ向かう人。


 自転車の方へ行く人。


 それぞれ帰る方向は違う。


 別れ際、三浦が大きく手を振った。


「また明日なー!」


「声大きい!」


 亜衣が笑う。


 なつきも手を振った。


「また明日」


 春樹も短く言う。


「また」


 また明日。


 学校で会える。


 それだけで、明日が少し楽しみになる。


 なつきは家へ向かう道を歩きながら、そっと自分の指先を見た。


 触れた感覚は、もう残っていない。


 でも。


 胸の奥には残っている。


 今日の風。


 芝生の匂い。


 春樹の声。


 同じシートの上で過ごした時間。


 全部。


 大切にしまっておきたい。


 なつきは小さく笑った。


 君の隣を目指して。


 今日もほんの少しだけ。


 近づけた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ