第147話 十一組ラボの選ばれる理由は、使う人より先に立っていた
翌朝。
梅桜高校商業科棟二階。
十一組の教室には。
まだ一時間目の予鈴も鳴っていないのに。
黒板の前へ。
すでに五人ほどの生徒が集まっていた。
「だから、これ絶対名前悪いって」
「名前?」
「『試作三号改』」
「何が悪いの?」
「格好良くない」
「昨日は格好いいって言ってたじゃん」
「一晩寝たら、もっと上がある気がしてきた」
「寝て考えること、それ?」
三浦が。
黒板の端に残された。
『試作三号改』
という文字を。
腕を組んで見上げている。
その横では。
紅秋が。
昨日の記録用紙を。
一枚ずつ。
クリップでまとめていた。
「名前はどうでもいい」
「板倉は夢がない」
「中身が決まってないものに、格好いい名前つけても意味ない」
「中身が決まったら?」
「番号でいい」
「もっと夢がない!」
朝から。
三浦の声が。
教室へよく響く。
窓の外は。
薄い曇り空。
昨日の夕方には。
一度。
橙色の光が差していたのに。
今朝は。
また。
灰色に近い雲が。
校舎の上へ広がっていた。
ただ。
雨は降っていない。
風も。
それほど強くない。
校庭には。
朝練を終えた運動部員たちが。
水道の周りへ集まり。
顔を洗ったり。
タオルで首を拭いたりしている。
廊下。
登校してくる生徒たちの足音。
「今日、蒸し暑くない?」
「昨日よりマシ」
「髪は?」
「今日は生きてる」
「昨日終わってたもんな」
「言うな」
笑い声。
椅子。
鞄。
机。
いつもの朝。
その中で。
なつきは。
自分の席に座り。
透明なファイルを開いていた。
中には。
春樹が描いた。
使う前の流れ。
袋から出す。
机へ置く。
使う。
片づける。
昨日。
その絵のうち。
最初の部分だけを使い。
亜衣と白石に。
絵と文字。
二つの袋を比べてもらった。
結果は。
どちらも。
机へ置くことは伝わった。
でも。
絵の方が速かったように見えた。
ただし。
使った人が違う。
だから。
絵が良かったのか。
人による差だったのか。
まだ分からない。
そして。
亜衣が言った。
『袋見なかったら意味ないよね』
その一言。
さらに。
クラスメイトが。
『買って持って帰って使うものなら、店に並んだときからじゃない?』
と言った。
使う前。
さらに前。
選ぶとき。
黒板には。
昨日。
最後に増えた。
『選ぶとき』
という枠が残されている。
なつきは。
そこを見た。
選ぶ。
何を。
どれを。
どうして。
昨日まで。
目の前に試作品があることを。
当たり前にしていた。
でも。
本当は。
誰かが。
それを選ばなければ。
使ってもらうことすらない。
「難しい顔」
声。
なつきは。
顔を上げた。
茜が。
自分の机の横に立っていた。
「また?」
「また」
「今日は眉?」
「少し」
なつきは。
自分の眉間を触る。
「これ?」
「押すと余計変」
「昨日も言われた気がする」
「学習して」
「してる途中」
三浦の言葉を。
そのまま使う。
茜が。
少しだけ笑う。
「何考えてたの?」
「選ぶとき」
「昨日増えたやつ?」
「うん」
「気になる?」
「すごく」
「どうして?」
なつきは。
少し考える。
「だって」
黒板を見る。
「使ってもらう前に、選んでもらえなかったら終わりでしょう?」
「そうだね」
「どれだけ分かりやすくても」
「手に取られない」
「うん」
なつきは。
自分のファイルへ視線を戻す。
「じゃあ、分かりやすいだけじゃ駄目なのかな」
「何が?」
「試作品」
「分かりやすさは必要」
「でも、選ばれる理由は別?」
茜は。
すぐには答えなかった。
自分の黒いノートを開く。
「価格」
「うん」
「見た目」
「うん」
「大きさ」
「うん」
「何に使うか分かること」
「あ」
なつきが。
顔を上げる。
「分かりやすさもある」
「あると思う」
「使い方じゃなくて?」
「何のためのものか」
「それが分からなかったら?」
「選ばれにくい」
「じゃあ」
なつきは。
少しだけ身を乗り出す。
「選ばれる理由の中にも、分かりやすさがある?」
「たぶん」
「また、たぶん」
「便利だから」
「茜ちゃんも使う」
「ラボで覚えた」
二人で。
小さく笑う。
そのとき。
教室の前の扉が開いた。
春樹。
鞄。
いつものように。
片手には。
本。
もう片方には。
今日は。
小さな紙袋。
なつきの目が。
自然に。
そちらへ向く。
春樹も。
教室へ入って。
すぐに。
なつきを見た。
目が合う。
「おはよう」
「おはよう」
昨日より。
少し自然。
でも。
その自然さが。
なつきには。
少し嬉しかった。
春樹は。
自分の席へ向かう途中。
なつきの机の横で止まる。
「これ」
紙袋を。
なつきの机へ置いた。
「何?」
「卵焼き」
なつきが。
目を丸くする。
「え?」
「昨日」
「うん」
「横田さんの食べたから」
「うん」
「今日は」
春樹が。
少しだけ。
紙袋を見る。
「うちの」
なつきの胸が。
少しだけ。
大きく動いた。
「持ってきたの?」
「うん」
「私に?」
言ってから。
自分で。
少し恥ずかしくなる。
春樹は。
ほんの少し。
間を空けた。
「みんなにも」
「あ」
胸の中。
何かが。
少しだけ。
落ちる。
自分だけ。
そう思った。
勝手に。
でも。
春樹は。
続けた。
「横田さんには、先に」
なつきが。
顔を上げる。
「先に?」
「昨日、横田さんの家の食べたから」
「交換?」
「今度はちゃんと」
昨日。
昼休み。
最後の一つを。
二人で半分にした。
その前の日。
弁当の卵焼きを。
一つずつ交換した。
今日は。
春樹が。
持ってきた。
同じ。
でも。
少し違う。
「食べていい?」
「昼」
「今じゃ駄目?」
「朝から卵焼き?」
「朝ご飯みたい」
「食べた?」
「食べた」
「じゃあ昼」
「分かった」
なつきは。
紙袋を。
両手で持つ。
少しだけ。
重い。
「ありがとう」
「うん」
「大國くん」
「何?」
「選んだの?」
「何を?」
「卵焼き」
「母さんが」
「違う」
なつきは。
紙袋を。
少し持ち上げる。
「持ってくるって」
春樹が。
少しだけ。
なつきを見る。
「選んだ」
「どうして?」
「昨日、食べてもらったから」
「それだけ?」
聞いて。
すぐに。
しまった。
と思う。
また。
少し。
意味を求めすぎた。
でも。
春樹は。
怒らない。
困ったように。
ほんの少し。
目を細める。
「横田さんに、食べてほしかったから」
胸。
大きく。
鳴る。
「みんなにも?」
「……みんなにも」
「今、間あった」
「顔に出た?」
「言葉に出た」
「同じ」
「違うよ」
二人の間へ。
小さな笑い。
「朝から何してるの?」
三浦の声。
二人とも。
同時に。
そちらを見る。
三浦が。
目を細めて。
紙袋を見る。
「何それ」
「卵焼き」
なつきが答える。
三浦の目が。
急に輝く。
「俺に!?」
「違う」
「昨日と同じ!」
「大國くんの家の」
「マジ?」
三浦が。
春樹を見る。
「お前、持ってきたの?」
「うん」
「俺の分?」
「みんなの」
「横田には?」
なつきと。
春樹。
二人とも。
少し止まる。
三浦が。
その一瞬を。
見逃さない。
「何?」
「何でもない」
なつきが言う。
「顔」
茜が。
横から。
さらっと言った。
三浦が。
すぐに反応する。
「出てた!」
「何が?」
「何か!」
「何かって何?」
「分からない!」
「じゃあ言わないで」
「ラボなら記録する!」
「人間関係はラボじゃない」
茜が言う。
その言葉に。
なつきと春樹が。
ほんの少し。
目を合わせる。
二人とも。
昨日。
何度も。
人間関係をラボみたいに考えた。
だから。
少しだけ。
笑ってしまう。
「何で二人笑った?」
三浦が言う。
「何でもない」
「怪しい」
「朝からうるさい」
紅秋が。
いつものように。
会話を切る。
でも。
三浦は。
紙袋から目を離さない。
「昼、絶対一個な」
「人数次第」
春樹が言う。
「昨日横田は一個くれた」
「昨日は昨日」
「何その夫婦みたいな返し」
教室。
一瞬。
止まった。
三浦自身も。
言ってから。
あ。
という顔をした。
なつきの顔が。
一気に熱くなる。
春樹も。
少しだけ。
耳が赤い。
「三浦くん」
茜の声。
低い。
「今のは」
「ごめん」
三浦が。
珍しく。
すぐ謝った。
「冗談」
「分かってる」
なつきが。
小さく答える。
でも。
胸の音が。
なかなか戻らない。
夫婦。
全然。
そこまでではない。
まだ。
名前も。
関係も。
決まっていない。
特別。
大事。
そこまで。
なのに。
その先の言葉を。
急に。
外から置かれた感じがした。
少し。
怖い。
でも。
同時に。
完全に嫌ではなかった自分にも。
驚く。
「横田さん」
春樹が。
小さく呼ぶ。
「うん」
「大丈夫?」
「うん」
「顔」
「出てる?」
「少し」
「大國くんも」
「少し」
「同じ」
「うん」
短い。
それだけで。
少し落ち着く。
予鈴が鳴る。
朝の教室。
全員が。
自分の席へ戻る。
紙袋。
卵焼き。
なつきは。
大事そうに。
自分の鞄の横へ置いた。
一時間目。
国語。
二時間目。
商業科目。
三時間目。
数学。
四時間目。
英語。
いつもの授業。
でも。
今日は。
授業の合間。
黒板の端の。
『選ぶとき』
が。
何度も。
なつきの目へ入った。
選ぶ。
使う人より。
先に。
何かが立っている。
値段。
見た目。
名前。
説明。
誰かのおすすめ。
その中から。
手に取る。
では。
自分は。
春樹を。
いつから。
特別だと。
選んだのだろう。
選ぶ。
という言い方が。
少し違うかもしれない。
気づいたときには。
近くにいた。
話しかけていた。
気にしていた。
でも。
いつから。
特別になったのか。
分からない。
最初から?
違う。
最初は。
ただの同級生。
本を読んでいる人。
話しかけても。
ちゃんと返事をしてくれる人。
少しずつ。
それが。
変わった。
昼休み。
チャイム。
教室。
一気に。
空気が変わる。
「今日の卵焼き!」
三浦が。
立ち上がる。
「早い」
茜が言う。
「ラボより先?」
「今日は卵焼き確認会」
「違う」
「味覚の初見確認」
「昨日食べた人いるでしょう」
「俺は大國家初見!」
「家をつけるな」
笑い。
なつきは。
紙袋を開ける。
中。
小さな容器。
蓋。
開ける。
春樹の家の卵焼き。
色。
昨日。
春樹の弁当で見たものと同じ。
少し薄い。
形。
細め。
「これ」
三浦が。
覗き込む。
「甘くないんだよな?」
「うん」
「だし?」
春樹が。
少し考える。
「たぶん」
「お前、自分の家の味なのに」
「作ってないから」
「確かに」
まず。
なつきへ。
春樹が。
一つ渡す。
三浦が。
すぐに言う。
「先!」
「昨日」
春樹が答える。
「横田さんの家のを先に食べたから」
「交換?」
「うん」
「俺は?」
「あと」
「扱い!」
「みんなの分あるから」
「じゃあいい」
三浦は。
すぐ納得する。
なつきは。
卵焼きを。
自分の小皿へ置く。
少しだけ。
見る。
「食べないの?」
春樹が聞く。
「見る」
「何を?」
「選ぶとき」
「卵焼きで?」
「だって」
なつきは。
卵焼きを指す。
「昨日、甘いって知ってたら。今日これ見て、甘くないって分かる?」
春樹が。
少し考える。
「分からない」
「見た目だけだと?」
「たぶん」
三浦が。
すぐ口を挟む。
「色薄いから甘くなさそう」
「本当?」
「何となく」
茜。
「私は見た目じゃ分からない」
紅秋。
「同じ」
女子生徒。
「焼き色で?」
「砂糖多いと焦げやすいとか?」
「料理詳しい?」
「知らない」
「適当!」
笑いが広がる。
なつきは。
卵焼きを。
一口食べる。
甘くない。
でも。
昨日。
春樹の弁当からもらった味と。
少し似ている。
「同じ?」
春樹が聞く。
「昨日と?」
「うん」
「たぶん」
「たぶん?」
「昨日、一個だけだったから」
「今日は?」
「一個」
「同じ」
「でも」
なつきは。
少し笑う。
「今日は、大國くんが持ってきた」
春樹が。
少しだけ。
黙る。
周りの声。
聞こえる。
でも。
二人の間。
少しだけ。
静か。
「それで違う?」
「少し」
「味?」
「分からない」
「じゃあ何?」
「気持ち?」
言ったあと。
なつき自身が。
驚いた。
春樹も。
少しだけ。
目を見開く。
「何でもない」
「横田さん」
「何?」
「それ」
「何?」
「たぶん、顔に出てる」
「大國くんも」
「何が?」
「分からない」
二人とも。
少し笑う。
三浦が。
すぐ近づく。
「何してる?」
「卵焼き」
「それは見れば分かる」
「じゃあ分かってる」
「何で二人だけ会話終わってるの?」
「三浦くんも食べて」
「やった」
一個。
三浦。
一口。
「うま」
「甘くない?」
「うん」
「どっち好き?」
なつきが聞く。
三浦が。
少しだけ。
真面目に考える。
「昨日の横田家と?」
「うん」
「選べない」
一瞬。
教室が。
少し静かになる。
「三浦くんが?」
「何その反応」
「すぐ決めそう」
「俺だって考える!」
「何で選べない?」
三浦は。
少し考える。
「その日の気分」
「気分?」
「甘いの食いたい日と。しょっぱいの食いたい日」
「条件で変わる」
紅秋が言う。
「またそれ?」
三浦が。
少し嫌そうな顔をする。
「でも本当」
「じゃあ」
なつきは。
卵焼き二種類を。
頭の中で並べる。
「選ぶ理由って、人だけじゃなくて、その日でも変わる?」
「変わるだろ」
三浦が言う。
「朝なら甘くない方」
「昼なら?」
「どっちも」
「夜?」
「卵焼きあんまり食わない」
「条件増えた」
「俺のせい?」
「違う」
茜が。
少し笑いながら。
黒いノートを開く。
「選ぶとき」
なつきが。
黒板を見る。
「人によって違う」
「その人も、時によって違う」
「用途」
「気分」
「値段」
「見た目」
「置く場所」
「持ち運び」
「誰かに勧められたか」
紅秋が。
次々に挙げる。
三浦が。
両手で頭を抱える。
「多い!」
「昨日より?」
「増えた!」
「見つかった」
「もう!」
笑い。
食事が終わる。
今日は。
昼休み。
作業ではなく。
『選ぶとき』
の整理。
茜が。
黒板に。
大きく。
『選ぶ理由』
と書く。
その下。
『何に使うか分かる』
『価格』
『見た目』
『大きさ』
『持ち運び』
『安全そう』
『簡単そう』
『人のおすすめ』
『必要なとき』
「多い」
三浦。
「まだある」
紅秋。
「言うな!」
クラスの周囲から。
声。
「色」
「学校で使えるか」
「家に置けるか」
「壊れにくさ」
「保証」
「保証?」
「高いものなら」
「これ、そんな高い?」
「今は試作」
「商品になったら?」
「商品になるの?」
「まだ分からない」
「夢ある」
「三浦くんが言いそう」
「先に言われた」
笑い。
なつきは。
黒板を見る。
試作品。
そのもの。
使い方。
だけではない。
選ばれるには。
周りに。
いろいろな理由がある。
「でも」
なつきが言う。
「全部、私たちが決められる?」
「無理」
紅秋が答える。
「人の気分とか」
「決められない」
「じゃあ」
「決められることと、決められないことを分ける」
茜が言う。
「また分ける?」
三浦。
「今度は二つ」
「良かった」
「何で?」
「三つ以上だと怖い」
笑い。
茜は。
黒板へ。
二つ。
『作る側が決められる』
『使う側が決める』
分ける。
『価格』
どちら?
「作る側」
「でも高いと思うか安いと思うかは使う側」
「両方?」
「また二つ」
「一個が二つに増える!」
「落ち着いて」
『見た目』
「作る側」
「好きか嫌いかは使う側」
「また!」
『大きさ』
「作る側」
「置けるかは使う側」
「全部両方じゃん!」
三浦が。
黒板の前で叫ぶ。
教室のあちこちから。
笑い。
紅秋も。
珍しく。
少しだけ笑っている。
「三浦」
「何?」
「境界で分けるんじゃなくて」
「うん」
「作る側が用意できることと、使う側が判断すること」
「同じじゃない?」
「違う」
「分からない」
「例えば」
紅秋は。
価格。
を指す。
「俺たちは値段を決める」
「うん」
「高いか安いかは相手が決める」
「あ」
「見た目は作る」
「好きかは相手」
「大きさは決める」
「置けるかは相手」
「なるほど」
「だから」
茜が続ける。
「選んでもらうためにできることはある。でも、選ばれるかは決められない」
教室が。
少し静かになる。
なつきの胸に。
その言葉が。
ゆっくり落ちる。
できることはある。
でも。
選ばれるかは。
相手が決める。
それは。
少し。
怖い。
頑張れば。
必ず選ばれるわけではない。
分かりやすく。
安全に。
良いものを作っても。
選ばれないことがある。
「それ」
三浦が。
少しだけ。
真面目な顔になる。
「頑張っても駄目なときある?」
「ある」
紅秋が答える。
「嫌だな」
「うん」
「どうする?」
「選ばれなかった理由を見る」
「分からなかったら?」
「聞けるなら聞く」
「聞けなかったら?」
「仮説」
「また試す?」
「うん」
三浦が。
少しだけ。
息を吐く。
「ラボ、終わらない」
「また言った」
「だって」
「でも」
なつきが言う。
「選ばれないことも、失敗だけじゃないかも」
「何で?」
「その人には合わなかっただけかもしれない」
「他の人には?」
「合うかも」
「卵焼き?」
三浦が言う。
「甘いのと、甘くないの」
「うん」
「どっちも売れる?」
「たぶん」
「じゃあ正解二つ」
「また二つ」
「今日は二つ多い!」
笑い。
でも。
春樹は。
なつきを見ていた。
なつきも。
少し遅れて気づく。
目が合う。
選ばれる。
選ばれない。
その言葉。
人間関係へ。
持っていくのは。
少し怖い。
誰かを。
大事だと思う。
でも。
相手も。
同じように。
自分を。
選んでくれるかは。
分からない。
昨日。
春樹は。
特別。
と言った。
大事。
と言った。
それは。
選ばれた。
という意味なのだろうか。
いや。
そこまで。
勝手に決めてはいけない。
なつきの顔に。
少し。
考える色が出たのか。
春樹が。
小さく。
「あとで」
と言った。
なつきは。
一瞬。
驚く。
「何が?」
「話す」
「今じゃなくて?」
「みんな見てる」
昨日。
自分が言った言葉。
なつきは。
少しだけ笑う。
「覚えてた?」
「うん」
「じゃあ、あとで」
「うん」
昼休み。
残り。
茜が。
今日の整理をまとめる。
『作る側ができること』
・何のためのものか伝える
・見た目
・価格
・大きさ
・安全性
・使い方の分かりやすさ
『選ぶ側が決めること』
・必要か
・好きか
・高いか安いか
・置けるか
・使いたいか
最後。
『選ばれるかは、作る側だけでは決められない』
三浦が。
その一文を見る。
「怖い」
「でも本当」
紅秋。
「じゃあ」
三浦が。
少しだけ。
眉を寄せる。
「俺ら、何で頑張るの?」
教室。
静か。
なつきも。
少しだけ。
止まる。
頑張っても。
選ばれるとは限らない。
なら。
どうして。
作る。
直す。
考える。
「選べるようにするため」
春樹が言った。
三浦が。
見る。
「選べる?」
「使う人が」
「どういうこと?」
「良いところも。困るところも。何に使うものかも分からない状態だと」
春樹は。
黒板を見る。
「選ぶこともできない」
「じゃあ」
なつきが続ける。
「私たちは、選んでもらうためじゃなくて」
一度。
言葉を探す。
「ちゃんと選べるようにする?」
茜が。
少しだけ。
目を細める。
「それ、良いと思う」
「選ばせるじゃなくて?」
「選べる」
紅秋も。
頷く。
「必要ない人が選ばないのも、正しい」
三浦が。
少し驚く。
「選ばれなくても?」
「合わないなら」
「それ、負けじゃない?」
「合わない人へ無理に売る方が問題」
「売る話になってる」
「仮に」
「でも」
三浦は。
少し考える。
「使わない人が、使わないって決められるのも分かりやすさ?」
なつきが。
その言葉を聞いて。
少し驚く。
「それ、そうかも」
「俺、また良いこと言った?」
「たぶん」
「たぶん!」
笑い。
茜が。
黒板へ。
新しく。
『使わないと決められることも、分かりやすさ』
と書いた。
「長い」
三浦。
「大事」
「最近長文多い」
「正確」
「板倉化してる」
「嫌か?」
「少し」
「失礼」
予鈴。
机を戻す。
なつきは。
黒板の文字を。
最後にもう一度見る。
選べるようにする。
選ばせるのではない。
相手が。
選ぶ。
そのために。
分かるようにする。
午後。
授業。
でも。
なつきの中には。
その言葉が。
ずっと残った。
放課後。
今日のラボは。
いつもより。
少しだけ。
人が多かった。
昼休み。
『選ぶとき』
の話を聞いていた生徒たちが。
何人か。
「それ、面白そう」
と言って。
残ったからだ。
「今日は何するの?」
「店みたいに並べる?」
「値札つける?」
「まだ値段決まってない」
「じゃあ、どっち選ぶか?」
「何を?」
「袋の絵と文字?」
「それ、昨日やった」
「今日は?」
三浦が。
少し得意そうに。
教卓の前へ立つ。
「選ぶ前確認!」
「何それ」
「今決めた!」
「勝手に名前つけないで」
茜が。
すぐに止める。
「でも」
紅秋が。
机の上へ。
二つの袋を置く。
一つ。
絵。
一つ。
文字。
さらに。
その横。
何も書いていない袋。
三つ。
「何もないのも?」
なつきが聞く。
「比較」
「増えた」
「基準」
「なるほど」
「何も書いてない袋」
三浦が。
持ち上げる。
「これ、名前つける?」
「無地」
「夢がない」
「そのまま」
笑い。
「今日は」
茜が説明する。
「使ってもらう前に、どれを手に取るかを見る」
「中身同じ?」
女子生徒が聞く。
「同じ」
「値段も?」
「同じと仮定」
「大きさも?」
「同じ」
「違うのは袋だけ?」
「うん」
「じゃあ選ぶ理由」
「何となくでもいい」
参加者。
今日は。
ラボメンバーではない。
十一組の生徒。
六人。
昨日。
初見確認をしていない人たち。
三つの袋を。
机の上へ。
等間隔。
左。
絵。
中央。
文字。
右。
無地。
ただし。
置く位置の影響がある。
「これ」
春樹が言う。
「左から見る人、左選びやすくない?」
「あ」
三浦。
「場所」
「また条件」
「じゃあ並び替える?」
紅秋が。
三回。
順番を変えることにする。
一人目。
絵。
文字。
無地。
二人目。
無地。
絵。
文字。
三人目。
文字。
無地。
絵。
「面倒!」
三浦。
「比較」
「分かってる!」
記録開始。
一人目。
男子生徒。
「どれを選ぶ?」
「これ」
絵。
「理由」
「何か分かりやすそう」
「何が?」
「机に置くんだろ?」
「使い方分かった?」
「全部は」
「じゃあ、何で?」
「他の二つより情報ある」
「文字もある」
「読むの面倒」
記録。
二人目。
女子生徒。
無地。
「え?」
三浦が。
思わず声。
「何で?」
「シンプルだから」
「何もないよ?」
「だから」
「何に使うか分からない」
「中身同じって言われたから」
「あ」
前提。
同じ。
そう説明したことが。
選び方へ影響している。
「本番なら?」
紅秋が聞く。
「何も知らなかったら、選ばないかも」
「じゃあ今選んだ理由は?」
「中身同じって知ってるから」
記録。
『実験の説明自体が選択に影響』
「難しい!」
三浦。
「また俺たちが説明しすぎた!」
「必要最低限にするべきだった」
「でも中身同じって言わないと比較できない」
「言ったら無地でも選べる」
「どうする?」
「次は言わない?」
「でも、本当に中身違うと思われる」
「それも選ぶ理由」
「じゃあ、見る?」
「見る」
話し合い。
一度。
止める。
「実験してる途中に条件変えていい?」
なつきが聞く。
「変えたら別の確認」
紅秋。
「分ける」
茜。
「今の三人までは、中身同じと説明」
「次は?」
「何も言わない」
「結果分けて記録」
「はい」
三浦も。
もう。
以前より。
早く切り替える。
次。
何も説明しない。
「この三つから、気になるもの一つ」
三人目。
女子生徒。
文字。
「何で?」
「机に置くって書いてあるから」
「何するもの?」
「分からない」
「それでも?」
「他はもっと分からない」
四人目。
男子生徒。
絵。
「机で使うの分かる」
「何に?」
「知らない」
「でも選ぶ?」
「一番説明ありそう」
五人目。
女子生徒。
無地。
全員。
少し驚く。
「何で?」
「中身見たい」
「情報ない方?」
「何も書いてない方が気になる」
「逆!」
三浦が言う。
「三浦くん!」
「ごめん」
女子生徒は笑う。
「説明ありすぎると、何か面倒そう」
「絵一枚でも?」
「何か、使い方決まってそう」
「無地は?」
「自由そう」
「中身同じだけど」
「今言った!」
「三浦!」
「ごめん!」
教室に笑い。
でも。
記録。
『情報が少ないことを好む人もいる』
三浦が。
黒板を見る。
「もう無理!」
「何が?」
「分かりやすくしたら選ばれるって思ってた!」
「うん」
「でも、分かりやすいと面倒そうって思う人いる!」
「いるね」
「逆じゃん!」
「普通が違う」
「それ便利すぎ!」
最後。
六人目。
男子生徒。
三つを見る。
しばらく。
何も選ばない。
「選ばない?」
茜が聞く。
「何するものか分からないから」
「一つ選んでって言われても?」
「必要か分からない」
「気になるものは?」
「ない」
教室。
静か。
昨日。
黒板に書いた。
『使わないと決められることも、分かりやすさ』
まさに。
それ。
「選ばない」
三浦が。
小さく言う。
「初めて」
「でも」
なつきは。
その男子生徒を見る。
「正直に言ってくれてありがとう」
「いいの?」
「うん」
「失敗?」
「違う」
なつきは。
少し考える。
「今のままだと、選ぶ理由がないって分かった」
「それ、結構厳しくない?」
「厳しい」
「へこむ?」
「少し」
「でも?」
「見つかった」
三浦が。
先に言った。
なつきが。
三浦を見る。
三浦は。
少しだけ。
胸を張る。
「俺も覚えた」
「うん」
「問題が増えたんじゃない」
「見えるようになった」
「よし」
笑い。
でも。
教室の空気。
少し。
真面目。
選ばない。
その結果。
今まで。
誰かへ使ってもらうことばかり考えていた。
でも。
使う前。
選ばない人。
その存在。
初めて。
目の前に来た。
「何のためのものか」
春樹が言う。
「最初に分からないと」
「選べない」
なつきが続ける。
「絵か文字以前?」
「たぶん」
「じゃあ」
三浦が。
少し弱い声。
「俺たち、すごい手前で迷ってた?」
「無駄?」
女子生徒が聞く。
紅秋が。
すぐに首を振る。
「無駄じゃない」
「何で?」
「袋の絵と文字で、机に置くことは伝わるって分かった」
「でも、何のためかは分からない」
「次」
「また作る?」
「うん」
三浦が。
天井を見る。
「終わらない」
「見つかった」
「はい」
もう。
自分で返す。
笑い。
そこから。
新しい話。
「何のためのものか」
どう伝える。
名前。
写真。
短い説明。
「名前つける!」
三浦が。
急に元気。
「ついに俺の出番!」
「作戦名じゃない」
茜が言う。
「商品名?」
「仮」
「また仮!」
「何のためか分かる名前」
「長くなる」
「短くて分かる」
「難しい」
「俺に任せろ」
「不安」
「何で!」
三浦が。
黒板へ。
大きく。
仮の名前を書く。
『かんたん設置くん』
教室。
沈黙。
「何を設置するの?」
なつきが聞く。
「……分からない」
「本人が分からない名前つけないで」
「昨日と同じ!」
笑い。
「じゃあ」
三浦。
『置くだけサポート』
「何を?」
「サポート」
「何の?」
「……分からない」
「また」
「難しい!」
紅秋が。
少し考える。
「名前だけで全部説明しなくていい」
「じゃあ?」
「名前+一行」
「増える」
「でも、選ぶときは必要かもしれない」
春樹。
「使う前は絵一枚」
「選ぶときは用途一行」
「情報を分ける」
「場面ごと」
なつきが。
少し笑う。
「また同じ」
「全部一か所に載せない」
「必要なときに必要な情報」
「うん」
三浦が。
黒板の四つの枠を見る。
『選ぶとき』
『使う前』
『使用中』
『片づけ』
「場面ごとに違う」
「そう」
「じゃあ、名前は名前」
「用途は用途」
「袋は使う前」
「本体は使用中」
「片づけは最後」
「分ける」
「なんか」
三浦が言う。
「やっと整理されてきた」
「増えたのに?」
なつき。
「増えたけど、置き場所ができた」
その言葉に。
紅秋が。
少しだけ。
頷く。
「それ」
「何?」
「問題が増えてるんじゃなくて、分類できるようになった」
「俺、また良いこと言った?」
「今のは使える」
「今日二回目!」
「記録」
茜が書く。
『問題を場面ごとに分けると、直す場所が見える』
「長い」
「大事」
「はい」
三浦も。
もう反論しない。
夕方。
教室。
人。
少しずつ。
帰る。
残ったラボメンバー。
今日は。
新しい試作品を。
完成させないことになった。
その代わり。
『選ぶとき』
に必要なもの。
だけ。
整理。
『名前』
『何のためのものか一行』
『見た目』
『価格は後』
『大きさは本体』
「明日」
茜が言う。
「用途が分かる説明を二案」
「文字?」
「文字+小さい絵」
「また比較」
「うん」
「誰に見せる?」
「明日考える」
「先に決めない?」
「今日はここまで」
三浦が。
珍しく。
「分かった」
とすぐ答える。
全員。
少しだけ。
驚く。
「何?」
「素直」
なつき。
「俺も成長した」
「本当に」
紅秋。
「板倉が認めた!」
「今日だけ」
「厳しい!」
笑い。
片づけ。
箱。
紙。
試作品。
袋。
記録。
昨日までより。
少しだけ。
手際が良い。
でも。
今日は。
新しい箱が一つ増えた。
『選ぶとき案』
「また箱増えた」
三浦。
「必要」
紅秋。
「使えるかもしれない紙よりは分かりやすい」
なつき。
「あの箱名前変える?」
「明日」
茜。
「全部明日!」
「帰る時間」
「はい」
電気。
消す前。
なつきは。
黒板を見る。
『選ばれるかは、作る側だけでは決められない』
その一文。
まだ。
残っている。
「横田さん」
春樹の声。
「うん」
「少し残れる?」
なつきの胸。
少しだけ。
動く。
「うん」
茜が。
鍵。
でも。
二人がまだいるため。
「終わったら職員室へ返して」
と。
なつきへ鍵を渡す。
「分かった」
三浦が。
何か言いそうな顔。
茜が。
すぐ見る。
「顔」
「何も言ってない!」
「そのまま帰って」
「はい!」
三浦。
紅秋。
茜。
みんな。
教室を出る。
「また明日!」
「お疲れ」
「鍵忘れないで」
「うん」
扉。
閉まる。
教室。
急に。
静か。
窓の外。
運動部。
遠い声。
机。
椅子。
黒板。
なつき。
春樹。
二人。
「話」
なつきが言う。
「昼の」
「うん」
「選ばれるって」
春樹は。
自分の席の近く。
机へ。
軽く手を置く。
「横田さん」
「うん」
「昼」
「うん」
「黒板見てたとき」
「うん」
「考えてたでしょう」
「顔に出てた?」
「少し」
「何考えてたか分かった?」
「分からない」
「じゃあ」
なつきは。
少しだけ笑う。
「聞いて」
「うん」
少し。
沈黙。
自分から。
話す。
でも。
何を。
どこまで。
言う。
「選ばれるかは」
なつきは。
黒板を見る。
「作る側では決められないって」
「うん」
「ちょっと怖かった」
「どうして?」
「だって」
なつきは。
言葉を探す。
「頑張っても、選ばれないことあるって」
「あると思う」
「うん」
「ラボ?」
「それも」
春樹が。
少しだけ。
なつきを見る。
「それも?」
「……大國くんも」
言った。
声。
小さい。
でも。
聞こえた。
春樹の目が。
少しだけ。
揺れる。
「俺?」
「うん」
「何で?」
「私が」
なつきは。
一度。
息を吸う。
「大國くんを特別って思っても」
胸。
大きく鳴る。
「大國くんが、同じ意味で私を選ぶかは」
少し。
声が詰まる。
「分からない」
教室。
静か。
窓の外。
笛。
掛け声。
それだけ。
春樹は。
すぐに答えなかった。
なつきも。
急かさない。
怖い。
少し。
でも。
言った。
分からない。
だけで。
胸の中に置いておくより。
少しだけ。
軽い。
「横田さん」
「うん」
「俺も」
「何?」
「同じこと考えた」
なつきが。
顔を上げる。
「私が?」
「横田さんが」
春樹は。
少しだけ。
視線を落とす。
「俺を特別って言ってくれた」
「うん」
「でも」
「うん」
「その特別が、俺と同じか分からない」
なつきの胸。
少しだけ。
痛い。
でも。
同時に。
安心。
自分だけ。
怖がっていたわけではない。
「怖かった?」
なつきが聞く。
「少し」
「今も?」
「少し」
「同じ」
「うん」
二人。
小さく笑う。
でも。
完全に。
笑いきれない。
大事な話。
「じゃあ」
なつきは。
黒板を見る。
『選ばれるかは、作る側だけでは決められない』
「私たちも?」
「何が?」
「相手を選ばせることはできない」
「うん」
「でも」
なつきは。
昼休みの。
春樹の言葉を思い出す。
「選べるようにすることはできる?」
春樹が。
少しだけ。
目を細める。
「どうやって?」
「分からないこと、言う」
「うん」
「気になること、聞く」
「うん」
「嫌なことも?」
「うん」
「嬉しいことも?」
「うん」
「それで」
なつきは。
少し。
笑う。
「お互い、ちゃんと分かった上で」
「選ぶ?」
「うん」
春樹は。
すぐには答えなかった。
でも。
少しして。
ゆっくり頷く。
「それがいい」
「今すぐ?」
「何を?」
「選ぶ」
春樹の顔が。
少しだけ。
熱を持つ。
なつきも。
自分で聞いて。
顔が熱い。
「今は」
春樹は。
少し考える。
「まだ」
「まだ?」
「分からないこと多い」
「ラボみたい」
「うん」
「でも」
「うん」
「選ばない?」
聞く。
声。
少しだけ。
弱い。
春樹は。
なつきを見る。
「今は」
間。
「横田さんの隣を選んでる」
なつきの胸。
一瞬。
止まる。
春樹は。
続ける。
「それ以上の名前は」
少しだけ。
視線を逸らす。
「まだ分からない」
なつきは。
何も言えない。
隣。
選んでる。
それだけ。
でも。
自分には。
十分すぎるほど。
嬉しい。
「私も」
なつきが言う。
「何?」
「大國くんの隣」
少しだけ。
笑う。
「選んでる」
春樹の顔。
ほんの少し。
緩む。
「そっか」
「うん」
「顔」
「出た?」
「出た」
「大國くんも」
「出てる?」
「うん」
「じゃあ同じ」
「うん」
今度は。
二人とも。
ちゃんと笑った。
選ぶ。
という言葉。
さっきまで。
少し怖かった。
でも。
今。
少しだけ。
違う意味になった。
全部を。
一度に決めなくていい。
恋人。
友達。
その先。
今は。
名前。
決めない。
でも。
隣にいることは。
選べる。
「横田さん」
「うん」
「今日」
「何?」
「伊藤さんと白石さん呼んだとき」
「うん」
「嫌じゃなかった?」
「少し気になった」
「うん」
「でも」
なつきは。
少し考える。
「前より平気だった」
「どうして?」
「大國くんが」
言葉。
少し照れる。
「私の隣も選んでるって」
「そのときはまだ言ってない」
「今分かったから」
「後付け」
「駄目?」
「駄目じゃない」
「じゃあいい」
二人で笑う。
「大國くんは?」
「何が?」
「蓮と美優」
「少し気になる」
「でも?」
「横田さんが、今ここにいるから」
なつき。
少し黙る。
「それ、ずるい」
「何が?」
「嬉しい」
「横田さんも言った」
「私はそこまで言ってない」
「同じようなこと」
「違う」
「普通が違う」
「便利に使ってる」
「横田さんが先」
また。
笑う。
夕方。
教室。
外。
光。
少しずつ。
薄くなる。
「帰る?」
春樹が聞く。
「うん」
二人。
鞄。
持つ。
教室。
最後。
黒板。
なつきは。
鍵を持つ。
電気。
消す。
扉。
閉める。
鍵。
かける。
「職員室」
「一緒に行く」
「うん」
廊下。
二人。
並ぶ。
少し歩いて。
なつきが。
思い出す。
「大國くん」
「うん」
「卵焼き」
「何?」
「今日持ってきたの」
「うん」
「選んだって言ったでしょう」
「うん」
「私に食べてほしかったから」
春樹が。
少しだけ。
黙る。
「言った」
「それ」
「うん」
なつきは。
少しだけ。
笑う。
「選ばれた感じした」
春樹が。
足を。
少しだけ。
緩める。
「卵焼きで?」
「うん」
「変?」
「変じゃない」
「本当?」
「俺も」
「何が?」
「横田さんが、先に食べてくれて」
「うん」
「持ってきて良かったと思った」
「それ」
「うん」
「顔に出てた?」
「たぶん」
「見れば良かった」
「見てなかった?」
「卵焼き見てた」
「そっち」
「だって大國くん家の」
「また持ってくる?」
なつきが。
少しだけ。
目を丸くする。
「いいの?」
「母さん次第」
「そこは現実」
「俺、作れないから」
「作る?」
「何を?」
「一緒に」
言ってから。
二人とも。
少し止まる。
一緒に。
卵焼き。
家?
どこで?
いつ?
急に。
先の風景が。
一瞬だけ。
頭へ浮かぶ。
なつきの顔。
熱い。
春樹も。
少しだけ。
視線を逸らした。
「今度」
なつきが。
小さく言う。
「いつか」
春樹も。
答える。
「うん」
今すぐ。
ではない。
でも。
いつか。
その言葉。
少しだけ。
未来へ。
道を伸ばす。
二人。
また。
歩き出す。
職員室。
鍵。
返す。
昇降口。
靴。
外。
夕方。
校門へ。
今日。
十一組ラボは。
まだ。
新しい形を完成させなかった。
選ぶとき。
という。
使うより前の場所で。
また。
立ち止まった。
何を見て。
何を感じて。
何を理由に。
誰かは選ぶのか。
分かりやすくすれば。
必ず選ばれるわけではない。
情報を増やせば。
安心する人もいる。
面倒に感じる人もいる。
何も書いていない方を。
選ぶ人もいる。
そもそも。
選ばない人もいる。
だから。
作る側が。
選ばせることはできない。
できるのは。
選べるように。
必要なものを。
見える場所へ置くこと。
そして。
人と人も。
たぶん。
少しだけ似ていた。
好きになってほしい。
選んでほしい。
そう思っても。
相手の気持ちを。
決めることはできない。
でも。
隠したままでは。
相手は。
選ぶことすらできない。
特別。
大事。
気になる。
不安。
嬉しい。
少しずつ。
見せる。
言葉にする。
聞く。
その上で。
今。
二人が選んだのは。
まだ。
恋人という名前ではなかった。
でも。
隣。
そこだった。
なつきは。
春樹の隣を歩く。
春樹も。
なつきの隣を歩く。
どちらかに。
頼まれたわけではない。
先生に。
決められたわけでもない。
席順でもない。
ラボの班分けでもない。
帰り道。
自然に。
でも。
確かに。
二人が。
それぞれ。
選んでいる場所。
十一組ラボの選ばれる理由は。
まだ。
見つかりきっていない。
けれど。
なつきは。
今日。
一つだけ。
分かった気がした。
選ばれることより。
選べること。
そして。
自分で。
選ぶこと。
その二つは。
似ているようで。
少し違う。
選ばれるのを待つだけなら。
相手が。
何を考えているのか。
ずっと。
分からないままかもしれない。
でも。
自分から。
隣を選ぶことはできる。
その人のそばへ。
一歩。
近づくことはできる。
言葉を。
一つ。
渡すこともできる。
「横田さん」
春樹が。
歩きながら呼ぶ。
「うん」
「さっきから」
「何?」
「少し遅い」
「あ」
なつきは。
自分の足元を見る。
考えながら歩いていたせいで。
いつの間にか。
春樹より。
半歩ほど。
後ろになっていた。
「ごめん」
「いや」
春樹は。
足を止めなかった。
ただ。
歩く速さを。
少しだけ。
落とした。
なつきが。
追いつく。
また。
隣。
「合わせた?」
「何を?」
「歩く速さ」
「少し」
「私が遅かったのに」
「別に」
「先行ってもいいよ?」
「一緒に帰ってるから」
春樹は。
前を見たまま言う。
「一緒の方がいい」
なつきの足が。
一瞬だけ。
止まりそうになる。
でも。
今度は。
止まらない。
春樹の横。
同じ速度。
歩く。
「それ」
「何?」
「今の」
「うん」
「選んでる?」
春樹が。
少しだけ。
なつきを見る。
「何を?」
「一緒に帰るの」
「うん」
短い。
でも。
迷いのない返事。
なつきは。
少しだけ。
俯く。
「そっか」
「横田さんは?」
「選んでる」
「うん」
「でも」
「何?」
「たぶん」
なつきは。
少し笑う。
「大國くんより前から」
「何が?」
「一緒に帰りたいって思ってたかも」
言った。
あとから。
恥ずかしさが来る。
なつきは。
前を見る。
春樹の顔を。
見られない。
「いつ?」
「分からない」
「分からない?」
「気づいたら」
「それ」
「何?」
「今日の話みたい」
「選ぶ前から?」
「うん」
「理由が先にあった?」
なつきは。
少し考える。
「理由」
何だったのだろう。
本を読む春樹。
静かな春樹。
話しかければ。
ちゃんと返してくれる春樹。
自分の言葉を。
急いで決めつけない春樹。
分からないことを。
分からないと言える春樹。
気づけば。
何度も。
その横を見ていた。
「一個じゃない」
なつきが言う。
「理由?」
「うん」
「何個?」
「分からない」
「また」
「でも」
なつきは。
指を折るように。
一つずつ。
思い出す。
「話しやすい」
「うん」
「一緒にいて、静かでも嫌じゃない」
「うん」
「ちゃんと聞いてくれる」
「うん」
「本読んでるとき、邪魔しても怒らない」
「邪魔だったの?」
「違う?」
「最初は少し」
「え」
なつきが。
思わず。
春樹を見る。
春樹は。
ほんの少し。
笑っていた。
「最初だけ」
「邪魔だった?」
「読んでる途中だったから」
「ごめん」
「でも」
「うん」
「今は」
少し。
間。
「横田さんなら、いい」
なつきは。
何も言えなくなる。
校門の外。
夕方の道。
自転車で帰る生徒。
部活へ向かう中学生らしい集団。
車。
遠くの信号。
いつもの風景。
その中で。
春樹の言葉だけが。
少し。
特別に残る。
「それ」
なつきが。
やっと言う。
「何?」
「ずるい」
「また?」
「うん」
「何が?」
「私だけ」
「何?」
「嬉しくなる」
春樹が。
少し黙る。
「俺も」
「何が?」
「横田さんが」
少しだけ。
言葉を探す。
「理由、一個じゃないって言ったの」
「嬉しい?」
「うん」
「どうして?」
「一個だったら」
「うん」
「それがなくなったら終わりそうだから」
なつきは。
少し。
目を瞬く。
「なくなる?」
「例えば」
春樹が言う。
「本を読まなくなったら」
「うん」
「それだけが理由なら」
「特別じゃなくなる?」
「かもしれない」
「でも」
なつきは。
すぐに首を振る。
「違う」
「うん」
「本読まなくなっても」
少し考える。
「大國くんは大國くん」
春樹が。
足を。
ほんの少し。
緩めた。
「それ」
「何?」
「嬉しい」
「顔」
「出てる?」
「うん」
「横田さんも」
「出てる?」
「うん」
二人。
また。
少しだけ笑う。
選ばれる理由。
一つではない。
見た目。
価格。
大きさ。
分かりやすさ。
使う場面。
その日の気分。
人によって。
時によって。
変わる。
人を。
大事だと思う理由も。
もしかしたら。
同じなのかもしれない。
一つだけではない。
一つが。
なくなったからといって。
全部が。
消えるわけでもない。
積み重なったものが。
少しずつ。
その人を。
選ぶ理由になっていく。
「横田さん」
「うん」
「明日」
「ラボ?」
「うん」
「用途の説明」
「二案作るんだよね」
「たぶん」
「絵と文字?」
「文字だけと、文字と絵」
「また二つ」
「比較」
「慣れた」
「三浦が?」
「私も」
「俺も」
「分からないって言うのも?」
「前より」
「私も」
なつきは。
少しだけ。
前を見る。
「前は、分からないと不安だった」
「今は?」
「不安だけど」
「うん」
「次がある感じ」
「次?」
「確認する」
「聞く」
「試す」
「直す」
「また分からない」
「増える」
「三浦くんが叫ぶ」
「板倉くんが止める」
「茜ちゃんが書く」
「横田さんが、見つかったって言う」
「大國くんが、たぶんって言う」
「横田さんも」
「みんな使う」
二人の笑い声が。
夕方の道へ。
小さく落ちる。
少し歩く。
駅へ向かう道。
交差点。
信号。
赤。
二人。
並んで止まる。
前。
車が。
何台も通る。
なつきは。
ふと。
横を見る。
春樹。
いつもの横顔。
最初。
ただ。
本を読んでいる同級生だった。
でも。
今は。
違う。
いつから。
変わったのか。
正確には。
分からない。
もしかしたら。
最初から。
小さな理由は。
いくつも。
並んでいたのかもしれない。
ただ。
そのときの自分が。
まだ。
気づいていなかっただけで。
「大國くん」
「うん」
「選ぶ理由って」
「うん」
「選ぶ前からあるんだね」
春樹が。
少しだけ。
なつきを見る。
「今日の題?」
「違う」
「ラボ?」
「それも」
「またそれも」
「だって」
なつきは。
少し笑う。
「選ぶ瞬間に、急に全部決まるわけじゃないでしょう?」
「うん」
「その前に見たものとか」
「聞いたこととか」
「使ったこととか」
「誰かの話とか」
「全部?」
「たぶん」
「じゃあ」
春樹は。
少し考える。
「選ぶ人より先に」
「理由が立ってる?」
「うん」
なつきは。
黒板に。
今日書かれていた言葉を思い出す。
『選ぶ理由』
使う人が。
試作品へ触れる前。
袋を開ける前。
店で。
棚の前へ立つ前。
もしかしたら。
もっと前。
困った。
欲しい。
必要。
そう思った瞬間から。
選ぶ理由は。
少しずつ。
始まっている。
「じゃあ」
なつきが言う。
「私が大國くんの隣を選んだ理由も」
春樹が。
少しだけ。
目を向ける。
「前から?」
「うん」
「いつから?」
「だから分からない」
「また」
「でも」
なつきは。
少しだけ。
恥ずかしくなりながら。
それでも。
続ける。
「今日より前」
「それは分かる」
「昨日より前」
「うん」
「もっと前」
「どこまで?」
「分からない」
「結局?」
「分からない」
二人。
笑う。
信号。
青。
歩き出す。
横断歩道。
白い線。
二人。
同じ方向。
同じ速度。
渡る。
途中。
自転車が。
少し速い速度で。
横から近づく。
「横田さん」
春樹が。
ほんの少し。
なつきの側へ寄る。
なつきも。
反射的に。
春樹の方へ。
一歩。
近づく。
自転車が。
通り過ぎる。
「危なかった?」
「少し」
「ありがとう」
「うん」
二人の距離。
さっきより。
少し近い。
歩道へ上がっても。
すぐには。
離れない。
肩が。
触れるほどではない。
でも。
少し手を動かせば。
触れそう。
その距離。
なつきは。
気づいている。
春樹も。
たぶん。
気づいている。
でも。
どちらも。
何も言わない。
少しだけ。
そのまま。
歩く。
「大國くん」
「うん」
「近い?」
「少し」
「離れる?」
春樹は。
すぐには答えなかった。
なつきも。
すぐには離れなかった。
「横田さんは?」
「私は」
胸。
少し速い。
「このままでいい」
春樹が。
ほんの少し。
息を吐く。
「俺も」
それだけ。
距離は。
変わらない。
誰かに。
押されたわけではない。
たまたま。
自転車を避けて。
近づいた。
でも。
そのあと。
離れないことは。
二人が。
それぞれ。
選んだ。
名前のない。
小さな選択。
駅が。
近づく。
人。
増える。
学生。
会社員。
買い物袋を持つ人。
バス停。
信号。
店。
看板。
いろいろなものが。
目に入る。
「横田さん」
「うん」
「今日のラボ」
「うん」
「店に置くならって話」
「選ぶとき?」
「うん」
「何?」
「俺」
春樹が。
少しだけ。
駅前の店を見る。
「今まで、商品選ぶとき」
「うん」
「そんなに考えてないと思ってた」
「私も」
「でも」
「いっぱい見てる?」
「たぶん」
「値段」
「大きさ」
「見た目」
「名前」
「知ってる会社」
「レビュー」
「大國くん、レビュー見る?」
「高いものなら」
「私は」
なつきが。
少し考える。
「口コミ見る」
「同じ」
「あと」
「何?」
「パッケージ可愛いと見る」
「それは俺、あまりない」
「普通が違う」
「うん」
「でも」
なつきは。
駅前に並ぶ。
いくつもの看板を見る。
「選ぶ理由って、商品だけじゃないね」
「店?」
「うん」
「入りやすい」
「入りにくい」
「明るい」
「暗い」
「混んでる」
「空いてる」
「店員さん」
「場所」
「また増えた」
「三浦いたら叫ぶ」
「今いなくて良かった」
「明日言う?」
「言ったら増える」
「でも記録」
「見つかった」
二人。
また笑う。
駅の入口。
ここから。
少しずつ。
帰る方向。
人の流れ。
変わる。
なつきは。
少しだけ。
歩く速度を落とした。
今日。
学校で。
たくさん話した。
ラボ。
選ぶ。
選ばれる。
隣。
卵焼き。
いつか。
一緒に作る。
まだ。
何も。
約束ではない。
でも。
一つずつ。
残っている。
「大國くん」
「うん」
「今日」
「何?」
「ありがとう」
「何が?」
「卵焼き」
「あ」
「あと」
「うん」
「話」
「昼の?」
「放課後」
「うん」
「隣を選んでるって」
春樹が。
少しだけ。
目を逸らす。
「言った」
「嬉しかった」
「うん」
「大國くんは?」
「何が?」
「私も選んでるって言ったの」
春樹は。
少しだけ。
黙る。
人が。
二人の横を通る。
駅のアナウンス。
電車の到着を知らせる音。
「嬉しかった」
春樹が言う。
なつきは。
少し笑う。
「同じ」
「うん」
「これも?」
「同じ」
今度は。
たぶん。
をつけなかった。
なつきも。
気づいた。
春樹も。
気づいたかもしれない。
でも。
どちらも。
そこを。
わざわざ言わない。
言わなくても。
分かることも。
少しずつ。
増えている。
でも。
分からないことは。
まだ。
もっと多い。
それでいい。
分からないなら。
聞けばいい。
決めつけず。
確かめればいい。
十一組ラボが。
そうしているように。
「じゃあ」
なつきが言う。
「また明日」
「うん」
「ラボ」
「うん」
「卵焼きは?」
「毎日は無理」
「分かってる」
「また今度」
「うん」
「一緒に作るのも?」
なつきが。
言った瞬間。
春樹の動きが。
ほんの少し。
止まる。
なつきも。
自分で。
また言った。
と思う。
「……いつか」
春樹が答える。
「うん」
「いつか」
二人。
小さく笑う。
そして。
それぞれの帰る方向へ。
歩き出す。
数歩。
なつきは。
振り返らない。
でも。
少しだけ。
気になる。
春樹も。
振り返るだろうか。
昨日までなら。
確認したくて。
振り返っていたかもしれない。
でも。
今日は。
そのまま歩く。
選ばれているか。
何度も。
確かめなくてもいい。
今。
隣を選んでいる。
そう。
言葉で聞いた。
それを。
信じてみる。
十歩ほど。
歩いたところで。
「横田さん」
後ろから。
声。
なつきは。
すぐに振り返る。
春樹が。
少し離れたところで。
立っていた。
「何?」
「明日」
「うん」
「朝」
「うん」
「少し早く来られる?」
「ラボ?」
「それも」
「それも?」
春樹が。
少しだけ。
手に持っていた。
本を持ち直す。
「用途の説明」
「うん」
「一緒に考えたい」
なつきの胸が。
また。
少し温かくなる。
「いいよ」
「何時?」
「いつもより十分?」
「うん」
「じゃあ」
「明日」
「うん」
春樹が。
少しだけ。
笑う。
「また明日」
「また明日」
今度こそ。
二人。
それぞれ。
歩き出す。
なつきは。
少しだけ。
笑っていた。
明日。
早く来る。
用途の説明を。
一緒に考える。
それは。
ラボのため。
間違いなく。
ラボのため。
でも。
それだけではないと。
少しだけ。
思ってしまう。
朝。
いつもより。
十分。
長く。
春樹と一緒にいられる。
そう思った自分を。
もう。
慌てて否定しなかった。
それも。
自分が。
選んだ理由の。
一つだから。
翌日のラボは。
まだ始まっていない。
用途の一行も。
名前も。
選ぶときの正解も。
まだ。
何も決まっていない。
それでも。
今日。
十一組が見つけたものは。
小さくなかった。
使う人は。
使う瞬間だけを生きているわけではない。
使う前があり。
選ぶときがあり。
そのさらに前に。
困ったり。
欲しいと思ったり。
必要だと感じたりする時間がある。
だから。
物は。
使われる前から。
もう。
誰かの判断の中にいる。
そして。
選ばれる理由は。
物の中だけにあるわけではない。
使う人の中にもある。
その日の気分。
その人の生活。
置く場所。
持っているもの。
大事にしていること。
過去に使ったもの。
誰かから聞いた言葉。
作る側には。
全部を決めることはできない。
だからこそ。
選ばせるのではなく。
選べるようにする。
必要な情報を。
必要な場所へ置く。
合わないなら。
選ばないこともできるようにする。
それも。
たぶん。
分かりやすさだった。
そして。
人と人も。
相手の気持ちを。
自分の望む形へ。
決めることはできない。
好きになってほしい。
隣にいてほしい。
自分を選んでほしい。
そう願うことはできる。
でも。
選ぶのは。
相手。
だから。
できることは。
自分を。
少しずつ。
見せること。
嬉しいと言う。
不安だと言う。
気になると伝える。
大事だと伝える。
そして。
相手の言葉を。
聞くこと。
その上で。
今日。
二人は。
一つだけ。
同じものを選んだ。
まだ。
恋人ではない。
まだ。
告白でもない。
まだ。
二人の関係に。
新しい名前はない。
けれど。
今。
隣にいる。
明日も。
少し早く。
会う。
その小さな選択を。
二人とも。
自分で選んだ。
十一組ラボの。
選ばれる理由は。
使う人より先に立っていた。
そして。
なつきが。
春樹の隣を選ぶ理由も。
きっと。
自分が。
それを特別だと気づくより。
ずっと前から。
少しずつ。
そこに立っていた。




