表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『君の隣を目指して』――図書室、帰り道、教室――。少しずつ距離を縮めていく、高校生たちの等身大の青春ラブストーリー。  作者: 伊佐波瑞樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
146/171

第146話 十一組ラボの正解は、使う前から始まっていた



 翌朝。


 梅桜高校商業科棟二階。


 十一組の教室は。


 まだ一時間目が始まる前だというのに。


 昨日より少しだけ。


 落ち着かない空気に包まれていた。


 理由は。


 黒板の端に残された。


『試作三号』


 という文字だった。


 その下には。


 三つの項目。


『使う前』


『使用中』


『片づけ』


 さらに。


 昨日。


 みんなで話し合って書いた。


 細かな条件が並んでいる。


『机に置くと分かる』


『上下を形で判断できる』


『違う向きでは危険になる前に止まる』


『止まった理由が分かる』


『片づける順番が分かる』


 文字だけを見ると。


 何か。


 立派な開発会議でもしているように見える。


 けれど。


 その横には。


 三浦が勝手に描いた。


 机らしき絵。


 人の手。


 そして。


 なぜか。


 小さな猫。


 が残されていた。


「これ、何?」


 朝一番に登校してきた女子生徒が。


 黒板を見て聞いた。


「担当猫」


 三浦が答えた。


「ラボ関係ある?」


「横田」


「私?」


 なつきは。


 自分の席で。


 鞄から教科書を出しながら顔を上げる。


「なんで私なの?」


「昨日、自分で担当猫って言った」


「今だけって言った」


「記録には残ってる」


「誰が記録したの?」


「俺」


「消して」


「歴史改ざん」


「そこだけ消して」


 教室のあちこちから。


 朝の笑い声が広がる。


 窓の外。


 雨上がりの翌日。


 空は。


 昨日よりも高く見えた。


 薄い雲は残っている。


 けれど。


 その隙間から。


 朝の白い光が入っている。


 校庭の土は。


 まだ少しだけ色が濃い。


 水たまりも。


 端の方に残っている。


 校舎の前を。


 登校してきた生徒たちが歩く。


 傘はない。


 けれど。


 足元を気にしながら。


 水たまりを避けている。


「横田さん」


 声。


 なつきは。


 反射的に顔を上げる。


 春樹が。


 教室の前方から。


 こちらへ歩いてきていた。


 昨日までなら。


 普通に。


「おはよう」


 と言えた。


 今も。


 言える。


 でも。


 昨日。


 二人で。


 特別。


 という言葉の中身は。


 まだ同じか分からない。


 でも。


 大事。


 という部分は。


 たぶん同じ。


 そう話した。


 その会話が。


 まだ。


 胸の中へ。


 新しい記憶として残っている。


「おはよう」


 春樹が言う。


「おはよう」


 なつきも返す。


 昨日と同じ。


 でも。


 やっぱり。


 昨日までとは違う。


「今日」


 春樹が。


 なつきの机の横で止まる。


「放課後?」


「ラボ?」


「うん」


「すると思う」


「思う?」


「茜ちゃんが、朝決めるって」


「そっか」


「大國くん、何か考えた?」


「少し」


「何?」


 春樹は。


 自分の透明なファイルから。


 一枚の紙を出した。


「これ」


 なつきは。


 受け取る。


 昨夜。


 家で描いたらしい。


 簡単な図。


 試作品を袋から出す。


 机へ置く。


 向きを合わせる。


 使用する。


 片づける。


 一連の流れが。


 小さな絵で並んでいる。


「わ」


「どう?」


「分かりやすい」


「本当に?」


「うん」


「初見じゃないから」


「あ」


 なつきの声が止まる。


 春樹が。


 ほんの少し笑う。


「横田さんが分かりやすいと思っても」


「使う人がどう思うかは分からない」


「うん」


「でも」


 なつきは。


 もう一度。


 紙を見る。


「私は好き」


「何が?」


「この絵」


「好き?」


「うん」


「分かりやすいじゃなくて?」


「分かりやすいと思う。でも」


 なつきは。


 指で。


 一番最初の絵を指す。


 袋から。


 試作品を出して。


 机へ置く。


「ここから描いてるのが好き」


「どうして?」


「昨日」


 なつきは。


 小林の言葉を思い出す。


『机に置くものだと思ってなかった』


 あの一言。


 自分たちは。


 試作品本体の使い方ばかり考えていた。


 でも。


 使う人にとっては。


 袋から出した瞬間から。


 もう。


 使い方が始まっている。


「使う前から、使い方だったから」


 なつきが言う。


 春樹は。


 少しだけ頷く。


「それで描いた」


「大國くんも同じこと考えた?」


「うん」


「同じ」


「うん」


 その言葉が。


 少し嬉しい。


 特別の意味は。


 まだ。


 完全に同じか分からない。


 でも。


 同じものを見て。


 同じことを考える瞬間はある。


 その積み重ねが。


 なつきには。


 少し安心できるものだった。


「ただ」


 春樹が言う。


「何?」


「絵が多い」


「五個」


「全部見てもらえるかな」


「見ない人いる?」


「いると思う」


「じゃあ」


 なつきは。


 一番最初の絵だけを見る。


「最初だけ?」


「机に置く?」


「うん」


「そのあと、本体で分かるようにする」


「説明減らす?」


「でも、片づけは?」


「最後に見る」


「どこ?」


「……分からない」


「また分からない」


「うん」


 二人で。


 少しだけ笑う。


 そのとき。


 後ろから。


 三浦が。


 ぬっと顔を出した。


「何見てる?」


「うわ」


 なつきが。


 少し肩を揺らす。


「三浦くん、近い」


「怪しい紙?」


「ラボ」


「見せて」


 春樹が。


 紙を少し持ち上げる。


 三浦は。


 真剣に見る。


「これ、大國描いた?」


「うん」


「絵うまい」


「普通」


「俺より?」


 なつきが。


 少し考える。


 三浦の顔を見る。


 春樹を見る。


 紙を見る。


「……分かりやすい」


「比較を避けた!」


「だって」


「俺のも分かりやすいだろ!」


「昨日、机がベッドになった」


「あれは試作!」


「絵も試作なんだ」


「ラボだから」


 三浦は。


 都合よく言った。


「でも」


 紙を見る。


「これ、最初から全部見せる?」


「まだ決めてない」


「多くない?」


「俺も思った」


「じゃあ」


 三浦は。


 一番最初の。


 袋から出して。


 机へ置く絵を指す。


「これだけ袋に描く」


 春樹が。


 少し目を上げる。


 なつきも。


 三浦を見る。


「大國くんと同じ?」


「何が?」


「最初だけ」


「あ」


 三浦が。


 少しだけ嬉しそうな顔をする。


「俺も成長した?」


「たぶん」


「横田のたぶん、信用していい?」


「今日はいいと思う」


「今日は?」


 笑い。


 そのとき。


 茜が。


 黒いノートを持って。


 三人のところへ来た。


「朝から始めてるの?」


「自主ラボ」


 三浦が言う。


「まだ朝」


「朝ラボ」


「授業前」


「朝練みたいなもの」


「部活じゃない」


「研究会?」


「正式な研究会でもない」


「じゃあ十一組ラボ」


「それは仮称」


「全部仮!」


 三浦が。


 頭を抱える。


 茜は。


 春樹の紙を見る。


「これ、昨日作った?」


「家で」


「使う前から」


「うん」


「良いと思う」


 三浦が。


 すぐに言う。


「大國のはすぐ褒める!」


「まだ最後まで言ってない」


「続きある?」


「絵が多い」


「ほら!」


「だから最初だけ使う案」


 なつきが言う。


「三浦くんも言ってた」


「三浦くんも?」


 茜が。


 少し意外そうに見る。


「何その反応!」


「何でもない」


「期待値低い?」


「自覚あるでしょう」


「ない!」


「朝から元気」


 紅秋が。


 少し離れた机から言う。


 いつの間にか。


 今日も。


 透明なファイルを開き。


 昨日の記録を見ていた。


「昼休み」


 茜が言う。


「昨日の結果を整理する」


「放課後は?」


 なつきが聞く。


「試作三号を作り直す」


「昨日も三号だった」


 三浦が言う。


「今日は四号?」


「三号改」


 紅秋が答える。


「格好いい」


「名前じゃない」


「改って強そう」


「中身はまだ紙」


「夢がない」


「現実」


「板倉が今日も板倉」


「お前も今日も三浦」


 教室に。


 朝の笑い声が。


 もう一度広がった。


 予鈴。


 生徒たちが。


 自分の席へ戻る。


 春樹も。


 なつきへ。


 紙を渡したまま。


 自分の席へ向かおうとする。


「あ」


 なつきが呼ぶ。


「これ」


「持ってて」


「いいの?」


「あとで使うかもしれないから」


「なくしたら?」


「横田さんなら」


 一瞬。


 春樹が言葉を止める。


「たぶん大丈夫」


「たぶん?」


「昨日から」


「何?」


「横田さんにだけ、断言するの少し怖い」


 なつきは。


 少しだけ目を瞬く。


「どうして?」


「大事だから」


 春樹は。


 それだけ言って。


 自分の席へ向かった。


 なつきは。


 紙を持ったまま。


 少し動けなかった。


 大事。


 昨日。


 二人で。


 たぶん同じだと言った言葉。


 その言葉が。


 普通の会話の中へ。


 少しずつ入ってくる。


「横田」


 担任の声。


「はい」


「立ったまま何してる」


「あ」


「席」


「はい」


 教室から。


 小さな笑い。


 なつきは。


 慌てて座る。


 春樹の紙を。


 丁寧に。


 透明なファイルへ挟んだ。


 昼休み。


 いつものように。


 四時間目のチャイムが鳴った瞬間。


 教室は。


 一気に。


 授業の空気を失った。


「腹減った!」


「購買!」


「走るな!」


「まだ言ってない!」


「顔!」


「顔で判断するな!」


 茜と。


 男子生徒のやり取り。


 昨日から。


『顔に出る』


 という言葉が。


 十一組の中で。


 少し流行り始めていた。


「お前、今日宿題やってない顔」


「顔で分かる?」


「机の上見た」


「顔じゃないじゃん」


「結果が合ってればいい」


「昨日のラボで、それ駄目って言ってなかった?」


「聞いてたの?」


「教室だから」


 ラボに入っていない生徒たちまで。


 昨日の言葉を。


 少しずつ使っている。


 なつきは。


 そのやり取りを聞きながら。


 弁当箱を出した。


「なつき」


 茜が。


 机を少し寄せる。


「今日も卵焼き?」


「あるよ」


「配る?」


「今日は配らない」


 三浦が。


 遠くから反応する。


「何で!?」


「三浦くんに聞いてない」


「耳が拾った!」


「今日は普通のお弁当」


「普通?」


 春樹が。


 椅子を持って。


 近くへ来る。


 なつきは。


 自分の弁当箱を見る。


 卵焼き。


 小さな唐揚げ。


 ブロッコリー。


 ミニトマト。


 ご飯。


「普通」


「昨日も似てた」


「うん」


 三浦が。


 椅子を持ってくる。


「俺のはパン」


「昨日も」


 紅秋が言う。


「今日は二個!」


「成長」


 なつきが言う。


「だろ?」


「食事量が」


「何でもラボみたいに言うな」


「三浦くんが先に成長って言った」


「俺?」


「朝」


「忘れた」


「早い」


 全員が。


 昼食を始める。


 昨日まで。


 ラボの話は。


 食べ終わってから。


 そう決めていた。


 でも。


 今日は。


 完全には分けられなかった。


「大國」


 紅秋が。


 春樹へ言う。


「朝の紙、あとで見せて」


「うん」


「何それ?」


 三浦が聞く。


「使う前の説明」


「俺も見た」


「先行情報持ってるみたいに言うな」


「朝ラボ参加者」


「正式な参加じゃない」


「でも俺、同じ案言った」


「珍しく」


「板倉!」


 食事。


 笑い。


 ラボ。


 それらが。


 混ざっている。


 以前なら。


 なつきは。


 こういう状態を。


 少し散らかっていると思ったかもしれない。


 でも。


 今は。


 この教室らしいと思う。


 全員が。


 研究者みたいに。


 真面目な顔をするわけではない。


 パンを食べながら。


 誰かの絵を笑う。


 卵焼きを食べながら。


 普通の違いを考える。


 誰かが。


 冗談みたいに言ったことが。


 そのまま。


 次の案になる。


「食べ終わったら」


 茜が言う。


「昨日の確認を三つに分ける」


「三つ?」


 なつきが聞く。


「使う前。使用中。片づけ」


「あ」


「それぞれの問題を混ぜない」


 三浦が。


 パンを持ったまま。


 首を傾げる。


「混ぜると?」


「全部を一つの形で直そうとする」


「昨日やった」


「全部乗せ」


「俺が言った」


「そう」


「失敗?」


 少し。


 三浦の声が。


 弱くなる。


「案」


 茜が答えた。


「まだ失敗してない」


「作ってないから?」


「そう」


「じゃあ、失敗する前に止まった?」


「そういう言い方もできる」


「進歩」


「たぶん」


 なつきが言う。


「横田のたぶん!」


 三浦が笑う。


 食べ終える。


 机を片づける。


 茜が。


 黒板へ。


 三つの大きな枠を書く。


『使う前』


『使用中』


『片づけ』


 その下へ。


 昨日の記録を。


 一つずつ貼っていく。


『机に置くものだと思わなかった』


『広い方を持ち手だと思った』


『材料の文字を上下判断に使った』


 これは。


『使う前』


『逆向きでも途中まで入った』


『止まった理由が分かるまで不安』


『印を別の意味で受け取った』


 これは。


『使用中』


『戻す順番が分からない』


『固くても少し押した』


『説明を探した』


 これは。


『片づけ』


「多い」


 三浦が言う。


「昨日も言ってた」


 紅秋が答える。


「見るたび増えてる」


「見つかったから」


 なつきが言う。


「はい」


「慣れた」


「偉い」


「横田に褒められた」


「普通」


「どっち?」


「今日は褒めた」


「よし」


 教室の周囲。


 ラボに参加していない生徒たちも。


 黒板を見ている。


「これ」


 一人の男子生徒が言う。


「使う前だけで三個あるじゃん」


「うん」


「まだ使ってないのに?」


「うん」


「それ、何か変じゃない?」


「変?」


 なつきが聞く。


「使い方って、使ってからじゃないの?」


 一瞬。


 ラボのメンバーが。


 その男子生徒を見る。


「俺、変なこと言った?」


「いや」


 春樹が答える。


「昨日まで、俺たちもそう思ってた」


「今は?」


「使う前から始まってた」


「袋から出すところ?」


 小林が。


 昨日の自分の体験を思い出して言う。


「うん」


「じゃあ、買うところからじゃない?」


 別の女子生徒が。


 何気なく言った。


 教室が。


 少し止まる。


「買う?」


 三浦が聞く。


「だって」


 女子生徒は。


 少し戸惑いながら続ける。


「何か知らないけど。買って持って帰って使うものなんでしょう?」


「たぶん」


「店に並んでたら、どう使うか分からないと買わなくない?」


 紅秋の手が。


 止まる。


 春樹も。


 黒板を見る。


 なつきは。


 その言葉を。


 頭の中で。


 一度。


 ゆっくり繰り返した。


 使う前。


 袋から出す。


 その前。


 手に取る。


 さらにその前。


 選ぶ。


「使う前より前」


 三浦が言う。


「何て言う?」


「選ぶとき?」


 茜が。


 黒板の左端へ。


 新しい枠を書く。


『選ぶとき』


「増えた!」


 三浦が叫ぶ。


 教室中に。


 笑いが起こる。


「四つになった!」


「見つかった」


 なつきが言う。


「先に言われた!」


「もう覚えたでしょう」


「覚えたけど増える!」


 紅秋は。


 少し考えながら。


 新しい枠を見る。


「でも、大事かもしれない」


「何が?」


「使い方が分からないものは、そもそも選ばれない」


「見た目?」


「説明」


「名前」


「値段」


「色」


「大きさ」


 周囲から。


 次々に声が上がる。


「待って」


 三浦が。


 両手を広げる。


「増やすな!」


「三浦くんが止める側になってる」


 なつきが言う。


「もう容量いっぱい!」


「まだ昼休み」


「脳が放課後!」


「休ませて」


「ラボが終わらない!」


「今日作るのは、選ぶところじゃない」


 茜が言った。


 三浦が。


 少しだけ。


 ほっとする。


「今は?」


「使う前」


「良かった」


「でも記録はする」


「増えた」


「見つかった」


「もういい!」


 笑いが広がる。


 ただ。


 茜は。


 本当に。


『選ぶとき』


 の横へ。


 小さく。


『今後確認』


 と書いた。


 なつきは。


 その文字を見る。


 今まで。


 試作品を。


 完成させれば終わりだと思っていた。


 でも。


 使う人が。


 それを見つけ。


 手に取り。


 使って。


 片づける。


 その全部に。


 分かりやすさがある。


 もしかしたら。


 もっと。


 そのあともある。


 また使うとき。


 壊れたとき。


 誰かに説明するとき。


 全部。


 一つの物の。


 続きなのかもしれない。


「横田さん」


 春樹が。


 小さく呼ぶ。


「うん」


「考えすぎてる顔」


「出てた?」


「少し」


「大國くんも?」


「たぶん」


「何考えてた?」


「終わりがない」


「同じ」


「同じ?」


「うん」


 なつきは。


 少しだけ笑う。


「使う前の前があって」


「使ったあとのあともある」


「あると思う?」


「ある」


「何?」


「また使う」


「あ」


「保管」


「壊れたとき」


「捨てるとき」


「人に貸すとき」


「説明するとき」


 二人の会話が。


 少しずつ。


 止まらなくなる。


「待って」


 三浦が。


 また近づいてくる。


「増やすな!」


「聞こえてた?」


「横田と大國が小声で未来を増やしてた!」


「未来?」


「ラボの仕事!」


「記録だけ」


「記録が怖い!」


 笑い。


 茜が。


 手を叩く。


「今日は、使う前だけ」


「はい!」


 三浦が。


 一番大きな声で返事をした。


「放課後」


 紅秋が。


 春樹の朝の紙を受け取る。


「二種類作る」


「また比較?」


 なつきが聞く。


「うん」


「何と何?」


「袋に最初の絵があるもの」


「本体に?」


「本体は、形だけ」


「もう一つは?」


「袋には文字だけ」


「『机に置く』?」


「そう」


「絵と文字?」


「どっちが伝わるか」


「両方つけない?」


 三浦が言う。


「また全部乗せ」


「あ」


「まず比べる」


「はい」


 もう。


 三浦も。


 すぐに反論しなかった。


 昼休み。


 残り。


 数分。


 茜が。


 黒板の内容を。


 写真に撮る。


 紅秋が。


 付箋を回収する。


 春樹が。


 記録用紙をまとめる。


 なつきは。


 机を戻す。


「横田さん」


 春樹が。


 一枚の紙を渡す。


 朝の絵。


「これ、使う」


「返す?」


「持ってて」


「また?」


「なくさないでしょう」


「たぶん?」


「今度は」


 春樹が。


 少しだけ。


 なつきを見る。


「大丈夫」


 昨日。


 断言するのが怖いと言った。


 大事だから。


 簡単に決めつけたくない。


 そういう意味だった。


 でも。


 今。


 大丈夫。


 と言った。


 なつきは。


 少しだけ。


 その言葉が嬉しくなる。


「うん」


「大丈夫」


 自分でも。


 同じ言葉を返す。


 春樹が。


 ほんの少し笑う。


「顔」


「出た?」


「出た」


「大國くんも」


「出てない」


「出た」


「証拠は?」


「見た」


「横田さんだけ?」


「うん」


「じゃあ」


 春樹は。


 少しだけ。


 声を落とす。


「それならいい」


 なつきの胸が。


 また。


 少しだけ。


 温かくなる。


「横田!」


 茜の声。


「机!」


「あ!」


 なつきは。


 慌てて。


 机を戻した。


 放課後。


 最後の授業が終わる。


 教室の空気が。


 一気に。


 夕方へ切り替わる。


 部活動へ向かう生徒たち。


 帰宅する生徒。


 掃除当番。


「ラボ?」


「今日もやるの?」


「何号?」


「三号改」


 三浦が答える。


「何それ、強そう」


「だろ?」


「中身紙だよ」


 紅秋が言う。


「夢を壊すな!」


 いつもの机。


 中央へ集める。


 材料。


 定規。


 はさみ。


 厚紙。


 透明シート。


 布袋。


 昨日まで。


 何度も触ったもの。


 でも。


 今日の目的は。


 少し違う。


「試作品本体は同じ」


 茜が確認する。


「変えるのは?」


「袋」


 三浦が答える。


「一つは絵」


「机に置く絵」


「もう一つは文字」


「『机に置いて使う』」


「長い?」


「読む人には分かる」


「読まない人は?」


「比較」


「そうだった」


 三浦は。


 自分で頷く。


「作る人」


 紅秋が。


 名前を書く。


 絵。


 三浦。


 なつき。


 春樹。


 文字。


 紅秋。


 茜。


 女子生徒二人。


「また一緒」


 三浦が。


 なつきと春樹を見る。


「何が?」


 なつきが聞く。


「班」


「設計が」


「はいはい」


「何?」


「何でもない」


 茜が。


 三浦を見る。


「三浦くん」


「何も言ってない」


「顔」


「顔で判断するな!」


 全員が笑う。


 作業が始まる。


 絵。


 袋の正面。


 どこへ置くか。


 大きさ。


 向き。


 三浦が。


 鉛筆を持つ。


「机」


「うん」


「人の手」


「うん」


「試作品」


「うん」


「矢印」


「必要?」


 三浦の手が止まる。


「机に置く動きを出す」


「でも、矢印あると」


 なつきが言う。


「どっち向きか考える」


「じゃあ、手が置いてる途中」


「静止画で?」


「斜めにする」


「試作品が浮いてるように見えない?」


「影描く?」


「複雑」


「写真」


「戻った」


 春樹が言う。


 三人とも。


 少し黙る。


 机の上。


 三浦の紙。


 まだ。


 線は。


 ほとんど増えていない。


「難しい」


 三浦が言う。


「机に置くって、簡単なのに」


「動きを一枚で見せるから」


 春樹が答える。


「二枚?」


 なつきが聞く。


「一枚目、持つ」


「二枚目、置く」


「でも、絵増える」


「また」


 三浦が。


 頭を抱える。


「少ない方がいいんだろ?」


「少ない方が絶対いいわけじゃない」


 春樹が言う。


「必要なら二枚」


「でも見る?」


「分からない」


「また!」


「それを試す」


「そうだった」


 三浦は。


 深く息を吐く。


「ラボって、何か」


「何?」


「分からないって言う練習してる気がする」


 なつきが。


 少し笑う。


「前は?」


「すぐ決めてた」


「これ!」


「そう。で、板倉に止められた」


「今は?」


「止められる前に、一回考える」


「成長」


「今度こそ?」


「うん」


「やった」


 紅秋が。


 向かいから。


「手は動かせ」


 と言う。


「はい!」


 絵。


 二枚にする。


 一枚目。


 袋から出す。


 二枚目。


 机へ置く。


 ただ。


 袋から出す絵は。


 本当に必要か。


 また。


 話になる。


「袋から出すのは分かる」


 三浦が言う。


「袋に入ってるから」


「じゃあいらない?」


「机へ置く一枚だけ」


「手で持ってる状態から、机へ置く」


「それなら」


 なつきが。


 自分の手で。


 実際に試作品を持つ。


「こう?」


「ちょっと斜め」


「落ちそう」


「置く瞬間」


 春樹が。


 スマートフォンではなく。


 紙へ。


 なつきの手元を。


 簡単な線で描く。


「大國、絵うまい」


 三浦が言う。


「普通」


「それ、俺に刺さる」


「悪い」


「謝られるともっと刺さる」


 笑い。


「横田さん」


「うん」


「そのまま」


「手?」


「動かさないで」


「疲れる」


「少し」


「何秒?」


「一分」


「長い」


「三十秒」


「二十」


「交渉?」


「腕痛い」


「じゃあ置いて」


「早い」


 三浦が言う。


「俺まだ見てた!」


「自分の手でやって」


「あ」


「自分の手、使える」


「朝も言われた!」


「学習」


「してる途中!」


 三浦が。


 自分の手で。


 試作品を持つ。


 今度は。


 自分の目で。


 角度。


 指。


 机との距離。


 を見る。


「なるほど」


「何?」


 なつきが聞く。


「置くって、置く前に傾けるんだな」


「人による」


「真っ直ぐ下ろす人も」


 春樹が言う。


「また普通違う!」


「でも」


 なつきは。


 少し考える。


「置き方じゃなくて」


「うん」


「机の上にある完成状態を見せれば?」


 三浦が。


 止まる。


「置く途中いらない?」


「机に置いたら、こうなる」


「完成後」


「使う前の完成」


「変な言葉」


「でも」


 春樹が。


 新しい紙へ。


 机。


 その上に。


 正しい向きで置かれた試作品。


 だけを描く。


「これ」


 三人で見る。


 さっきより。


 ずっと単純。


「分かりやすい」


 三浦が言う。


「俺も」


 春樹。


「私も」


 なつき。


 三人とも。


 少しだけ黙る。


「でも」


 三浦が。


 自分で言う。


「俺たちは知ってるから」


 春樹が。


 少し目を細める。


 なつきも。


 三浦を見る。


「三浦くん」


「何?」


「本当に成長した」


「今度こそ褒めた?」


「うん」


「大國!」


「成長した」


「遠山!」


 少し離れた場所から。


 茜が。


「うるさい」


「褒めて!」


「今作業中」


「板倉!」


「手を動かせ」


「誰も優しくない!」


 教室中。


 笑い。


 でも。


 三浦は。


 嬉しそうだった。


 結局。


 絵の案は。


 机の上へ。


 正しい向きで置かれた試作品。


 その横に。


 小さく。


『ここから』


 という文字。


「文字入れるの?」


 三浦が聞く。


「絵だけ比較じゃない?」


「絵だけにする」


 紅秋が。


 向かいから声を飛ばす。


「条件を揃える」


「はい!」


『ここから』


 は消す。


 絵だけ。


 一方。


 文字版。


『机に置いて使います』


 それだけ。


「短い?」


 女子生徒が聞く。


「もっと短く」


 紅秋が言う。


「『机に置く』」


「命令みたい」


「『机に置いてください』」


「丁寧」


「長い」


「『机で使う』」


「机に置くか分からない」


「難しい!」


 今度は。


 向こうの班から。


 声が上がる。


「こっちも同じだ!」


 三浦が喜ぶ。


「喜ぶところじゃない」


 茜が返す。


 教室の真ん中。


 二班。


 似たようなところで。


 止まっている。


 誰でも。


 簡単なことを。


 簡単に伝えるのが。


 難しい。


 その事実が。


 少しおかしくて。


 みんなで笑う。


「『机に置く』でいいんじゃない?」


 なつきが。


 向こうへ言う。


「短い」


「命令っぽい?」


「説明なら」


 春樹が言う。


「『机に置く』でも意味は伝わる」


「試す?」


 紅秋が答える。


「それで」


 二つ。


 完成。


 袋A。


 机の絵。


 袋B。


『机に置く』


 中に入っている試作品は。


 同じ。


 上下の幅を変え。


 違う向きでは。


 危なくなる前に止まる仕組み。


 ただし。


 まだ。


 片づけの問題は。


 完全には直していない。


「今日試す?」


 三浦が聞く。


「急すぎ」


 茜が答える。


「誰か拾う?」


「人を拾うって言わない」


「伝統」


「やめて」


 廊下。


 部活へ向かう生徒。


 まだ。


 人はいる。


 でも。


 昨日。


 今日。


 すでに。


 クラスメイトへ。


 何人も協力してもらった。


「別のクラス?」


 三浦が言う。


「初見なら」


「誰かいる?」


 なつきが。


 少し考える。


「蓮と美優は見た」


「もう初見じゃない」


「図書委員?」


 春樹が言う。


 なつきが。


 春樹を見る。


「亜衣さん?」


「伊藤さんは」


 春樹が少し考える。


「ラボのこと、詳しくは知らないと思う」


「見てない?」


「たぶん」


「でも図書委員ある?」


「今日はない」


「呼ぶ?」


 三浦が。


 すぐに身を乗り出す。


「女子?」


「そこ?」


 茜が。


 呆れたように言う。


「俺が呼びに行く!」


「何で?」


「外交担当」


「初めて聞いた」


「今決めた」


「行かなくていい」


 春樹が言う。


「何で!」


「俺が知ってるから、俺が聞く」


「大國が?」


「うん」


 ほんの少し。


 なつきの胸が。


 動いた。


 伊藤亜衣。


 図書委員。


 少しギャルっぽい。


 春樹と。


 同じ路線で帰ることもある。


 以前。


 二人が。


 一緒に帰ることを。


 気にした。


 今も。


 完全に。


 何も思わないわけではない。


 でも。


 昨日。


 春樹から。


 特別。


 と言われた。


 大事。


 とも。


 言い合った。


 だから。


 前より。


 少しだけ。


 怖くない。


 それでも。


 胸の奥。


 小さく。


 ざわつく。


「横田さん」


 春樹が呼ぶ。


「うん」


「どうしたの?」


「何が?」


「顔」


「あ」


「何か出た?」


 三浦が。


 すぐに食いつく。


「出てない!」


「今、大國が顔って」


「三浦くんは作業!」


「終わってる!」


「片づけ!」


「まだ試すか決まってない!」


 茜が。


 間に入る。


「伊藤さんにお願いできるなら、一人だけ?」


「もう一人欲しい」


 紅秋が言う。


「絵と文字。最初にどっちを見るか」


「別々の人?」


「同じ人に二種類は、また二つ目が影響する」


「じゃあ二人」


「伊藤さんと」


 春樹が。


 少し考える。


「図書室に残ってる人なら」


「白石さん?」


 なつきが。


 無意識に口にした。


 春樹が。


 少しだけ。


 なつきを見る。


「今日、いるか分からない」


「そっか」


 白石。


 特進。


 美優の友人。


 春樹に。


 好意があるように見える女子生徒。


 以前。


 なつきも。


 少し。


 気になった。


 今。


 その名前を。


 自分から出した。


 言ってから。


 胸の中へ。


 少しだけ。


 複雑な気持ちが落ちる。


「誰でもいい」


 紅秋が言う。


「初見なら」


「じゃあ」


 茜が。


 時計を見る。


「二人で探しに行く?」


「誰が?」


 三浦。


「大國くんと」


 茜が。


 一瞬。


 なつきを見る。


「横田さん」


 なつきが。


 少し目を瞬く。


「私?」


「昨日も二人で探したでしょう」


「うん」


「説明もできる」


「うん」


 三浦が。


 ゆっくり。


 にやける。


「また二人」


「三浦くん」


 茜が。


 先に制する。


「何も言ってない」


「顔」


「顔で判断するな!」


 全員が笑う。


 なつきは。


 春樹を見る。


「行く?」


「うん」


 二人で。


 教室を出る。


 廊下。


 放課後の空気。


 窓から。


 少し冷たい風。


 昨日の雨の湿り気は。


 もう。


 ほとんど消えている。


 足音。


 二人分。


 昨日より。


 少しだけ。


 自然に並ぶ。


「大國くん」


「うん」


「伊藤さん、今日いるかな」


「図書室にいるかも」


「部活?」


「伊藤さん、図書委員以外は帰宅部」


「そうなんだ」


「うん」


 少し。


 沈黙。


 なつきは。


 自分が。


 聞きたいことを。


 考える。


 伊藤さんと。


 よく帰る?


 最近も?


 でも。


 聞いたら。


 嫉妬しているみたい。


 いや。


 実際。


 少し。


 気になっている。


 そのことを。


 認めるのも。


 前より。


 怖くない。


「横田さん」


「うん」


「何か聞きたい?」


「え?」


「さっきから」


 春樹が。


 少しだけ。


 なつきを見る。


「考えてる顔」


「出てた?」


「うん」


「最近、大國くん、顔読む」


「ラボで練習した」


「私だけ?」


「たぶん」


「また」


 なつきは。


 少し笑う。


 でも。


 今度は。


 逃げない。


「伊藤さんと」


「うん」


「最近も一緒に帰る?」


 春樹は。


 すぐには答えなかった。


 でも。


 困った顔ではない。


「委員会の日に、たまに」


「二人で?」


「途中まで」


「そっか」


「気になる?」


 春樹が。


 まっすぐ聞く。


 なつきの胸が。


 一瞬。


 大きく鳴る。


「……少し」


 言った。


 自分で。


 少し驚く。


 でも。


 言えた。


 春樹は。


 歩きながら。


 ほんの少し。


 視線を落とす。


「嫌?」


「何が?」


「一緒に帰るの」


「嫌っていうか」


 なつきは。


 言葉を探す。


「私が知らないところで、大國くんと誰かが近いと」


 声が。


 少し小さくなる。


「少し、気になる」


 春樹は。


 すぐに答えない。


 渡り廊下へ出る。


 風。


 なつきの髪が。


 少し揺れる。


「横田さん」


「うん」


「それ」


「何?」


「俺もある」


 なつきが。


 春樹を見る。


「誰?」


「蓮」


「あ」


「美優さんも」


「美優も?」


「近いから」


「幼馴染」


「分かってる」


「家族みたい」


「分かってる」


「でも気になる?」


「少し」


 なつきは。


 何も言えなくなった。


 春樹も。


 同じ。


 自分だけではない。


 それが。


 嬉しいような。


 少し恥ずかしいような。


「じゃあ」


 なつきは。


 少しだけ笑う。


「これも同じ?」


「たぶん」


「たぶん多い」


「全部同じって決めるの怖いから」


「でも」


「うん」


「気になるは、同じ?」


「うん」


 今度は。


 春樹が。


 はっきり頷いた。


「同じ」


 なつきの胸が。


 少しだけ。


 軽くなる。


 伊藤。


 蓮。


 美優。


 他の誰か。


 気になる。


 でも。


 それを。


 すぐに。


 禁止。


 とか。


 嫌。


 とか。


 そういう形にしなくてもいい。


 まず。


 気になる。


 それだけ。


 言える。


 聞ける。


 それが。


 今の二人には。


 ちょうど良かった。


「伊藤さんに頼むの」


 なつきが言う。


「嫌じゃない」


「本当?」


「うん」


「無理してない?」


「少し気になるけど」


 なつきは。


 前を見る。


「ラボだから」


 春樹が。


 少し笑う。


「便利だね」


「ラボ?」


「うん」


「大國くんも使う?」


「使うかも」


 中央棟。


 図書室。


 前まで来る。


 静かな廊下。


 教室とは違う。


 落ち着いた空気。


 扉を開ける。


 図書室の中。


 本棚。


 窓際の席。


 数人の生徒。


 カウンター。


「あ」


 亜衣が。


 返却された本を整理していた。


「大國じゃん」


「伊藤さん」


「横田も」


「こんにちは」


「なに、二人で」


 亜衣が。


 少しだけ。


 意味ありげに。


 二人を見る。


 なつきの顔が。


 少し熱くなる。


 でも。


 亜衣は。


 すぐに笑って。


「ラボ?」


 と言った。


「知ってるの?」


 なつきが聞く。


「ちょっと噂」


「噂?」


「十一組、放課後ずっと何か作ってるって」


「有名」


「三浦くんが騒がしいから」


「それもある」


 亜衣が笑う。


「何?」


 春樹が説明する。


「試作品の初見確認、お願いしたい」


「初見?」


「使い方知らない状態で使ってほしい」


「何作ってるかも知らない」


「それでいい」


「時間?」


「十分くらい」


「いいよ」


 亜衣は。


 あっさり答える。


「もう一人必要?」


「うん」


「白石いるよ」


 なつきの胸が。


 小さく。


 跳ねる。


 亜衣が。


 窓際の奥を指す。


 白石が。


 一人。


 ノートと本を広げている。


 春樹が。


 なつきを見る。


 なつきも。


 春樹を見る。


 昨日。


 特別。


 大事。


 今日。


 気になる。


 それを。


 少しだけ話した。


 だから。


 なつきは。


 今。


 逃げたくなかった。


「お願いしてみる?」


 自分から言った。


 春樹が。


 少しだけ。


 目を細める。


「うん」


 三人で。


 白石のところへ行く。


「白石」


 亜衣が声をかける。


「何?」


 白石が顔を上げる。


 なつき。


 春樹。


 亜衣。


 三人を見る。


 その視線が。


 ほんの少し。


 春樹のところで止まった。


「試作品?」


 春樹が言う。


「何の?」


「まだ説明しない」


「え?」


「初めて見る人に使ってもらいたい」


「私?」


「うん」


 白石は。


 少しだけ。


 なつきを見る。


「横田さんも?」


「うん。ラボの」


「そう」


 短い沈黙。


 でも。


 白石は。


 やがて頷いた。


「時間あるから、いいよ」


「ありがとう」


 なつきが言う。


 白石も。


 少しだけ。


 なつきへ笑った。


「じゃあ行く?」


 亜衣が立つ。


「今?」


「放課後だし」


「うん」


 四人で。


 十一組へ戻る。


 廊下。


 少し。


 不思議な並び。


 亜衣。


 白石。


 春樹。


 なつき。


 途中。


 亜衣が。


 春樹へ言う。


「今日、一緒に帰らない?」


 なつきの胸が。


 ほんの少し。


 動く。


 春樹は。


 少し考える。


「ラボ長くなるかも」


「そっか」


「伊藤さんは?」


「私は先帰るかも」


「うん」


「また委員会の日でいいか」


「うん」


 なつきは。


 黙って聞く。


 嫌ではない。


 でも。


 少し気になる。


 さっき。


 言った。


 だから。


 その気持ちを。


 否定しなくていい。


 そう思うだけで。


 前より。


 楽だった。


 その横。


 白石は。


 春樹となつきの間を。


 少しだけ。


 見る。


 何か。


 以前と。


 少し違う。


 そう感じたのかもしれない。


 でも。


 何も言わなかった。


 十一組へ戻る。


「おお!」


 三浦が。


 一番に反応する。


「二人!」


「人を拾ってきたみたいに言わない」


 茜が言う。


「伊藤さんと白石さん」


「豪華」


「何が?」


「特進と商業の」


「伊藤さん商業」


「あ」


「お前、同じ棟だろ」


 紅秋が呆れる。


 亜衣が笑う。


「三浦、今日も元気だね」


「知ってる?」


「図書委員で見たことある」


「俺、有名?」


「声が」


「やっぱり!」


「褒めてない」


 教室に。


 笑い。


 少し緊張していた空気が。


 和らぐ。


 茜が説明する。


「二人には、別々のものを使ってもらいます」


「何が違うの?」


 亜衣が聞く。


「そこは言わない」


「なるほど」


「使う前から観察するから」


「使う前?」


「袋を見るところから」


「厳しい」


「普通にしてくれればいい」


 亜衣と白石。


 それぞれ。


 机へ。


 袋。


 亜衣。


 袋A。


 机に置かれた状態の絵。


 白石。


 袋B。


『机に置く』


 という短い文字。


 なつきは。


 亜衣を見る担当。


 春樹は。


 白石の記録。


 その割り振りを聞いた瞬間。


 なつきの胸が。


 少しだけ。


 複雑に動く。


 でも。


 すぐに。


 違う。


 と思い直す。


 ラボ。


 観察。


 比較。


 それに。


 春樹が。


 白石の隣にいることと。


 自分が。


 大事ではないことは。


 同じではない。


 以前より。


 少しだけ。


 そう思える。


「始めて」


 茜の声。


 亜衣が。


 袋を見る。


「あ、絵」


 すぐに。


 口に出す。


「これ、机に置く?」


 なつきは。


 答えない。


 亜衣が笑う。


「顔見ても駄目なんだっけ」


「うん」


「頑張って無表情」


 三浦が。


 遠くから言う。


「三浦くん、声出さない!」


「はい!」


 亜衣は。


 袋から試作品を出す。


 すぐに。


 机へ置く。


「絵の通り」


「絵、見た?」


 なつきが聞く。


「うん」


「文字探した?」


「探してない」


「どうして?」


「絵で分かったから」


「何が?」


「机に置くもの」


「向きは?」


「そこまでは分からない」


「絵に向きも描いてあったよ」


「見てなかった」


「あ」


 なつきの胸が。


 少し動く。


 描いた。


 正しい向き。


 でも。


 亜衣は。


『机に置く』


 という意味だけ受け取った。


 向きまでは見ていない。


 一枚の絵でも。


 作る側が入れた情報と。


 見る側が受け取る情報は。


 同じではない。


 亜衣は。


 机へ置いたあと。


 試作品本体を見て。


 上下を判断する。


 幅。


 正しい。


「こっちが下っぽい」


「どうして?」


「広いから」


「袋の絵じゃない?」


「忘れた」


「もう?」


「見たの一瞬」


 なつきが。


 記録する。


『絵は机に置くことだけ伝わった』


『向きは本体の形で判断』


 その横。


 白石。


 袋を見ている。


「机に置く」


 文字を読む。


 少しだけ。


 手が止まる。


 春樹が聞く。


「どうした?」


「どこに?」


「何が?」


「机に置くって書いてあるけど」


「うん」


「どう置くかは?」


 春樹は答えない。


 白石は。


 袋から出す。


 机へ置く。


 正しい向き。


「何でその向き?」


「文字」


「文字は、机に置くだけ」


「そうだけど」


 白石は。


 試作品を見る。


「こっちが下っぽい」


「形?」


「うん」


 結果。


 亜衣も。


 白石も。


 正しい向き。


 ただ。


 最初の袋。


 絵と文字。


 どちらも。


『机に置く』


 という目的は。


 伝わった。


「同じ?」


 三浦が。


 小声で言う。


「まだ」


 紅秋が答える。


 二人とも。


 使用中。


 途中。


 止まる仕組み。


 正しく使っているため。


 目立たない。


 片づけ。


 やはり。


 止まる。


 ここは。


 まだ同じ。


「戻し方分からない」


 亜衣。


「説明?」


 白石。


 二人とも。


 似た反応。


 そこまで。


 確認終了。


 教室の中。


 少し。


 拍子抜けした空気。


「どっちも同じじゃん」


 三浦が言う。


「結果は」


 紅秋が答える。


「絵でも文字でも、机に置いた」


「じゃあ、どっちでもいい?」


「早い」


「でも」


 亜衣が手を上げる。


「絵の方が、先に見た」


 白石も言う。


「私は文字を読んだから、一回止まった」


「時間違う?」


「測ってた?」


 春樹が。


 記録を見る。


「伊藤さん、袋見てから置くまで六秒」


「白石さん、十一秒」


「五秒差」


 三浦が。


 少し大きく反応する。


「絵が勝ち!」


「一人ずつ」


 紅秋が。


 すぐに止める。


「でも速い」


「人が違う」


「あ」


「伊藤さんが文字でも六秒かもしれない」


「白石さんが絵でも十一秒かもしれない」


「比較できない?」


「完全には」


 三浦が。


 頭を抱える。


「また!」


「だから」


 茜が言う。


「次は、別の人へ逆にする」


「絵と文字?」


「うん」


「終わらない!」


「見つかった」


 なつきが言う。


 三浦が。


 なつきを見る。


「横田、それ万能じゃないからな!」


「便利」


「認めた!」


 笑い。


 亜衣が。


 試作品を見ながら言う。


「でもさ」


「何?」


「絵でも文字でも」


「うん」


「袋見なかったら意味ないよね」


 教室が。


 また。


 少し静かになる。


「見ない人いる?」


 なつきが聞く。


「いるでしょ」


 亜衣が答える。


「袋開けて、すぐ中出す人」


「私は見る」


 白石が言う。


「私は見るときと見ないときある」


 亜衣。


「急いでたら?」


「見ない」


「何か知ってるものだと思ったら?」


「見ない」


「初めてなら?」


「見るかも」


「かも?」


「うん」


 また。


 条件。


 人。


 状況。


 変わる。


「じゃあ」


 三浦が。


 少し弱い声で言う。


「袋に描くの、意味ない?」


「意味ないわけじゃない」


 なつきが答える。


「見た人には伝わった」


「見ない人には?」


「本体でも分かるようにする」


 春樹が言う。


「二つの道」


 なつきが。


 すぐに言う。


 春樹が。


 なつきを見る。


「昨日の」


「うん」


「同じところへ行く道が、二つ」


「袋を見る人」


「見ない人」


「どっちも、机へ置けるように」


 三浦が。


 少し考える。


「じゃあ、袋の説明は補助?」


「そうかも」


「主役じゃない?」


「本体が主役」


 紅秋が言う。


「でも、使う前の助けにはなる」


「じゃあ残す?」


「候補」


「まだ候補!」


 教室の笑い。


 亜衣は。


 なつきの方を見る。


「面白いね」


「ラボ?」


「うん」


「大変だよ」


「見てて分かる」


「終わらない」


 三浦が言う。


「でも」


 亜衣は。


 少し笑う。


「みんな、前より楽しそう」


 一瞬。


 ラボのメンバーが。


 少し止まる。


「前?」


 三浦が聞く。


「前って?」


「最初に見たとき」


 亜衣は。


 教室を見回す。


「何か、正解出さなきゃって感じだった」


「見てた?」


 なつきが聞く。


「廊下通ったとき」


「今は?」


「分からないって言いまくってる」


 三浦が。


「それ褒めてる?」


 と聞く。


「褒めてる」


「本当?」


「だって」


 亜衣は。


 少しだけ肩をすくめる。


「分からないって言ってるのに、止まってないじゃん」


 教室が。


 静かになる。


 なつきの胸に。


 その言葉が。


 ゆっくり落ちる。


 分からない。


 でも。


 止まっていない。


 確かに。


 そうだった。


 以前。


 分からない。


 は。


 動けなくなる言葉だった。


 今は。


 次を見るための言葉になっている。


「伊藤さん」


 なつきが。


 少し笑う。


「それ、記録していい?」


「何で?」


「大事だから」


「ラボの?」


「うん」


「好きにどうぞ」


 茜が。


 黒いノートへ。


『分からないと言っているが、止まっていない』


 と書く。


「長い」


 三浦が言う。


「大事」


「俺の言葉も書いて」


「昨日書いた」


「何だっけ?」


「問題が増えたんじゃなくて、見えるようになった」


「あ」


「忘れたの?」


「記録あるから大丈夫」


「自分で覚えて」


 笑い。


 そのあと。


 白石が。


 少しだけ。


 春樹を見る。


「大國くん」


「何?」


「これ」


 試作品を指す。


「また使ってもいい?」


「次は初見じゃないけど」


「完成したら」


「あ」


「どう変わるか見たい」


 なつきの胸が。


 ほんの少し。


 動く。


 でも。


 春樹は。


 普通に答える。


「いいよ」


「そのとき教えて」


「うん」


 白石が。


 少しだけ。


 嬉しそうに笑う。


 なつきは。


 その顔を見る。


 少し。


 気になる。


 でも。


 逃げない。


 昨日までなら。


 胸の中で。


 理由を。


 自分だけで作っていたかもしれない。


 白石は。


 春樹が好き。


 だから。


 自分より近くなる。


 そう決めつけて。


 不安になっていたかもしれない。


 でも。


 今は。


 分からない。


 それでいい。


「白石さん」


 なつきが声をかける。


「何?」


「次」


 少しだけ。


 勇気。


「私も呼んでいい?」


 白石が。


 少し驚いた顔をする。


「横田さんが?」


「うん。完成したら」


「……いいよ」


「ありがとう」


 短い。


 でも。


 前より。


 少しだけ。


 違う会話。


 白石は。


 なつきを。


 少しだけ長く見た。


 そして。


「楽しみにしてる」


 と言った。


「うん」


 なつきも。


 笑う。


 亜衣が。


 その二人を見て。


 少しだけ。


 何か気づいたような顔をする。


 でも。


 何も言わなかった。


 確認が終わる。


 亜衣。


 白石。


 帰る。


「ありがと」


「またね」


「お疲れ」


 扉が閉まる。


 三浦が。


 すぐに。


 なつきへ寄る。


「横田」


「何?」


「今」


「何?」


「白石さんに」


「うん」


「自分から次もって言った?」


「言った」


「成長」


「三浦くんに言われた」


「俺も成長してるから」


「何の?」


「人間関係観察」


「それはやめて」


「大國」


 三浦が。


 春樹を見る。


「お前も何か」


「何?」


「何でもない」


 茜が。


 後ろから。


「三浦くん」


 と呼ぶ。


「顔」


「何も言ってない!」


「言う前に止めた」


「俺、もう顔隠して生活する!」


「授業困る」


「マスク」


「目が出る」


「サングラス」


「校則」


「無理!」


 教室に。


 大きな笑い。


 夕方。


 片づけ。


 今日作った。


 絵版。


 文字版。


 結果。


 どちらも。


 机へ置くことは伝わった。


 ただ。


 絵の方が。


 先に見られた。


 文字は。


 一度止まって読まれた。


 でも。


 人が違うため。


 その差が。


 絵と文字の差なのか。


 人の差なのか。


 まだ分からない。


「結論」


 三浦が。


 黒板の前で言う。


「分からない」


「正解」


 紅秋が言う。


「分からないが正解?」


「今は」


「すごいラボ」


「でも」


 なつきが言う。


「使う前から始まってたのは分かった」


「袋」


「見る人」


「見ない人」


「絵を見る人」


「文字読む人」


「最初から違う」


 春樹が。


 記録用紙を閉じる。


「だから、本体だけ考えても足りない」


「でも、本体が一番大事」


 紅秋。


「両方」


 茜。


「また二つ」


 三浦が言う。


「二つ並べても一つにならない」


 なつきが。


 昨日の題を思い出すように呟く。


「でも」


 春樹が。


 少しだけ。


 なつきを見る。


「二つあってもいい」


「何が?」


「道」


「袋を見る道と」


「本体を見る道」


「どっちからでも」


「同じ使い方へ」


「うん」


 なつきは。


 少しだけ笑った。


 その考え方。


 二人の関係にも。


 似ている気がする。


 春樹の。


 特別。


 なつきの。


 特別。


 意味が。


 完全に同じかは。


 まだ分からない。


 でも。


 大事。


 という場所へ。


 違う道から。


 二人とも。


 来ている。


 それで。


 今は。


 いい。


 片づけを終える。


 茜。


 紅秋。


 三浦。


 みんな。


 教室を出る。


「明日!」


 三浦が。


 廊下で振り返る。


「また分からない探すぞ!」


「言い方変」


 なつきが笑う。


「でも合ってる」


 紅秋。


「問題探し」


「それも変」


「発見」


「格好いい」


「名前つけるな」


「失敗歓迎発見作戦!」


「長い」


「また!」


 声が。


 廊下の向こうへ消える。


 教室。


 なつきと。


 春樹。


 少しだけ残る。


 なつきが。


 春樹の朝の紙を。


 透明なファイルから出す。


「これ」


「うん」


「今日、使った」


「使ったね」


「返す?」


「持ってて」


「また?」


「うん」


「いつまで?」


「完成するまで」


「長いかも」


「分からない」


「終わらないかも」


「それは困る」


 二人で笑う。


 なつきは。


 紙を。


 丁寧に戻す。


「大國くん」


「うん」


「今日」


「何?」


「伊藤さんと帰るって聞いたとき」


「うん」


「少し気になったって言ったでしょう」


「うん」


「言ってよかった」


 春樹が。


 少しだけ。


 なつきを見る。


「俺も」


「蓮と美優?」


「うん」


「まだ気になる?」


「少し」


「そっか」


「横田さんは?」


「少し」


「同じ?」


「うん」


 今度は。


 迷わず。


 二人とも。


 少し笑う。


「でも」


 なつきが言う。


「前より怖くない」


「どうして?」


「大國くんに言えるから」


 春樹が。


 少しだけ。


 黙る。


「俺も」


「言える?」


「うん」


「じゃあ」


 なつきは。


 少し考える。


「これも、二つの道?」


「何が?」


「気になるって」


「うん」


「私から言う道と」


「俺から言う道?」


「どっちからでも」


「最後は話せる」


「うん」


 春樹が。


 ほんの少し笑う。


「ラボにしすぎ」


「大國くんも言った」


「そうだけど」


「便利」


「昨日から」


「うん」


 夕方。


 教室の窓から。


 橙色の光。


 机。


 椅子。


 黒板。


『選ぶとき』


『使う前』


『使用中』


『片づけ』


 四つの枠。


 増えた。


 問題も。


 見る場所も。


 考えることも。


 でも。


 なつきは。


 前ほど。


 増えることを。


 怖いとは思わなかった。


 使う前から。


 使い方は始まっていた。


 誰かを。


 大事だと思う前から。


 きっと。


 その人との関係も。


 少しずつ始まっていた。


 最初に。


 話しかけた日。


 本を読んでいる横顔を見た日。


 一緒に帰った日。


 誰かと話しているのを。


 少し気にした日。


 それら全部が。


 今につながる。


 だから。


 どこからが。


 特別なのか。


 まだ分からなくてもいい。


 使い始める瞬間を。


 一つに決められないように。


 人を大事に思い始める瞬間も。


 きっと。


 一つではない。


「帰る?」


 春樹が聞く。


「うん」


 二人で。


 教室を出る。


 扉を閉める。


 廊下。


 足音。


 並ぶ。


 昨日より。


 今日。


 ほんの少しだけ。


 自然に。


 同じ速度で。


 十一組ラボの正解は。


 まだ。


 完成していない。


 なつきと春樹の特別も。


 まだ。


 名前がない。


 でも。


 使う前から。


 始まっていたものがある。


 言葉にする前から。


 少しずつ。


 積み重なっていたものがある。


 そのことだけは。


 二人とも。


 少しずつ。


 分かり始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ