第138話 一緒に作るという意味
図書室の扉を開くと。
廊下に残っていた夕方のざわめきが、薄い膜を一枚隔てたように遠くなった。
室内には、紙と古い木の匂いがある。
返却台へ積まれた本。
窓際の閲覧席へ斜めに差し込む夕日。
空調の低い音。
ページをめくる指先の気配。
放課後の図書室は、昼休みとは違う静けさを持っていた。
人がいないわけではない。
奥の席では三年生が参考書を広げている。
窓際には一年生らしい女子生徒が二人並び、声を抑えながら同じ本を覗き込んでいた。
図書委員のカウンターでは、返却処理の機械音が一定の間隔で鳴っている。
けれど。
その一つ一つが、騒がしさではなく。
静けさの輪郭を、むしろ濃くしていた。
「いらっしゃいませ」
カウンターの内側から、祐衣が顔を上げた。
制服の袖を少しだけ捲り。
返却された本のバーコードを読み取っている。
仕事中のためか、普段より髪がすっきりと耳へ掛けられていた。
祐衣は、なつき達の顔を順番に見たあと。
なつきが胸の前へ抱えているファイルへ視線を止めた。
「実行委員会、お疲れさまでした。ずいぶん紙が増えたようですね」
「分かる?」
なつきがファイルを少し持ち上げる。
「昨日は一枚だったでしょう? 今日は端から別の紙が見えています」
「途中で、かなり変わったの」
「無事に終わった顔ではありませんね」
祐衣は穏やかに言った。
なつきは苦笑する。
「終わったけど、決まったことより、考えることが増えたかも」
「それは、会議としては順調なのかもしれません」
美優が首を傾げた。
「決まらなかったのに?」
「最初の案をそのまま通すだけなら、会議をする必要はありませんから。違う人が集まって、初めにはなかった問題へ気づけたのであれば、集まった意味はあったと思います」
祐衣らしい言葉だった。
静かで。
すぐに正解を出すようには見えない。
けれど。
聞いたあと、もう一度考えたくなる。
なつきは、さきほど会議室で感じたことを思い返した。
否定された。
最初はそう思った。
昨日、クラスで練り上げた案。
みんなの言葉をつなぎ。
放課後まで残り。
忘れ物までしながら持ってきた企画書。
それが。
ほかのクラスの生徒達に、足りないと言われた。
胸が重くなった。
守りたいと思った。
けれど。
相手は。
企画をなくしたいのではなかった。
その中へ。
自分達も入りたかった。
「祐衣さん」
なつきはカウンターへ少し近づいた。
「仕事、あとどれくらい?」
「返却本を棚へ戻せば、今日の当番は終わります。十分ほどでしょうか」
「待っててもいい?」
「もちろんです。ただ、皆さんも会議のあとで疲れているでしょう。先に帰っていただいても」
「待つ」
美優がすぐに言った。
「私も、祐衣の意見を聞きたい。今日の会議で、特進科が調べて終わりだと嫌だって話したから」
祐衣の目が、少しだけやわらかくなる。
「美優さんが、会議でそのようなことを?」
「何、その意外そうな顔」
「いえ。少し前の美優さんなら、役割が決まっている方が安心すると言ったかもしれないと思いまして」
「私も言ったあと、少しそう思った。でも、調べたものを春樹達へ渡して終わりなら、私は一緒にやった気がしない」
春樹は、美優の方を見る。
「春樹達って、俺と横田さん?」
「そこ拾わなくていい。商業科全体って意味」
「分かった」
「本当に分かった?」
「今は」
「少し不安」
蓮が、二人のやり取りへ苦笑した。
「美優も会議中はもっと落ち着いて話していたんだけどね。春樹の前に戻ると、少しだけ説明が雑になる」
「蓮は、私の言葉を勝手に補足しすぎ」
「でも、合ってるでしょう?」
「合ってるから余計に嫌」
小さな笑いが起きた。
近くの閲覧席にいた一年生が。
一瞬だけこちらを見る。
美優は口元へ指を当て、声を落とした。
「図書室だった」
「いつもより小さく喧嘩してね」
蓮も声量を下げる。
「喧嘩じゃない」
「では、仲の良い言い合いですね」
祐衣が言う。
美優は、一度だけ祐衣を見る。
否定しようとして。
やめた。
「祐衣がそう言うなら、それでいい」
その返しに。
なつきは、ほんの少しだけ驚いた。
以前の美優なら。
もっと強く反論したかもしれない。
今は。
すべてを取り返そうとせず。
相手の言葉を、そのまま置いておける。
会議で変わっていたのは。
企画だけではないのかもしれない。
◇
「では、少しだけお待ちください」
祐衣はカウンターの横へ積まれた本を、移動用の小さな台車へ乗せた。
美優がすぐ手を伸ばす。
「私、手伝う」
「利用者が棚へ戻すと、配架場所を間違える可能性があります」
「祐衣の隣で押すだけ」
「でしたら、お願いします」
美優が台車の持ち手を掴む。
祐衣は本の背表紙へ貼られた番号を確認しながら、棚の方へ向かった。
二人。
並んで進む。
少し前なら。
美優は春樹となつきが並んでいることを気にして。
ここを離れなかったかもしれない。
今も。
気になっていないわけではない。
けれど。
祐衣を手伝うことも。
同じくらい大切にしようとしている。
「僕は先生のところへ行ってくる」
蓮が言った。
「提出が終わったら、図書室へ戻るよ。もし皆が先に帰っていたら、明日話を聞く」
「蓮くんも待たなくて大丈夫?」
なつきが尋ねると、蓮は少し笑った。
「大丈夫。今日は春樹もいるし、美優が祐衣と一緒だから」
「どういう意味?」
春樹が聞く。
「誰か一人が、なつきの隣へいなければならないわけではないってこと」
春樹は。
すぐに返事をせず。
蓮の言葉を考える。
蓮も、答えを求めず。
「じゃあ、またあとで」
と手を上げ、図書室を出ていった。
扉が静かに閉じる。
残ったのは。
なつき。
春樹。
棚の奥にいる美優と祐衣。
図書室の利用者達。
なつきは、近くの閲覧席へ向かった。
「ここで待つ?」
「うん」
春樹が椅子を引く。
二人で向かい合うのではなく。
横並びの席。
昨日の会議室と同じ。
なつきは、そこへ座る前に少しだけ迷った。
何を迷ったのか。
自分でも、すぐには分からない。
春樹の隣へ座ることは。
もう珍しくない。
図書室でも。
教室でも。
会議室でも。
何度も並んでいる。
それでも。
蓮の言葉が残っていた。
誰か一人が、なつきの隣へいなければならないわけではない。
それは。
春樹でなくてもいい。
という意味ではない。
たぶん。
誰かに隣へいてもらわなければ。
何もできない自分ではなくなってきた。
そういうこと。
そして。
春樹も。
なつきを守るためだけに隣へいるのではない。
一緒にいたいから。
同じものを見たいから。
自分の意思で。
なつきは椅子へ座った。
春樹も隣へ腰を下ろす。
机へファイルを置く。
二枚の企画書。
一枚目。
二年十一組で作った案。
二枚目。
今日、複数クラスでまとめた第一次案。
並べると。
違いは明らかだった。
「最初の方が、文章はきれい」
なつきが小声で言う。
「二枚目は書き込みが多い」
「字も違う」
「五つのクラス」
「先生の字もある」
赤いペン。
副会長が加えた注意。
『実施時間要確認』
『各体験ブースの責任者』
『安全管理』
「きれいな方が、完成してるように見えるね」
なつきは、最初の企画書へ指を添えた。
「うん」
「でも、今は二枚目の方が、実際にできそうな気がする」
「どうして?」
春樹は。
答えを知っているようで。
それでも、なつきの言葉を聞こうとしていた。
「問題が書いてあるから」
なつきは。
紙の余白へ重なる線を見る。
「最初の方は、私達が見えてる範囲だけで作った。だから、きれいに収まってる。でも、二枚目は違う学科の人が、自分達の立場から困るところを書いた。実施時間も、役割も、廊下の混雑も。考えることが多くなったけど、今はこっちの方が、現実に近い」
「昨日、紅秋が言ってた」
「現実を通さなければ、夢は実施されない?」
「うん」
「圭くんに聞かせたい」
「聞いたら、現実を通る夢を新しく増やす」
「また仕事が増える」
二人は。
声を抑えて笑った。
そのあと。
なつきは、第一次案の題名へ目を向ける。
『複数学科合同・選択型体験企画』
「名前、やっぱり固い」
「圭なら変える」
「そこだけは頼りになるかも」
「一人三個まで」
「本気で制限するんだ」
「昨日、十個以上出すと思った」
「私も」
短い会話。
けれど。
言葉の往復だけではない。
紙。
視線。
昨日からの記憶。
二人の中に。
同じ場面があるから。
少ない言葉でも。
間にあるものが分かる。
◇
「横田さん」
春樹が。
少ししてから呼んだ。
「今日、最初に意見を言われた時」
「うん」
「紙、曲げてた」
なつきは。
自分の指を見る。
企画書の端。
少しだけ。
折れたような跡が残っている。
「見てたんだ」
「隣だったから」
「隣じゃなくても、見てた?」
聞いたあと。
なつきは。
少しだけ期待しすぎた質問だったかもしれないと思った。
でも。
春樹は逃げなかった。
「見てたと思う」
「どうして?」
「横田さんが話してる時、相手だけじゃなくて、横田さんも見るから」
「私が困ってないか?」
「それも。でも」
春樹は。
ほんの少しだけ、言葉を探した。
「何を考えてるか知りたい」
なつきの胸が。
静かに熱を持つ。
最近。
春樹は。
短い言葉のあとへ。
少しずつ理由を足してくれる。
それは。
会話を分かりやすくするためだけではない。
知ってほしい。
自分の中にあるものを。
春樹自身が。
そう思い始めている。
「最初は」
なつきも。
ごまかさずに言葉を選んだ。
「悔しかった。私達の案を悪いって言われた気がして。みんなで作った時間も、足りなかったって言われたみたいで」
「うん」
「春樹くんが質問してるのを聞きながら、私は、どうやって企画を守るか考えてた」
「俺も少し考えてた」
「同じだった?」
「でも、何から守るのか分からなかった」
春樹の言葉。
なつきは顔を上げた。
「何から?」
「悪い意見から守るなら分かる。でも、今日言った人達は、悪くしたいように見えなかった。だから、守ろうとすると、その人達を敵みたいに扱うことになる」
なつきは。
しばらく何も言えなかった。
守る。
大切にする。
良い言葉に聞こえる。
けれど。
守ろうとしたものの外側へ。
敵を作ることもある。
十一組の案を守る。
そのために。
ほかのクラスの意見を、邪魔だと思えば。
一緒に作ることはできない。
「私」
なつきは、ゆっくり言った。
「美優さんや祐衣さんと話す時も、同じことしてたかもしれない」
春樹は、口を挟まず聞く。
「春樹くんとの時間を守りたいと思って、美優さんや祐衣さんの気持ちを、邪魔みたいに感じたことがある。二人が悪いわけじゃないのに。私が怖かったから」
「今は?」
「邪魔じゃない。でも、嫉妬はする」
なつきは小さく笑う。
「今日も、美優さんが春樹くんへ意見を言った時、少しだけ思った。美優さんは、春樹くんのことを前から知ってるから、強く言えるんだって」
「それは」
春樹が言いかけ。
止まった。
「何?」
「俺は、美優に言われたから聞いたわけじゃない」
「分かってる。でも、そういう気持ちが一瞬出るの」
「それを、言えるようになった?」
「うん。言った方が、自分でも違うって分かるから」
「違う?」
「美優さんは私から春樹くんを取るために、企画へ意見を出したんじゃない。特進科が調べるだけで終わるのが嫌だった。そこまで聞けば、嫉妬と会議の意見を分けられる」
春樹は。
なつきの言葉を聞き。
少しだけ頷いた。
「俺は、まだ分けるの遅い」
「どういうこと?」
「美優に言われると、昔からの言い方で返す。企画の話なのに、また責められてると思う時がある」
「春樹くんも?」
「うん。美優が悪いんじゃない。俺が前の会話を一緒に思い出す」
幼馴染。
長い時間。
積み重なった言い方。
言われた言葉。
誤解。
気まずさ。
なつきには。
全部は分からない。
でも。
春樹にも。
過去から持ってきた受け取り方がある。
「じゃあ」
なつきは、少し考える。
「今日の企画みたいに、意味を確認すればいいのかも」
「何を変えたいのか?」
「うん。今のは企画への意見か。昔のことへの不満か。嫉妬か。全部混ざってるのか」
「全部混ざってたら?」
「一個ずつ聞く」
なつきは。
自分で言ってから、少し笑った。
「今日の会議と同じ。説明時間が長いのか、参加時間が少ないのか。分けないと直せない」
春樹も。
ほんの少しだけ笑う。
「横田さん、会議を人間関係に使ってる」
「春樹くんも使ってるよ」
「俺も?」
「美優さんが何を言ったか、分けて考えるって言った」
「本当だ」
二人の間に。
やわらかな沈黙が落ちる。
図書室の奥では。
祐衣が本を一冊ずつ棚へ戻している。
美優が台車を押しながら、時々何かを話している。
声は届かない。
けれど。
二人の表情が。
少しずつやわらかくなっていくのは見えた。
◇
十分ほどして。
祐衣と美優が戻ってきた。
「お待たせしました」
「終わった?」
なつきが聞くと、祐衣はカウンターの記録用紙へ最後のチェックを入れた。
「本日の返却分はすべて戻しました。先生にも声をかけてきますので、少しだけお待ちください」
「祐衣、仕事中ずっと本の位置見てるんだね」
美優が台車を戻しながら言う。
「当然です。番号が一つ違えば、利用者が本を見つけられなくなりますから」
「見た目は同じ棚なのに」
「本にとっては、住所のようなものです」
「じゃあ、祐衣は配達員?」
「司書補助です」
「そこは譲らない」
美優が笑う。
祐衣も。
ほんの少しだけ口元を緩めた。
先生へ当番終了を報告したあと。
四人は、窓際の少し広い閲覧机へ移動した。
図書室の閉室まで。
まだ少し時間がある。
祐衣は。
なつきから渡された一枚目の企画書を。
最初から丁寧に読み始めた。
急いでいない。
行を飛ばさない。
時々。
隣の二枚目へ目を移し。
違いを確認する。
美優は。
祐衣の表情を見ていた。
「どう?」
「まだ読んでいます」
「顔が難しい」
「美優さんが急かすからです」
「急かしてない。気になってるだけ」
「それを急かすと言います」
なつきは。
思わず笑いそうになり。
口元へ手を添えた。
春樹は。
二枚の資料を。
祐衣から見やすい位置へ少し動かした。
しばらく。
誰も話さなかった。
紙をめくる音。
鉛筆で、祐衣が小さな印をつける音。
時計の秒針。
静かな時間。
以前のなつきなら。
祐衣が何を考えているか分からず。
不安になったかもしれない。
今は。
祐衣が読んでいる。
考えている。
それだけで待てた。
「読み終わりました」
祐衣が顔を上げた。
美優が、すぐに身を乗り出しかける。
祐衣は、その動きを見て。
「最初に、良いと思ったところから話します」
と先に言った。
美優が目を瞬かせる。
「今日の会議で、そうした方がいいって話した」
なつきが説明する。
「良いところを言わずに問題だけ言うと、全部否定されたように感じることがあるから」
「なるほど」
祐衣は頷いた。
「でしたら、最初の案で良いと思うのは、体験の流れが想像しやすいところです。カードを選び、商品を考え、価格や宣伝を決めて発表する。参加者は、何をすればいいのか迷いにくいでしょう」
なつきは。
少しだけ肩の力を抜いた。
「二枚目は?」
「二枚目の良いところは、参加する学科が増えたことです。商業科の企画へほかの学科が加わるのではなく、最初から複数学科の企画として考え直されています」
美優が、少し誇らしそうに言う。
「そこ、今日かなり話した」
「美優さんの意見も?」
「特進科が調べて終わりだと嫌だって言った」
「美優さんらしいと思います」
「褒めてる?」
「役割を与えられるだけでは納得しないところが」
「それは褒めてる」
祐衣は。
再び企画書へ視線を落とした。
「ただし」
なつきの身体へ。
ほんの少しだけ緊張が戻る。
でも。
先ほどの会議とは違う。
否定される。
ではなく。
何が見えているのか。
聞こうと思う。
「二枚目は、選択できることが増えた分、初めて参加する人には分かりにくい可能性があります」
「選ぶ場所が多いから?」
春樹が尋ねる。
「はい。商品、地域イベント、学校紹介から題材を選び、さらに体験ブースを二つか三つ選ぶ。参加者が企画の目的を理解する前に、選択だけを求められると迷うでしょう」
「最初の案と逆になった」
なつきが言う。
「最初は、商業科が教えすぎるって言われた。今は、参加者に任せすぎ?」
「そのように見えます」
祐衣は。
言いにくそうに濁さなかった。
「自由度を高くするほど、支える説明が必要になります。ただ、説明を増やしすぎれば、また最初の問題へ戻ります」
「難しい」
美優が椅子へ少し深く座る。
「説明しすぎてもだめ。説明しなくてもだめ」
「説明する内容を減らすのではなく、言葉以外でも分かるようにする方法はあります」
「言葉以外?」
なつきが聞き返す。
祐衣は、図書室の棚の方を見た。
「図書館では、本の分類を番号、棚の表示、色、案内図で示しています。毎回、司書が利用者へ説明するわけではありません。それでも、見ればある程度分かるようにしています」
「企画にも、案内図を作る?」
「案内図だけでなく、選ぶ順番を視覚的に示すのです。最初に題材を選ぶ。その次に、目的に合う体験候補が分かる。例えば商品企画なら、商業科、地域情報、宣伝表現が推奨される。必須ではありませんが、初心者向けの組み合わせ例があれば迷いにくいでしょう」
春樹のノートへ。
またペンが走る。
『選択例』
『流れを図示』
『初めての人向け推奨コース』
「ラリーの道順みたい」
なつきが言う。
「圭くんの案、また残る」
美優が少し呆れたように笑う。
「本人がいないところで、どんどん使われていますね」
祐衣も。
ほんの少し笑った。
「もう一つ」
祐衣は、最初の企画書へつけた印を指した。
「図書企画との連携についてです」
「読書案?」
なつきが聞く。
「十一組では、推薦図書や映画、音楽を紹介する案も出ていたのでしょう?」
「圭くんが出した。図書委員会と重なるから、別で協力できるかもしれないって話になった」
「二枚目の企画には、情報を集める体験があります。そこへ図書室を入れることはできます」
春樹が顔を上げる。
「本から調べる?」
「はい。ただ、特進科の調査ブースと役割が重なる可能性があります」
美優が、すぐには反論せず。
祐衣の続きを待った。
「特進科が、情報の信頼性や根拠を確かめる役割なら。図書室は、発想を広げる資料を探す役割にできます。地域の歴史。昔の商品。物語の中の食べ物。観光地を題材にした作品。班が思いつかなかった方向を、本から見つける」
「答えを調べる場所じゃなくて」
なつきが、ゆっくり言う。
「思いつきを増やす場所?」
「はい。図書室は、正解を確認するだけの場所ではありませんから」
祐衣の声には。
少しだけ熱があった。
普段は穏やかで。
感情を強く出さない。
その祐衣が。
本の役割について話す時。
言葉が少し長くなる。
なつきは。
その変化に気づいた。
「祐衣さん」
「はい」
「図書企画として協力してほしいって言ったら、困る?」
祐衣は。
すぐに答えなかった。
資料へ目を落とし。
図書委員として。
自分個人として。
何ができるかを考えている。
「図書委員会だけで決めることはできません」
「うん」
「ですが、提案はできます。ただし」
祐衣は顔を上げる。
「大國くんが来るから参加する、とだけ思われる形にはしたくありません」
会話が。
静かに止まった。
春樹も。
美優も。
なつきも。
祐衣を見る。
祐衣の表情は、穏やかだった。
けれど。
目は逸らしていない。
「大國くんと関わりたい気持ちはあります。そのことは隠しません。ですが、図書室を企画へ入れるなら、図書委員として意味がある形にしたいです」
なつきの胸の中へ。
小さな嫉妬が生まれた。
春樹と関わりたい。
祐衣は。
今も、はっきり言う。
でも。
なつきは。
その感情を、すぐに押し込めなかった。
「嫉妬した」
小さな声。
けれど。
全員に聞こえる。
祐衣が頷く。
「はい」
「でも」
なつきは。
少し考えながら続けた。
「祐衣さんが、大國くんと関わりたいからだけじゃなくて、図書委員としてちゃんと参加したいって言ったのは、嬉しい」
「両方ですか?」
「両方。だから、少し複雑」
祐衣は、ほんの少し笑った。
「私も同じです。横田さんと大國くんが実行委員として一緒にいることは羨ましいですが、この企画が良くなるなら協力したいと思っています」
美優が。
その会話を聞き。
少し不満そうに唇を尖らせた。
「二人とも、きれいに言えるようになってる」
「美優さんも、会議で言えてたでしょう?」
なつきが返す。
「私はもっと感情が先に出る」
「それも美優さんらしいです」
祐衣が言う。
「褒められてる気がしない」
「感情が先に出るから、何を大事にしているか分かりやすいという意味です」
美優は。
少しだけ目を丸くした。
「……それなら、褒められてる」
「はい」
祐衣の落ち着いた返答に。
春樹が、ほんの少し笑った。
美優はすぐに気づく。
「春樹、今笑った」
「二人の話がまとまったから」
「私と祐衣?」
「うん。前は、言い合いになってた」
「そこまでじゃない」
「なってたよ」
なつきが言う。
「なつきまで」
「でも、今は違う」
「それは……そうかも」
美優は。
祐衣を見る。
祐衣も。
静かに視線を返す。
大きな仲直りの言葉はない。
けれど。
同じ企画書を囲んでいる。
同じ問題を考えている。
それで十分だと。
今は思えた。
◇
閉室時刻を知らせる短いチャイムが鳴った。
図書室にいた生徒達が。
少しずつ本を閉じる。
椅子を引く音。
鞄へ筆記用具を入れる音。
窓の外は。
夕方から夜へ変わる途中だった。
空の低い場所にだけ、橙色が残っている。
その上は。
青から紫へ沈んでいく。
「続きは明日ですね」
祐衣が企画書を重ねる。
「今日の意見、メモしてもいい?」
なつきが尋ねる。
「もちろんです。ただ、私が決めたことではなく、提案として伝えてください」
「図書委員会へ聞く前だから?」
「はい。私個人が参加したい気持ちと、委員会として可能かどうかは別です」
「そこ、ちゃんと分けるんだね」
美優が言う。
「混ぜると、あとで困りますから」
春樹は。
祐衣の言葉をノートへ書いた。
『個人の希望と委員会の決定は別』
「実行委員にも必要」
「そうですね。大國くんと横田さんが良いと思っても、十一組全体の承認は必要です」
祐衣は。
なつきへ企画書を返した。
「ですが、個人的には。最初の案より、今の案の方が参加してみたいと思いました」
なつきは。
紙を受け取りながら。
小さく息を吐く。
「ありがとう。最初の案も、大事だったけど」
「はい。最初の案があるから、今の案の違いが分かります。どちらか一方だけでは、この話し合いはできなかったでしょう」
消えたのではない。
増えた。
なつきが会議室で感じたことを。
祐衣も。
別の言葉で受け取ってくれた。
◇
図書室を出る。
廊下は。
来た時より、さらに静かだった。
職員室のある方向から。
教師達の話し声がわずかに聞こえる。
運動部の掛け声は。
もうほとんどない。
校庭の照明だけが。
窓の外へ白く浮かんでいる。
「蓮は?」
美優が周囲を見る。
「提出に行ったまま」
「先に帰ったかな」
その時。
階段の方から足音が近づく。
蓮だった。
「まだいた」
「遅い」
美優が言う。
「先生に捕まった。委員会の提出用紙で、日付が一か所違ってた」
「蓮でも間違えるんだ」
「僕を何だと思ってるの?」
「何でもできる幼馴染」
「それ、美優が勝手に作ってる像だからね」
蓮は。
なつき達の表情を見る。
「祐衣の意見、聞けた?」
「かなり増えた」
美優が答える。
「また増えたの?」
「企画を減らすために話してるのに、考えることだけ増える」
「実行委員らしくなってきたね」
「褒めてる?」
「たぶん」
蓮が笑う。
五人で。
昇降口へ向かう。
途中。
なつきはファイルを開き。
歩きながらではなく。
廊下の端へ一度立ち止まって。
祐衣の意見を、忘れないうちに書いた。
選択の流れを図にする。
初心者向けの推奨コース。
図書室は発想を広げる場所。
個人の希望と委員会の判断を分ける。
最後の一文は。
企画の内容ではないように見える。
でも。
大切だった。
誰か一人の思いだけで。
全体を決めない。
だからといって。
個人の思いを、なかったことにもしない。
両方を。
同じ紙の上へ置く。
「書けた?」
春樹が聞く。
「うん。春樹くんのノートも、明日見せて」
「俺の方は整理してから」
「また私のメモと合わせる?」
「うん。今日も、横田さんにしか書いてないことがある」
「春樹くんにも」
「じゃあ、明日」
「一緒に」
その言葉を。
美優が少し後ろで聞いていた。
「嫉妬した」
今度は。
なつきより先に、自分から言う。
「でも、今日は祐衣もいるし。私達の企画も一緒になったから、前ほど置いていかれた感じはしない」
「美優さんのクラス案、かなり入ってるよ」
「教え方を一緒に作るところ?」
「うん。それがなかったら、図書室を発想の場所にする案も出なかったかもしれない」
「祐衣の意見も、私達の案の続き?」
「そう思う」
美優は。
少しだけ満足そうに笑った。
「なら、私も増やせた」
「増えたよ」
なつきが答える。
祐衣も。
「美優さんが会議で言わなければ、私も図書室の役割を考えなかったと思います」
「祐衣も?」
「はい」
美優の表情が。
少しだけ。
子供のようにやわらかくなる。
「そっか」
短い返事。
でも。
そこへ届くまでに。
長い会話があった。
嫉妬。
寂しさ。
役割。
企画。
自分も関わっているという実感。
だから。
その二文字だけで。
十分だった。
◇
昇降口。
外へ出ると。
夕方の冷たい風が、制服の隙間へ入ってきた。
校門へ向かう生徒は、もう少ない。
部活動を終えた生徒達が。
鞄を肩へ掛け。
疲れた声で話しながら歩いている。
校舎の窓には。
まだいくつか明かりが残っていた。
なつきは。
外靴へ履き替え。
立ち上がった。
長い一日だった。
朝。
企画書を見直し。
会議室へ入った。
発表した。
意見を受けた。
否定されたと思った。
聞いた。
話した。
五つの案を、一枚へ重ねた。
図書室へ来た。
また足りないところを教えてもらった。
決まったことより。
未定が増えた。
それでも。
朝より。
企画は広がっている。
「横田さん」
春樹が。
校舎を出たところで呼んだ。
「今日、最初は企画書を持って帰りたかったって言ってた」
「うん。もう見せたくないって、少し思った」
「今は?」
なつきは。
胸の前に抱えたファイルを見る。
二枚の企画書。
その間へ。
祐衣の意見を書いたメモ。
枚数は増えた。
きれいではない。
でも。
重い。
良い意味で。
「早く、十一組のみんなへ見せたい」
「怒る人もいるかもしれない」
「うん。昨日考えた形と違うから。でも、その時は、何が嫌なのか聞く。残したいところも聞く」
「圭は人生ゲームを戻す」
「それは聞くだけ聞いて、使えるところを探す」
「全部は戻さない?」
「絶対戻さない」
春樹が笑う。
なつきも笑った。
少し前。
違う意見は。
自分の気持ちを邪魔するものに見えた。
今も。
ぶつかれば痛い。
努力を否定されたように感じる。
怖い。
でも。
そこで終わらなければ。
相手が何を大切にしているか聞ける。
自分が何を残したいかも分かる。
違いは。
ただ離れるための理由ではない。
一緒に作る材料にもなる。
◇
五人は。
校門を出たところで。
少しずつ帰る方向が分かれた。
蓮。
美優。
祐衣。
春樹。
なつき。
完全に同じ道ではない。
途中まで。
同じ。
「明日、クラスへ報告するんでしょう?」
祐衣が尋ねる。
「うん。朝は時間が短いから、昼休みに詳しく話すと思う」
「圭、喜びそう」
美優が言う。
「自分のラリー案が入ってるから」
「名前案も持ってくる」
春樹が続ける。
「三個まで?」
蓮が聞く。
「本人が一つへ絞る条件で」
「紅秋が必要だね」
「絶対」
美優が笑う。
「でも、私達のクラスも案を出すから。三組だけで十個くらい出るかも」
「美優さんも出す?」
なつきが聞く。
「私は一個。名前より中身を考えたい」
「祐衣さんは?」
「図書委員会として参加できるか確認してから考えます。ただ、題名だけなら」
祐衣は。
少しだけ考えた。
「『見つけて、選んで、伝える週間』」
全員が一度、黙った。
「普通にいい」
美優が言う。
「祐衣、こういうの得意だった?」
「本の特集名を考えることがありますから」
「圭くんに勝つかも」
なつきが言う。
春樹も頷く。
「分かりやすい」
「まだ仮です」
「それ、明日言っていい?」
なつきが尋ねると。
祐衣は少しだけ迷った。
「図書委員会の案ではなく、私個人の案としてなら」
「個人と委員会は別」
なつきが確認する。
「はい」
「分かった。そこも伝える」
祐衣は。
安心したように微笑んだ。
◇
分かれ道。
祐衣と美優、蓮が。
先に別の方向へ進む。
「また明日」
美優が言う。
「明日、企画の話する」
「春樹と二人で全部決めないで」
「決めないよ。クラスのみんなと、ほかのクラスとも決める」
「ならいい」
美優は少し笑い。
祐衣と蓮の方へ戻った。
三人の後ろ姿。
並んで歩いていく。
なつきは。
その背中を見ながら。
少しだけ胸が温かくなるのを感じた。
前なら。
美優と祐衣が一緒にいることさえ。
春樹を好きな二人が何を話すのか、不安になったかもしれない。
今も。
気にならないわけではない。
でも。
二人が。
春樹のことだけでつながっているわけではないと分かる。
図書室の仕事。
企画。
幼馴染としての関係。
友達。
それぞれが持っている時間。
なつきがいない場所でも。
関係は続く。
それでいい。
「横田さん」
春樹が呼ぶ。
なつきは。
前を向く。
「何?」
「帰ろう」
「うん。今日は、かなり遅くなったね」
「昨日より」
「毎日遅くなったら困る」
「企画が進んだら、少し早くなる」
「本当に?」
「たぶん」
「自信ないね」
「考えることが増えてるから」
「それは本当」
二人で。
歩き始める。
少し遅れて。
なつきは、春樹へ尋ねた。
「春樹くん。今日の企画、何点?」
春樹は。
少しだけなつきを見る。
「また点数?」
「前に、途中だからつけないって言ったでしょう。でも、今の春樹くんが、どう見てるか聞きたい」
春樹は。
歩きながら。
すぐに答えず考えた。
「点数じゃなくていい?」
「うん」
「昨日の企画は、やることが分かりやすかった。でも、商業科以外の人が入る場所が少なかった」
「今日の企画は?」
「入る場所は増えた。でも、何をすればいいか分かりにくくなった」
「祐衣さんと同じ」
「うん。だから、明日は。分かりやすさを戻す」
「最初の案から?」
「最初へ戻すんじゃなくて、良かったところを持ってくる」
戻るのではない。
持ってくる。
なつきは。
その言い方を、心の中で何度か繰り返した。
変わる前の形へ戻る。
ではない。
最初の案にあった良さを。
今の案へ持ってくる。
それなら。
変わったことを否定しない。
「企画って」
なつきは。
少し笑う。
「前へ進むだけじゃないんだね」
「どういう意味?」
「良かったものを後ろから持ってきたり。いらないと思ったものが、あとで必要になったり。圭くんの人生ゲームみたいに」
「人生ゲームは必要じゃない」
「ラリー部分」
「そこだけ」
「春樹くん、本当に核を捨てるね」
「必要なところだけ残す」
「人には、そうしないでね」
なつきは。
少し冗談のつもりで言った。
春樹は。
すぐには笑わなかった。
「人は」
ゆっくり答える。
「必要なところだけ残すんじゃなくて、分からないところも知りたい」
なつきの足が。
ほんの少しだけ遅くなる。
春樹も。
歩幅を合わせる。
「良いところだけじゃなくて?」
「うん。怖がるところも。嫉妬するところも。言葉が出ないところも。今日、企画を守ろうとしてたところも」
春樹は。
なつきを見た。
「それを消したら、横田さんじゃなくなると思う」
胸の奥が。
静かに。
強く鳴る。
不完全なところ。
自分で嫌だと思っているところ。
できれば見せたくないところ。
それを。
直さなくていい。
とは言っていない。
でも。
消せばいいとも言わない。
知りたい。
春樹は。
そう言っている。
「春樹くんも」
なつきは。
すぐに返した。
「言葉が短いところも、考えすぎて黙るところも、美優さんに言われると昔の言い方へ戻るところも。全部春樹くんだから、消さなくていい」
「でも、伝わらないところは直したい」
「私も。嫉妬して、勝手に決めつけるところは直したい」
「消すんじゃなくて?」
「伝え方を変える」
「企画みたい」
「また会議を人間関係に使ってる」
二人は。
少しだけ笑った。
◇
帰り道。
街灯が。
一つずつ点き始めている。
通り過ぎる車のライト。
自転車で帰る生徒。
少し冷たい風。
なつきは。
胸の前に抱えていたファイルを。
今度は片手へ持ち替えた。
重い。
でも。
その重さに慣れてきた。
一枚目。
二年十一組の案。
二枚目。
複数クラスの案。
その間に。
会議で出た意見。
祐衣の提案。
まだ白紙の部分。
全部。
同じ企画の途中。
「春樹くん」
「何?」
「今日、否定されたと思ったこと。クラスのみんなに言った方がいいかな」
「言いたい?」
「少し迷ってる。実行委員が弱気だったって思われるかもしれない」
「圭は、企画が悪かったのかって心配する」
「紅秋くんは、意見を聞くのが会議だって言いそう」
「亜衣は、なつきが話せたならいいって言う」
「茜ちゃんは、どうしてそう感じたか聞く」
「田辺は、納豆案が残ったか聞く」
「島中くんは、最初に笑ってから真面目なこと言う」
二人は。
クラスメイト達の反応を。
次々に想像した。
どれも。
ありそうだった。
「言っていいと思う」
春樹が言った。
「どうして?」
「完成した結果だけじゃなくて、途中も残したいって言ってたから」
図書室へ入る前。
なつきが言った言葉。
完成した紙だけ見たら。
最初からその形だったように見える。
途中で消えた案も。
悩んだ時間も。
忘れたくない。
「私の気持ちも、途中?」
「うん。企画書には書かないけど」
「当たり前」
「でも、クラスへ話したら。ほかの人が意見を言う時、言い方を考えるかもしれない」
「私も、受け取り方を考えられる」
「だから」
春樹は。
少しだけ言葉を置く。
「失敗じゃないと思う」
なつきは。
歩きながら。
ゆっくり頷いた。
「明日、言う」
「俺も言う」
「何を?」
「反論したいと思ったこと。でも、先に聞いてよかったこと」
「一緒に報告する?」
「うん。結果だけじゃなくて、会議で何があったか」
「二人で?」
なつきが尋ねる。
春樹は。
迷わず答えた。
「二人で。でも、途中からクラス全員」
なつきは笑う。
「実行委員らしい答え」
「昨日より?」
「今日の方が」
街灯の下。
二人の影が。
道路へ並んで伸びる。
重なることはない。
少し離れ。
それでも。
同じ方向へ進んでいる。
◇
一緒に作るということは。
最初の形を。
そのまま守り続けることではなかった。
自分の案だけを。
最後まで残すことでもない。
何を大切にしたいのか。
何なら変えてもいいのか。
相手が何を足したいのか。
言葉にする。
聞く。
違いを見つける。
時には。
頑張ったものを否定されたように感じる。
変わることが。
寂しい。
自分達だけのものではなくなることが。
怖い。
それでも。
相手が手を伸ばす理由を聞けば。
見えてくるものがある。
入りたい。
一緒に作りたい。
自分の言葉も残したい。
それは。
奪うための手ではない。
同じものを持つための手。
なつきは。
ファイルの中へ増えた紙を思った。
字が違う。
線が違う。
考え方が違う。
だから。
最初にはなかったものが生まれた。
春樹となつきも。
同じではない。
春樹は整理する。
なつきは言葉を残す。
春樹は黙って考える。
なつきは相手の表情を見る。
美優は感情から話す。
祐衣は考えてから深く言う。
蓮は少し離れた場所から。
全体を見る。
圭は。
誰も頼んでいないほど大きな夢を持ってくる。
違う。
だから。
ぶつかる。
違う。
だから。
足せる。
「横田さん」
春樹が呼ぶ。
なつきは顔を上げる。
「明日」
「うん」
「最初、何秒待つ?」
なつきは。
少し考え。
笑った。
「数えなくていいよ。私が考えてたら待って。助けてほしそうだったら、隣から続けて」
「分かった」
「春樹くんも。言葉が出なかったら、『少し考えます』って言ってね」
「共通装備」
「忘れ物確認も」
「明日は企画書を机に置かない」
「そこから?」
「大事」
二人の笑い声が。
夜へ変わり始めた道へ。
小さく広がった。
企画は。
まだ完成していない。
むしろ。
最初より決めることが増えた。
それでも。
なつきは。
朝よりも、完成へ近づいたと思えた。
形が決まったからではない。
一緒に作る人が増えたから。
違う意見を。
邪魔ではなく。
材料だと思えるようになったから。
明日。
二年十一組へ。
新しい企画書を持ち帰る。
変わった形。
増えた言葉。
少しの寂しさ。
それも。
全部。
隠さずに。
春樹と二人で。
そして。
クラスのみんなと。
また。
一つずつ。
作り直していくために。




