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『君の隣を目指して』――図書室、帰り道、教室――。少しずつ距離を縮めていく、高校生たちの等身大の青春ラブストーリー。  作者: 伊佐波瑞樹


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第139話 変わった企画を、変わったまま持ち帰る


 翌朝。


 梅桜高校の校舎を包んでいた空気は、前日よりも一段冷たかった。


 雲の切れ間から差し込む光は薄く、昇降口へ続く石畳には、夜の湿り気がまだ残っている。校庭の端に並ぶ木々も、数日前までより明らかに色を変えていた。


 黄。


 薄い橙。


 その間へ残る緑。


 風が吹くたび、乾き始めた葉が枝の先で小さく鳴る。


 なつきは、鞄とは別にファイルを胸の前へ抱えていた。


 中に入っているのは、三種類の紙だった。


 二年十一組で作った最初の企画書。


 複数クラスの意見を合わせた合同企画の第一次案。


 そして、祐衣から聞いた内容を書き足したメモ。


 昨日より重い。


 枚数が増えたから。


 それだけではなかった。


 今日。


 これをクラスへ持ち帰る。


 昨日、みんなで考えた案が大きく変わったことを伝える。


 良くなった部分も。


 なくなった部分も。


 自分が最初、否定されたと思ったことも。


 春樹が反論したくなったことも。


 全部。


 結果だけではなく、その途中まで話すと決めた。


 だが。


 決めたことと、実際に言えることは同じではない。


 なつきは歩きながら、何度かファイルの留め具を確かめた。


 開かない。


 紙も入っている。


 忘れていない。


 それでも。


 指先は落ち着かなかった。


「今日は、昨日より早いね」


 隣を歩いていた亜衣が、なつきのファイルへ視線を向けた。


「何が?」


「確認する回数。校門からここまでで四回」


「そんなに見てた?」


「見てた。最初は忘れ物確認かなって思ったけど、今のは中身が変わってないか確認してたでしょう?」


「紙が勝手に変わるわけないよ」


「分かってるのに見る時は、気持ちの問題」


 亜衣は、なつきの歩幅へ合わせながら続けた。


「クラスへ見せるの、怖い?」


 なつきは、すぐに大丈夫だとは言わなかった。


 昨日。


 春樹とも話した。


 考えている時は、沈黙だけにしない。


 必要なら。


 少し考えます。


 そう言えばいい。


「少し怖い」


 なつきは正直に答えた。


「昨日、みんなで考えた案が、かなり変わったから。圭くんはラリーが残って喜ぶと思うけど、商品企画を楽しみにしてた人は、何で変えたのって思うかもしれない」


「商品企画、なくなったの?」


「なくなってはいないよ。選べる題材の一つになった。でも、商業科だけの企画ではなくなった」


「じゃあ、商業科の案を取られたみたいに感じる人がいるかもしれない?」


 少し後ろを歩いていた茜が尋ねた。


 なつきは頷く。


「私も最初、少しそう思った。せっかく十一組で作ったのに、別の企画になっちゃったみたいで」


「今は違うの?」


「なくなったんじゃなくて、増えたと思ってる。でも」


 なつきは、ファイルへ視線を落とした。


「私がそう思えるまで、会議の途中でかなり時間がかかった。だから、説明だけ聞いたみんなが、すぐ同じように思うとは限らない」


 茜は、なつきの言葉を聞きながら、少しだけ考えるように目を細めた。


「それなら、変わった内容だけではなく、なぜ変わったのかを順番に話した方がいいわね」


「春樹くんとも、そのつもり」


「なつきが否定されたと感じたことも?」


「言う」


 その答えを口にすると。


 胸の奥が少しだけざわついた。


 実行委員として。


 弱く見えないだろうか。


 会議で意見を受けただけで落ち込んだ。


 そう思われないだろうか。


 だが。


 隠せば。


 完成した企画だけを持ち帰ることになる。


 最初から迷わなかったように。


 全部うまくできたように。


 それは違う。


「言った方がいいと思う」


 亜衣が言った。


「だって、なつきがそう感じたってことは、クラスの誰かも同じように感じるかもしれないでしょう?」


「うん」


「先に言ってくれたら、『私もそれ思った』って言いやすくなる。実行委員が最初から全部納得してる顔をしてたら、反対しにくい人もいるよ」


 なつきは。


 少しだけ目を見開いた。


 自分が迷ったこと。


 それは。


 見せない方がいいものではないのかもしれない。


 誰かが。


 同じ迷いを口にするための入口になる。


「亜衣ちゃん、昨日の会議にいたみたい」


「想像。私だったら、商品企画が好きだったって言いにくいもん。なつき達が『合同案すごく良くなりました』って笑ってたら」


「私は、そうならないようにしたい」


「なら、ちゃんと迷ったことも話して」


 亜衣は。


 いつものように軽く笑う。


 けれど。


 言葉は真面目だった。


「私も、聞いたあとに本音言うから」


「賛成じゃないかもしれない?」


「まだ内容見てないからね。友達だからって、企画まで全部賛成するとは限らないよ」


 その言葉に。


 なつきは一瞬だけ緊張し。


 それから。


 少しだけ安心した。


「うん。それでいい」


「よかった。先に逃げ道塞がれなくて」


「私、そんな圧かけてた?」


「今のところは大丈夫」


 亜衣が笑い。


 茜も、静かに微笑んだ。


   ◇


 二年十一組の教室へ近づく。


 扉は開いていた。


 中から。


 今日も。


 聞き慣れた声が廊下まで届いている。


「三つまでって少なくない?」


「一人三案も出せれば十分だ」


「名前は数を出してから削るものだろ」


「お前の場合、削る側の負担が大きすぎる」


「紅秋は俺の発想を信用してない」


「発想力は信用している。制御力を信用していない」


 圭。


 紅秋。


 まだ教室へ入っていないのに。


 何を話しているのか分かる。


 なつきが扉をくぐると。


 圭は、自分の机へ三枚の紙を並べていた。


 それぞれ。


 大きな字で名前が書かれている。


『茨城ドリームマーケット』


『学科横断ワクワクラリー』


『梅桜ミックスクエスト』


「もう三案出てる」


 なつきが言うと。


 圭が、待っていましたと言わんばかりに顔を上げた。


「おはよう、実行委員。昨日のうちに厳選した」


「厳選して三つ?」


「最初は十二個」


「制限して正解だった」


 春樹の声が、斜め後ろから聞こえた。


 なつきは振り返る。


 春樹はすでに席へ座り。


 昨日のノートを開いていた。


 机の上には。


 なつきと同じ三種類の紙。


「おはよう」


 春樹が言う。


「おはよう。企画書、持ってきた?」


 なつきが確認すると。


 春樹は机の上を示した。


「持ってきた。家を出る前と、電車を降りたあとに確認した」


「二回?」


「教室に着いてから、もう一回」


「私、四回」


「横田さんの方が多い」


「勝負じゃないよ」


「二人とも、昨日忘れたの気にしすぎ」


 亜衣が笑いながら席へ向かう。


 圭は。


 二人の企画書よりも。


 自分の名前案を見せることへ意識が向いていた。


「で、昨日の合同案は? 俺のラリー要素、正式採用された?」


「正式ではない。第一次案に入った」


 春樹が答える。


「第一次でも生き残った!」


「でも、校内全部は使わないよ」


 なつきが釘を刺す。


「体験ブースを選んで回る形。全部回るラリーでもないし、マスもないし、人生イベントもない」


 圭の表情が。


 説明のたびに、少しずつ沈む。


「俺の案、どこに残ってる?」


「複数の場所へ移動して、それぞれ違う体験をするところ」


「骨だけ」


 島中が、教室へ入ってきながら言った。


「圭の人生ゲーム、肉全部削られて骨格だけ採用されてる」


 田辺も、その後ろから圭の紙を覗き込む。


「名前だけは元気だな」


「名前に魂を移した」


「だから三つあるのか」


 紅秋が、机の横から淡々と言う。


「一つへ絞る条件だ。ホームルームまでに決めろ」


「どれも我が子」


「十二人から三人へ減らしただろう」


「その言い方だと、すごく重い」


「お前が十二個も作るからだ」


 教室に笑いが起きる。


 なつきも。


 少しだけ笑った。


 圭は。


 今日も圭だった。


 そのことが。


 今はありがたかった。


 合同案を持ち帰る。


 クラスの反応。


 緊張。


 その全部を抱えて教室へ入った。


 けれど。


 いつもの会話がある。


 いつもの顔がある。


 ここは。


 会議室ではない。


 自分達のクラス。


 意見がぶつかっても。


 話せる場所。


「横田さん」


 春樹が、なつきのファイルを見る。


「昨日のメモ、整理した?」


「一応。でも、祐衣さんの言葉は、私の書き方のまま残した」


「俺も。あとで合わせる」


「報告の順番は?」


「最初に、前の案を確認。そのあと、会議で出た指摘。合同案。最後に、図書室の提案」


「私達が最初どう思ったかは?」


「指摘のあと」


「春樹くんから先に話す?」


 なつきが聞くと。


 春樹は少し考えた。


「横田さんが言いたいなら、先でいい。でも、途中で言いにくくなったら、俺も言う」


「三秒は数えない?」


「数えない。顔を見る」


 その答え。


 昨日の帰り道。


 二人で決めた。


 なつきは頷く。


「分かった。私から言う」


   ◇


 朝のホームルーム。


 担任が教室へ入る前から。


 黒板の端には。


 圭が勝手に書いた三つの名前案が並んでいた。


『茨城ドリームマーケット』


『学科横断ワクワクラリー』


『梅桜ミックスクエスト』


 その下。


 紅秋が、小さく。


『すべて仮』


 と書き足している。


 担任が黒板を見て。


 少しだけ立ち止まった。


「三浦くん」


「はい」


「これは何ですか?」


「次期企画名候補です」


「まだ昨日の会議報告も聞いていませんが」


「先行提案」


「消してください」


 圭の顔が固まる。


「全部?」


「連絡事項を書きます」


「端だけでも」


「ホームルーム後に、必要なら書き直してください」


「必要です」


「では、今は消してください」


 教室から。


 低い笑いが広がる。


 圭は肩を落としながら。


 三つの名前を消した。


 最後に。


『夢』


 という一文字だけを残そうとして。


 紅秋に黒板消しを渡され。


 完全に消された。


「夢まで」


「連絡事項の邪魔だ」


「現実が強い」


「朝から同じことを言わせるな」


 担任は。


 二人のやり取りを見届けてから。


 出席確認を始めた。


   ◇


 朝の連絡は。


 いつもより少し早く終わった。


 担任は、時計を確認したあと。


 出席簿を閉じる。


「昨日の実行委員会について、大國くんと横田さんから報告があります。企画内容がかなり変わったと聞いていますので、今日は概要だけ説明してもらい、詳しい話し合いは昼休みに行いましょう」


 教室の空気が。


 少し変わる。


 企画が変わった。


 担任の言葉。


 何人かが。


 すぐに春樹となつきの方を見る。


「変わったの?」


「商品企画じゃない?」


「店、なくなった?」


 小さな声。


 なつきの胸が。


 一度だけ強く鳴る。


 予想していた反応。


 まだ説明していない。


 それでも。


 心が少し急ぐ。


 違う。


 なくなったわけではない。


 早く言いたい。


 だが。


 急いで弁解するように話せば。


 相手の疑問を遮る。


 なつきは立ち上がり。


 ファイルを持った。


 春樹も。


 隣で資料を揃える。


 二人は。


 教室の前へ向かった。


 昨日。


 同じ場所に立った。


 なつきが。


 三秒かけて最初の言葉を出した場所。


 今日。


 教室全体が。


 昨日より少し不安そうに見える。


 なつきは。


 黒板の前へ立ち。


 深く息を吸った。


「昨日、第二回の実行委員会がありました」


 声は。


 すぐに出た。


 何秒だったのか。


 分からない。


 数えなかった。


「最初に、私達がクラスで作った企画案を発表しました。そのあと、ほかのクラスや学科の実行委員から、いくつか意見をもらいました」


 なつきは。


 最初の企画書を掲げた。


「これが、昨日ここで作った案です。地域の素材を使って、学科混合の班で商品やサービスを考える。商業科が、価格や客層、広告、簡単な利益計算を手伝う。最後に発表と投票をする内容でした」


 教室の何人かが頷く。


 自分が出した案を思い出すように。


「会議では、最初に」


 なつきは。


 ここで一度、言葉を止めた。


 何を言う。


 どう言う。


 否定された。


 そう感じた。


 それを。


 大げさにしたくない。


 小さく扱いたくもない。


「商業科が教える側に寄りすぎていて、ほかの学科が参加している感じが少ないと言われました」


 教室が。


 少しざわつく。


「え」


「でも混合班でしょう?」


「商業科の企画なんだから、教えるの普通じゃない?」


 言葉が上がる。


 なつきは。


 それを止めずに聞いた。


 圭は。


 珍しくすぐ口を挟まず。


 机の上で指を組んでいる。


 亜衣も。


 茜も。


 まだ何も言わない。


「私も、最初はそう思いました」


 なつきは続けた。


 ざわめきが少し収まる。


「昨日、みんなで考えた案を、悪いと言われた気がしました。頑張って作った時間まで、足りなかったって言われたみたいで。正直、少しだけ、企画書を持って帰りたいと思いました」


 教室が。


 静かになる。


 担任も。


 なつきを見ている。


 圭の表情が。


 少し真面目になる。


「でも、大國くんが、交流が弱いというのは説明時間が長いことなのか、それとも参加する時間が少ないことなのかと聞きました」


 春樹へ。


 視線を渡す。


 春樹は。


 なつきの言葉を受けて。


 教室全体へ向いた。


「最初は俺も、十一組の案を守らないといけないと思いました。悪くないと説明しようとしました。でも、相手が何を変えたいのか分からないまま反論すると、ずれると思ったので聞きました」


「それで?」


 田辺が尋ねた。


 声は大きい。


 だが。


 急かすより。


 続きを知りたいという調子。


「ほかの学科の人達は、企画をなくしたいわけではありませんでした」


 春樹は、合同案の紙を掲げる。


「自分達も、もっと中へ入りたいと言っていました」


 教室の空気が。


 少しだけ変わる。


「普通科は、商業科に直してもらうだけではなく、参加者に分かりやすく伝える役割を持ちたい。スポーツ特待は、座って話すだけではなく、身体を使った実演や発表方法を入れたい。特進科は、調べた情報を渡して終わるのではなく、最初から商品や企画を考える側へ入りたい」


 春樹は。


 一つずつ。


 会議で出た意見を説明する。


 なつきは。


 その間。


 教室の反応を見た。


 困ったような顔。


 考えている顔。


 少し納得した顔。


 まだ納得していない顔。


 全部ある。


「それで、私達の案だけではなく、似た案を出していた五つのクラスで、合同企画を考えることになりました」


 なつきは。


 二枚目を黒板へ磁石で留めた。


 担任が用意した拡大コピー。


『複数学科合同・選択型体験企画 第一次案』


 題名。


 内容。


 流れ。


 教室の生徒達が。


 前のめりになる。


「固い」


 島中が最初に言った。


 教室に。


 小さな笑いが起きる。


「名前はまだ仮」


 なつきも笑いながら答えた。


「そこは今日、みんなにも考えてほしい」


「俺の出番」


 圭がすぐに反応する。


「三つから一つ」


 紅秋が止める。


「分かってる」


「今、四つ目を考えた顔をした」


「顔を読むな」


 張っていた空気が。


 少しだけほどける。


 なつきは。


 合同案の流れを説明した。


 まず。


 学科混合の班を作る。


 商品。


 地域イベント。


 学校紹介。


 いくつかの題材から一つを選ぶ。


 次に。


 必要だと思う体験ブースを二つか三つ選ぶ。


 地域情報。


 調査と根拠確認。


 価格や客層、広告。


 分かりやすい言い換え。


 実演や発表方法。


 図書室からの発想支援。


 集めた情報や方法を使い。


 班で一つの企画へまとめる。


 最後に発表。


 展示。


 投票。


 良かった理由を残す。


 説明が終わった時。


 教室には。


 すぐ大きな反応が起きなかった。


 沈黙。


 なつきは。


 その沈黙を。


 失敗だとは思わなかった。


 みんな。


 考えている。


 最初の案と。


 今の案。


 比べている。


 少しして。


 田辺が手を上げた。


「商品は、選ばなかったら作らない?」


「題材として商品を選ぶ班は作る。でも、地域イベントや学校紹介を選ぶ班もある」


「納豆は?」


「地域素材の体験ブースで残せる」


「ならいい」


 教室から。


「そこなんだ」


「納豆の生存確認」


 と笑いが起きる。


 田辺は本気だったらしく。


 納得した顔で腕を組んだ。


 次に。


 女子の一人が手を上げた。


「素材カードは、なくなるの?」


「完全にはなくならない」


 なつきが答える。


「最初の案みたいに全員が同じカードを引く形ではなくて、地域情報のブースで素材や観光資源のカードを選ぶ案が出てる。まだ決まってないけど」


「亜衣ちゃんの案、残ってる?」


 その女子が。


 亜衣を見る。


 亜衣は。


 少し考えてから答えた。


「形は変わったけど、選ぶところは残ってるね。私は、最初のカードを使ってほしい気持ちはある。でも、参加する班が必要なものを選ぶ方が自由かも」


「寂しくない?」


「ちょっとは」


 亜衣は。


 隠さなかった。


「だって、最初はみんながカードを引いて、変な組み合わせが出たら面白いと思ってたから。でも、体験ブースを選ぶなら、くじ引きの面白さとは違う企画になる」


 なつきは。


 亜衣の言葉を聞き。


 胸の奥が少し動いた。


 やはり。


 寂しい人がいる。


 自分だけではない。


「でも」


 亜衣は続けた。


「私の案をそのまま守ることが、企画の目的じゃない。新しい案を見た上で、素材カードをどこへ残せるか考えたい」


 茜が静かに言う。


「それなら、今日の昼休みに、残したいところと、変えてもいいところを分けて話しましょう」


「うん」


 亜衣は頷いた。


   ◇


「俺は、正直に言うと」


 島中が。


 少しだけ椅子を引き。


 教室全体を見ながら口を開いた。


「新しい方、やること多すぎると思う」


 何人かが。


 同じように頷く。


「題材選んで、ブース選んで、二か所か三か所回って、最後に企画作って、発表。聞いてるだけで忙しい」


「祐衣さんにも、同じようなことを言われた」


 なつきが答える。


「自由が増えた分、初めて参加する人には分かりにくいかもしれないって」


「じゃあ、直す前提?」


「第一次案だから」


 春樹が答えた。


「完成ではない。十一組からも意見を出して、また合同会議へ持っていく」


「それなら」


 島中は、二枚の企画書を見比べる。


「最初の案にあった分かりやすさは、絶対戻した方がいい。商品を作るなら、カードを引いて、考えて、発表。聞いた瞬間分かる。新しい方は、途中で何をしてるのか見失いそう」


「戻すんじゃなくて」


 なつきは。


 昨日、春樹が言った言葉を使う。


「最初の案の良かったところを、今の案へ持ってきたい」


 島中が、一度なつきを見る。


「言い方の違い?」


「少し違う。最初の形へ全部戻すんじゃなくて、今増えたものを残したまま、分かりやすさを足す」


「なるほど」


 島中は。


 もう一度企画書を見る。


「なら、題材ごとにおすすめコース作れば?」


「おすすめコース?」


「商品なら、地域素材、商業、広告。学校紹介なら、調査、言い換え、実演。選べるって言っても、最初は例がないと分からないだろ。初心者はおすすめ通り。慣れてる班だけ自由に選ぶ」


「祐衣さんも、推奨コースがあった方がいいって言ってた」


 春樹が、すぐにノートへ書く。


 島中は少し驚いた。


「白石と同じ?」


「似てる」


「じゃあ使えるか」


「祐衣さんと同じじゃなかったら使えないの?」


 亜衣が笑う。


「違う。二人同じこと思うなら、必要性高そうって話」


「島中くん、意外と論理的」


「意外は余計」


 教室に笑いが起きた。


   ◇


「一つ聞きたい」


 今度は。


 圭が手を上げた。


 さきほどまで。


 自分の名前案のことばかり考えていたように見えた。


 だが。


 表情は真面目だった。


「俺のラリー案が入ったのは嬉しい。でも」


 少しだけ言葉を選ぶ。


「昨日、十一組で考えた企画を、別のクラスが変えたって聞くと。正直、俺も少し取られた感じがする」


 教室が。


 また静かになる。


 圭が。


 冗談ではなく。


 そう言った。


「俺達が考えたのに、完成した時に十一組の案って言えなくなるのは、ちょっと嫌だ」


 なつきは。


 すぐに答えなかった。


 圭の言葉。


 自分も。


 昨日、同じことを感じた。


「私も思った」


 なつきは、教室の前から圭を見る。


「十一組だけの企画じゃなくなるのが、少し寂しかった。みんなで作ったものが、別のものへ変わるみたいで」


「今も?」


「寂しさは残ってる。でも、取られたとは思わなくなった」


「どうして?」


 圭の問い。


 なつきは。


 昨日の会議を思い出す。


 普通科。


 スポーツ特待。


 特進科。


 地域紹介。


 それぞれの生徒達が。


 自分達の残したいものを出した。


「ほかのクラスの人達も、自分達の案を持ってきてたから」


 なつきは言った。


「十一組の案だけが変えられたんじゃない。五つのクラスが、それぞれ自分達の企画を一度ばらして、一つへ混ぜた。商品企画だけじゃなくて、学習相談も、体験教室も、地域展示も、最初の形では残ってない」


「全員、少しずつ失った?」


「失ったというより」


 春樹が言葉を足す。


「全部は残せなかった。でも、絶対に残したいところを一つずつ出した」


「十一組は何を残した?」


「違う学科の人が、得意なことを持ち寄って、一つのものを一緒に作ること」


 なつきが答えた。


「商品じゃないの?」


「商品だけにすると、ほかの案が入れないから。でも、価格や広告、客層を考える商業科の要素は残した」


「ラリーは?」


「複数の場所を選んで体験する形で残った」


「素材カード」


「地域情報のブースに残せる」


「田辺の納豆」


「まだ残ってる」


「俺の名前案」


 圭が続ける。


「それは、これから」


 なつきが笑う。


 教室にも。


 少し笑いが戻る。


「じゃあ」


 圭は。


 三枚の紙を見下ろした。


「十一組の案って名前は消えても、十一組が考えたことは入ってる?」


「入ってる。合同案の最初に、十一組の企画があったことも記録に残ってる」


「完成した時、誰がどの案を出したか分かる?」


「ファイルに全部残す」


「人生ゲームも?」


「名前だけなら」


「全部残して」


「量が多い」


「歴史」


「十二案も?」


「最初の十二案は、本人のノートで保存して」


 教室に笑いが広がった。


 圭も。


 ようやく少しだけ笑った。


「分かった。俺は、新しい案をまだ完全には好きじゃない」


「うん」


 なつきは頷く。


「でも、嫌いって決める前に、昼休みに詳しく聞く」


「ありがとう」


「その代わり、名前案はちゃんと聞いて」


「一人一案まで絞ったら」


「交渉の余地がない」


「ある。三つから一つ選べる」


 紅秋が補足する。


「圭。十分な選択肢だ」


「俺の民主主義、厳しい」


「お前一人の民主主義という言葉からして矛盾している」


 また笑いが起こる。


   ◇


 担任が時計を見る。


「朝はここまでにしましょう。皆さん、昼休みまでに、最初の案で残したいところと、合同案へ足したいことを一つずつ考えてください」


 担任は。


 二枚の企画書を見た。


「大國くん、横田さん」


「はい」


「結果だけでなく、会議で感じたことまで報告したのは良かったと思います」


 なつきの胸が。


 少しだけ軽くなる。


「ただし」


 担任は続けた。


「実行委員の二人だけが、すべての意見を背負おうとしないように。クラスの反対意見を聞き、合同会議へ持ち帰ることも仕事です。全員を一度で納得させる必要はありません」


「分かりました」


 春樹が答え。


 なつきも続けた。


「反対されたら、何が残ってほしいのか聞きます」


「それでいいと思います」


 担任は頷いた。


「では、授業の準備をしてください」


 ホームルームが終わる。


 二人は席へ戻った。


 なつきが椅子へ座る前に。


 亜衣が近づいてきた。


「私は、素材カードの偶然性、残してほしい」


「偶然性?」


「自分達で全部選ぶと、まともな組み合わせばっかりになるでしょう? 変な組み合わせが出た時に、どう工夫するか考えるのも面白い」


「おすすめコースと逆?」


「完全には逆じゃないよ。初心者向けはおすすめコース。挑戦したい班は、くじ引きコース」


 なつきの目が少し明るくなる。


「選べる?」


「そう。安心して進みたい班と、予想外を楽しみたい班。どっちも参加できる」


 春樹がノートへ書きながら言う。


「標準コースと挑戦コース」


「名前は、あとで圭くんに任せる?」


 亜衣が聞く。


「中身だけ」


 春樹が即答する。


 なつきも笑いながら頷いた。


「亜衣ちゃん、それ昼休みに詳しく聞かせて」


「分かった。でも、私は最初の案が変わったこと、まだ少し寂しいから。それも言う」


「言って」


 なつきは。


 亜衣の目を見る。


「賛成だけじゃなくて、寂しいところも聞きたい」


「昨日より、実行委員っぽい」


「春樹くんにも言われた」


「毎日更新されてるね」


   ◇


 一時間目。


 二時間目。


 授業は進む。


 だが。


 教室のあちこちで。


 企画の余韻が残っていた。


 休み時間になるたび。


 誰かが黒板へ。


 残したいもの。


 足したいもの。


 短い言葉を書いていく。


『カードを引く面白さ』


『商品企画は必ず残す』


『全部の班が発表しなくてもいい?』


『展示だけでも参加できる形』


『説明が長くならない工夫』


『他学科の人だけでなく、一年生や三年生も参加できる?』


『投票の理由を書く』


『茨城以外の地域も入れる?』


 黒板の端。


 担任が使用しない場所。


 文字が増える。


 書いた人の名前は。


 あえて書かない者もいる。


 直接言うのが恥ずかしい。


 でも。


 残したい。


 そのための場所。


 なつきは。


 休み時間のたびに黒板を見た。


 全部をノートへ写す。


 春樹は。


 似た意見へ印をつける。


 二人が話していない間にも。


 クラスが企画を進めている。


   ◇


 昼休み。


 チャイムが鳴る前から。


 二年十一組の教室には。


 いつもより落ち着かない空気があった。


 弁当箱を早めに出す者。


 机を動かす準備をする者。


 黒板の意見を読み直す者。


 圭は。


 名前案三つを前に。


 まだ悩んでいた。


「決めた?」


 田辺が聞く。


「決められない」


「じゃあ全部なし」


「それだけは嫌」


「くじ引き」


「企画名を運で決めるな」


 島中が。


 三枚の紙を持ち上げる。


「圭、目つぶれ。田辺が一枚引く」


「待って。俺の作品」


「時間ない」


「せめてプレゼンさせて」


「一案一分」


 紅秋が言う。


「合計三分。それ以上なら、すべて保留にする」


「紅秋が司会になった」


「お前が決められないからだ」


 圭が。


 教室前方へ立とうとする。


 なつきが。


「企画内容の話が先」


 と止めた。


「名前は最後」


「俺、ずっと最後にされてる」


「前に出すと、企画が名前に引っ張られるから」


「信用がない」


「実績がある」


 紅秋の返し。


 教室中から笑いが起こる。


   ◇


 机を。


 いくつかの島に分ける。


 最初の案で残したいもの。


 合同案で不安なこと。


 足したいこと。


 三つのテーマ。


 生徒達は。


 話したい場所へ自由に移動した。


「全員で一つの輪にしないの?」


 田辺が尋ねる。


 茜が答えた。


「四十人近くで一度に話すと、発言できる人が偏るから。最初は小さなグループで意見を出して、最後に共有した方がいいと思う」


「賢い」


 圭が言う。


「お前も、どこかへ入れ」


 紅秋が促す。


「名前案グループ」


「ない」


「作る」


「作るな」


 圭は。


 最終的に。


『合同案で不安なこと』


 のグループへ入った。


「俺、前向きな人間なのに」


「不安が一番多そうだから」


 島中が言う。


 田辺も同じグループへ座った。


「納豆の扱いが不安」


「一人だけ具体的」


 笑いが起きる。


 なつきは。


 最初の案で残したいもの。


 そのグループへ入った。


 亜衣。


 数人の女子。


 男子二人。


 春樹は。


 合同案で不安なこと。


 圭や田辺とは少し離れた位置へ座る。


 紅秋は、足したいこと。


 茜は。


 各グループを回りながら、意見の重なりを確認する役。


 島中は。


 話が止まりそうな場所へ入り。


 質問を投げる。


 クラス全体が。


 前回より。


 役割を言われなくても動いていた。


   ◇


「私は」


 亜衣が。


 大きな紙の中央へ、素材カードと書いた。


「カードを選ぶ楽しさと、予想外の組み合わせを残したい」


 近くの女子が頷く。


「くじ引き、絶対盛り上がる」


「でも、変な組み合わせが出たら時間かかる」


 男子の一人が言う。


「そこを考えるのが企画じゃない?」


「全班強制だと、困る人もいる」


 なつきは。


 どちらも聞く。


 すぐにまとめない。


「亜衣ちゃんの案だと、標準コースと挑戦コースに分けるんだよね」


「そう。標準は、題材ごとにおすすめの体験を選ぶ。挑戦は、カードやブースの一部をくじで決める」


「挑戦コースだけ、最後の投票とは別に面白賞を作る?」


 女子の一人。


「変な組み合わせをどうまとめたか」


「賞が増えすぎると集計大変」


「一個だけ」


「面白賞って名前、企画の目的からずれない?」


「工夫賞なら?」


「それならいいかも」


 言葉が。


 少しずつ形になる。


 なつきは書く。


『標準コース』


『挑戦コース』


『工夫賞』


「商品企画を必ず残したい人は?」


 なつきが尋ねる。


 何人かが手を上げる。


「どうして?」


「商業科の企画だから」


 最初の答え。


 なつきは。


 そこで終わらせず。


 もう一度聞く。


「商業科の企画じゃなくて、合同企画になったとしても。商品企画を残したい理由は?」


 問いに。


 少し沈黙が落ちる。


 女子の一人が。


 ゆっくり答えた。


「自分達が習ってることを、ほかの学科の人と使ってみたいから」


「見せたいじゃなくて?」


「見せたいのもある。でも、一緒に値段を決めたり、誰へ売るか考えたり。普段の授業では、同じ商業科の人としかやらないから」


 男子も続ける。


「特進科の人なら、もっと根拠を考えるかもしれない。スポーツ特待なら、部活で本当に使える商品を出すかもしれない。そこは見たい」


 なつきの胸に。


 会議で聞いた言葉が戻る。


 ほかの学科も。


 中へ入りたい。


 商業科も。


 自分達の学びを。


 外の人と使ってみたい。


「じゃあ、商品企画を残したい理由は、商業科が教えるためじゃなくて」


 なつきは。


 みんなの言葉をつなぐ。


「違う学科の考え方が入った時に、自分達の学びがどう変わるか見たいから?」


「それ」


「そうかも」


「そっちの方が、交流っぽい」


 何人かが頷く。


 大きな紙へ。


 なつきは書いた。


『商品企画は、商業科の知識を教える場ではなく、他学科の視点と一緒に使う場として残す』


 長い。


 だが。


 今は削らない。


 春樹があとで整理する。


 なつきは。


 この場で出た言葉を。


 そのまま残す。


   ◇


 一方。


 春樹がいる不安グループ。


 圭の声は。


 少し抑えられていた。


「俺は、選べるものが多すぎて、何を選べばいいか分からなくなるのが不安」


「圭が?」


 田辺が驚く。


「何でも選ぶ人間が?」


「俺は選びたいものが多すぎて困る。普通の人は、何をすればいいか分からなくて困る」


「自分を普通から外した」


「事実」


 春樹は。


 圭の発言を短く書く。


「推奨コースが必要」


「でも、推奨だけだと俺みたいな人間が退屈」


「挑戦コース」


「亜衣達も同じ案出してるかも」


「あとで合わせる」


 田辺が手を上げる。


「俺は、発表が苦手な人が困ると思う」


「田辺が?」


「俺は話す。うまいかは知らないけど」


「そこは認める」


「でも、班全員が前へ出るってなったら嫌な人いるだろ。実演したい人だけ前。ほかは、商品カード作るとか、裏でできる役割があった方がいい」


 近くの女子が。


 強く頷いた。


「私、発表だけなら参加したくない」


「企画を作るのはやりたい?」


「それはやりたい。でも、人前へ立つのは無理」


 春樹は。


 その女子を見る。


「全員が同じ役割をしなくていい形にする」


「でも、裏方だけで終わると、参加した感じがないかも」


「何なら、参加したと思える?」


 春樹の問い。


 女子は。


 少し考える。


「自分が考えた言葉が、発表に使われるとか。作ったカードが展示に残るとか。前へ出なくても、どこを担当したか分かれば」


「担当を、完成物に残す?」


「名前までは恥ずかしい」


「役割マーク?」


 圭が言う。


「この宣伝文句は文章担当。この実演は表現担当。この価格は商業担当」


「担当を学科で決めると、また分けすぎる」


 春樹が返す。


「じゃあ、班で役割名を決める」


「役割は自由。完成物へ、誰が何を考えたか簡単に残す」


「それなら、発表しなくても参加した感じする」


 女子が少し笑った。


 春樹は。


 その言葉を。


 丁寧にノートへ残した。


   ◇


 足したいことのグループでは。


 紅秋が。


 出た意見を、目的と実施条件へ分けていた。


「一、初心者向けの案内。二、参加人数の調整。三、図書室の協力。四、学年を越えた参加。五、結果を展示として残す」


 茜が。


 別グループから持ってきた意見を加える。


「発表へ出ない人の役割も必要だそうよ」


「運営側だけではなく、参加者側にも?」


「ええ。班の中で、説明、記録、デザイン、計算、実演を選べる形」


「学科で分けず、個人の得意で選ぶ」


「ただし、普段選ばない役割へ挑戦する余地も残したいわ」


「強制すると負担になる」


「挑戦枠として任意」


 紅秋が書く。


『得意役割』


『挑戦役割』


「学校行事でここまで細かく決める必要ある?」


 島中が聞く。


「細かく決めるのではない。参加方法が一つしかない状態を避けるため、選択肢を示す」


「なるほど。発表できる人だけが目立つ企画にしないってことか」


「そういうことだ」


 島中は。


 少し考え。


「それなら、宣伝担当は圭で決まり、みたいにクラスが勝手に決めるのも、あまり良くない?」


 紅秋が。


 島中を見る。


 図星だった。


 圭。


 声が大きい。


 人前へ出る。


 呼び込み。


 みんな。


 自然にそう決めていた。


「圭本人がやりたいなら構わない」


 紅秋は言った。


「だが、声が大きいからという理由だけで、毎回同じ役割を与えるのは違う」


「圭、数字の整理やりたいって言うかも」


「それは止めた方がいい」


「そこは止めるんだ」


「適性も考える必要がある」


 島中が笑う。


「紅秋、優しいようで厳しい」


「事故を防いでいる」


   ◇


 昼休みの後半。


 三つのグループが。


 再び一つへ集まった。


 大きな紙。


 三枚。


 黒板へ並べる。


 残したいもの。


 不安。


 足したいこと。


 文字で埋まっている。


「全部入れたら、また大きくなりすぎる」


 田辺が言う。


「それを次の会議で削る」


 春樹が答える。


「でも、その前に」


 なつきは。


 教室全体を見る。


「十一組として、絶対に残したいものを二つか三つに絞りたい」


「一つじゃなくて?」


 圭が聞く。


「合同会議では、一つずつ出した。でも、クラスで考え直したら、ほかにも大切なものが見えた。全部絶対って言うと困るから、三つまで」


「圭の名前案と同じ」


 亜衣が笑う。


「俺の制度が採用された」


「数だけ」


「それでも」


 クラスへ。


 少し笑いが起きる。


「まず一つ目」


 茜が言う。


「違う学科の生徒が、得意なことを持ち寄り、一つのものを共同で作る」


「これは残す?」


 なつきが聞く。


 教室のあちこちから。


 賛成の声。


 手が上がる。


「二つ目」


 春樹が。


 商品企画のグループで出た言葉を読む。


「商業科の知識を教えるだけではなく、他学科の視点と一緒に使う商品企画を選択肢として残す」


「商品以外も選べる?」


 女子が確認する。


「選べる。商品企画は必須ではない。でも、合同案から消さない」


 かなりの手が上がる。


 田辺は。


 納豆のためか。


 誰より高く上げた。


「三つ目」


 亜衣が言う。


「参加方法を一つにしない。標準コースと挑戦コース。班の役割も、発表だけじゃなくて、記録、計算、デザイン、実演から選べる」


「二つ入ってない?」


 島中が言う。


「どっちも選べる企画って意味」


「まとめたな」


「三つまでだから」


 圭が感心する。


「亜衣、政治がうまい」


「誰の影響?」


「俺」


「違う」


 笑いのあと。


 なつきが教室へ聞く。


「三つ目として、参加方法を選べることを残したい人」


 多くの手が上がる。


 全員ではない。


 反対。


 迷い。


 手を上げない人もいる。


 なつきは。


 そこを見逃さなかった。


「手を上げなかった人。理由を聞いてもいい?」


 少し。


 沈黙。


 男子の一人が。


 ゆっくり言った。


「選べることが多すぎるのが、今の合同案の問題なんでしょう? そこへコースと役割まで増やすと、また分かりにくくならない?」


「確かに」


 女子も頷く。


「自由って言われると、逆に決めるの疲れることある」


「じゃあ」


 なつきは、すぐに反論せず。


 問い返す。


「何が決まっていて、何だけ選べるなら参加しやすい?」


 男子は。


 少し考える。


「企画の流れは決まってる。やる内容もある程度決まってる。その中で、自分の役割だけ選べる」


「コースは?」


「標準と挑戦を最初から同じ企画に入れず、試運転してから決める」


「なるほど」


 なつきは書く。


『選択肢を増やす前に、試運転で分かりやすさを確認』


 春樹も。


 同じ内容を短く整理する。


「三つ目を、参加方法を一つにしない。ただし選択肢は試運転後に調整、へ変える?」


「それなら」


「賛成」


「分かりやすい」


 手が。


 さきほどより多く上がる。


 なつきは。


 全員が上げたかどうかを。


 ゆっくり見た。


 まだ。


 一人。


 手を上げていない。


「どうしたの?」


 なつきが聞く。


 女子生徒は。


 少しだけ申し訳なさそうに言った。


「私は、今の段階ではまだ賛成か分からない。説明を聞いただけだと、実際にどうなるか想像できないから」


「じゃあ、反対?」


「反対っていうより、保留」


 なつきは。


 その言葉を受け取る。


「分かった。無理に賛成へ入れない。試運転を見たあと、もう一度聞かせて」


「それなら」


 女子は。


 少し安心したように頷いた。


 全員一致。


 ではない。


 それでも。


 進める。


 保留を。


 反対と同じに扱わない。


 納得していない人を。


 置いていかない。


   ◇


 圭の企画名発表は。


 昼休み終了まで。


 残り五分のところで行われた。


 紅秋が前へ立つ。


「一案一分。質問は各案一つまで。最後に、圭本人を除いて投票する」


「本人の一票ないの?」


「三案すべてに投票するだろう」


「俺を分かってる」


「だから除外する」


 教室が笑う。


 圭は。


 最初の紙を掲げた。


「第一案。茨城ドリームマーケット。地域素材や文化を使い、参加者が新しい商品や企画を作る。夢を現実へ変える市場という意味」


「前より説明がある」


 島中が言う。


「紅秋に、名前だけではだめだと言われた」


「成長」


「自分で言う前に言われた」


 二案目。


「学科横断ワクワクラリー。複数のブースを回ることがすぐ分かる。学科を越える。体験する。分かりやすい」


「少し長い」


 茜が言う。


「略して、学ワク」


「急に学習教材みたい」


「却下?」


「略称だけ」


 三案目。


「梅桜ミックスクエスト。学校名。混ざる。選ぶ。回る。作る。全部入ってる」


「クエストって何を達成するの?」


 なつきが尋ねる。


「最後に、班で一つの企画を完成させる」


「それは分かりやすいかも」


「ただ、地域の要素が名前から消える」


 春樹が言う。


「内容で出す」


「図書室の祐衣さんからは、『見つけて、選んで、伝える週間』って案も出てる」


 なつきが伝える。


 圭の顔が。


 少し固まった。


「強い」


「何が?」


「俺の三案より、内容をそのまま言ってる」


「図書委員だから、特集名を考えることあるって」


「経験者」


 圭は。


 自分の三枚を見た。


「四案目に入れていい?」


「祐衣さん個人の案としてなら」


「投票する?」


「今日は仮候補を選ぶだけ」


 紅秋が言う。


「合同企画名は他クラスとも決める。十一組として推す案を一つ選ぶ」


 投票。


 黒板へ。


 四つの案。


 生徒達が。


 一人ずつ。


 手を上げる。


『茨城ドリームマーケット』


 九票。


『学科横断ワクワクラリー』


 六票。


『梅桜ミックスクエスト』


 十一票。


『見つけて、選んで、伝える週間』


 十二票。


「一票差」


 圭が。


 黒板を見つめる。


「祐衣さん案」


 なつきが言う。


「暫定一位」


「俺、負けた?」


「一人で三案出して票が分かれた」


 島中が笑う。


「一案に絞れば勝ったかも」


「俺の民主主義が俺を倒した」


 紅秋が冷静に言う。


「全案の合計票を足すな。投票の意味がなくなる」


「でも」


 圭は。


 少し考えたあと。


『梅桜ミックスクエスト』の紙を外し。


 祐衣の案の下へ貼った。


「合わせられる」


「どうやって?」


「正式名は、『見つけて、選んで、伝える――梅桜ミックスクエスト』」


 教室が。


 一瞬静かになる。


 なつきも。


 春樹も。


 黒板を見る。


「長い」


 田辺が言う。


「でも」


 亜衣が少し笑う。


「意外とあり」


「主題と副題みたい」


 島中も。


「カクヨムの題名っぽい」


「何の話?」


「気にするな」


 紅秋は。


 黒板の文字を見ながら。


 完全には否定しなかった。


「合同会議へ出す仮案としてなら、二つを併記してもいい」


 圭の顔が。


 一気に明るくなる。


「祐衣と共同制作!」


「本人の許可を取って」


 なつきが止める。


「明日聞く」


「圭くんが直接行くと話が大きくなるから、私が伝える」


「俺の熱意が必要」


「熱意が大きすぎる」


「春樹も言う?」


 圭が春樹を見る。


 春樹は。


 少しだけ考え。


「案としては、伝える。でも、圭が共同制作と言ってることは別に伝える」


「信用されてない」


「祐衣さんが困るから」


「そこだけ敬語」


「本人いないから」


「関係ある?」


「ないかも」


 昼休み終了のチャイム。


 教室が笑いに包まれる。


   ◇


 午後。


 なつきは。


 授業を受けながらも。


 黒板の端に残された三つの言葉を思い出していた。


 共同制作。


 商品企画。


 参加方法を一つにしない。


 クラスが。


 合同案へ持っていきたいもの。


 最初の案から残ったもの。


 変わったもの。


 増えたもの。


 圭は。


 完全には好きではないと言った。


 亜衣は。


 寂しさがあると言った。


 保留の女子もいた。


 それでも。


 話し合えた。


 実行委員が。


 変わった案を押しつける時間にはならなかった。


 最初の案へ戻せと。


 拒まれる時間でもなかった。


 変わったまま。


 持ち帰った。


 変わった理由を話し。


 また。


 クラスの言葉を足した。


   ◇


 放課後。


 春樹となつきは。


 昼休みに出た内容をまとめるため。


 教室へ少し残った。


 前日のように。


 亜衣。


 茜。


 紅秋も。


 完全には帰らず。


 少し手伝う。


 圭は。


「名前の資料作る」


 と言って残ろうとしたが。


 部活動へ行くよう田辺と島中に連れていかれた。


「俺の副題、消すなよ!」


 扉の向こうから叫ぶ。


「消さない!」


 なつきが返す。


「約束!」


「聞こえた!」


「実行委員、任せた!」


「廊下で叫ばない!」


 紅秋の注意。


 遠くから。


「ごめん!」


 昨日とほとんど同じ返事。


 教室の生徒達が。


 また笑う。


「更生、六割から進んでない」


 亜衣が言う。


「今日は恋愛優先道路を言っていない」


 春樹が答える。


「評価そこなんだ」


「大事」


「大國くん、圭くんに甘いのか厳しいのか分からない」


 茜が笑う。


   ◇


 机へ。


 三種類の紙を並べる。


 最初の企画書。


 合同第一次案。


 十一組から持ち帰る意見。


 なつきは。


 一番新しい紙の上へ。


 昼休みに決まった三つを。


 自分の言葉のまま書いた。


 一、違う学科の生徒が、得意なことを持ち寄り、一つのものを共同で作る。


 二、商業科の知識を、他学科へ教えるだけではなく、他学科の視点と一緒に使う商品企画を残す。


 三、参加方法を一つにせず、発表以外の役割も選べる。ただし、選択肢が多すぎないか試運転で確認する。


 春樹は。


 その横へ。


 短く整理した文を書く。


『共同制作』


『商品企画を選択肢として維持』


『複数の参加方法・試運転で調整』


「春樹くんの方が、提出には向いてる」


 なつきが言う。


「横田さんの方が、理由が分かる」


「両方つける?」


「表は短く。裏にクラスで出た言葉を残す」


「理由まで?」


「合同会議で、『なぜそう思ったか』を聞かれる可能性がある」


 春樹はノートを閉じずに続けた。


「結論だけだと、また同じ質問になる。十一組は何を大事にしたのかまで残した方がいい」


 なつきは静かに頷いた。


「……そうだね」


 昨日。


 合同会議でもそうだった。


 結論だけでは伝わらなかった。


 だから今日は。


 クラスのみんなへ、途中の迷いまで話した。


 その結果。


 ただ賛成するだけではなく、寂しいという気持ちや、不安という意見も出てきた。


 その全部が。


 企画を前へ進める材料になった。


 亜衣が紙を覗き込む。


「この『保留』って書いてあるところも残すの?」


「残す」


 なつきは迷わず答えた。


「賛成だけ持っていったら、十一組が全部納得したみたいになるから」


「確かに」


 茜も頷く。


「『試運転を見てから決めたい』という意見は、かなり大切だと思うわ。慎重な人の視点がないと、実際に始まった時に困るもの」


 紅秋も紙へ目を落とした。


「賛成三十五、反対ゼロ、保留一」


「数字まで?」


「念のためだ」


「そこまで書く?」


「保留がいたことを消す必要はない」


 春樹は少しだけ考えてから答えた。


「人数までは書かなくてもいい。でも、『実際に体験してから判断したいという意見あり』は入れる」


「その方が柔らかいね」


 なつきはそう言って、文章を書き直した。


『実際に体験した後で評価したいという意見もあり、試運転を希望する声が出た』


 少し長い。


 それでも。


 クラスの空気は伝わる。


   ◇


 教室には、放課後独特の静けさが広がっていた。


 部活動へ向かう足音。


 椅子を戻す音。


 廊下から聞こえる吹奏楽部のチューニング。


 グラウンドでは野球部の掛け声。


 夕日が教室へ差し込み始め、窓際の机を橙色へ染めている。


 誰も急いでいなかった。


 紙を一枚めくる音さえ、よく聞こえる。


「……静かだね」


 なつきが呟く。


「今日は、みんな疲れたんだと思う」


 亜衣が窓の外を見ながら笑った。


「考えること、多かったもん」


「うん」


「でも」


 亜衣は振り返る。


「昨日より好きになった。」


「何が?」


「企画。」


 その一言に。


 なつきの手が止まる。


「昨日は、『変わっちゃった』って気持ちの方が強かった。」


「うん。」


「でも今日は、みんなで『どこを残す?』って話したでしょう?」


「したね。」


「その時間があったから、『私たちの企画』になった気がする。」


 静かな言葉だった。


 けれど。


 なつきの胸へ、ゆっくり届いた。


「……ありがとう」


「まだ素材カードは残してほしいけどね。」


「そこは譲らない?」


「絶対。」


 二人は笑う。


   ◇


 春樹は資料を順番に揃えながら、小さく息を吐いた。


「横田さん。」


「なに?」


「今日は、昨日より話しやすかった?」


 なつきは少しだけ考えた。


「……うん。」


「理由は?」


「昨日は、『正しい答え』を言わなきゃって思ってた。」


「今日は?」


「『私が思ったこと』を話した。」


 春樹は静かに頷く。


「それで十分だった。」


「途中で止まらなかった。」


「止まってもよかった。」


「……うん。」


 少しだけ照れくさそうに笑う。


「三秒数えなかったし。」


「数えなくても話せた。」


「顔を見たから。」


 春樹も笑う。


「昨日決めた通り。」


「うん。」


 沈黙。


 けれど。


 気まずくはない。


 窓から入る風が、企画書の端を少しだけ揺らした。


   ◇


 茜が時計を見る。


「そろそろ帰りましょうか。」


「もうこんな時間。」


 外を見ると、空は夕焼けから少しずつ群青色へ変わり始めていた。


 校庭には部活動の照明が灯り始めている。


 紅秋は資料を封筒へ入れながら言う。


「次の合同会議は、今日より難しくなる。」


「そうだね。」


 なつきも頷く。


「十一組だけじゃなくて、また五クラス分の意見が集まる。」


「だからこそ。」


 春樹は封筒を閉じた。


「今日の話し合いは無駄じゃない。」


「うん。」


「変えたいところだけじゃなく、残したい理由まで持っていける。」


 なつきは封筒を胸へ抱えた。


 昨日より。


 紙はさらに増えた。


 重くなった。


 それでも。


 昨日感じた重さとは違う。


 一人で抱えている重さではない。


 十一組みんなの言葉が入っている重さだった。


   ◇


 教室を出る前。


 なつきは一度だけ振り返った。


 黒板の端には。


 昼休みに書かれた言葉が、まだ少しだけ残っている。


『カードを引く面白さ』


『共同制作』


『試運転』


『商品企画』


『工夫賞』


 消されずに残った文字。


 明日になれば消える。


 でも。


 ノートへ写した。


 企画書にも残した。


 誰かが思いついた言葉は。


 ちゃんと次の会議まで届く。


「行こうか。」


 春樹が声を掛ける。


「うん。」


 教室の電気が一つ消える。


 夕暮れの廊下へ。


 二人は並んで歩き出した。


 昨日、会議で変わった企画。


 今日、クラスでまた少し変わった企画。


 完成までは、まだ遠い。


 それでも。


 誰かの案を守るためではなく。


 みんなで少しずつ育てるために。


 十一組は、もう一歩だけ前へ進んでいた。


――第139話 おわり

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