第120話 終わった先で、また隣を見つける
中間考査、最終日の朝。
なつきは、目覚まし時計が鳴るより少し早く目を覚ました。
昨日と同じだった。
考査初日も、二日目も、目覚ましより先に目を開けた。
けれど、今朝の胸の内側にあるものは、これまでの二日とは少し違っていた。
緊張はある。
今日の科目を考えれば、決して気を抜けるわけではない。
まだ最後の一日が残っている。
けれど、その緊張の奥には、終わりが見えている安心があった。
今日を越えれば、中間考査は終わる。
答案用紙へ向かう時間も。
教室全体が静まり返る朝も。
家へ帰ってから、範囲表を何度も確認する夜も。
ひとまず、今日で終わる。
なつきは布団の中で、ゆっくり息を吐いた。
窓の外は明るい。
カーテンの隙間から差し込む朝の光は、昨日より少しだけやわらかく見えた。
「あと一日」
小さく言う。
言葉にすると、本当にそこまで来たのだと分かった。
机の横には、いつもの鞄。
その横に、黒猫のキーホルダー。
なつきは起き上がり、黒猫へ指先で触れた。
「おはよう」
黒猫は何も答えない。
けれど、なつきは少しだけ笑った。
「今日も、一緒に行こうね」
考査の答案を書くのは自分。
問題を読むのも。
迷うのも。
答えを書くのも。
全部、自分一人だ。
それでも、この黒猫があるだけで、ここまで来た時間を思い出せる。
体育祭。
借り人競争。
図書室。
休日の勉強会。
放課後の復習。
春樹の短い言葉。
祐衣の丁寧な説明。
亜衣や茜の励まし。
圭達の笑い声。
その全部が、今の自分を作っている。
だから、今日もきっと大丈夫。
なつきは、今度は自分の声でそう言った。
「大丈夫」
昨日、春樹からもらった言葉。
そして昨日、自分から春樹へ返した言葉。
今日は、その言葉を自分自身にも渡せた。
◇
朝食を済ませ、鞄の中を確認する。
筆箱。
予備のシャープペン。
消しゴム。
定規。
最後の科目の確認用プリント。
そして、春樹が選んでくれた本。
昨夜、読み終わった。
考査前なのに最後まで読んでしまったことを、少しだけ反省した。
けれど、途中で止められなかった。
物語の終わり。
大きな告白も、派手な事件もなかった。
ただ、最後の場面で二人の登場人物が、いつもの場所に並んで座る。
最初と同じ場所。
同じ距離。
でも、最初とは違う。
何も言わなくても、もう相手が隣にいることを自然に受け入れている。
その場面を読んだ時、なつきは胸がいっぱいになった。
春樹に話したい。
なぜ好きだと思ったのか。
どこが自分達に似ていると感じたのか。
春樹はどう思ったのか。
祐衣も一緒に、本の話をする約束がある。
考査が終わったら。
その言葉が、なつきにとって一つの楽しみになっていた。
鞄へ本を入れる。
少し重くなる。
でも、その重さが嬉しかった。
◇
通学路には、最終日らしい空気があった。
昨日までより、生徒達の声が少しだけ明るい。
「今日で終わり」
「最後頑張ろう」
「終わったら寝る」
「いや遊ぶ」
「答案返ってくるまで忘れよう」
そんな会話が、あちこちから聞こえる。
緊張と解放感が、まだ決着しないまま混ざっている。
なつきも同じだった。
まだ始まっていない。
でも、終わりは近い。
校門へ向かう途中、亜衣が前を歩いているのを見つけた。
「亜衣ちゃん」
声をかけると、亜衣が振り返った。
「なつき、おはよう」
「おはよう」
「眠れた?」
「うん。昨日よりは」
「私も。もう最後だと思ったら、少し気が楽だった」
「分かる」
二人で並んで歩く。
亜衣は鞄の横へ付けた小さな飾りを触りながら、少しだけ空を見上げた。
「今日終わったら、何したい?」
「本の話」
「即答」
亜衣が笑う。
なつきも頬を赤くしながら笑った。
「昨日、読み終わったの」
「春樹くんが選んでくれた本?」
「うん」
「感想、まとまった?」
「まだ少し。でも話したいところはある」
「春樹くんと?」
「春樹くんと、祐衣さんと」
「いいね。三人の本談義」
「うん」
「私は?」
「亜衣ちゃんも入る?」
「本はそこまで詳しくないけど、なつきの反応は見たい」
「そっち」
「そっち」
二人で笑った。
考査当日の朝なのに、こうして笑える。
それだけでも、初日とは違っていた。
「なつき」
「うん?」
「昨日、春樹くんに大丈夫って返せたの、よかったね」
なつきは少しだけ歩調を緩めた。
昨日の校門前。
春樹へ、自分も大丈夫と言った。
春樹は少し驚いて。
でも、届いたと言ってくれた。
「うん」
「今日は?」
「今日も言いたい」
「春樹くんに?」
「うん。今日も大丈夫って」
亜衣はやさしく笑った。
「いいじゃん」
「先に言われるかもしれないけど」
「それでも返せばいいよ」
「うん」
なつきは黒猫に触れた。
◇
二年十一組の教室は、昨日までより少しだけざわついていた。
最終日。
その言葉が、みんなの声を少し取り戻している。
圭は朝から妙に元気だった。
「今日で終わる!」
田辺がすぐに言う。
「まだ始まってない」
「でも終わる!」
島中も鞄を置きながら笑う。
「圭、朝から浮かれすぎだろ」
「最後くらい希望持っていいじゃん」
紅秋は静かに教科書を出していた。
「希望を持つのはいい。気を抜くな」
「出た、最終日でも現実担当」
「最後まで現実は現実だ」
「終わったら?」
「休め」
「優しい!」
圭が感動したように言う。
教室に笑いが起きる。
茜も少しだけ口元を緩めていた。
「圭くん、今日は本当に落ち着いてね」
「はい」
いつもより素直な返事。
亜衣がなつきの耳元で小声で言う。
「圭くん、成長した」
「うん」
なつきも笑った。
教室へ視線を巡らせる。
春樹はまだ来ていない。
黒猫へ触れる。
待つ。
でも、初日のような大きな不安はなかった。
もうすぐ来る。
きっと見つけてくれる。
なつきも見つける。
その流れが、すでに日常になっている。
◇
教室の扉が開いた。
紅秋と春樹が入ってくる。
なつきは自然に顔を上げた。
春樹も、すぐにこちらを見る。
黒猫。
なつき。
視線が重なる。
「おはよう」
「おはよう、春樹くん」
「今日もいる」
「うん」
「見つけた」
いつもの言葉。
なつきは少し笑った。
「私も、春樹くん見つけた」
「うん」
そして、今日は自分から言いたかった。
昨日の約束の続きを。
「春樹くん」
「何?」
「今日も、大丈夫」
春樹が少しだけ目を瞬かせた。
昨日と同じ。
でも今日は、なつきから先に言えた。
「最後の日だけど、春樹くんも頑張ってね」
春樹は少し黙った。
考えている沈黙。
なつきは待った。
「うん」
春樹が頷く。
「届いた」
胸が温かくなる。
「よかった」
春樹はなつきを見た。
「横田さんも、大丈夫」
「うん」
「最後まで」
「うん。最後まで」
短い言葉の交換。
でも、それだけで朝の緊張が少しやわらいだ。
圭が遠くから両手で顔を覆った。
「もう完全に支え合ってる……」
田辺が肩を叩く。
「朝から実況すんな」
「でも!」
島中が笑う。
「三浦、最終日でも元気だな」
紅秋は春樹となつきを見て、少しだけため息を吐いた。
「まあ、今日は良しとする」
亜衣がすぐに反応する。
「紅秋くん、許可した」
「誰も許可を求めてない」
教室にまた笑いが起きた。
◇
朝のホームルーム。
担任が教室へ入り、少しだけ教室全体を見渡した。
「最終日です」
その一言に、何人かが小さく息を吐く。
「気持ちは分かりますが、今日の考査が終わるまでは考査期間です。最後まで集中してください」
圭が小さく頷く。
紅秋が横目で確認する。
圭はすぐに言った。
「分かってる」
「ならいい」
担任は続ける。
「本日の科目が終了したら、短いホームルームのあと解散です。答案返却は来週から。終わった直後に答え合わせで騒ぎすぎないこと」
教室のあちこちで小さな笑いが起きる。
「それから、今回の考査を通して、自分の勉強方法についても振り返ってください。友人と勉強した人も多かったようですが、最後に答案を書くのは自分です」
なつきは、昨日まで何度も聞いた言葉を思い出した。
横田さんが解いた。
今日は一人で解いた。
自分のノート。
春樹が何度も返してくれた言葉。
担任の話と、春樹の言葉が重なる。
「教えてもらったことを、自分の力に変えられたか。それを今日、最後まで確かめてください」
なつきは小さく頷いた。
◇
一時間目。
商業科目。
簿記とは別の、計算と用語が混ざる科目だった。
問題用紙が配られる。
なつきは深呼吸する。
今日で最後。
だからといって焦らない。
名前を書く。
問題文を読む。
最初の数問は用語問題だった。
覚えた言葉。
少し迷う言葉。
一つずつ答える。
次は計算。
数字を確認する。
式を書く。
途中式を省かない。
数学の考査でも役立った習慣。
茜に言われた。
途中を書けば、どこで間違えたか分かる。
なつきは丁寧に書く。
周囲は静かだった。
ペンの音。
紙をめくる音。
誰かが一度だけ小さく咳をする音。
春樹は斜め前にいる。
見ない。
でも、いると分かっている。
それだけで落ち着く。
中盤の問題で、少し難しい用語が出た。
聞いたことはある。
でも、説明しろと言われると迷う。
なつきは一度、鉛筆を止める。
頭の中で、授業の場面を思い出す。
先生が黒板へ書いた言葉。
教科書の見出し。
勉強会で紅秋が確認していた説明。
少しずつ輪郭が戻る。
自分の言葉で書く。
完璧ではない。
でも、空欄にはしない。
なつきは次へ進んだ。
◇
残り十五分。
見直しへ入る。
計算。
単位。
用語。
名前。
最後まで確認する。
昨日までより、見直しの仕方が落ち着いていた。
最初から全部やり直そうとしない。
間違えやすいところ。
数字が多いところ。
自分が迷ったところ。
そこから見る。
春樹や茜、紅秋から教わった勉強の仕方が、自分の中に残っている。
なつきは最後の一問を確認し、シャープペンを置いた。
「終了です」
答案が回収される。
肩の力が抜ける。
あと一科目。
教室全体に、そういう空気が広がった。
「あと一個」
圭が小声で言う。
田辺が頷く。
「あと一個」
島中も天井を見上げる。
「長かった」
紅秋が言う。
「まだ終わっていない」
「分かってるけど言わせろ」
小さな笑いが起きる。
◇
休み時間。
亜衣がすぐに振り返った。
「どうだった?」
「用語一つ自信ない。でも最後まで書いた」
「私も一個怪しい」
茜も少しだけ考える。
「説明問題は、部分点もあるでしょう」
「そうだね」
なつきは少し安心した。
春樹がこちらを見る。
「最後まで?」
「うん」
「大丈夫」
「まだ一科目あるよ」
「それも」
なつきは笑った。
「じゃあ、春樹くんも」
「うん」
短いやり取り。
もう何度も交わした言葉。
でも、そのたびに少しずつ意味が増えていく。
◇
最後の科目は、選択科目の確認テストだった。
二年十一組の教室は、考査期間最後の静けさに包まれた。
問題用紙が配られる。
紙を返す。
解く。
最終日。
最後の科目。
終わりを意識すると、気持ちが先へ走りそうになる。
早く終わりたい。
答えを書き終えて、解放されたい。
カフェ。
本の感想。
友達との会話。
いつもの教室。
そういうものが頭へ浮かぶ。
なつきは一度深呼吸した。
今は、ここ。
まだ終わっていない。
一問目。
二問目。
三問目。
問題を読む。
選択肢を確認する。
記述を書く。
最後だからこそ、丁寧に。
途中、少しだけ集中が切れそうになった。
窓の外が明るい。
校庭では、考査のない学年が体育をしているらしい。
遠くで笛の音が聞こえた。
体育祭を思い出す。
紅組の応援。
春樹のリレー。
借り人競争。
あの日から、たくさんのことが変わった。
でも、今は答案。
なつきは視線を戻した。
残りの問題を解く。
最後の記述。
自分の言葉でまとめる。
書き終える。
見直す。
「残り五分です」
名前。
番号。
記入漏れ。
ない。
なつきはシャープペンを置いた。
その瞬間、胸の中で何かが静かにほどけた。
まだ終了の合図は鳴っていない。
でも、やることはやった。
あと少し。
教室の時計の秒針が進む。
なつきは机の上へ視線を落としたまま、待った。
「終了です。筆記用具を置いてください」
教室中で、シャープペンが置かれる音が重なった。
答案が回収される。
後ろから前へ。
一枚。
また一枚。
自分の答案も、手元を離れていく。
そして。
最後の答案が先生の手へ渡った。
「中間考査、終了です」
一瞬の静寂。
次の瞬間。
教室中から、押し殺していた声が一気に溢れた。
「終わったー!」
「やっと!」
「疲れた!」
「寝たい!」
圭は机へ突っ伏したあと、すぐに両手を上げた。
「終わった!」
田辺が大きく息を吐く。
「長かったな」
島中も椅子にもたれた。
「もう何も考えたくない」
亜衣がなつきの肩へ軽く触れる。
「終わったね」
「うん」
なつきは笑った。
「終わった」
声に出すと、本当に終わったのだと分かった。
茜もいつもより肩の力を抜いている。
紅秋でさえ、少しだけ表情がやわらいで見えた。
圭がそれを見つける。
「紅秋、今ちょっと笑った?」
「少し」
「笑った!」
「終わったからな」
教室に大きな笑いが起きた。
◇
担任は、考査終了後の教室が騒がしくなるのを少し待ってから、教卓を軽く叩いた。
「はい。気持ちは分かりますが、まだホームルームがあります」
笑い声が少し落ち着く。
「中間考査、お疲れ様でした。答案返却は来週からです。結果を見て終わりではなく、間違えたところを確認すること」
圭が小声で呻く。
「まだ現実が続く」
紅秋が返す。
「当たり前だ」
「今日は休ませて」
「今日はいい」
「紅秋が優しい!」
また教室に笑いが起きる。
「今日は早めに帰って休んでください。ただし、羽目を外しすぎないように」
担任の視線が、なぜか圭へ向く。
圭が真剣に頷く。
「大丈夫です」
「その大丈夫は少し不安ですね」
「信用がない!」
教室全体が笑った。
なつきも笑いながら、鞄を机の横から持ち上げた。
黒猫が揺れる。
考査が終わった。
この数日間、何度もこの黒猫に触れた。
春樹を見つけて。
春樹に見つけてもらって。
大丈夫と言い合って。
そして、今日まで来た。
◇
ホームルーム後、教室は一気に解放感へ包まれた。
「カフェ行く?」
圭がすぐに言う。
田辺が苦笑する。
「元気戻るの早いな」
「終わったから!」
島中も笑う。
「今日は寝たいけど、少しくらいならいいかもな」
亜衣がなつきを見る。
「どうする?」
「行きたい」
なつきはすぐに答えた。
「本の話もしたいし」
「やっぱり」
茜が少し考える。
「長居しなければいいんじゃないかしら」
紅秋も頷く。
「今日は考査が終わった日だ。短時間なら問題ない」
「紅秋が許可した!」
圭が喜ぶ。
「騒ぎすぎるな」
「はい!」
春樹は静かに鞄を持っていた。
なつきは少しだけ勇気を出して聞く。
「春樹くんも行く?」
「うん」
「本の感想、話せる?」
「うん」
「祐衣さんも呼ぼう」
「うん」
胸が少し弾む。
考査が終わった。
次は、本の話。
そして小さなお疲れ会。
日常が、また戻ってくる。
◇
そこへ、教室の扉から美優と蓮、祐衣が顔を出した。
「終わったー!」
美優が明るく言う。
圭がすぐに手を上げる。
「仲間!」
「仲間!」
また二人が頷き合う。
蓮は苦笑しながらも、少し疲れた顔をしていた。
「みんな、お疲れ」
祐衣も柔らかく微笑む。
「お疲れ様でした」
なつきはすぐに祐衣へ声をかけた。
「祐衣さん」
「はい?」
「本、読み終わったよ」
祐衣の表情がぱっと明るくなる。
「本当ですか?」
「うん。今日、感想話したい」
「ぜひ」
春樹が隣から言う。
「俺も」
祐衣は二人を見て、嬉しそうに微笑んだ。
「では、三人で」
美優が興味深そうに近づく。
「何の話?」
「本」
「私も聞いていい?」
なつきは少し驚いたあと、笑った。
「うん。もちろん」
亜衣も手を上げる。
「私はなつきの反応を見る係」
「亜衣ちゃん」
蓮が笑う。
「人数増えてるね」
圭が言う。
「じゃあ本の感想会兼、中間お疲れ会!」
田辺が肩をすくめる。
「また名前長いな」
島中が笑う。
「圭は何でも会にする」
紅秋が静かに言う。
「店へ行くなら人数を確認しろ」
「現実担当、復活」
「必要だ」
みんなの笑い声が教室へ広がる。
考査前とは違う。
張り詰めていた空気がほどけ、いつもの二年十一組へ戻っていく。
でも、完全に元通りではない。
考査を一緒に越えた。
勉強会を重ねた。
それぞれ少しずつ変わった。
その変化が、教室の空気を前より少し近くしていた。
◇
教室を出る前。
春樹がなつきの机の横へ来た。
「横田さん」
「うん?」
「終わった」
「うん。終わったね」
「最後までできた?」
「うん。全部書いた」
「よかった」
「春樹くんも?」
「うん」
なつきは少しだけ笑った。
「やっぱり普通?」
「少し疲れた」
なつきは目を丸くした。
「春樹くんが疲れたって言った」
「疲れる」
「そっか」
なつきは胸が少しやわらかくなった。
春樹も、自分達と同じ。
考査を受ければ疲れる。
不安がまったくないわけではない。
それを少しだけ言ってくれたことが嬉しかった。
「じゃあ」
なつきは小さく言った。
「お疲れ様、春樹くん」
「うん。横田さんも」
「ありがとう」
少しだけ沈黙。
教室では、圭達がカフェの話で盛り上がっている。
美優と祐衣が亜衣達と話している。
その中で、春樹となつきの間にだけ、静かな時間が落ちる。
「朝」
春樹が言った。
「うん?」
「大丈夫って言ってくれた」
「うん」
「よかった」
なつきの胸が鳴る。
「本当?」
「うん」
「届いた?」
「届いた」
昨日と同じ言葉。
でも、今日は考査を終えたあとに聞く。
だから、少し違って聞こえた。
「じゃあ、これからも言うね」
なつきは勇気を出した。
「春樹くんが必要な時」
春樹は少しだけ黙った。
それから頷く。
「うん」
「私も、言ってほしい」
「うん」
支えてもらうだけではなく。
自分からも支えたい。
その気持ちが、少しずつ言葉になっている。
◇
校舎を出ると、昼の空気は考査前より明るく感じられた。
同じ空。
同じ校庭。
でも、終わったというだけで景色が違う。
生徒達の声も大きい。
笑い声。
解放感。
答え合わせを始めそうになって止める声。
帰って寝ると言う人。
遊びに行こうと誘う人。
それぞれの中間考査が、終わった。
なつきは春樹、亜衣、茜、美優、祐衣、蓮、圭、田辺、島中、紅秋と一緒に歩いていた。
大きな集団。
体育祭の時、紅組と白組に分かれていたみんな。
勉強会で同じ机を囲んだみんな。
今は、考査を終えた仲間として同じ方向へ歩いている。
「どこのカフェ行く?」
圭が聞く。
「前と同じところ?」
亜衣が言う。
「人数入れるかな」
蓮が周囲を見る。
「分かれて座れば大丈夫そう」
紅秋が頷く。
「長居はしない」
美優が笑う。
「紅秋、最後まで管理役」
「必要だ」
祐衣が小さく笑う。
田辺と島中も肩の力を抜いている。
茜は考査範囲表を鞄へしまいながら言った。
「今日は、本当にお疲れ様ね」
「うん」
なつきも頷いた。
「みんな、お疲れ様」
圭が大きく手を上げる。
「中間考査、終了!」
亜衣がすぐに言う。
「声量」
「外だから!」
みんなの笑い声が広がった。
◇
なつきはその笑いの中で、春樹を見た。
春樹も少しだけ笑っている。
大きくではない。
でも、確かに。
なつきは黒猫に触れる。
「春樹くん」
「何?」
「見つけた」
春樹がこちらを見る。
「何を?」
「笑ってる春樹くん」
春樹は少しだけ目を瞬かせた。
それから、ほんの少し口元を緩めたまま言う。
「横田さんも」
「私も?」
「笑ってる」
胸が温かくなる。
「うん」
「見つけた」
なつきは笑った。
考査が終わった。
答案はまだ返ってこない。
結果も分からない。
不安が完全に消えたわけでもない。
でも、今日まで頑張った。
春樹と。
友達と。
そして、自分自身で。
その先に、こうして笑える時間がある。
なつきは思った。
終わるということは、何かが消えることではない。
体育祭が終わって、勉強会が始まった。
中間考査が終わって、本の感想会が始まる。
何かが終わるたび、次の時間が少しずつ始まる。
そして、そのたびに春樹の隣へ少しだけ近づいていく。
急がずに。
でも、止まらずに。
黒猫が昼の風に揺れた。
なつきはその揺れを感じながら、春樹達と一緒にカフェへ向かって歩き出した。




