表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『君の隣を目指して』――図書室、帰り道、教室――。少しずつ距離を縮めていく、高校生たちの等身大の青春ラブストーリー。  作者: 伊佐波瑞樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
111/173

第111話 休日の駅前で、いつもと違う君を見つける


 日曜日の朝。


 なつきは、いつもより少し早く目を覚ました。


 学校がある日ではない。


 制服を着る必要もない。


 ホームルームも授業もない。


 それなのに、胸の奥は平日の朝よりずっと落ち着かなかった。


 今日は、図書館で勉強会。


 そのあと、少しだけカフェで体育祭のお疲れ会。


 名目は勉強会だ。


 中間考査に向けた、ちゃんとした予定。


 けれど、なつきにとってはそれだけではなかった。


 春樹が来る。


 亜衣も、茜も、圭も、田辺も、島中も、紅秋も。


 蓮も、美優も、白石祐衣も来る。


 体育祭で紅組と白組に分かれていたみんなが、今度は同じ場所に集まる。


 なつきは布団の上でしばらく座ったまま、ぼんやりと窓の外を見た。


 朝の光がカーテンの隙間から入っている。


 体育祭の日の朝とも違う。


 学校へ行く朝とも違う。


 休日の、少しだけ特別な朝。


 机の横の鞄には、黒猫のキーホルダーがついている。


 今日は学校用の鞄ではなく、少し小さめのバッグに付け替えた。


 春樹が見つけてくれる黒猫。


 自分が春樹を見つけるための、少しだけ勇気をくれる黒猫。


 なつきはそっと指先で触れた。


「今日も、よろしくね」


 小さく呟くと、胸の緊張が少しだけやわらいだ。


   ◇


 服を選ぶだけで、思ったより時間がかかった。


 勉強会だから、派手すぎるのは違う。


 でも、休日に春樹に会う。


 学校ではない場所で会う。


 そう思うと、何でもいいとは思えなかった。


 なつきはクローゼットの前で何度も迷った。


 白っぽいブラウス。


 淡い色のカーディガン。


 動きやすいスカート。


 派手ではない。


 けれど、少しだけ休日らしい。


 鏡の前に立ってみる。


「……変じゃないかな」


 誰に聞くわけでもなく呟く。


 春樹は、たぶん服について細かく何か言うタイプではない。


 けれど、見つけてくれるかもしれない。


 黒猫だけでなく、いつもと少し違う自分を。


 そう思うと、また顔が熱くなった。


 バッグの中には、筆記用具、ノート、簿記の問題集、英語のプリント、昨日の本。


 春樹が選んでくれた本も入れた。


 勉強会なのに本まで持っていくのは、少し荷物が増える。


 でも、感想を話す約束をした。


 短くてもいいから。


 その約束が、なつきには大切だった。


 準備を終えて家を出ると、朝の空気はやわらかかった。


 休日の道は、平日より少し静かだ。


 車の音も、人の声も、どこかゆっくりしている。


 なつきは駅へ向かいながら、何度もバッグの黒猫を確認した。


 ちゃんとついている。


 ちゃんと揺れている。


 それだけで、少し安心できた。


   ◇


 集合場所は、水戸駅の改札近く。


 なつきが着いた時、まだ集合時間の十五分前だった。


 早すぎたかな、と思った。


 けれど、落ち着かなくて家を早く出てしまったのだから仕方ない。


 休日の水戸駅は、平日の通学時間とは違う空気だった。


 制服姿の高校生もいるけれど、私服の人の方が多い。


 家族連れ。


 買い物へ向かう人。


 部活の遠征らしいジャージ姿の学生。


 スーツケースを持った人。


 駅の構内には、電車の到着を知らせる音と、人の足音が重なっている。


 なつきは集合場所の柱の近くに立った。


 バッグを両手で持つ。


 黒猫が揺れる。


 周囲を見渡す。


 まだ誰も来ていない。


 少しだけ緊張する。


 学校ではない場所でみんなを待つ時間は、いつもと違って落ち着かなかった。


 特に、春樹を待つ時間は。


「なつき!」


 背後から声がした。


 振り返ると、亜衣が手を振って歩いてきていた。


 休日らしい明るい服装で、いつもの制服姿より少し大人っぽく見える。


「亜衣ちゃん」


「早いね」


「亜衣ちゃんも」


「楽しみで早く来た」


「私も」


 二人で顔を見合わせて笑った。


 亜衣はなつきを上から下まで見て、にやっとする。


「いいじゃん」


「え?」


「服。かわいい」


 なつきの頬が一気に熱くなる。


「そ、そう?」


「うん。春樹くん、見つけると思う」


「そこに繋げないで」


「繋がるでしょ」


 亜衣は笑いながら、なつきのバッグについた黒猫を見る。


「黒猫もいるね」


「うん」


「完全装備」


「装備って」


「春樹くん発見装備」


「だから」


 なつきは恥ずかしさで黒猫を隠すように触れた。


 でも、隠したいわけではない。


 今日も、春樹に見つけてもらいたい。


 その気持ちは、もう否定できなかった。


 少しして、茜が来た。


 落ち着いた私服姿で、手にはしっかり参考書が入っていそうなバッグ。


「おはよう」


「茜ちゃん、おはよう」


「二人とも早いのね」


「楽しみだったから」


 亜衣が言う。


 茜は微笑む。


「勉強会を楽しみにできるのは良いことね」


「カフェもあるから」


「やっぱり」


 三人で笑う。


 その笑い声が、休日の駅前に小さく混ざった。


   ◇


 次に来たのは圭だった。


 遠くからでも分かった。


 声が大きいからではない。


 いや、半分くらいは声が大きいからだった。


「おはよう!」


 まだ少し離れているのに聞こえた。


 亜衣がすぐに手を上げる。


「圭くん、図書館行く前から声量」


「今日は外だからセーフ!」


「図書館ではアウトだからね」


「分かってる!」


 圭は私服でも圭だった。


 明るい色のパーカーに、動きやすそうなパンツ。


 体育祭の余韻がまだ体から抜けていないような元気さだった。


 少し遅れて、田辺と島中も来た。


 田辺は落ち着いた服装で、島中は少しラフな格好をしている。


「おはよう」


 田辺が言う。


「おはよう」


 なつきが返すと、島中が少しだけなつきを見た。


「横田、休日だと雰囲気違うな」


「えっ」


「いや、変とかじゃなくて」


 田辺がすぐに島中を肘で小突く。


「言い方」


「分かってるって。似合ってるって意味だよ」


 なつきは少しだけ照れた。


「あ、ありがとう」


 亜衣がにやにやする。


「島中くん、褒め方が不器用」


「うるせぇ」


 圭が大きく頷く。


「なつき、確かに休日感ある!」


「圭くん、それ褒めてる?」


「褒めてる!」


 茜が静かに笑った。


 紅組の空気が、休日の駅前にもそのまま来たようだった。


 なつきは少し安心した。


 学校ではない場所でも、みんなはみんなだった。


   ◇


 しばらくして、紅秋と春樹が並んで現れた。


 なつきの胸が、分かりやすく跳ねた。


 春樹の私服。


 学校では見られない姿。


 落ち着いた色のシャツに、シンプルな上着。


 派手ではない。


 でも、春樹らしい。


 すっきりしていて、静かで、少しだけ大人っぽい。


 なつきは一瞬、言葉を忘れた。


「なつき」


 亜衣が小声で言う。


「見すぎ」


「見てない」


「見てる」


「……見てた」


 正直に言うと、亜衣は満足そうに頷いた。


 春樹が近づいてくる。


「おはよう」


「お、おはよう、春樹くん」


 声が少し上ずった。


 春樹の視線が、なつきのバッグの黒猫へ落ちる。


「今日もいる」


「うん」


「見つけた」


 いつもの言葉。


 でも、休日の駅前で聞くと、また違う響きだった。


 なつきは胸を押さえたくなるのをこらえながら、小さく笑った。


「私も、春樹くん見つけた」


 春樹は頷く。


「うん」


 圭が口元を押さえて震えていた。


「休日でもこれ……」


 田辺が低く言う。


「抑えろ」


「分かってる!」


 島中が笑う。


「もう定番だな」


 紅秋はため息を吐いた。


「春樹、図書館では声量だけでなく距離感にも気をつけろ」


「距離感?」


「いや、お前はそのままでもいいのかもしれないが」


「どっち?」


「難しい」


 紅秋が珍しく少し悩んでいた。


 なつきはそれを見て、思わず笑った。


   ◇


 蓮、美優、白石祐衣は少し遅れて到着した。


 蓮は爽やかな私服で、いつもよりさらに特進科らしい落ち着いた雰囲気があった。


 美優は明るい色の服で、駅前の空気に自然に馴染んでいる。


 祐衣は淡い色のワンピースにカーディガンを合わせていて、図書室にいる時とはまた違う柔らかさがあった。


「おはよう!」


 美優が手を振る。


「ごめん、少し遅れた?」


「まだ時間前だよ」


 蓮が笑う。


「美優が服で迷ってた」


「蓮、言わなくていい!」


 美優が少し赤くなる。


 祐衣が穏やかに微笑む。


「でも、とても似合っていますよ」


「祐衣に言われると安心する」


 美優はそう言ってから、なつきを見た。


「横田さん、おはよう。今日の服、かわいいね」


「えっ、ありがとう。美優さんもすごく似合ってる」


「本当? よかった」


 なつきは美優を見て、少しだけ胸が揺れた。


 美優はやっぱり明るくて、自然で、春樹の近くに立つことに違和感がない。


 けれど、以前ほど苦しくはなかった。


 それよりも、美優とこうして普通に褒め合えたことが嬉しかった。


 祐衣もなつきへ微笑む。


「横田さん、黒猫も一緒なんですね」


「うん」


「大國くん、すぐ見つけられそうです」


 なつきの顔が熱くなる。


 春樹は普通に頷いた。


「見つけた」


「もう見つけてましたね」


 祐衣が少しだけ笑う。


 美優が春樹を見る。


「春樹、相変わらずだね」


「そう?」


「うん」


 蓮も笑った。


「休日でも春樹は春樹だね」


 春樹は少し首を傾げた。


 その様子に、みんなが笑った。


 休日の駅前。


 学校とは違う場所。


 それなのに、この空気は確かにいつものみんなだった。


   ◇


 全員が揃ったところで、図書館へ向かうことになった。


 水戸駅前の人通りを抜け、歩道を並んで歩く。


 人数が多いので、自然にいくつかの小さな列に分かれた。


 前の方に圭、田辺、島中、蓮。


 圭が何か話し、田辺が突っ込み、島中が笑い、蓮が穏やかにまとめている。


 少し後ろに亜衣、茜、美優、祐衣。


 女子同士で服や体育祭の話をしている。


 なつきはその輪に入りつつ、春樹とも近い位置を歩いていた。


 紅秋は春樹の隣で、全体の様子を見ている。


「休日にこの人数で歩くと、なんか遠足みたい」


 亜衣が言う。


 美優が笑う。


「勉強会だけどね」


「圭くんは遠足気分だよ」


「聞こえてる!」


 前から圭の声が飛ぶ。


「声量!」


 亜衣が即座に返す。


 通行人が少しだけこちらを見る。


 圭が慌てて口を押さえた。


「すみません」


 田辺が笑う。


「図書館前に練習できてよかったな」


 島中も言う。


「声量調整のな」


 みんなで笑う。


 なつきも笑いながら、横を歩く春樹を見た。


 春樹も少しだけ笑っている。


 その小さな笑みを見つけられることが、嬉しかった。


「春樹くん」


「何?」


「今日、何教えてもらおうかな」


「簿記」


「やっぱり?」


「苦手って言ってたから」


「うん。苦手」


「あと英語」


「英語も?」


「中間ある」


「現実」


 なつきが言うと、春樹は少しだけ口元を緩めた。


「現実」


「春樹くん、紅秋くんみたい」


「そう?」


「うん」


 紅秋が横から言った。


「現実を見せる役が増えるのは良いことだ」


 亜衣が振り返る。


「紅秋くん、今日も現実担当?」


「必要だろう」


「必要だけど重い」


 茜が笑う。


「でも、今日は本当に勉強会だからね」


「分かってるよー」


 美優が明るく言う。


「私も数学見てもらいたいし」


 蓮がすぐに言う。


「美優はまず問題文を最後まで読もう」


「読んでる!」


「途中で雰囲気で解き始めるでしょ」


「う」


 祐衣が控えめに笑う。


「私も英語を少し確認したいです」


「祐衣さん、英語得意そう」


 なつきが言うと、祐衣は首を横に振る。


「読むのは好きですが、文法は時々不安になります」


「そうなんだ」


「はい。なので、一緒に確認できたら嬉しいです」


「うん。私も」


 少しずつ、勉強会らしい話になっていく。


 でも、その中にも笑いがあった。


 なつきは思った。


 体育祭でできた輪が、こうして別の形で続いている。


 紅組でも白組でもなく、同じ中間考査へ向かう仲間として。


   ◇


 図書館へ近づくにつれ、自然と声は少し落ち着いていった。


 圭もさすがに声量を抑え始めた。


 亜衣がそれを見て、満足そうに頷く。


「圭くん、えらい」


「図書館だから」


「分かってるじゃん」


「俺だって成長する」


 田辺が笑う。


「体育祭からか?」


「そう!」


 島中が小声で言う。


「体育祭で声出しすぎて、逆に抑えることを学んだんだな」


「深い!」


「深くねぇよ」


 図書館の建物が見えてきた。


 静かな外観。


 大きな窓。


 入口の前には、休日らしく親子連れや学生の姿がある。


 なつきは少し緊張した。


 学校の図書室とは違う。


 公共の図書館。


 そして、今日はみんなと一緒。


 勉強会。


 春樹が隣にいる。


 なつきはバッグの黒猫に触れた。


 春樹がそれを見る。


「緊張?」


「少し」


「勉強?」


「それもあるけど……」


 なつきは少しだけ笑った。


「休日にみんなでいるの、まだ慣れない」


「うん」


「春樹くんは?」


「少し」


「春樹くんも?」


「人、多いから」


「あ、そっか」


 春樹は人混みが得意な方ではない。


 それを思い出す。


「大丈夫?」


「うん」


「無理しないでね」


 春樹はなつきを見た。


「横田さんも」


「うん」


 短い会話。


 でも、支え合うような温かさがあった。


   ◇


 図書館の入口で、全員が一度止まった。


 紅秋が小声で言う。


「ここからは静かに」


 圭が真剣に頷く。


「了解」


 亜衣が小さく笑う。


「圭くんが一番真面目な顔してる」


「図書館だから!」


「小声でえらい」


 蓮が全体を見て言う。


「席、空いてるといいね」


 茜が頷く。


「人数が多いから、まとまって座れない場合は分かれましょう」


 祐衣が言う。


「自習スペースなら、奥の方が比較的静かかもしれません」


「さすが祐衣」


 美優が笑う。


「図書館似合う」


 祐衣は少し照れたように微笑む。


 なつきはその横顔を見て、やっぱり綺麗だなと思った。


 けれど、もう苦しくはない。


 祐衣は祐衣。


 なつきはなつき。


 春樹との距離も、祐衣との距離も、それぞれ少しずつ変わっていけばいい。


 春樹が入口の前で、なつきを見る。


「行こう」


「うん」


 なつきは頷いた。


 図書館の自動ドアが開く。


 外のざわめきが少し遠ざかり、静かな空気が流れ込んでくる。


 紙の匂い。


 低い話し声。


 ページをめくる音。


 休日の図書館。


 ここから、中間考査へ向けた勉強会が始まる。


 そして、なつきにとってはもう一つ。


 春樹と、みんなと、日常の中で少しずつ距離を重ねる時間が始まる。


 黒猫がバッグの横で小さく揺れた。


 なつきはその揺れを感じながら、春樹たちと一緒に図書館の中へ足を踏み入れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ