第6話:【無双】野盗の待ち伏せ?「邪魔だ。納期に遅れる」
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅぅぅぅぅぅぅっ!!!」
私の絶叫が、平和なはずの草原にこだまする。
フロントガラスの向こう側では、街道を完全に塞ぐ巨大な丸太のバリケードが、猛烈な速度で迫ってきていた。
その手前には、汚い身なりをした野盗の集団が数十人。
彼らは私たちが乗る『鉄の魔獣』を見て、ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべている。
「ひゃははは! なんだあの白くて四角い馬車は! 馬がいねえぞ!」
「馬鹿め、魔法陣で動く高級な魔道具だろうよ! どこの貴族様か知らねえが、いいカモが来やがったぜ!」
「おいおい、あんなスピードで突っ込んできたら、バリケードに激突して自滅するんじゃねえか?」
野盗たちは武器を構えたまま、余裕の表情でこちらを見物している。
彼らは知らないのだ。
この白い鉄の箱が、いかに異常な質量と硬度を持っているかを。
そして、この運転席に座る男が、どれほど狂っているかを。
「か、駆さん! お願いですから止まってぇぇぇ! 丸太にぶつかったら、私たちペシャンコになっちゃいますぅぅ!」
「……シートベルトは締めているな」
駆は私の悲鳴を完全に無視し、淡々と確認した。
「締めてますけど!? そういう問題じゃな――」
「衝撃に備えろ」
駆はハンドルを強く握り直し、一切の躊躇なく、アクセルペダルを底まで踏み抜いた。
ヴオオオオオオオオオオオオオンッ!!!
「ひぎゃあああああああああああっ!」
時速60キロ。
現代の幹線道路ではごくごく一般的な「法定速度」である。
しかし、馬車が時速10キロから20キロで走るこの異世界において、時速60キロで迫り来る2トンの鉄の塊は、まさに「災厄」そのものだった。
「お、おい! あいつ、減速しねえぞ!?」
「バカな!? この分厚い丸太の壁が見えねえのか! 止まれぇぇっ!」
ようやく事態の異常性に気づいた野盗たちが、慌てて逃げ出そうとする。
だが、遅い。
ドゴォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
凄まじい激突音と共に、私たちの視界が激しく揺れた。
「あわわわわわわわわっ!」
目を固く瞑った私だったが、予想していた「ぺしゃんこ」になるような衝撃は来なかった。
ただ、車体が少しガタン! と上下に跳ねただけだ。
恐る恐る目を開けると。
目の前にあったはずの、太さ数十センチはあろうかという丸太のバリケードが、木っ端微塵に粉砕され、宙を舞っていた。
「な、ば、馬鹿なっ!?」
「俺たちのバリケードが、紙屑みたいに……!」
野盗のリーダー格の男が、信じられないものを見る目で絶叫する。
当然だ。
女神の神聖魔法すら無効化し、大理石の壁を容易くぶち破る『対神格結界コーティング・フロントバンパー』。
ただの木材ごときが、このトラックの進行を止められるわけがないのだ。
「……バリケード突破。進路クリア」
駆は顔色一つ変えず、スピードメーターを確認する。
「な、舐めるな! 野郎ども、攻撃だ! 魔法でぶっ壊せ!」
リーダーの怒声に呼応し、野盗の魔術師たちが一斉に杖を構えた。
「『火炎球』!」
「『岩石弾』!」
車体に向かって、無数の炎と岩が飛来する。
直撃すれば、並の装甲馬車など一瞬で木っ端微塵になる火力の集中砲火。
「ひぃぃぃぃっ! 今度こそ死ぬぅぅぅ!」
しかし、駆は涼しい顔で、ハンドルの横にあるレバーをカチッと引いた。
「……ウォッシャー液、噴射。ワイパー作動」
プシュッ! ウィィィン、バキィィィンッ!
「えっ」
私の目の前で、信じられない光景が広がった。
フロントガラスの根元から、青い謎の液体(ウォッシャー液)が勢いよく噴射される。
そして、左右に動く黒い棒が、飛来してきた巨大な火炎球も、硬い岩石弾も、まとめて「バキィッ!」という甲高い音と共に弾き飛ばしたのだ。
さらに、青い液体がフロントガラスをピカピカに磨き上げていく。
「ま、魔法が弾かれただと……!?」
「あ、あの青い聖水はなんだ!? 神聖防壁か!? 結界魔術か!?」
野盗たちがパニックに陥り、完全に戦意を喪失して尻餅をつく。
「……視界良好。さて、次は」
駆の黒い瞳が、野盗の集団を冷たく見据えた。
「道交法違反の歩行者を掃除する」
ヴオオオオオオオンッ!!
トラックは無慈悲な加速を続け、逃げ惑う野盗たちの群れへと突っ込んでいった。
「ひぎゃあああっ!」
「だ、誰か助け……ごはぁっ!」
「アバババババババッ!」
ドンッ! バンッ! ボグシャァッ!
まるでボウリングのピンが弾け飛ぶように、野盗たちが次々と空高く舞い上がっていく。
2トンの質量による、純粋な物理的蹂躙。
トラックの頑丈なボディは、野盗の鎧や剣にぶつかっても傷一つ付かない。
「……ストライク」
駆が小さく呟いた。
バックミラーに映る光景は、まさに地獄絵図だった。
数十人の凶悪な野盗たちが、道端で白目を剥いて泡を吹き、ピクピクと痙攣している。
一人の死者も出ていないのが奇跡的だが(おそらくトラックの謎のチート補正だろう)、全員が完全に再起不能の重傷を負っていた。
「……」
私は助手席で、口をパクパクと開閉させることしかできなかった。
「ふむ」
駆はルームミラーで後方を確認し、短く息を吐いた。
「フロントグリルに血と泥が少し付いたな。あとで洗車機を探さないと」
「……」
「どうした、ミオ。静かだな。車酔いか?」
「……か、駆さん」
「なんだ」
「あ、あなた、本当に運送屋なんですか……? どこかの国の、暗殺部隊のトップとかじゃなくて……?」
私の震える声に対し、駆は心底不思議そうな顔をした。
「何を馬鹿なことを言っている。俺はただの社畜だ。それに、あんな程度の障害物、教習所の路上教習でいくらでも出てくるだろう」
「どんな地獄の教習所ですかそれぇぇぇぇっ!?」
私は両手で頭を抱え、思い切りツッコミを入れた。
この男、異世界の常識はおろか、自分の異常性すら全く自覚していない!
時速60キロで野盗を数十人轢き飛ばしておいて、「洗車しなきゃ」で済ませる精神構造はどうなっているのだ。
「……とにかく、納期に間に合わせるのが最優先だ。荷台の『スライムの粘液』の温度も問題ない。このままオークヘイブンまで一気に直行するぞ」
「は、はい……」
私は力なく頷いた。
もう、この鉄の魔獣の暴走を止めることなど、私には不可能だと悟ったからだ。
ただ一つ確かなのは、この助手席にいれば、どんな危険からも絶対に守られるということだけである。
* * *
それから数時間後。
トラックは一切のトラブル(現れた魔獣はすべてクラクションと突撃で排除された)もなく、順調に街道をひた走っていた。
「……駆さん。もうすぐ夕暮れですね」
私は窓の外の景色を見ながら言った。
空が赤く染まり始め、街道の周囲の森も暗い影を落とし始めている。
「そうだな。現在時刻は17時30分。そろそろオークヘイブンの街が見えてくるはずだ」
駆の言葉通り、遠くの平原に、高い石壁に囲まれた街のシルエットが浮かび上がってきた。
「あっ、見えました! あれがオークヘイブンです!」
「よし。時間通りだな」
本来なら馬車で3日かかる死の道のりを、たった半日で走破してしまった。
ギルドマスターのガストンさんが知ったら、泡を吹いて倒れるかもしれない。
「納品が終わったら、今日はあの街で宿を取りましょう。私、野宿はもう嫌ですからね……」
行商人時代、借金取りから逃げるために、森の中で震えながら寝袋に包まっていた日々を思い出す。
やっと、柔らかいベッドで眠れる。
「……いや。宿には泊まらない」
駆の予想外の言葉に、私は首を傾げた。
「え? どうしてですか? 報酬をもらえば、安い宿くらい泊まれるはずですよ?」
「……無駄な経費は削減する。それがプロの運送屋だ」
駆は街の城門の手前でウインカーを出し、街道から少し外れた、静かな草原の広場へとトラックを停車させた。
キキィッ、ブルルルルン……。
エンジンが停止し、周囲に夜の静寂が訪れる。
「ここで野営をする」
「よ、野営!? 嘘でしょ!?」
私は慌てて抗議した。
「せっかく街の目の前まで来てるのに、なんで野宿なんですか! 森の近くは夜になると魔獣が出ますよ! それに、私、テントも寝袋も持ってませんし……!」
「問題ない。設備は整っている」
駆は運転席から降りると、荷台の方へと歩いていった。
私も渋々、助手席から降りて後を追う。
「設備って……ただの鉄の箱じゃないですか。いくら魔獣が近寄ってこないかもしれないとはいえ、固い荷台の床で寝るなんて……」
「……ミオ。俺を誰だと思っている。長距離トラックのドライバーだぞ」
駆は荷台の観音開きのドアに手をかけ、ガチャリとロックを解除した。
「いいか。運送業界において、車中泊は基本中の基本だ。俺のトラックは、長期間の過酷な業務に耐えられるよう、特別な『空間拡張カスタマイズ』が施されている」
「く、空間拡張……?」
「見ろ」
駆が、バァン! と荷台のドアを大きく開け放った。
私は、その中を覗き込み――。
「ええええええええええええっ!?」
そして本日、何度目かわからない絶叫を上げることになった。




