第7話:【チート】トラックの荷台は、電気水道完備の快適1LDKでした
「ええええええええええええっ!?」
ファルサの街を出発し、隣町オークヘイブンの手前で野営することになった私たち。
駆さんがトラックの後ろ、荷台の観音開きのドアを開けた瞬間。
私の喉から、本日何度目かわからない絶叫が飛び出した。
「な、ななな、なんですかこれぇぇぇぇっ!?」
私は信じられないものを見る目で、荷台の中と、外の景色を交互に指差した。
さっきまで、この荷台の中は『スライムの粘液』を冷やすための、真冬のような氷室だったはずだ。
いや、それ以前に、トラックの荷台のサイズなんて、外から見ればせいぜい幅2メートル、奥行き数メートル程度の『ただの四角い箱』に過ぎない。
それなのに。
「……家? お部屋が、丸ごと入ってる……?」
目の前に広がっていたのは、広々としたフローリングの床。
白い壁紙。天井で煌々と輝く、眩しいほどに明るい謎の光(照明)。
ふかふかの巨大なベッドに、革張りのソファ、そして奥には見たこともないほど綺麗な調理場まである。
控えめに言って、王都の高級宿屋のスイートルームよりも広く、そして清潔だった。
「……何を驚いている。ただの『1LDK』だ。家賃ゼロ、敷金礼金ゼロの優良物件だな」
駆さんは無表情のまま、靴を脱いでフローリングに上がり込んだ。
「いちえるでぃーけー!? 空間拡張魔法!? いえ、こんな出鱈目な広さに拡張するなんて、伝説の『神の鞄』クラスの超絶アーティファクトですよ!? なんでそんなものが運送屋さんの荷台に!?」
「……長距離ドライバーの車中泊を舐めるな。連続運転の疲労は事故の元だ。快適な睡眠環境を確保するのは、プロとして当然の義務だからな」
いや、どう考えても義務のレベルを超えている。
これ一つ売れば、小さな国が買えるレベルの国宝だ。
「あっ! そ、そうだ! スライムの粘液は!? 暖かい部屋にしちゃって、腐っちゃうじゃないですか!」
私が慌てて叫ぶと、駆さんは部屋の奥、分厚い鉄の扉を指差した。
「心配ない。空間は完全に隔離されている。あの扉の向こうが『冷蔵倉庫スペース』だ。温度はきっちり5度に保たれている」
「……この魔獣のお腹の中、一体どういう構造になってるんですか……」
私は力なく呟きながら、恐る恐る靴を脱いで部屋に上がった。
フローリングの床はツルツルで、塵一つ落ちていない。
「おっ……おおっ……」
私はフラフラと歩き、部屋の隅にある巨大なベッドに手を触れた。
「ふ、ふかふかだぁ……」
行商人時代、万年床の固い藁のベッドにしか寝たことがなかった私にとって、それは雲のような手触りだった。
そのままダイブしたい衝動に駆られるが、泥だらけの服で飛び込んだら、駆さんにどんな請求をされるか分かったものではない。
「よし。とりあえず、夕飯にするか」
駆さんはソファの横に置かれた小さな箱(冷蔵庫)を開け、中から何やら四角い容器を取り出した。
「夕飯……私、保存食の干し肉くらいしか持ってませんよ?」
「そんな石みたいに固いものを食う必要はない。俺の備蓄がある」
駆さんはキッチンの前に立ち、銀色の筒に水を入れ始めた。
「あっ、駆さん! 水なら私の水袋に……って、ええええっ!?」
私はまたしても目を剥いた。
駆さんが金属の蛇口のようなものを捻ると、そこから勢いよく、透明で澄んだ水がドバドバと溢れ出してきたのだ。
「無限の水湧き魔道具!? そんなの、砂漠の国が戦争を起こしてでも奪い合う代物ですよ!?」
「……ただのシステムキッチンだ。トラックの床下に500リットルの給水タンクが積んである」
駆さんは淡々とヤカンに水を満たすと、今度は火の気のない平らな板(IHクッキングヒーター)の上にそれを置いた。
そして、手元のボタンを「ピッ」と押す。
「……あれ? 火はつけないんですか?」
「火は使わない。車内で直火を使うと一酸化炭素中毒になる危険があるからな」
「じゃあ、どうやってお湯を……」
コポポポポポ……。
私が尋ねる間もなく、ヤカンの中からお湯の沸き返る音が聞こえてきた。
炎なんてどこにもないのに!
「雷魔法!? まさか、熱ではなく雷の力で直接水を沸騰させているんですか!? 無詠唱で!?」
「……インバーターで100Vの電源を取って、電磁誘導で加熱しているだけだ。IHの仕組みくらい義務教育で習うだろう」
「い、いんばーたー!? でんじゆうどう!? 全く意味がわかりません! もういいです、駆さんは歩く魔法省です!」
私は考えることを放棄して、ソファにドスッと座り込んだ。
いちいち驚いていたら、私の心臓がもたない。
「お湯が沸いたな。ミオ、こっちに来い」
駆さんに呼ばれ、キッチンのカウンターに近づく。
そこには、先ほど冷蔵庫から取り出された、謎の紙の器が二つ並んでいた。
「なんですか、これ。……『かっぷぬーどる・しーふーど味』?」
器の側面には、見たこともない言語の文字と、美味しそうな海の幸の絵が描かれている。
「俺の故郷のソウルフードだ。激務の後の、疲れた体に染み渡る最高のディナーだな」
駆さんは紙の蓋を半分だけ剥がし、そこに熱湯を注ぎ込んだ。
そして、蓋の上にシールのようなものを貼り付けて閉じる。
「……お湯をかけただけじゃないですか。これがご飯?」
「3分待て」
「3分……?」
駆さんは手首につけた時計を見つめ、一切身動きせずにカウントダウンを始めた。
私は戸惑いながらも、隣で大人しく待つ。
……1分経過。
「くんくん……んんっ?」
紙の器の隙間から、何やらとてつもなく良い匂いが漂ってきた。
魚介の旨味と、香ばしい香りが混ざり合った、未知の匂い。
「な、なんですかこの匂い……! 私の胃袋が、全力で鳴り始めてるんですけど……!」
「……」
駆さんは黙って時計を見つめている。
……2分経過。
「か、駆さん! もういいんじゃないですか!? 匂いだけでご飯が三杯食べられそうです! 早く! 早く開けましょうよ!」
「……待て。プロの料理は、時間との勝負だ。早すぎても遅すぎてもいけない」
死んだ魚の目に、謎の職人魂のような光が宿っている。
そして。
「……3分経過。完成だ」
駆さんが、ついに紙の蓋を完全に剥がし取った。
「うおおおおおっ!?」
ふわぁぁぁっ! と立ち上る湯気と共に、暴力的なまでの旨味の香りが部屋中に充満した。
中には、黄色い縮れた麺と、タコやカニカマのような色鮮やかな具材がたっぷりと入っている。
「これが……かっぷぬーどる……!」
「フォークを使って食え。火傷に気をつけろよ」
駆さんから銀色のフォークを受け取り、私は震える手で麺をすくい上げた。
スープの熱気と香りが顔を打ち据える。
「い、いただきます……!」
ズルズルッ!
「……っ!!?」
雷に打たれたような衝撃が、全身を駆け巡った。
なんだこれは。
なんだ、この圧倒的な旨味の暴力は。
海鮮の濃厚なダシが効いた、白濁したスープ。
それに絡みつく、ジャンクでありながら絶妙な歯ごたえの縮れ麺。
噛めば噛むほど味が染み出す、謎の具材たち。
「おい……しい……」
「……どうだ。異世界の飯よりはマシだろう?」
駆さんは自分の分のカップ麺を淡々とすすりながら聞いてくる。
「マシなんてレベルじゃないです……! なんですかこれぇぇぇっ! 王宮のフルコースより絶対に美味しいですよ! 行商時代、カビの生えたパンと塩水で飢えを凌いでいた日々は一体何だったのぉぉぉぉっ!」
ズルズルズルッ! ズズーッ!
私は夢中で麺をすすり、スープを一滴残らず飲み干した。
気がつけば、私の目からは大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちていた。
「うっ、うぅっ……美味しいよぉ……生きててよかったぁ……」
「……大げさな奴だ。まあ、食後の片付けが不要なのがカップ麺の最大の利点だからな。容器はそこのゴミ箱に捨てておけ」
駆さんは感情の起伏を見せず、淡々とティッシュで口を拭いた。
「駆さん……」
私は空になった容器を胸に抱きしめ、涙ながらに宣言した。
「私、一生駆さんについて行きます。このトラックから絶対に降りません」
「……そうか。なら、明日の朝6時出発だ。遅れたら置いていくぞ」
「は、はいっ! 喜んで!」
* * *
その後、私はさらに驚愕することになった。
この1LDKには、なんと『お風呂』まで完備されていたのだ。
「シャワーは自由に使え。ボイラーのスイッチは入れてある」
「お、お湯が無限に出てくるぅぅぅぅっ! しかも石鹸まであるぅぅぅ!」
ユニットバスの中で、私は温かいお湯を全身に浴びながら、歓喜の悲鳴を上げていた。
異世界では、お風呂なんて大貴族しか入れない超贅沢品だ。
それを、こんな森の中の野営で楽しめるなんて。
髪も体もピカピカになり、備え付けのタオルで体を拭く。
服は洗濯機(これまた未知のアーティファクトだった)で駆さんが洗って乾燥までしてくれたので、良い匂いがする。
「……天国だわ。ここが天国なのね」
私はフラフラとリビングに戻り、先ほどの巨大なふかふかベッドにダイブした。
ポフゥッ……。
「あぁ……体が沈み込む……幸せ……」
「……おい。それは俺のベッドだぞ」
ソファでくつろぎながら伝票の整理をしていた駆さんが、ジト目でこちらを見た。
「えっ? あ、ご、ごめんなさい! じゃあ私、床で寝ます!」
「……まあいい。今日は疲れただろう。そのまま使え。俺は運転席の仮眠スペース(寝台)の方が落ち着くからな」
駆さんはそう言うと、立ち上がってリビングの扉を開けた。
そこは、トラックの運転席の背後にある、狭いカプセルホテルのようなスペースに繋がっていた。
「駆さん……本当にありがとうございます。私、借金取りから逃げてから、こんなに安心して眠れるのは初めてです」
私はベッドの中から、心からの感謝を伝えた。
「……勘違いするな。ナビの体調管理も、ドライバーの責任範囲だ。明日も朝から頼むぞ」
「はい! おやすみなさい!」
パチン、と照明が消え、荷台の中は静寂に包まれた。
私はふかふかの布団に包まれ、泥のように深い眠りへと落ちていった。
* * *
そして、翌朝。
「……おい、ミオ。起きろ」
「んぁ……むにゃ……もう食べられません……かっぷぬーどる……」
「起きろと言っている」
ペシペシと頬を叩かれ、私は目を覚ました。
「はっ! すみません! 寝過ごしました!?」
「いや、現在時刻は午前6時。予定通りだ」
駆さんはすでに制服(作業着)に着替え、完全に仕事モードの顔つきになっていた。
「朝飯は走りながらカロリーメイトでも食え。出発するぞ。オークヘイブンは目と鼻の先だ。朝一番で納品を済ませる」
「はいっ! 準備オーケーです!」
私たちは荷台の生活空間から出て、運転席に乗り込んだ。
外はまだ薄暗いが、すがすがしい朝の空気が広がっている。
「よし、エンジン始動」
ブルルルルンッ!
「……オークヘイブンの冒険者ギルドに、朝一番でスライムの粘液を届けるんですね。みんな、きっと驚きますよ。馬車で3日かかるはずの荷物が、一晩で届くんですから」
「……驚く暇があったら、さっさと受領印を押してもらいたいものだ。時は金なり、だからな」
駆さんは淡々とアクセルを踏み込み、トラックを街道へと走らせた。
オークヘイブンの巨大な城門が、朝日に照らされて少しずつ近づいてくる。
しかし、私はまだ知らなかった。
この異世界最速の『デリバリー』が、オークヘイブンの街にどれほどの大混乱を巻き起こすことになるのかを。
そして、ギルドの前に待ち受けている、新たな『理不尽なトラブル』の予感を――。




