第5話:【初仕事】異世界初のデリバリー。荷物は「スライムの粘液」
「踏んで! 絶対踏んで! 轢き潰す気ですか!? 私たち、街に入る前に指名手配犯になっちゃうぅぅぅぅっ!!」
私の悲鳴が車内に響き渡る中、ファルサの街の城門と、門番たちが構える槍衾が猛スピードで迫ってくる。
距離はもう10メートルを切った。ぶつかる。絶対に串刺しになる!
「……歩行者優先。やれやれ、これだから異世界の交通インフラは」
駆は死んだ魚の目のまま、右足のブレーキペダルを深く踏み込んだ。
キキィィィィィィィィィィィィィッ!!!
凄まじいタイヤの摩擦音が鳴り響き、2トントラックの巨体が急激に減速する。
私はシートベルトに強く胸を締め付けられながら、目をぎゅっと瞑った。
ピタッ。
「……えっ?」
衝撃は来なかった。
恐る恐る目を開けると、フロントガラスの向こう側、槍を構えて腰を抜かしている門番たちの鼻先わずか数センチのところで、トラックは完全に停止していた。
「……急ブレーキは荷崩れの原因になる。まったく、関所があるなら事前に標識を立てておいてほしいものだ」
「し、心臓が止まるかと思ったぁぁぁぁっ!」
「安心しろ。俺は無事故無違反の優良ドライバーだ。ミリ単位の停車くらい朝飯前だぞ」
駆は淡々とそう言いながら、ウィーンと窓を下ろした。
「おい、そこの門番。通行料はいくらだ。領収書は出るか?」
「ひっ!? あ、あわわわわわ……!」
門番たちは腰を抜かしたまま、恐怖でガチガチと歯を鳴らしている。
無理もない。彼らからすれば、謎の巨大な鉄の魔獣が猛スピードで突っ込んできて、寸前で止まったのだ。
「す、すみません! この人は怪しい者じゃありません! 私が保証します!」
私は助手席から身を乗り出し、必死に叫んだ。
「私は行商人のミオです! この……て、鉄の魔獣は、この人の従魔なんです! 決して危害は加えませんから!」
「じゅ、従魔!? こ、こんな恐ろしい巨大ゴーレムを従えているだと……!?」
門番たちは駆の顔を見て、さらに青ざめた。
無表情で、一切の感情を読み取れない真っ黒な瞳。
彼らの目には、駆が『底知れぬ魔力を持った冷酷な大魔道士』にでも見えているのだろう。
「……おい、ミオ。通行料はいくらなんだ。俺は日本円しか持っていないぞ」
「わ、私が払いますから! 銅貨3枚です!」
私はなけなしの銅貨を門番に押し付け、半ば強引に通行許可証をもぎ取った。
「よし。料金支払い完了。発進する」
ヴルルルルンッ! とトラックがアイドリング音を響かせると、門番たちは「ひぃっ!」と悲鳴を上げて道を開けた。
「……まったく。ゲートのバーが自動で開かないとは、遅れた文明だ」
駆は不満げに呟きながら、ゆっくりとトラックを街の中へと進ませていく。
* * *
冒険者都市ファルサのメインストリートは、大パニックに陥っていた。
「な、なんだあれは!?」
「鉄の塊が、馬もなしに動いているぞ!?」
「逃げろ! 魔王軍の新型兵器かもしれない!」
道ゆく人々が次々と道を譲り(というか逃げ出し)、トラックの周囲にはモーゼの十戒のように広大な空間ができていた。
「……見ろ、ミオ。歩行者がきちんと道を空けてくれている。素晴らしい交通マナーだ」
「みんな怯えて逃げてるだけですよ! 駆さん、目立ちすぎです!」
「俺はただ法定速度(時速20キロ)で走っているだけだ。それより、冒険者ギルドはどこだ?」
「あ、あの剣の看板の建物です!」
私が指差した先には、木造の巨大な建物があった。
建物の前には、馬車を停めるための広いスペースがある。
「よし、あそこに駐車する」
駆はトラックを前進させると、おもむろにシフトレバーを『R』に入れた。
ピーッピーッピーッ。
車外に向けて、電子音が響き渡る。
「ひっ!? 魔獣が呪文を詠唱し始めたぞ!?」
「爆発する気だ! 伏せろぉぉぉっ!」
ギルドの前にいた冒険者たちが、電子音を聞いてパニックになり地面に伏せる。
「……後方よし、左よし。……よし、完了」
駆は見事なハンドル捌きで、馬車と馬車の間の狭いスペースに、寸分の狂いもなくトラックをバック駐車(並列駐車)させた。
「な、なんて精密な動きだ……あの巨体を、傷一つつけずに狭い隙間に……」
地面に這いつくばっていた冒険者の一人が、驚愕の声を漏らす。
「よし、降りるぞ。エンジンストップ」
トラックの振動が止まり、駆はガチャリとドアを開けて外に出た。
私も慌てて後を追う。
* * *
冒険者ギルドの重厚な扉を開けると、中は酒場を兼ねた広い空間になっていた。
しかし、私たちが足を踏み入れた瞬間、ギルド内の騒騒しさがピタリと止んだ。
全員の視線が、駆に釘付けになっている。
「あいつか……外の『鉄の魔獣』の主は……」
「どんな高位のテイマーかと思えば、丸腰の人間じゃねえか。だが、あの目はヤバい……何人殺してきたんだ?」
ヒソヒソと囁き交わされる声。
違う、この人はただの『社畜』だっただけだ。過労で目が死んでいるだけだ。
「……受付はどこだ?」
駆は周囲の殺気立った視線を完全に無視し、真っ直ぐに受付カウンターへと向かった。
ドンッ!
その時、カウンターの奥から、筋骨隆々の大男が現れた。
顔に大きな傷跡のある、いかにも歴戦の戦士といった風貌。このギルドの長だ。
「お前が、外の『鉄のゴーレム』の主か。俺はギルド長のガストンだ。一体、この街に何の用だ? 妙な真似をするなら、ギルド総出で相手になるぜ」
ガストンが威圧感を放ちながら睨みつける。
並の冒険者なら縮み上がるほどの迫力だ。
しかし、駆は懐からボールペンを取り出し、カチカチと芯を出し入れしながら淡々と答えた。
「轟運輸の轟 駆だ。仕事を探しに来た。俺は運送屋だからな」
「うんそうや……? 運び屋のことか?」
「そうだ。配送ルートと荷物の詳細を教えてくれ」
駆のあまりに堂々とした、というより全く空気を読んでいない態度に、ガストンは毒気を抜かれたように眉をひそめた。
「……運び屋、ねえ。まあいい。仕事なら掲示板に貼ってある。お前のその『鉄のゴーレム』なら、大量の荷物も運べるんだろうが……」
駆は掲示板の前に立ち、ズラリと並んだ依頼書に目を通した。
『Sランク:レッドドラゴンの討伐』
『Aランク:魔王軍幹部の暗殺』
『Bランク:迷宮深層の探索』
「……物騒な仕事ばかりだな。俺は戦闘職じゃない。ドライバーだ」
駆は上位の依頼書をスルーし、掲示板の一番下、初心者向けのFランク依頼のコーナーへ目を向けた。
そして、一枚の紙を剥がし取る。
「これを受注する」
私が横から覗き込むと、そこにはこう書かれていた。
『Fランク依頼:スライムの粘液(樽10個)の輸送』
『目的地:隣町オークヘイブン』
『報酬:銀貨5枚』
「……おいおい、正気か?」
ガストンが呆れたような声を上げた。
「その依頼、ランクこそFだが、誰もやりたがらない厄介な代物だぞ。スライムの粘液は、魔法薬の材料になるが、熱と振動に極端に弱い。馬車で運ぶと、ガタガタ揺れるせいで隣町に着く頃には半分以上が品質劣化してパーになる」
ガストンは腕を組み、鼻を鳴らした。
「それに、今の時期は日差しが強い。馬車で3日かかるオークヘイブンへの道のりで、粘液は腐って悪臭を放つ。お前のその魔獣とやらがどれだけ力持ちか知らんが、繊細な荷物を運ぶのには向いてねえよ」
「3日……だと?」
駆が、ピクリと眉を動かした。
「そうだ。どんなに急いでも馬車で3日はかかる。荷物が腐れば報酬はゼロだ。やめておけ」
「……ふざけるな」
駆の声が、一瞬だけ低く、冷たくなった。
ガストンが「あ?」と身構える。
「馬車で3日? そんな非効率な物流が許されるとでも思っているのか。隣町までの距離は約100キロ。俺のトラックなら、夕方には余裕で納品できる」
「夕方!? 100キロの道のりを、半日で走破するだと!?」
「それに、熱と振動に弱いと言ったな」
駆はクルリと背を向け、ギルドの入り口へと歩き出した。
「俺のトラックの荷台は『保冷機能付き』だ。おまけに『エアサスペンション』で振動も極小。スライムの粘液だろうが、豆腐だろうが、形一つ崩さずに届けてやる」
「ほれい……? えあさす……?」
意味不明な単語に首を傾げるガストンを残し、駆は外へ出た。
「ミオ、荷積みを始めるぞ。手伝え」
「は、はいっ!」
私は慌てて駆の背中を追った。
* * *
ギルドの裏手で、依頼主である商人から「スライムの粘液」が入った10個の木樽を受け取った。
「本当に夕方までに届けてくれるのかい? まあ、ダメ元で依頼したんだが……」
半信半疑の商人。
駆は無言のままトラックの後方に回り、観音開きのドアをガチャリと開けた。
ヒヤァァァァァァッ。
「ひゃっ!?」
荷台が開いた瞬間、中から真冬のような冷気が溢れ出してきた。
「な、なんだこの冷気は!? 荷台の中が氷室になっているのか!?」
商人が目を丸くする中、駆は荷台の中に樽をテキパキと積み込み、ロープでしっかりと固定していく。
「荷積み完了。温度設定は5度。完璧な冷蔵輸送だ」
駆はドアを閉め、商人に伝票(のような木の板)にサインをさせた。
「よし、出発するぞ。ミオ、ナビを頼む」
「はいっ!」
私はトラックの助手席に乗り込み、シートベルトを締めた。
なんだか、少し楽しくなってきた。
冷たい風が吹く車内。魔獣に襲われる心配もない頑丈な鉄の壁。
ただ荷物を運ぶだけの、安全で平和なFランク依頼だ。
「オークヘイブンまでの道は、一本道です! 治安も比較的良い街道ですから、のんびり行きましょう!」
「了解した」
トラックが動き出し、ファルサの街を出て街道へと入る。
窓の外には、のどかな草原の風景が広がっていた。
「あー、快適ですねぇ。行商の時は、自分の足で何日も歩いてたのに……」
私が背伸びをしてリラックスした、その時だった。
「……ミオ」
駆が、前方をジッと見据えたまま、低い声で言った。
「はい? どうしました?」
「お前、この街道は治安が良いと言ったな」
「ええ。野盗なんて滅多に出ないはずですよ」
「……なら、前方に立ち塞がっている『あの汚い男たちの集団』と『丸太のバリケード』は、なんだ」
「え?」
私がフロントガラスの向こうを見ると。
街道のど真ん中に、巨大な丸太が何本も積まれ、道を完全に塞いでいた。
そしてその前には、剣や斧で武装した、どう見ても凶悪な野盗の集団が数十人、ニタニタと笑いながらこちらを待ち構えているではないか。
「ひぃぃぃぃぃっ!? や、野盗だぁぁぁぁっ! なんでこんな大勢で!?」
私はパニックになり、シートの上で跳ねた。
「か、駆さん! ブレーキです! 止まって引き返しましょう! あんなの、私たちだけで勝てるわけありません!」
しかし。
ヴオオオオオオオオオオンッ!!!
「えっ」
駆はブレーキを踏むどころか、さらにアクセルペダルを床の底まで踏み込んだ。
ディーゼルエンジンが爆音を上げ、トラックの速度がぐんぐんと上がっていく。
「な、なんで加速するんですかぁぁぁっ!?」
駆は一切の感情を交えずに、ただ前だけを見て言い放った。
「……夕方までに納品しなければならない。納期厳守だ。邪魔な障害物は、轢く」
「轢く!? 相手は数十人の野盗ですよ!? 丸太の壁もありますよ!?」
「……俺のトラックのバンパーを舐めるな」
時速60キロ。
2トンの質量を持った白い悪魔が、野盗のバリケードに向かって、一切の減速なしで突撃していく。
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅぅぅぅぅぅぅっ!!!」
私の絶叫が、平和なはずの草原にこだました。




