第4話:【契約】「道案内(ナビ)をしろ」強引に助手席に乗せられる獣人娘
「出してええええええっ! 誰か助けてえええええっ!」
ガンッ! ガンッ! ガンッ!
私は鉄の魔獣のお腹の中(助手席)から、透明な壁(窓ガラス)を全力で叩き続けていた。
しかし、びくともしない。どんなに分厚い氷の壁よりも硬い。
「嘘でしょ!? 私の全力の打撃が全く通じないなんて……!」
車内と呼ばれるこの狭い空間は、奇妙な静けさに包まれていた。
周囲を取り囲む灰色の壁や、目の前にある黒い大きな板。
足元はフカフカとしたマットが敷かれており、なんだか少し油と埃の匂いがする。
ガチャッ。
「ひぃっ!?」
運転席側のドアが開き、先ほどの男――轟 駆が乗り込んできた。
彼は死んだ魚のような目で私を一瞥すると、手元にあった鍵のようなものを捻った。
キュルルルルッ、ブルルルルンッ!!
「ひゃあああっ! ま、魔獣が唸り声をあげたぁぁっ! やっぱり食べる気なんだ! 消化液でドロドロに溶かされるんだぁぁ!」
「……静かにしろ。アイドリングの音が聞こえないだろうが」
駆はイライラした様子でダッシュボードのボタンをポチッと押した。
コォォォォォォ……。
「ひゃうっ!? な、なにこれ!?」
突然、目の前の小さな網目から、ヒンヤリとした心地よい風が吹き出してきたのだ。
森の蒸し暑さを一瞬で忘れさせるような、極上の冷気。
「こ、氷結魔法!? 無詠唱で氷結魔法を発動したの!? この魔獣、どんだけ高位の魔法生物なの!?」
「……ただのカーエアコンだ。冷房24度、風量レベル2に設定してある。外は暑いからな」
「えあこん……? なにそれ、聞いたことない! 魔法のアーティファクト!?」
パニックに陥る私を無視して、駆は私の右肩の上あたりから、黒い紐のようなものをズルズルと引き出した。
「な、何をする気……!」
カチャッ。
私の胸の前を斜めに横切るように紐が回され、腰の横で固定された。
身動きが取れない!
「こ、拘束具!? やっぱり私を生け捕りにして、奴隷商に売り飛ばす気なんですね! 人でなし! 獣人差別! 私の借金は500万ゴールドもあるんですよ! 売っても割に合いませんよ!」
「……シートベルトだ」
駆はため息をつきながら、自分にも同じように黒い紐を装着した。
「全席シートベルトの着用は義務だ。ゴールド免許を失いたくない。それに、お前のような落ち着きのない荷物は、しっかり固定しておかないと危ないからな」
「私は荷物じゃありません! 誇り高き狼族の……」
「よし。安全確認完了。発進する」
駆は左手で棒をガチャリと動かし、右足を踏み込んだ。
ヴオオオオオオオオオオオオンッ!!
「ぎゃあああああああああああっ!?」
凄まじい轟音と共に、私の体は強烈な力でシートに押し付けられた。
重力魔法でもかけられたかのような圧。
鉄の魔獣が、未舗装の森の中を猛然と走り出したのだ!
「は、速い速い速い速いっ! なにこの速度!? 馬車の10倍は出てるぅぅぅ!」
窓の外の景色が、線になって後ろへ飛び去っていく。
木々が猛スピードで迫ってくる。ぶつかる! 絶対にぶつかる!
「ああっ! 前! 木が、大樹がぁぁぁっ!」
「……うるさい。集中できない」
駆は顔色一つ変えずに、手元の丸い輪っか(ハンドル)をクルッと回した。
すると、鉄の魔獣は巨大な木を紙一重で回避し、滑るように森を縫って進んでいく。
「ひぃぃぃぃっ! 死ぬ! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬっ!」
「……本当に騒がしい奴だな。BGMが聞こえんだろうが」
駆は再びダッシュボードのボタンを押した。
『♪〜〜〜』
突如として、車内に軽快な音楽が響き渡った。
聞いたこともない弦楽器の音色と、ドスンドスンと腹に響く太鼓の音。
(※編集注釈:ユーロビート系の激しい音楽)
「な、なんで!? 魔獣のお腹の中から吟遊詩人の歌が聞こえてくるんですけどぉぉぉ!?」
「……カーステレオだ。長距離ドライブには欠かせない。眠気覚ましにもなる」
駆は無表情のまま、少しだけ首でリズムを刻んでいる。
どんな神経をしているんだ、この男は。
「あ、あの! 駆さん! 降ろしてください! 吐きます! 車酔いというか、魔獣酔いで吐きます!」
「車内で吐いたら清掃代として10万ゴールド請求する」
「ひどいっ! 悪魔!」
「……いいか、ミオ。現状を整理するぞ」
駆は前を向いたまま、淡々とした口調で話し始めた。
「俺はこの世界について何も知らない。お前は借金取りに追われていて、金がない。金がないから借金取りから逃げ続ける日々だ。違うか?」
「……うぅ、その通りですけど」
「なら、取引だ」
駆はハンドルを巧みに操りながら、チラリと私を見た。
「俺がお前を専属の『カーナビ』として雇う。お前の仕事は、俺が指定した目的地までの最短ルートを案内すること。治安状況、地理、街のルールなどを説明することだ」
「かーなび……? まあ、道案内なら得意ですけど……。でも、私に払えるお給料なんて……」
「報酬は、『借金取りからの護衛』と『この快適な移動空間の提供』だ。あと、三食の飯くらいは面倒を見てやる」
「……えっ?」
私は思わず瞬きをした。
あの恐ろしいゴロツキたちから守ってくれて、しかも食事付き?
行商人としてボロボロになりながら逃げ回っていた私にとって、それは破格すぎる条件だった。
「本当に……私を守ってくれるんですか? あいつら、かなりしつこいですよ?」
「俺の進行を妨害する障害物は、すべてクラクション(警告)の後に物理的に排除する。ただそれだけだ」
「……物理的に排除」
その言葉の重みに、私は少し背筋が寒くなった。
先ほどの、あのゴロツキたちの怯えようを思い出す。
確かに、この男とこの鉄の魔獣と一緒なら、どんな悪党が来ても平気かもしれない。
それに……。
最初は死ぬほど怖かったが、よく見るとこの椅子、すごくフカフカで座り心地が良い。
森の悪路を走っているはずなのに、お尻が全然痛くないのだ。
涼しい風も吹いているし、音楽も流れている。
「……わかりました。契約成立です。私の行商人としての知識、すべてあなたに提供します!」
私は胸を張って宣言した。
「よし。なら、まずは最寄りの大きな街を目指す。現在地からのルートを教えろ」
「はい! このまま森を真っ直ぐ抜ければ、街道に出ます。そこを右に進めば、冒険者都市『ファルサ』に到着します!」
「ファルサだな。了解した」
駆がさらに右足を踏み込むと、魔獣の唸り声が一段と大きくなった。
森を抜け、舗装されていない土の街道へと飛び出す。
視界が開け、遠くに巨大な城壁が見えてきた。
「見えました! あれがファルサです! 冒険者ギルドがある、この辺りでは一番大きな街ですよ!」
「なるほど。まずはあそこで情報収集と、仕事探しだな。俺も金を稼がなければならない」
「仕事なら冒険者ギルドが一番です!……あっ! 駆さん、少し速度を落としてください! もうすぐ城門の検問所です!」
「……速度制限の標識はないな。減速の必要なし」
「えっ!? ちょ、ちょっと! この速度で突っ込んだら……!」
時速60キロ(私にとっては音速)。
巨大な鉄の塊が、砂埃を巻き上げながら城門へと真っ直ぐに突進していく。
城門の前では、槍を持った門番たちが暇そうにあくびをしていた。
しかし、地鳴りのようなエンジン音と、猛スピードで迫ってくる未知の魔獣の姿に気づき、顔を青ざめさせた。
「な、なんだあれはぁぁぁっ!?」
「巨大な鉄の魔獣!? 敵襲だ! バリケードを築け! 門を閉じろぉぉぉっ!」
大パニックに陥る門番たち。
急いで木の馬防柵が道に並べられ、槍衾が構えられる。
「……障害物あり。邪魔だな。ブレーキを踏むべきか?」
駆は死んだ魚の目で、ペダルから足を離そうとしない。
「踏んで! 絶対踏んで! 轢き潰す気ですか!? 私たち、街に入る前に指名手配犯になっちゃうぅぅぅぅっ!!」
私の悲痛な絶叫が、快適な車内に虚しく響き渡った。




