第30話:【撃墜】「飛行モードは燃費が最悪だ。さっさと地上に落とす」
ズゴォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
メルカディアの街の上空。
青白いジェット噴射の光の尾を引きながら、純白の2トントラックが空を舞っていた。
タイヤを真横に倒し、重力を完全に無視したその変態的な機動力は、もはや航空力学のすべてに喧嘩を売っている。
「ギャアアアアアアアアアアアッ! 貴様ぁぁぁっ! 我が翼を、よくもぉぉぉっ!」
六枚あった巨大な翼のうち、右側の一枚をトラックの体当たり(当たり屋アタック)でへし折られた厄災の邪竜が、狂乱して吠え猛る。
バランスを崩しながらも、残る五枚の翼で必死に高度を維持し、トラックに向かって無数の炎の球を吐き出した。
「か、駆さん! 前から火の玉がいっぱい飛んできますぅぅぅっ!」
「……弾幕が薄いな。車線変更でかわす」
駆さんは死んだ魚の目でハンドルを左右に切り返す。
シュゴォォォッ!
トラックは空中でスッと右へ平行移動したかと思えば、今度は垂直に急上昇し、まるで階段を登るようなあり得ない軌道で炎の球をすべて躱していく。
「ひぃぃぃぃぃっ! 車体がフワフワして気持ち悪いです! 内臓が浮いてますぅぅぅ!」
「……我慢しろ、ミオ。俺だってこんな車検非対応の『空飛ぶトラック』など、乗り心地が悪くて最悪だと思っている」
駆さんは不快げに眉間を寄せ、ダッシュボードの『燃費計』を睨みつけた。
「それに、このフライト・ユニット(飛行モード)は、魔力燃料の消費が異常に激しいんだ。……信じられるか? リッター100メートルも走らんのだぞ」
「リッター100メートル!? それってもう、燃料をそのまま空にバラ撒いてるようなもんじゃないですか!?」
「そうだ。先ほど下で仕入れたばかりの高級ヘブンズ・オイルが、まさに湯水のように消えていっている。……この俺に、これほどの経費の無駄遣いをさせるとは、万死に値するぞ、あのトカゲ」
駆さんの声が、一段と冷酷に低くなった。
車を汚された怒りに、経費(燃料代)を無駄にさせられた怒りが上乗せされたのだ。
最強の社畜ドライバーの逆鱗に、二重に触れてしまった邪竜の運命は、すでに決まっていた。
「……長引かせれば、俺の財布が保たん。さっさと残りの羽をむしり取って、地上に叩き落とす」
ヴオオオオオオオオオオンッ!!
駆さんはアクセルを底まで踏み抜いた。
青白いジェット噴射がさらに激しく燃え上がり、トラックが邪竜の背後へと回り込む。
「ちぃぃっ! どこへ消えた、鉄の箱ぉぉぉっ!」
邪竜が首を振り回してトラックを探すが、その巨体ゆえに死角が多すぎる。
「……後方確認を怠るからだ。煽り運転(物理)の刑に処す」
ドゴォォォォォォォォンッ!!!
邪竜の左の翼の根元に、時速100キロオーバーのトラックのフロントバンパーが、情け容赦なくめり込んだ。
バキィィィィィィッ!!
「ギガァァァァァァァァァァァッ!?」
凄まじい骨の砕ける音と共に、二枚目の翼が千切れ飛び、地上のメルカディアの街外れへと落下していく。
「あばばばば……また羽が……」
私は助手席でシートベルトを握りしめながら、白目を剥いていた。
「……よし。これで左右のバランスは完全に崩れたな」
駆さんはトラックを一旦後退させ、邪竜の様子を観察した。
六枚あった翼のうち、左右で計二枚を失った邪竜は、もはや空中でまともに静止することすらできず、千鳥足ならぬ『千鳥飛び』でフラフラと高度を落とし始めている。
「お、おのれ……おのれぇぇぇっ! 神が遣わしたこの我を……ただの乗り物ごときが、コケにしおってぇぇぇっ!」
邪竜の六つの目が、憎悪に血走る。
「ならば、相打ちだ! 貴様もろとも、この街すべてを『終焉の超新星』で消し去ってくれるわぁぁぁっ!」
邪竜が、残った四枚の翼で自らの体を球体のように包み込み、すべての魔力を中心に集束させ始めた。
その体から、太陽をも凌駕するような超高熱の光が溢れ出し、空全体が赤黒く染まっていく。
「か、駆さん! ヤバいです! さっきのブレスとは比べ物にならないくらい、ヤバい魔法が来ますよぉぉぉっ!」
私は本能的な恐怖で震え上がった。
あれが放たれたら、トラックの結界がどうとか以前に、眼下にあるメルカディアの街が、150人の村人がいる開拓地ごと消滅してしまう。
しかし。
駆さんは死んだ魚の目で、邪竜の上空へとトラックを移動させた。
「……ミオ。お前は、このトラックの重量が2トンだと言ったことを覚えているな」
「え? は、はい。2トンですよね?」
「ああ。それは『地上で』計量した時の話だ。……今、俺たちは空を飛んでいる。そして、このトラックには、車体を垂直に持ち上げるだけの『下向きの凄まじいジェット推力』が発生している」
駆さんの手が、ホバー・モードの出力を調整するレバーを握った。
「もし、この空飛ぶ2トンの鉄の塊が……下向きのフルジェット噴射をしながら、目標物(邪竜)の真上に『乗っかったら』、どうなると思う?」
「えっ……?」
私の脳内で、恐ろしい物理計算が行われた。
2トンの質量 + 重力加速度 + ロケットエンジンのような下向きの推力。
それが、邪竜の背中に直接のしかかる。
「……ぺっしゃんこ、みたいな……?」
「正解だ。……落下物注意。積載オーバーの重みを思い知れ」
駆さんは、限界まで魔力を溜め込んでいる邪竜の『真上』にトラックを位置させると。
ジェット噴射の向きを調整し、トラックの車体(腹の部分)を、邪竜の背中へと勢いよく叩きつけたのだ。
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!!!
「グゲェェェェェェェェェェェェッ!?」
空中に、カエルのような無様な悲鳴が響き渡った。
邪竜の背中に、純白の2トントラックが完璧に『馬乗り』になったのだ。
そして、横倒しになった四つのタイヤから放たれる青白いジェット噴射が、邪竜の背中の鱗を容赦なく焼き焦がしながら、凄まじい圧力でその巨体を下へ下へと押し潰していく。
「あわわわわわわっ! 下がる! 高度が急激に下がってますぅぅぅっ!」
「……当然だ。この推力と重量に逆らって飛べる航空機など、この世に存在しない。強制着陸(墜落)だ」
『終焉の超新星』を放つべく魔力を溜めていた邪竜は、背中にかかるあり得ない重力と圧力に完全に押し潰され、魔法を暴発させることすらできず、真っ逆さまに地上へと落下していった。
「や、やめろぉぉぉっ! 我は厄災の邪竜だぞ! こんな、こんな鉄の箱にプレスされて落ちるなど、認めん! 認めんぞぉぉぉぉぉっ!」
邪竜の悲痛な叫びも虚しく。
2トントラックの『スタンプ攻撃』を受けた邪竜の巨体は、メルカディアの街の外れ、誰もいない荒野へと向かって、隕石のような速度で墜落していく。
ゴオォォォォォォォォォッ!!
窓の外を流れる景色が、恐ろしい速度で上へとすっ飛んでいく。
「ひいいいいいいいいっ! 墜落するぅぅぅぅ! 私たちも一緒にペシャンコになっちゃいますぅぅぅぅ!」
「……騒ぐな。着陸の直前に推力を反転させてショックを殺す。舌を噛むぞ」
駆さんは死んだ魚の目で、地上の接近を冷静に見極めていた。
そして。
ズドオォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!!!!!
大地が、今日一番の凄まじい衝撃で跳ね上がった。
厄災の邪竜の巨体が荒野に激突し、クレーターを作り出す。
その背中に乗っていたトラックは、激突のコンマ数秒前にジェット噴射を強めてふわりと浮き上がり、邪竜の体の横へと、泥を跳ね上げながらドスゥン! と着地した。
「……ふぅ。フライト・ユニット停止。通常タイヤモードへ移行」
駆さんが青いスイッチを戻すと、ガシャン! とタイヤが元の位置に戻り、ジェット噴射が止まった。
「あ……あぅ……あぅぅ……」
私は助手席で、完全に腰を抜かし、ガクガクと震えていた。
空を飛び、竜の背中に乗り、隕石のように墜落する。
もう、一生分の絶叫アトラクションを経験してしまった気分だ。
「……ミオ。降りるぞ。事故の事後処理だ」
駆さんはバインダーを手に取り、ガチャリとドアを開けた。
土煙が晴れつつある荒野の真ん中。
そこには、巨大なクレーターの底で、全身の骨を砕かれ、口から白煙を吹いてピクピクと痙攣している『厄災の邪竜』の無惨な姿があった。




