第27話:【不動産】悪徳商人の地上げ?「ここは俺の駐車スペース(新居)だ」
ゼピュロスの国境ゲートを、物理的かつ強引に「通過」してから数時間。
純白の2トントラックは、自由交易国ゼピュロスの広大な平原を、心地よいエンジン音とともに滑走していた。
「……ミオ。この国の道路状況は、帝国領よりはマシだな。舗装はされていないが、轍が整備されている。タイヤへの負担が少なくて助かる」
駆さんは、相変わらずの死んだ魚の目でハンドルを握りながら、路面の状態を冷静に分析していた。
「駆さん……国境の門をぶち破ったこと、もう忘れたんですか? さっきから、後ろの方で警備隊の鐘の音が聞こえてる気がして、私、生きた心地がしないんですけどぉ!」
私は助手席で、何度も後ろを振り返っていた。
鋼鉄の門を紙屑のように吹き飛ばして不法侵入したのだ。普通なら今頃、国中の騎士団に追われていてもおかしくない。
「……気にするな。俺は正当な入国税の交渉が決裂したため、実力行使で通過しただけだ。正当防衛に近い」
「どこがですか! 完全にテロですよ!」
「それより、村人たちの新天地だ。この先の商業都市『メルカディア』に、大規模な土地を扱うギルドがある。そこで150人分の居住区を確保するぞ」
駆さんはナビの地図を確認し、アクセルを一定に保つ。
村人たちは現在、荷台の空間拡張モード(体育館仕様)の中で、冷蔵庫のプリンを奪い合ったり、システムキッチンの浄水器で顔を洗ったりと、この世の春を謳歌している。彼らのためにも、早く落ち着ける場所を見つけてあげなければならない。
* * *
商業都市メルカディア。
ここは「金こそが法」と言われるゼピュロス最大の交易拠点だ。巨大な石造りの建物が並び、通りには高級な馬車がひしめき合っている。
そこに、泥と返り血を(洗車で落としたはずなのに)どこか漂わせた、威圧感抜群の白い鉄の魔獣が進入してきたのだ。
「おい、見ろよあの箱! 輝いてるぞ!」
「馬がいないのに動いてる! 伝説の魔導車か!?」
「バンパーについてるの、折れた聖剣じゃねえか!? なんだあの趣味の悪い飾りは!」
街中の注目を浴びながら、駆さんは迷わず街の中央にある『不動産管理ギルド』の前にトラックを横付けした。
そこは、この街の土地の売買を一手に引き受ける、成金たちの巣窟だ。
「……ミオ。お前はここで待っていろ。交渉は俺が行う」
「あ、はい……お手柔らかにお願いしますね、駆さん」
駆さんはバインダーを小脇に抱え、ビシッとした作業着の襟を正すと、ギルドの中へと消えていった。
中に入ると、そこには豪華な毛皮をまとった肥満体の男が、ふんぞり返って椅子に座っていた。このギルドの支部長、バロンという男だ。
「……ふん、見ない顔だな。このメルカディアに土地を買いに来たのか? 悪いが、貧乏人に売る土など一粒もないぞ」
バロンは駆さんの作業着姿を見て、鼻で笑った。
「……轟運輸だ。獣人150名が定住するための、水場が近く、魔物の出現率が低い土地を探している。予算は金貨400枚だ」
「獣人? 150人だと?」
バロンの目が、邪悪な輝きを帯びた。
獣人の難民は、ゼピュロスでは格好の搾取対象だ。
「……ほう。金貨400枚か。いいだろう。特別に、素晴らしい土地を紹介してやろうじゃないか。街から北に3日、湿地帯の奥にある『死の沼地』だ。そこなら広さだけはあるぞ。価格は……勉強して、金貨400枚ポッキリだ」
「……死の沼地? その名前から察するに、居住に適さない環境(事故物件)ではないか?」
「失礼な! 水は豊富だぞ! 毒の霧と底なし沼があるだけだ。嫌なら帰れ。それとも、あの外に停めてある奇妙な鉄の箱を差し出すか? そうすれば、もう少しマシな土地を考えてやらんでもないが」
バロンは下卑た笑いを浮かべ、窓の外のトラックを指差した。
どうやら、トラックを「珍しい魔導具」と見て、安く買い叩くか奪い取るつもりらしい。
「……なるほど。正当な取引ではなく、足元を見た『不当な勧誘』というわけか」
駆さんの声が、一段と冷たくなった。
死んだ魚の目が、バロンの眉間を真っ直ぐに射抜く。
「……俺はプロの運送屋だ。荷物の配送先(定住地)の品質には、徹底的にこだわる主義でね。……お前の提示した物件は、我が社の『安全基準』を満たしていない」
「あぁん? 基準だぁ? 貴様、誰に向かって口を利いて……」
バロンが怒鳴りかけ、机を叩こうとした、その時。
ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!!!
ギルドの建物全体が、巨大な地震に襲われたかのように激しく揺れた。
壁にヒビが入り、天井からパラパラと塵が落ちてくる。
「な、なんだ!? 地震か!?」
「……いや。俺の愛車が、少し『アイドリング』を強めただけだ」
駆さんは無表情に言い放った。
窓の外を見ると、トラックの排気管から、どす黒い魔力の煙が噴き出し、その咆哮のような重低音の振動が、ギルドの建物の基礎を直接揺らしていた。
「ひ、ひぃぃぃっ! 建物が壊れる! 止めてくれ!」
「……交渉のテーブルが揺れているのは、お前の不誠実な態度のせいだろう。……もう一度聞く。150人が安全に暮らせる土地だ。……それとも、この建物が『更地』になるまで、暖機運転を続けるか?」
駆さんが一歩、バロンに近づく。
その背後には、数千の帝国軍を蹂躙した「最強の社畜」のどす黒いオーラが立ち上っていた。
「わ、わかった! 悪かった! 街のすぐ裏にある、旧領主の開拓地……肥沃な大地で魔物もいない、最高の土地を金貨100枚で譲る! だからその魔獣を落ち着かせてくれぇぇぇ!」
「……最初からそう言えばいい。事務手続きを急げ。……ミオ、判子の準備だ」
駆さんはバインダーを叩きつけ、腰を抜かした悪徳商人から、破格の条件で土地の権利書を分捕った。
* * *
「……よし。これで納品先は確保したな」
ギルドから出てきた駆さんは、満足そうに権利書をチェックした。
「駆さん、すごいです! あんな強欲そうな人を泣かせてくるなんて! ……でも、あの建物、半分くらい傾いてませんか?」
「……経年劣化だろう。気にするな」
駆さんはトラックの運転席に乗る前に、ふと足を止めて、車体の下部を覗き込んだ。
「……ん。やはりな」
「どうしたんですか?」
「……オイル(魔力液体)が劣化している。帝国軍の突破とゴーレムの粉砕で、高負荷をかけすぎたな。粘度が落ちて、潤滑不良を起こしかけている」
駆さんは眉間にしわを寄せた。
彼にとって、帝国軍の壊滅よりも、トラックの「オイルの汚れ」の方が一大事らしい。
「この街の魔導具屋で、最高級の『神聖粘性液』を仕入れる必要がある。……ミオ、お前は村人たちを連れて先に新天地の下見に行っていろ。俺は愛車のメンテナンス(健康診断)をしてから合流する」
「えっ、私も行くんですか!? 駆さん抜きで150人を仕切るなんて無理ですよ!」
「……安心しろ。荷台の自動音声案内(車内アナウンス)で、村長に指示は出してある」
駆さんはそう言うと、トラックのジャッキを取り出し、手慣れた手つきで車体を持ち上げ始めた。
「……さて。神のコーティングを施したエンジン、中身はどうなっているか……。楽しみだな」
死んだ魚の目をギラつかせて、トラックの下に潜り込んでいく駆さん。
その姿は、英雄でも魔王でもなく、ただの「重度の車オタクの整備士」にしか見えなかった。
しかし。
駆さんがトラックの腹の下で作業に没頭している、その頃。
メルカディアの街の遥か上空では、不気味な暗雲が渦巻き始めていた。
天界の女神アリアリアが放った、世界を滅ぼす災厄。
『厄災の邪竜』が、その巨大な翼を広げ、真っ白に洗車されたばかりのトラックを「標的」として、静かに急降下を開始していた。
「……ん? 空が少し暗くなったな。雨か? ……せっかくワックスをかけたばかりだというのに、迷惑な話だ」
トラックの下から、駆さんの不満げな独り言が漏れる。
未曾有の危機が迫っているというのに、この男の関心事は、今日も「車体の輝き」だけだった。




