第23話:【救出】村の中心へ到着。荷台を開放し「全員乗れ」
「な、なんだこの部屋は!? 鉄の箱の中に、広大な家があるぞ!?」
トラックの後方。
観音開きのドアの向こう側に広がる『快適な1LDK』の空間を見た村長さんは、腰を抜かしたまま絶叫した。
「説明は後です! 村長さん、早く奥へ! 靴は脱がなくていいですから!」
私は村長さんのお尻を強引に押し込み、荷台の中に転がり込ませた。
『魔獣が止まっているぞ! 中の人間を引きずり出せぇぇぇっ!』
ザルド将軍の怒号に背中を押され、一度は逃げ散った帝国兵たちが、槍を構えてジリジリと距離を詰めてくる。
私は慌てて荷台のドアを閉め、助手席へと飛び乗った。
「か、駆さん! 囲まれます! 早く村の中へ!」
「……騒ぐな。ドアはしっかり閉めたな」
駆さんは死んだ魚の目でルームミラーを確認すると、シフトレバーを『D』に入れた。
「……再配達、向かう」
ヴオオオオオオオオオオンッ!!
ディーゼルエンジンが唸りを上げ、トラックが急発進する。
トラックを取り囲もうとしていた帝国兵たちは、その凄まじいエンジン音と、自分たちに向かって再び突進してくる白い悪魔の姿に、悲鳴を上げて左右に散開した。
「ひぃぃぃっ! や、やっぱり動いたぁぁぁっ!」
「轢かれる! 逃げろぉぉぉっ!」
駆さんは逃げ惑う兵士たちを完全に無視し、村の入り口を塞いでいた帝国軍の木製バリケードに向かって直進した。
バキィィィィィィンッ!!
対神格結界コーティングが施されたフロントバンパーが、木のバリケードを爪楊枝のように粉砕する。
トラックはついに、私の故郷である獣人の村の中央広場へと、ダイナミックに侵入を果たした。
キキィィィィィッ!
広場のど真ん中で、トラックが土埃を上げて停止する。
「……到着だ。目的地への納品を完了する」
駆さんはサイドブレーキを引き、エンジンを切った。
周囲に、不気味な静寂が訪れる。
村の広場には、木陰や家屋の隙間に隠れていた村人たちが、恐怖でガタガタと震えながらこちらを伺っていた。
帝国兵を蹴散らして入ってきた未知の鉄の魔獣。
それが広場に鎮座しているのだから、当然の反応だ。
「み、みんな! 私だよ! ミオだよ!」
私は助手席の窓を全開にして、身を乗り出して叫んだ。
「えっ……? ミ、ミオ?」
「ミオちゃんだ! ミオちゃんが魔獣の口から食べられそうになってるぞ!」
「違います! 食べてません! 私は無事です!」
私は急いでトラックから飛び降り、広場の中央に立った。
「みんな、聞いて! 私、お金を作ってきたの! 帝国軍に払う金貨50枚を、この運送屋の『駆さん』と一緒に運んできたんだよ!」
私の言葉に、村人たちがざわめき始める。
しかし、村人たちの顔に安堵の色は浮かばなかった。
村の自警団の若者が、槍を握りしめながら悲痛な声で叫んだ。
「お、お金があっても無駄だよ、ミオ! 外の帝国軍の動きを見たかい!? 奴ら、最初から金を受け取る気なんてなかったんだ! 村を焼き払って、俺たち全員を奴隷にするつもりだ!」
「……」
私は唇を噛み締めた。
その通りだ。あんな無法な軍隊に、いくらお金を払ったところで約束を守る保証なんてどこにもない。
それに、駆さんが帝国軍の本陣をメチャクチャにしてしまった今、奴らは完全に報復モードに入っている。
「……この村は、もう駄目だ。逃げる場所なんてないんだ……」
村人たちが、次々と絶望してその場に座り込んでいく。
村の周囲は、まだ数千の帝国軍に完全に包囲されているのだ。
「そんな……せっかく、みんなを助けるために戻ってきたのに……!」
私が悔し涙を流しそうになった、その時だった。
「……おい、ミオ」
運転席のドアがガチャリと開き、駆さんが降りてきた。
彼はバインダーを小脇に抱え、死んだ魚の目で村人たちを見回した。
「か、駆さん……」
「……この村の人口は、おおよそ何人だ」
「え? ええと……子供とお年寄りも合わせて、全部で150人くらいですけど……」
駆さんは無表情のまま、一つ頷いた。
「よし。俺のトラックの積載量なら、十分に収まるな」
「……はい?」
私は間抜けな声を上げた。
「……全員、乗れ」
駆さんは、トラックの後方に回り、観音開きのドアを大きく開け放った。
バァァァァァァンッ!
「えっ? 乗るって、このトラックにですか!?」
「そうだ。この村はもうすぐ戦場になる。非戦闘員は速やかに避難すべきだ」
「いやいやいや! 無理ですよ! いくら荷台が広いって言っても、1LDKですよ!? 150人も入ったら、満員電車どころか窒息死しちゃいますぅぅぅ!」
私が慌てて止めようとすると、駆さんは荷台の中にある『壁のスイッチ』のようなものをポチッと押した。
『空間拡張機能、最大出力モードへ移行します』
機械的なアナウンスと共に、荷台の内部の空間が、グニャリと歪んだ。
「えっ……?」
私が荷台の中を覗き込むと。
そこには、さっきまでの1LDKの広さを遥かに超える、まるで『巨大な体育館』のような、果てしなく広い空間が広がっていたのだ。
「な、なんですかこれぇぇぇっ!?」
「……長距離トラックの荷台空間拡張機能を舐めるな。これくらい広げておかないと、大型家具の引っ越し案件に対応できないからな」
「引っ越しのレベルを超えてます! 王宮の舞踏会が開けますよこれぇぇぇっ!」
呆然とする私の横で、荷台の中から村長さんがフラフラと出てきた。
「み、みんな……! 信じられないかもしれないが、この魔獣の中は安全じゃ! 早く乗るんじゃ! 帝国軍が攻め込んでくる前に!」
村長さんの言葉に、村人たちは恐る恐るトラックの荷台へと近づき、そしてその広大な内部空間を見て一様に驚愕の声を上げた。
「す、すげえ……外から見たらただの箱なのに、中はお城みたいに広いぞ!」
「うわぁ! なにこのフカフカのベッド! トランポリンみたい!」
「こっちの銀色の台からは、水が無限に出てくるわよ!」
「あそこにある四角い箱(冷蔵庫)、冷たくて気持ちいいぞ!」
恐怖で怯えていたはずの獣人の子供たちが、一瞬にして目を輝かせて荷台の中を走り回り始めた。
「こら、お前ら! 土足で上がるなと言っているだろう! マットレスで跳ねるな! 冷蔵庫の麦茶を勝手に飲むな!」
駆さんが、完全に『親戚の子供に部屋を荒らされるおじさん』のような顔になって怒鳴っている。
「か、駆さん……」
私は、その光景を見て、ポロポロと涙がこぼれ落ちるのを止められなかった。
彼は、ただの荷物の配達だけじゃなく。
村人全員の命まで、この安全な空間に匿ってくれようとしているのだ。
数千の軍隊を敵に回して、こんな面倒なことまで引き受けてくれるなんて。
「……駆さん、本当に……本当にありがとうございます……っ」
私は駆さんの前に進み出て、深く、深く頭を下げた。
「私、一生駆さんに恩返しします! トラックのタイヤ磨きでも、オイル交換でも、なんでもやりますから……っ!」
私が号泣しながら感謝の意を伝えると。
駆さんは、死んだ魚の目で、私の頭にポンと手を置いた。
「……勘違いするな、ミオ」
「え?」
「これはボランティアではない。俺は運送屋だ」
駆さんは懐からバインダーを取り出し、ボールペンでカチカチと音を立てた。
「人間を150人、戦地から安全圏まで移送する。これはもはや『特殊チャーター便』および『引っ越し業務』の扱いになる」
「あ……」
「金貨500枚の中から、しっかり運賃は請求させてもらうからな。命の値段だと思えば安いものだろう」
駆さんは、口元にわずかな笑みを浮かべたような気がした。
それは、決して冷たい笑みではなく。
プロとしての、絶対的な自信と責任感に裏打ちされた、不器用な優しさだった。
「はいっ……! はいっ! いくらでも払います! 私たちの命の運賃、よろしくお願いします!」
私は涙を拭い、満面の笑顔で答えた。
「よし。全員の乗車を確認したな。ミオ、ドアを閉めろ」
「はいっ!」
村人150人が完全に荷台に収容されたのを確認し、私は観音開きのドアをガチャン! と閉めてロックをかけた。
これで、私の故郷の村人たちは、対神格結界コーティングが施された無敵の装甲と、快適な空調が完備された『絶対安全圏』に保護されたのだ。
「俺たちも乗るぞ。脱出ルートは来た道を戻るしかない」
駆さんが運転席に向かおうとした、その瞬間。
ズズズズズズズズズンッ……!!
大地が、下から突き上げられるように激しく揺れた。
「ひゃっ!?」
私はバランスを崩し、トラックのボディにしがみついた。
「じ、地震!? なんですか、この凄まじい地鳴りは……!」
「……」
駆さんは、村の入り口、先ほど私たちが突破してきた帝国軍の陣地の方角へと、鋭い視線を向けた。
ドスンッ!! ドスンッ!!
地鳴りは、一定のリズムを刻みながら、確実にこちらの村へと近づいてきている。
それは、途方もなく巨大な『足音』だった。
そして。
村を囲む防壁の木々が、バキバキと無残になぎ倒され。
『オオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!』
「あ……」
私の口から、絶望の吐息が漏れた。
村の入り口を完全に塞ぐように立ちはだかったのは、帝国軍がその陣の奥底に隠し持っていた超古代魔導兵器。
高さ数十メートルの、超巨大な『ギガント・ゴーレム』だった。
ゴーレムの顔面には、禍々しく、怒りに満ちた赤い光が点灯している。
そして、その後方からは、ザルド将軍の狂気に満ちた笑い声が響いてきた。
『はははははっ! 逃がさん! 逃がさんぞ、鉄の魔獣よ!!』
ザルド将軍は、ゴーレムの肩の上に立ち、こちらを見下ろしていた。
『貴様のおかげで、我が軍の陣形はメチャクチャだ! だが、ついに我が帝国の最高戦力、ギガント・ゴーレムが起動した! 貴様の命運もここまでだ! その村の住民ごと、跡形もなく踏み潰してやるわぁぁぁっ!』
「お、おしまいです……」
私は腰を抜かし、その場にへたり込んだ。
村の唯一の出口は、巨大なゴーレムの体で完全に塞がれている。
いくらトラックの突進力があっても、山のような質量の岩の塊にぶつかれば、こちらが完全に潰されてしまう。
逃げ場はない。
「……か、駆さん……」
私が震える声で助けを求めると。
最強の社畜ドライバーは、死んだ魚の目で、見上げるような巨大ゴーレムを静かに見つめ返していた。
「……ミオ。車に乗れ」
駆さんの声は、驚くほど平坦だった。
「えっ……でも、出口が……あんな巨大な岩の塊に……」
「……岩の塊が道を塞いでいるなら」
駆さんは、運転席に乗り込み、普段は決して触らない『赤いカバーに覆われたスイッチ』に手を伸ばした。
「粉砕して、通るだけだ」




